第35話 プリシラ嬢の主張
「あなた!あなたがロベルト様と結婚して、私以上に辺境の役に立てることがあるなら言ってみなさいよ」
プリシラが腕を組んで仁王立ちで言う。背の高いキャロラインを睨みつけているせいで顎が上がり、いかににもふんぞり返っているような体勢になる。これぞ悪役令嬢!
見た目だけならば、悪役令嬢VS悪役令嬢。キャロラインには戸惑いと不安しかないのだが、表情には現れない為、まるで睨み合っているような構図が出来上がる。
「ほら、早く!」
「……と言われても」
キャロラインだって侯爵令嬢だ。しかも領地経営は大成功、余りある資産を有する大貴族と言える。しかし、それはハンメル侯爵家の物だし、それを継ぐのは次期当主である弟のラルクだ。キャロラインが頼めばダンテは快く援助はしてくれるだろうが、それを当てにするのは違う気がする。
キャロライン本人で言えば、確かに剣は振れないが、反射の無属性でロベルトの盾になることはできる。ロベルト自身の強化も。
でも、まだそれを公言するつもりはないし、なによりもロベルトがキャロラインを盾にすることは絶対にないだろう。ロベルトの強さの前に、反射の無属性で守ってあげれますと大口を叩くのは、烏滸がましいにも程があるだろうし。
「ほら、ロベルト様にも辺境にも役に立たない人は、さっさとロベルト様の婚約者の座から去ってください」
「それは!……嫌です」
役に立たないと言われて言い返すこともできず、でも婚約破棄なんか絶対にしたくないキャロラインは、拳を握りしめて子供のように嫌だと言うしかなかった。
「婚約破棄した後のことが心配なら、あなたに私の兄を紹介しますけど。兄には婚約者はいないし、ちょっと単細胞ですけれど、扱いやすい人よ。それとも、私の婚約者なんかどう?平民女にいれこんでいるみたいですけれど、愛人を許容できるならば、かなり優良物件ですから。ロイド・スターレンって知ってます?伯爵令息ですけど、将来は第一王子が王になれれば、宰相くらいにはなるんじゃないかしら。顔も悪くはないわよ。ヒョロヒョロモヤシではあるけれど」
まさかのロイドの婚約者に、キャロラインはまじまじとプリシラを見てしまう。ゲームの中で、ロイドの婚約者なんていただろうか?キャロラインの記憶の中にはなかった。
ロイドがいれこんでる平民女とは、リーゼロッテで間違いないんだろう。ということは、ロイド攻略は成功したみたいだ。
前のめりになって弾丸のように喋るプリシラにのけぞりながらも、もし彼女がロイドの婚約者で、ロイドが攻略されたのならば、プリシラは間違いなく悪役令嬢ポジションだな……なんてことを考えていた。
「紹介など必要ない。キャロラインは俺の婚約者で、半年後には結婚するのだから」
「ロベルト様……」
ロベルトが憮然とした様子でキャロラインを自分の方へ引き寄せた。
婚約はしたものの、結婚の時期についてロベルトが口にしたのは初めてだ。そして、最短の結婚を考えていてくれることにキャロラインの瞳はウルウルと潤む。
「まぁ!ロベルト様はいずれ辺境伯になるんだから、もっと領地の為になる婚姻を考えるべきでは?!まだ半年もあるんだから、よくよく考えて答えを出すべきよ。あなたも、辺境の為を考えるなら、自分から身を引くくらいじゃなきゃ駄目!お二人共、しっかり御自分の立場を考えることね!では、私も婚約破棄してからまたお話にきます。ロベルト様、午後の本戦も余裕だろうけれど、慢心せずに頑張ってください。では、失礼します」
プリシラは、自分の言いたいことだけ言うと、来た時の勢いのまま、キャロラインの静止も聞かずに控え室を出て行ってしまった。
サラッと婚約破棄宣言をしたプリシラに、キャロラインはオロオロとした様子でロベルトとアンリを交互に見る。
「どうしよう。あの子、婚約を破棄するって言ってたよね?!」
「言ってましたね。だからって、お嬢様達が責任感じることないですよ。お相手が平民の女の子にうつつを抜かしているようですし、婚約破棄の理由はお嬢様達とは無関係です」
「でも……」
自分が婚約破棄したんだから別れなさいよ……とか難癖くけられそうで、後々面倒なことになりそうだ。
「そんなことはあの貴族の令嬢の問題だから放っておくとして、ロベルト様に質問があります」
アンリが授業中の生徒のようにシュタッと手を上げた。
「俺で答えられることなら」
「ロベルト様にしか答えられません。では、ここはちょっと人目も多いですし、移動しませんか?お嬢様がロベルト様の為に作ったお弁当でも食べながら、お聞きしたいことがあります」
「そういえば、今日は早く起きていたな」
ロベルトはキャロラインの頭を撫でながら聞いた。
ロベルトにとってプリシラは意味不明なことを言う頭がおかしい少女として脳内で処理され、すでに記憶の片隅に追いやられており、そんなことよりもあの騒がしい少女のせいでキャロラインが他の騎士学園男子に注目されてしまったことの方が問題だった。親しげに頭を撫でただけでは不十分だと思い、キャロラインは自分のものだと言うように、その腰を抱き寄せてより親密さを周りにアピールした。
プリシラのことが気になっているのはキャロラインのみで、ロベルトもアンリも先程のプリシラの突撃はすっかり頭にないらしい。
「起こしちゃいましたか?ごめんなさい」
「すぐに二度寝したから気にするな。では行こうか。キャロライン、アンリ嬢、そのバスケットは俺が持とう」
三人で校舎裏にあるガゼボへ向かった。
