第39話 私が好きなのは?
夢の中で、キャロラインはミカエルと手を繋いて歩いていた。
指と指を絡め、身体を寄せ合い、周りを憚らずにキスを交わす。ミカエルのことが大好きで、彼とお揃いの指輪が愛おしくてしょうがない。
くらいの背丈だから、抱き合っていてもピッタリくる。キスをする時も背伸びをする必要がないし、抱き合ってもお互いの肩の上に顔が出るから、息苦しいこともない
そうだ、前世で一番のラのヨハンだが、次に好きなのはミカエルだったに可愛らしい顔で、実はドSっていうギャップにゾクゾクしたんだった。キャロライン自体はM気はあっても真性Mではないから、あくまでもゲーム上で推していただけだが。
現実で彼のプレイについていけるか?好きだから、できる限りは希望に沿って頑張りたいとは思うけれど。
夢の中のミカエルは、ドSを封印して甘々だった。やはり夢だから、キャロラインの願望が表れているんだろうか?
「キャロライン、大好きですよ」
「私も」
「私も?私も誰が好きなんですか?」
「そんなの、言わなくてもわかるよね?」
「わかりませんね。ほら、ちゃんと言ってください。キャロラインが本当に好きなのは誰ですか?」
そんなことわかっている筈なのに、ミカエルは意地悪く追求してくる。
「意地悪!私が好きなのはもちろん……」
「もちろん?」
「もちろん……」
ミカエルだよ……と言おうとして、言葉が口から出てこない。
「私が好きなのは……」
喉が苦しい。こんなにミカエルが好きなのに、どうして言葉にならないんだろう。
キャロラインは何度も言葉にしようとしたが、口からは空気が漏れる音しか出てこなかった。
★★★
「……!」
キャロラインは喉を押さえて飛び起きた。
「夢……?」
「お嬢様、おはようございます」
ちょうどアンリがキャロラインを起こしに来たようで、アンリがカーテンを開けたところだった。
「アンリ、おはよう」
「ああ、その指輪のせいで夢見が悪かったんですね。汗だくですよ。でも、夕飯も食べてないし、それだけ汗をかいたら、少しは指が細くなって指輪が外れれるかもしれないですね」
アンリはキャロラインに近づくと、その左手薬指にはまっている指輪に手を伸ばした。
「止めて!外さないで!」
指輪に触れられると、凄い嫌悪感が湧き上がり、初めてアンリの手を払い除けてしまった。
「お嬢様?」
「……ごめんなさい。これはいいのよ。外さなくていいの」
「でもお嬢様、左手の薬指は大切な指だって言っていたじゃないですか。大好きな人からの指輪しかつけないんだって」
「そうよ、だからこのままでいいの。だって、ミカエル様がはめてくれた指輪だから」
「は?」
キャロラインが愛おしそうに指輪を撫でると、アンリは心底わからないという顔をする。それはそうだろう。キャロラインの言い方だと、キャロラインの大好きな人はミカエルということになってしまう。
「ちょっとお嬢様、なに寝ぼけてるんですか」
「やぁね、寝ぼけてなんかないわよ。ああ、汗だくで気持ち悪いわ。アンリ、汗を流したいの。お風呂の用意をお願い。あと、お腹がペコペコだから、お風呂をあがったらベーグルサンドが食べたいわ。お肉とお野菜てんこ盛りでね」
「お嬢様……」
指輪を外す為に三日間断食すると言っていたのに、そんなことはなかったかのような振る舞うキャロラインにアンリの戸惑いはさらに大きくなる。
「お嬢様、その指輪は第一王子からいただいたもの……ですから、お嬢様が好きなのは第一王子ということでしょうか?」
アンリは、キャロラインの表情、言葉、全てを観察するようにジッとキャロラインを注視する。
「そんな訳ないじゃない。第一王子なんか好きになったら身の破滅だもん。やぁよ、断罪破滅ルートは」
「ですよね」
「誰に貰ったとか関係ないわ。前世ではね、結婚式でね、お互いに指輪の交換をするのよ。指輪をつけさせ合うの。だから、つけてもらうことが重要なの。この指輪をつけてくれたのはミカエル様だわ。私の左手に手を添えて……。まるで結婚指輪をつけるように」
