第38話 指輪が……

 今夜話の続きをして、キスマークをつけさせてもらって、さらにさらに最後まで進むつもりだったのに、なんでこうなったかな?


 お昼休み、納涼祭に参加して賭けに勝ったクラスの女子に招待状が配られた。送り主は王宮。ラインハルトが約束した王宮での晩餐会の招待状で、中には招待状と指輪が二つ入っていた。これは、一つの招待状でパートナーと二人招待するかわりに、この指輪が招待された証になるから、晩餐会には指輪をつけてくるようにと書いてあった。


 中にはシンプルな指輪が二つ。赤い宝石が嵌め込んである細めの指輪と、同じく宝石が裏側に埋め込まれている少し太めの指輪だ。お揃いの指輪はまるで結婚指輪のようで、微妙な心持ちになる。自分達で買ったのならば喜んでつけるが、他人、しかもラインハルトから贈られた物だと思うと……。

 ロベルトにも見せたが、苦虫を噛み潰したような顔で、「つけたくないし、つけさせたくない」と言われた。

 それにはキャロラインも激しく同意だったのだが……。


 その指輪が今はキャロラインの左手の薬指にはまっている。

 しかも……外れない。


 どうしてこうなったか。それは放課後のこと。

 帰り支度をし、ロベルトの授業が終わるのをアンリと教室で待っていた。そこに嘘くさい(多分そう思うのはキャロラインだけ)笑みを浮かべたミカエルがやってきた。


「ハンメル侯爵令嬢、晩餐会の招待状は受け取りましたか?」

「ええ、まぁ」

「サイズはいかがでした?」


 サイズ?

 そうか、サイズが合わなければはめなくてもいいはず!


 キャロラインは身長が高いだけあり、普通の女子よりは手も足も大きい。普通の女子サイズの指輪ならば、第二関節から下には入らないだろう。ロベルトも同様だ。


 入らないものはしょうがないよね!


「多分入らないかと。華奢な指輪でしたし……」

「見せてもらえますか?」


 キャロラインは封筒の中から女子サイズの指輪を取り出し、左手にのせてミカエルに差し出した。

 ミカエルはキャロラインの左手に手を添えてその指輪を手に取ると、そのままキャロラインの薬指にズボッとはめてしまった。


「アッ!」


 関節に抵抗を感じながら無理やり入れられた指輪は、少しキツめにキャロラインの指を締め付けた。


「入りましたね。ならば良かったです」

「良くない!!!」


 キャロラインは指輪を外そうと、引っ張ったり回したりしてみたが、全く外れない。


「アンリ、外れない外れない」

「お嬢様、指が千切れます!そんなに引っ張ったら駄目です」


 ミカエルが来たせいで後ろに控えていたアンリが、キャロラインの左手を両手で覆って指が傷つかないようにガードする。


「でも!」


 この世界には結婚指輪なんてものは存在しないのだが、運悪く指輪がはまった指は左手の薬指。前世の記憶のあるキャロラインにしたら、左手の薬指は神聖な指だ。

 それが、ラインハルトからの指輪をミカエルにつけられて、しかも外れないとか、最低最悪……気持ち悪過ぎて吐いてしまいそうだった。


 顔面蒼白になり、いつもの作った侯爵令嬢の仮面などどこかへ吹っ飛び、表情豊かな素のキャロラインでワタワタオロオロする。


「あ、石鹸水で滑らせると外れるって聞いたことが……外れない!そうだ、糸!糸を使うと外れるって……どうやって使うかわからない!」

「お嬢様、落ち着いて」

「アンリーッ、気持ち悪い気持ち悪い指輪外れない。消防!消防なら切って外して……って、この世界の消防署ってどこ?!」


 手を振り回して外そうとするが外れず、キャロラインはすっかりパニック状態だ。

 その様子を見て、さすがに指輪を意図的にはめさせたミカエルも動揺してしまう。呪いの指輪は二つを同時につけた時に呪いが発動する筈で、呪いが発動すれば自分からは外さなくなる……とは聞いたが、外せなくなるではなかった筈だ。つまり、今現在指輪が外せないのは呪いとは無関係に物理的に外せない状態というだけだろう。

