第42話 エディブルフラワークッキーと王妃様

 ミカエルがラインハルトの暴露をしている最中に、呪いの指輪の副作用からか、キャロラインは高熱を出して倒れてしまった。それから三日間、キャロラインはハンメル侯爵別邸で寝込んでしまった。微熱になってからも、なかなか体調が戻らず、一週間たってやっとベッドから起き出すことができるまでに回復した。その間、ロベルトも侯爵別邸に泊まりこみ、高熱を出していた間はロベルトも学園を休んで甲斐甲斐しくキャロラインの介護をしてくれた。それはかなり過保護なくらいで……。


「ロベルト様、もう大丈夫ですから」

「いいからほら口を開けろ」


 もう大丈夫だと言うのに、ロベルトはいまだに親鳥のようにキャロラインの食事を手ずから食べさせていた。それどころか、ほんの僅かな距離も抱き上げて運ぼうとするし、水の清浄魔法が効かないキャロラインの風呂の世話まで行い、侍女のアンリの出番がないくらいだった。


「ハムハム……。ロベルト様、そろそろ学園に行く支度をしないと。今日から私も学園に復帰をしようと思います」


 すっかり朝食をたいらげたキャロラインは、自分も学園に行く気満々で口の周りをナプキンで拭き、スックと立ち上がった。


「まだキャロラインは駄目だ。体力が戻ってないだろう」


 それはロベルトが過保護過ぎるせいだ……と思ったが、ロベルトにかまわれるのは恥ずかしい以上に嬉しいから、ついついされるがまま受け入れてしまっていた。

 ロベルトが学園に行くようになってからは、体力を戻す為に屋敷内を歩き回ったり、庭を散歩したりして体力回復に努めていた。


「もう大丈夫ですよ?ほら、こんなに元気ですから」


 キャロラインはロベルトの身体をグイグイ押して力自慢をしてみるが、もとよりキャロラインの非力でロベルトが動くこともなく却下された。


「寝込んだままだと、本当に病気になります」

「今日は領地から侯爵夫人がいらっしゃるだろう。学園には、明日から登校すればいいさ」

「そう……ですね。わかりました」


 キャロラインが渋々頷くと、ロベルトはキャロラインの頭を撫で、屈んで唇にキスをした。


「今日は俺も午後は早退して戻ってくる。それまで大人しくしていてくれ」

「わかりました」


 名残惜しく、キャロラインは自分からロベルトにキスを返す。


 高熱を出してから、スキンシップとしての軽いキスはしていたが、身体の触れ合いはなかった。キャロラインを風呂に入れる時も、ロベルトは脱ぐことはなかったし、身体を洗うのも侍女が洗うのと変わらない手付きで、下心など微塵も感じさせなかった。

 キャロラインは風呂に入るのだから当たり前だがスッポンポンだし、体中全てをロベルトが手で洗ってくれるのに、一秒も変な雰囲気にならないのは、やはり自分に魅力がないからか?やはり凹凸がないのが問題なのか?


 つい切なくなって、チューッとロベルトの唇に吸い付くと、ロベルトはキャロラインの頭をがっしり押さえて貪るようにキスをしてきた。

 そのあまりの激しさに酸欠になり、キャロラインは足に力が入らなくなり崩れ落ちそうになる。

 ロベルトはキャロラインの腰を抱き寄せてその身体を支えると、お腹に響く低い声で囁いた。


「俺の我慢の限界を試すなよ。続きは夜な」

「……はい」


 キャロラインは身体まで真っ赤に染めながら、ロベルトからダダ漏れる色気に身悶える。


 こんな男の色気を振りまきながら登校したら、絶対に痴女に襲われる。私ならばロベルト限定でむしゃぶりつくと思う!と、ロベルトの身の安全に不安を感じてしまう。


「昼には戻るから」


 ロベルトはキャロラインをソファーまで抱いて運ぶと、ベルでアンリを部屋に呼び、自分は支度をする為に部屋を出て行った。


「アンリ、アンリまで学園を休ませちゃってごめんね」

「まぁ、お嬢様。私は全然。元から勉強はそんなに好きではないですし、お嬢様のお世話ができればそれでいいんですから。お嬢様と無駄話ができるくらいの学があれば十分なんです」


 アンリはそう言うが、クラスでも上位に入る成績は、地道に努力してきたからだ。キャロラインの世話をしながら、夜中に勉強をしているのをキャロラインは知っていたから、自分の為に学園を休ませてしまい申し訳ないとシュンとしてしまう。


 アンリは、そんなキャロラインの気分転換をしようと、キャロラインの好きなお菓子作りをしようと提案する。


「お嬢様、奥様がいらっしゃるなら、奥様の好きなクッキーでも作りましょうよ」

「そうね。エディブルフラワークッキーにしましょう。まずはお花を摘みに行かないと」

「いいですね。あれは可愛くて好きです」


 この世界では農薬を使わないから、温室で育てている毒性のない花は食べることができる。毒性の有り無しは庭師に聞いて、別邸の温室では食用花の為のコーナーを作っていた。子供の時にちょっとした思いつきでバラの花びらをクッキーに散らして焼いたら、綺麗だとイザベラに大好評だったのだ。今では色んな種類の食用花を使ってクッキーを焼き、たまに侍女達にもお裾分けをしたりしている。