ウットリと指輪を眺めるキャロラインは、昨日指輪が取れなくてパニック状態になったキャロラインとは別人だった。
「お嬢様の婚約者様はロベルト様ですよ?」
「ロベルト……様?私が好きなのは……」
キャロラインは何かに悩む素振りをしたが、すぐに忘れたように指輪に魅入った。まるでロベルトのことなど忘れてしまったかのその様子に、アンリはキャロラインが普通の状態ではないことを感じ取った。
「お嬢様、お風呂の用意をしてきますから、お部屋を出ないようにお願いします。ベーグルサンドも時間がかかるでしょうから、先にフルーツでも食べてお待ちください」
「わかったわ。この格好じゃ、廊下にも出れないわよ。でも、なるべく早くね」
「かしこまりました」
アンリは、寝間着のままキャロラインを自室に放置し、侯爵別邸の侍女頭の元に走った。
「マリアさん、お嬢様が大変です!」
「アンリ、屋敷は走らないっていつも言っているでしょ!」
「それどころじゃないんです。お嬢様が正気を失ってます。誰かに操られているとしか思えないんです」
「……どういうこと?」
アンリは、さっきのキャロラインとのやり取りを詳細に話した。
昨日キャロラインが無理にでも指輪を外そうとして、指を真っ赤にさせていたのを侍女達で止めたこともあり、キャロラインがあの指輪を嫌がっていたのは知っていた。何よりも、キャロラインがロベルトに惚れ込み、ロベルトの為に一生懸命お菓子を作る姿や、ロベルトを語る時のキャロラインの愛らしい姿をずっと見てきたのだ。
昨日まで、キャロラインはロベルトの元で幸せに過ごしているんだと疑いもしなかったのに。
「あの指輪のせいです!絶対にそうです。朝、あの指輪を外すのを凄く嫌がったんです。昨日は指をちょん切ってでも外したいって、言ってらしたのに」
確かに、マリアにもそれくらいしか考えつかなかった。
「とりあえず、私は領地の奥様に連絡を取ります。あなたはロベルト様を呼んできなさい」
「でも、誰かお嬢様を見張っておかないと」
「大丈夫です。私がお嬢様に付き添いますから」
「わかりました。誰が来ても……第一王子やその側近達、特にミカエル様が来ても合わせたら駄目です。お嬢様も外出させないようにお願いします」
「わかりました。さぁ早く、ロベルト様を呼んでいらっしゃい」
アンリは取るものも取らずに侯爵別邸を後にし、マリアはキャロラインの自室に急いだ。
★★★
「……という訳で、お嬢様を正気に戻してください!お願いします」
「あの指輪のせい……ということだが、もし何かしらの魔導具だとしても、キャロラインには魔法は効かない筈では?」
「その通りです。だから、魔法じゃない何か……精神を操るような」
ロベルトは考え込んだ。
ロベルトが今まで読んだ本は数え切れない。その知識は学者並みで、しかも活字中毒気味であったから、多方面の本を手当たり次第読み漁っていた。魔導具についての本も、それこそ禁書と言われる王室の持ち出し禁止の本まで王宮図書館で読んだことがあった。
ロベルトの見た目からパワー重視の脳筋のように思われがちだが、実際は緻密な戦略を立てる軍師としての才能が突出していた。
まさに考える筋肉。無敵である。
「魔法じゃないとなると……呪いか?」
ロベルトは、昨日キャロラインから見せられた指輪を思い浮かべる。精神に作用する赤い宝石のついたシンプルな指輪。内面に文字などは彫っていなかったから、指輪はたんに宝石を保持する為だけのもので、問題はあの赤い石なんだろう。
「アンリ、俺はあの指輪について王宮図書館で調べてこようと思う」
「調べてわかるでしょうか?」
「似たような魔石の文献を、禁書庫で読んだ記憶があるんだ。アンリはキャロラインについていてもらえるか?」
「もちろんです!でも、なるべく早めでお願いします」
「ああ、最速で」
ロベルトは王宮へ馬を走らせ、アンリはロベルトに出してもらった馬車で侯爵別邸へ戻った。
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