 ミカエルは、キャロラインに本物が渡ったかということ、指輪がきちんとキャロラインの指に入るか確認したかっただけで、指輪が外れなくなるのは想定外だった。


「痛いのですか?!気分が悪いのですか?!」

「痛くないし気分も悪くない!でも嫌なの!!」


 外す道具はないかと、あっちこっちを走り回るキャロラインの後をアンリが追いかけ、その後ろをミカエルがついて歩く。


「そうだ、風魔法で指輪を切断してもらえば……」

「指まで切れるだろ!……いや、すみません。ちょっと落ち着きましょう」


 言うことに棘があっても基本丁寧な口調なミカエルが、珍しくきつい言い方をして、気まずそうに視線をそらした。


「そうですよ、お嬢様。もうすぐロベルト様が迎えにこられますし、相談すればなんとか……」

「嫌!見られたくない」


 左手の薬指にロベルト以外からもらった指輪をつけているなんて、不誠実にも程がある……と、キャロラインは思ってしまった。そして、ロベルトには……というか、この世界にはない習慣にも関わらず、一度そう思ってしまうと、ロベルトには絶対に見せてはいけない物だと思い込んでしまった。


「そうだ!痩せれば取れるかも。三日くらい食べなかったら、スッポリ抜けるかもしれない。浮腫みもあるかもだから、水も飲まなかったらいいよね。そうよ、三日!三日……の辛抱だわ。明日明後日はお休みだし、頑張れば月曜日には……」


 キャロラインはブツブツつぶやくと、ノートから紙を一枚破りロベルトに手紙を書いた。それを器用に折ってハート付きの紙の手紙を作る。


「お嬢様、相変わらず器用ですね」

「そう?封筒ないからね。ミカエル様、これをロベルト様に渡してください」

「僕が?!」


 素っ頓狂な声を出すミカエルに、キャロラインは手紙をグイグイ押し当てる。


「当たり前です!元はと言えばミカエル様が私に指輪をはめたからじゃないですか!いいですか、余計なことは言わずに、この手紙だけを渡してくださいね」


 キャロラインは手紙をミカエルの手に握らせると、荷物を持って脱兎のごとく教室から駆け出した。


「お嬢様、待ってーッ!」


 貴族子女とも思えない速さで学園から出ると、馬車を拾って侯爵家別邸へ帰った。

 ロベルトへの手紙には、侯爵家別邸で問題が起こったので三日ほど戻ります。たいしたことではないので、心配しないでください……とだけ書いた。ノートの切れ端だけれど、ちゃんとサインも書いたし、ロベルトならばキャロラインの字だとちゃんとわかってくれるだろう。まぁ、何故その手紙をミカエルが持っているのか……ということを詰問するかもしれないが。


 そして、本当だったら今日こそ、ロベルトとの初夜を迎える筈だったキャロラインは、今は王都にある侯爵家別邸の自室のベッドの上で、空腹と戦いながらゴロゴロしているのであった。


 ★★★


 その頃、ミカエルはロイドの家にいた。


「どうした?ミカエルがうちに来るなんて珍しいな」

「そうですか?たまにはお話でもと思って。最近はプリシラとの関係はどうです?彼女、学園に入学してきましたよね」

「まぁ、うん、そうだな」


 ロイドがアレキサンダーの妹と婚約したのは八年前、プリシラの魔力鑑定が行われた直後だった。

 プリシラ十歳、ロイドが十四歳の時だ。

 侯爵令嬢と伯爵子息で家格的にも問題なかったし、同じく王家に重用されているという以上に、二人の魔法属性がピッタリとリンクしたのだ。三属性持ちも珍しい上、属性まで同じとなれば、その二人から生まれる子供は確変確定。よほどのことがない限り三属性……四属性も夢ではない。しかも、魔力量もかなり高くなるだろう。さらには、文に優れたスターレン家と、武に優れたドーム家のいいとこ取りをすれば次々世代まで安泰だという、楽観的予想により二人の婚約は早々に結ばれたのだ。


 しかし、騎士達に囲まれて育ったプリシラの価値観は全てから成っており、顔面は二の次といういささか残念な貴族令嬢に育ってしまった。ロベルトのことがなければ、キャロラインと筋肉談義で盛り上がれた筈だ。