 前にロベルトを呼ぶ為に開いたお茶会は、招待したのが男性ばかりだったからエディブルフラワークッキーは作らなかったが、もし女子を招いてのお茶会を開くならば、絶対に作りたい一品だ。


 午前中は花摘みとクッキー作りに費やした。


 小花を数個焼き付けたり、大きなものを一輪焼き付けたりと、色んな種類の食用花を使って焼いたクッキーは、それだけでテーブルを華やかにした。


「お嬢様、失礼します」


 扉がノックされ、少し早いがイザベラが到着したのかと扉を開ければ、戸惑った表情のマリアと、その後ろに妖艶な赤毛の美女が立っていた。


「王妃様?!」


 そこにいたのはカザン王国の王妃、ラインハルトの実母であるティアナだった。


「急にごめんなさい。辺境伯の屋敷を訪ねたら、あなたはこちらに戻っていると聞いて」

「あの……え……なんで?」


 呆けているキャロラインに代わって、アンリがティアナを部屋の中に通す。イザベラを出迎える為に飾り付けていた応接間だから、王妃を招いても失礼にはならないだろう。


「お嬢様、ご挨拶!」


 アンリに囁かれて、キャロラインは慌ててカテーシーをする。


「お久しぶりでございます。お妃様におかれましてご機嫌麗しく……」

「そんな固っ苦しいのはいいわ。私、今日はあなたに謝りに来たんだから」


 挨拶の口上を途中で遮られ、キャロラインはティアナの言葉に戸惑ってしまう。


 ティアラはキャロラインの前までくると、キャロラインの手をしっかり握った。


「うちの馬鹿息子が本当にごめんなさい。イザベラから早馬が来て、うちの馬鹿息子が贈った指輪でキャロラインの様子がおかしくなったって聞いたわ」

「はぁ……まぁ……そうですね」

「もう良くなったの?いったい何があったの?」


 キャロラインは、宝石箱にしまっておいた一対の指輪と、ロベルトが禁書庫から無断で持ってきてしまった本を引き出しから出してテーブルに置いた。そして、指輪のことが載っているページを開く。


「両想いの指輪?何、この胡散臭いネーミング」

「ネーミングは確かにそうですけれど、効果は凄かったです」


 キャロラインはこれをミカエルにつけられ、しかも対になる指輪を持っていたのは贈り主であるラインハルトではなく、ミカエルだったことを告げた。そして、ミカエルから聞いたラインハルトの企みも洗いざらい話す。


「……なるほど。ラインハルトだけでなくミカエルまで横恋慕しているって訳ね。しかも、こんな卑劣は指輪まで用意して」

「第一王子もミカエル様も、別に私が好きって訳じゃないと思います。私が反射の無属性持ちだから、私を手に入れたいだけなんです。王位継承争いに有利に働くと思っているんでしょう」

「まぁ、それもあるかもしれないけれど……」


 ティアナはそこまで言って口をつぐむ。彼らが真実キャロラインに惹かれているなどとバラして、馬鹿息子達の後押しをするつもりはサラサラないのだ。


 もし、キャロラインを王位継承争いの為だけに手に入れたいのであれば、わざわざ恋をさせる必要などないのだ。もっと俗悪な魔導具が宝物庫にはゴロゴロある。それこそ感情を失くさせて意のままに操ることができるようになる物も。

 わざわざ両想いの指輪などという、好悪の感情のみを操る物を選んで使ったということは、キャロラインに好きになって欲しかったからに他ならないんだろう……、が、しかし!

 権力をかさにきたり、卑劣なグッズで人の心を操ろうとするなど言語道断!


「キャロライン、今回のことは馬鹿息子だけじゃなく、多分王室がからんでいると思うの」

「え……?」

「アキレスはラインハルトとあなたのことは、私の手前無関心を装っているけれど、あなたの無属性を王室に取り入れたいと考えている筈。じゃなきゃ、宝物庫にあるこの指輪をラインハルトが手に入れることは不可能よ。王族だからって、簡単に入れる場所でもないし、持ち出し自由な訳でもないのよ。ラインハルトに許可を出した人物がいるの。それって、アキレス以外にはいなさそうよね」


 ティアナはため息を吐きつつ、テーブルに飾られたエディブルフラワークッキーを手に取った。


「あら、綺麗なクッキー……。あの人も、跪いて花束と愛を私に捧げたものだったのに」


 ティアナはクッキーを口に放り込むと、バリバリと噛み砕き飲み込んだ。


「年なのかしら。きっと忘れてしまったのね」

「あら、忘れたなら思い出させてあげればいいじゃない」


 扉の方から声がし、振り返るとロベルトを引き連れてイザベラがニコニコと微笑んで立っていた。





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