第41話 ミカエルの指輪2

「キャロライン嬢……」


 戸惑うキャロラインの手を握り、ミカエルはまるでキスが出来そうな距離まで近づく。

 思わずのけぞって距離を取ってしまい、キャロラインは何故身体が拒否したのかと考える。


 ミカエルを愛しいという気持ちが溢れているのに、この距離感は受け付けないのだ。好きならば、抱き合ったりキスしたり、それこそ身体を重ねたりもできる筈なのに……。


 キャロラインの身体が意思に反してミカエルを拒絶しているようだ。


 え?これって本当に好きなの?キスすらしたくない相手のこと、愛してるとかちょっと意味がわからないんだけど。


「お嬢様、お嬢様が大好きなのは筋肉ムキムキマッチョです」

「筋肉ムキムキマッチョ……そうね、その通りだわ」

「ミカエル様に筋肉はありますか?!」

「……なさそうね」


 ちょっと失礼な侍女達の視線がミカエルに注がれる。

 細マッチョですらない、ヒョロヒョロのミカエルは、筋肉のキの字もなさそうだ。下手したら、侍女達の方が重い物を持てるかもしれない。


「お嬢様、お嬢様は可愛らしい系よりも厳つい男らしい顔立ちが好きですよね?!」

「そうね。その方が筋肉にあうかなと思うし。」

「ミカエル様はズバリ女の子顔です。お嬢様よりもお可愛らしいお顔立ちかと」


 それも失礼な話ね……と思いつつ、ミカエルの顔を冷静に眺めるが、確かにミカエルは女顔だし、女子の中にいてもかなり可愛らしい部類に入るだろう。

 はっきり言って、キャロラインのタイプとは体格も顔立ちも真逆に位置するのがミカエルだろう。


「確かに、この部屋にいるどの女子よりも可愛らしいかもね」


 皆がムッとしながらも、全くだと頷いた。


「お嬢様、失礼を承知で言いますけどね、見た目だけで言わせてもらえば、お嬢様のタイプはミカエル様とは真逆です」

「ですよね」

「では、好きなタイプとはかけ離れているミカエル様と、何か心温まるエピソードなどあったでしょうか?」


 キャロラインは、ミカエルの手をそっと離して、顎に手を当てて考え、部屋の中をウロウロしながら考え、ソファーに座ったり立ったり、ベッドに座ったり立ったりしてみるものの、アンリの言う心温まるエピソードなんか一つもでてこない。

 ただ、ミカエルが好きだという気持ちだけが湧いてくるだけで、それを裏打ちする事柄が一つもないのだ。


 第二の推しだから?

 いや、あれは二次元だからS気のあるミカエルのギャップに萌えただけで、現実に自分にされるとか考えたら絶対に嫌だ。なにせ、痛いのは大嫌いだし、見るのとされるのは大違いだ。


 アンリの近くをウロウロした時、アンリに「ミカエル様の指輪を外してください」と耳打ちされた。


 ミカエルの指輪?


 ミカエルの左手中指に、少し大きめのシンプルな指輪を見つけた。何故か、薬指にはまっていないことに安堵する。


 その指輪を見た途端、ミカエルが好きで好きで仕方ないという感情がブワッと溢れた。

 それと同時にそんな訳ないと否定する感情も。


 頭が割れるように痛くなり、キャロラインは蹲り頭を抱えた。


「お嬢様!」

「キャロライン嬢!」


 皆がキャロラインに駆け寄る。


「キャロライン!」


 扉が全開になり、ロベルトが駆け込んできた。扉の蝶番が変な音をたて、少し扉が傾いたような気がするが、そんなことを気にする人間はいなかった。


 ロベルトの鬼気迫る覇気に、部屋にいた全員の動きが止まった。ミカエルなどは、ロベルトの覇気を真正面から受ける形になり、顔面蒼白で金縛りにあったかのように指一本すら動かせないようだった。


 蹲るキャロラインの目の前にミカエルの手があり、その指には指輪が……。


 キャロラインはその指輪に無意識に手を伸ばしていた。

 ガンガン痛む頭に、さっきアンリに言われた「指輪を外して」という言葉だけが繰り返し響いていたからだ。


 キャロラインの指輪と違って緩いその指輪は、簡単にミカエルの指から外れた。その途端、キャロラインの頭痛も、ミカエルに対して感じていた感情も跡形もなくなくなった。


「……ロベルト様、ロベルト様」


 キャロラインがロベルトに手を差し出すと、ロベルトが風のように素早くキャロラインに駆け寄り抱き上げた。

 キャロラインは手に握ったミカエルの指輪をロベルトに差し出す。ロベルトはそれを受け取ると、キャロラインをソファーに下ろした。


「ミカエル殿、この指輪について説明を」

「説明……もなにも。ラインハルト様からいただいた、晩餐会の招待状に入っていた指輪ってだけ」


 ロベルトは懐から一冊の本を出した。やや古臭い装丁で、紙の色も変色してしまっている。


「これは、禁書庫で見つけた呪いの類の本だ」

「呪い……」

「今は廃れてしまったが、昔は呪術を操る者がいた。彼らは魔力が極めて低く、代わりに魔石に呪術を施すことで、魔法使いと同等の力を誇示していたようだ。この指輪は、その時代の遺物。キャロラインのそれと対をなす物。ほら、この指輪と全く同じ物がここに」