 そんなプリシラが、身体を動かすよりも本の虫であるロイドを好きになれる訳もなく、二人の仲は年をおうごとに険悪になっていった。


「ほら、僕とアレキサンダーは婚約者もいないからリーゼロッテの相手をしても誰も何も言わないけれど、君にはプリシラがいるから、やはりあまり表立ってリーゼロッテと関わるのはよろしくないよね」

「それは……」


 ロイドはモノクルを何度も弄り、落ち着かなげな態度を示す。


 ロイドからしたら、名ばかりの婚約者とはいえプリシラを無下に扱うこともできない。しかし、リーゼロッテに惹かれる自分を抑えることもできず……。


「まぁ、命令してるのはラインハルト様ですし、いざとなればラインハルト様に責任取ってもらえばいい話ですけどね。ところで晩餐会の指輪、あれを作ったのはロイドですよね。僕の指輪、他の人のと少し違う気がするんですが、元の指輪を見せてもらってもいいですか?」


 ミカエルは、ポケットに忍ばせてきた青い宝石を埋め込んだレプリカの指輪を左手に握り込んだ。

 いきなりプリシラの話をしたのも、ロイドを心配したからではなく、ロイドを動揺させて指輪をすり替える隙を作る為だった。


「元の?ちょっと待って……」


 ロイドは一度部屋を出ていき、小さな金庫を手に戻ってきた。どうやらロイドはこの指輪の価値を聞いていないらしく、持ち運びできる金庫に入れて保管しているようだ。金庫ごと盗まれたらどうするのか?ミカエルは嘘くさい温和そうな笑顔を浮かべながら、こいつは頭が良い癖に馬鹿だなと内心鼻で笑った。


「男子用の指輪の本物は青い石なんだ。お揃い感を出す為にレプリカは赤い石にしたけどね」

「本物の女子用はハンメル侯爵令嬢に贈った?」

「あぁ。ラインハルト様にそう命令されたからな。王室に伝わるそれなりに高価な指輪なんだろう?前に贈ったネックレスが突き返されたから、プレゼントとはわからない形で贈りたいと言われたからな。ラインハルト様は、ハンメル侯爵令嬢とどうなりたいんだ?彼女はすでに辺境伯令息の婚約者じゃないか」

「そうですね。まぁ、横恋慕ってやつでしょうか。貴族の婚約など、王族の結婚に比べたらたいして意味はないですからね。紙切れ一枚の婚約など、どうとでもなりますよ。もちろん、ロイドとプリシラの婚約だって、いつラインハルト様の気まぐれで白紙になるかもわかりません」

「え?」


 次代のラインハルトの治世を支える意味でも、スターレン家とドーム家が婚姻になる繋がりが、次々代の為にも二人にできるだろう子供が必要だとロイドは思ってきた。


 驚くロイドに、さらにミカエルは揺さぶりをかける。


「よく考えてみてください。リーゼロッテの力が必要とはいえ、彼女はただの平民です。妃にする訳にはいかない。かといって彼女の性格上、ラインハルト様の側室で我慢する訳がない」

「そう……かもしれないな」

「ラインハルト様の妃ならば、やはり他国の姫かせめて公爵、侯爵家くいの出自がないと。そんな方々が平民と同等に扱われて、良しとする訳がないでしょう?だから、リーゼロッテがラインハルト様と結婚する未来はあり得ない。けれど、リーゼロッテの力は取り込みたい」

「そうだな。ラインハルト様が立太子する為にも、吸収の無属性を側に置いておきたいだろう」


 ミカエルはニンマリと笑う。


「ならばどうします?僕ならば、側近に……一番信用できる人物に娶らせますね。ああ、僕は駄目ですよ。だって王位継承権ありますから。ならば、ロイドかアレキサンダーですよね」

「そんな……でも……」


 ロイドが考え込んでいる隙に、ミカエルは青い魔石のついている指輪を右手に握り込み、左手に持っていたレプリカをテーブルの上に置いた。


 すり替え成功である。


「まぁ、そんな話もあるかなってことです。では、僕はこれで」

「あれ?指輪の確認は?」

「パッと見同じでした。僕の勘違いだったようです。お邪魔しました」


 ミカエルはポケットの中で指輪を薬指にはめ、ロイドの屋敷を後にした。



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