 本を開き、ロベルトが指し示した先には、実寸大の指輪の挿絵と、その特徴が書かれていた。呪いの内容は……。


「両想いの指輪?」


 キャロラインが内容を読んで、思い切り顔を歪ませてミカエルを凝視する。


「意味がわからない。第一王子がこれを私に仕込んだのは、私が無属性だからですよね?あなたも私にロベルト様との婚約を破棄して、第一王子の妃になれとか言ってましたもんね。それでなんでまた対の指輪を第一王子じゃなくあなたが使ったんですか?」


 心底理解不能だというキャロラインに対し、ミカエルは顔を赤くしながら悔しそうに俯く。


 ロベルトの覇気に飲まれて身動きがとれなくなったのも失態だが、むざむざ指輪を引き抜かれるとか、間抜けにも程がある。しかも、その指輪が両想いの指輪とか、もっと書き方はなかったのか!と、ミカエルは古書に対して見当違いな怒りを感じていた。


 作用を考えると両想いの指輪で間違いはないのだろうが、あまりに乙女チックなネーミングで馬鹿馬鹿し過ぎる。効果は抜群とはいえ、胡散臭い呪いグッズみたいではないか。


 しかも、それを自分がキャロラインに使ったということは、自分がキャロラインに好意を持っているんだとバレバレで、それがミカエルの矜持を著しく傷つけた。


 キャロラインのことは気に入っている。キャロラインがどうしても結婚して欲しいと言うなら、結婚してやっても良いくらいには……。(どれだけ上から目線なんだ)キャロラインは身長も高い(ミカエルは男子にしては低めな身長を実は気にしている)し、キツく見える顔立ちは可愛くないし、身体も細くて凹凸が乏しい。全くもってタイプじゃない(それはお互い様だとキャロラインなら言うだろう)のに、好きになってしまった。

 たかだか食の好みを言い当てられ、ミカエル好みのサンドイッチをもらっただけで。(チョロ過ぎる)


 キャロラインのことが好きなのに、キャロラインのことが好きだと周りに知られることは嫌……って、どんだけキャロラインに失礼なんだって話だが、それを失礼だとは思わないのがミカエルという男だった。


「お嬢様、それは聞くまでもないのでは?」

「そうそう。うちのお嬢様くらい愛らしく素晴らしい方はいませんからね。そりゃ両想いの(プッ)指輪も使いたくなります」

「ふざけたことを言うな!僕がキャロライン嬢に……なんてあり得ない!」


 やはり、そのネーミングセンスのダサさにアンリは笑いを我慢できない。

 恋心を操るとか、最低な行為だとは誰もが思うのだが、「両想いの指輪」をプライドの高いラインハルトやミカエルが使おうとしたということがもはやツボだ。


「そりゃそうよ。ミカエル様が私に片想いなんてあり得ないわ。ほらアンリ、笑ったら駄目よ。子供の玩具みたいなネーミングだけれど、実際に精神に作用する恐ろしい物だわ」

「そうでした。すみません。お嬢様が元に戻ったので、ちょっと浮かれてしまいました」


 アンリはキャロラインにペコリと頭を下げたが、ミカエルに対してはスルーだった。教会関係者でもあら王族でもあるミカエルにこの態度、アンリも見かけによらず豪胆である。


 キャロライン本人に自分の気持ちを否定されたミカエルは、不貞腐れたようにそっぽを向く。


「キャロライン、左手を出せ」


 ロベルトに言われ、キャロラインは躊躇いながらも左手を出した。そこには赤い魔石のついたシンプルな指輪がはまっている。

 ロベルトは懐からオイルを取り出して指輪とキャロラインの指に塗りこむと、指輪の内側に風魔法で渦を作り出し、指輪を一気に押し上げた。何をしても抜けなかった指輪が、凄い勢いでキャロラインの指から外れ、ロベルトの手に飛び込んでいった。

 キャロラインに魔法をかけると反射してしまう為、オイルでキャロラインの指と指輪の間に膜を作り、その隙間に風魔法を展開させたのだ。

 規格外の魔法操作の技術を披露したのだが、それに気がついているのはこの場にはミカエルしかいない。


「……外れた」


 キャロラインは指輪の跡がついてしまった指をアンリにかざして見せ、二人で抱き合って喜ぶ。


 ロベルトは手の中にある一対の指輪を握りしめると、ミカエルに一歩踏み出した。


「降参です。参りました」


 まだロベルトが何もしていないのに、ミカエルは両手を上げて降参の意を示した。あの覇気ですら耐えられなかったのに、あんな繊細な魔法操作を容易くしてしまえるロベルトに敵う訳がないのだ。


「ラインハルト様の企みを全て話します」


 ミカエルは、保身の為に呆気なくラインハルトの企みを暴露していった。


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