今日は王国学園では文化祭、王国騎士学園では武術大会が行われており、学生が出している屋台やカフェでお昼を食べる生徒が多いせいか、ガゼボには誰もいなかった。
キャロラインはお弁当を広げ、アンリが飲み物を用意する。
貴族でも高貴な侯爵令嬢と、平民女子が仲良くしている様子を見て、ロベルトは微笑ましく思った。
辺境では、貴族と平民の距離は近い。協力しなければ生きていけないからだ。他国の侵略攻撃、盗賊の急襲、魔獣のスタンピード……、毎日何かしらの理由で命は奪われる。そんな場所で、身分だなんだと言っていたら生き残れないのだ。
王都に来てロベルトが一番驚いたのは、傲慢な貴族達の態度だった。貴族子息には淑女然として嫋やかに振る舞っても、侍女達への態度を見ればその傲慢さは透けて見えており、そんな女子達では辺境伯夫人には向かないと、半分婚約者探しを諦めていた。キャロラインと知り合うまでは……だが。
そんな貴族子女達の中にいて、ロベルトにとってキャロラインは良い意味で異色だった。
貴族だからとか平民だからとか拘らずに誰に対しても態度を変えない。学園では悪役令嬢とか見た目の雰囲気のみで誤解されているが、実際にキャロラインを良く知る侯爵邸の使用人達からは、「うちのお嬢様は最高に優しくて可愛しい!!」とキャロライン贔屓が爆発している。
それは、キャロラインが平民を蔑ろにせず、常に対等な人間として接し、礼を惜しまないからだろう。
そんなキャロラインだから、辺境でも受け入れられると思うし、きっとうまくやってくれるとロベルトは信じていた。
辺境の役に立つのはどっちだというさっきのプリシラの問いだが、辺境を引っ掻き回して領民の反感を買いそうなプリシラよりも、領民に愛される資質を持つキャロラインの方が、断然辺境の為になるというのがロベルトの考えだ。しかし、役に立つからキャロラインと結婚したいのではなく、キャロラインだから結婚したいのであって、プリシラの問いのくだらなさに、口を開く気にもなれなかった。
「それで、アンリ嬢の質問とはなんだ?」
「まず、一つ目。これはただの確認なんですが、お嬢様と共に私も辺境に連れていってもらえますよね?」
「もちろんだ。無論、無理強いはしないが、キャロラインの為にもついて来てもらいたいと思っている」
「アンリ!あなたと離れるなんて無理よ!」
アンリとは十歳の時から一緒にいるのだ。姉のような存在のアンリは、既にキャロラインの生活の一部になっており、離れるなんて考えたこともなかった。
立ち上がり、アンリの手をしっかり握るキャロラインを落ち着けるように、ロベルトはキャロラインの背中をさすった。
「ああ、お嬢様落ち着いて。もちろん駄目だと言われてもついていきますよ。私が言いたかったのは、お嬢様が結婚した暁には、私は辺境伯家の侍女になるわけですし、ロベルト様が私の名前に嬢をつけるのはおかしいかなってことだけです」
アンリの主張にロベルトは頷いて答えた。
「二つ目、半年後にご結婚なさるということは、その後はすぐに辺境に行くことになりますか?」
「それな。俺は、キャロラインには学園をちゃんと卒業してもらいたいと思っている。結婚後、長い年月辺境にいることになるのだから、せめて学園にいる間はここでしかできないことをやり、ここでしか学べないことを学んでほしい」
「……それは、二年間別居婚になるということですか?私は学園生活よりも、ロベルト様のお側にいたいです」
どんなゲーム補正がかかるかわからない状態で、ロベルトから離れたら、それこそ一生会えなくなってしまいそうで怖かった。
例えば、キャロラインがラインハルトの婚約者になる為に、夫になるロベルトを排除する……なんて補正もあり得るではないかということに、最近気がついてしまったのだ。
自分の最悪なバッドエンドを回避することばかりに頭が行き、自分と婚約したロベルトがどうなるかなんて考えていなかった。
「もちろん俺も離れる気はない。キャロラインと離れている間に、王家がキャロラインにちょっかいを出してくるかもしれないしな。王妃はキャロライン寄りかもしれんが、王と二人の王子は無属性を王家に取り込みたいと考えているようだから」
「そうなんですか?」
離宮でのことをアンリに話していなかったので、どんな話をしたのかかいつまんでアンリに話して聞かせた。
「第一王子だけじゃなく、第二王子までもですか。お嬢様、いらないモテ期がやってきちゃいましたね」
「ほんといらない。でも、私がモテてる訳じゃないから。ただ単に、私の無属性目当てであって、私個人が欲しいわけじゃないじゃない」
「俺は、キャロラインがいればそれでいい。反射の無属性とかあってもなくてもかまわない。だから、キャロラインが卒業するまでの二年間、俺は辺境に戻らずに、王都で、キャロラインのそばにいようと思う。ある家門に弟子入りし、さらに強く、キャロラインを守れる存在になるつもりだ」
「ロベルト様……」
ロベルトの決意に、キャロラインの目から感動の涙が落ちる。
次期辺境伯としての意識の高いロベルトが、二年間とはいえ辺境よりもキャロラインのそばにいることを選んでくれた。ロベルトの愛情を真摯に感じ、キャロラインはある決意を固めた。
今のロベルトの強さを考えれば、キャロラインの能力などあろうがなかろうがどうでもいいかもしれない。
だが、ゲームの補正力を考えれば、ロベルトが強ければ強いほどロベルトの危険は減るだろう。
ならば……、キャロラインにもできることがある。
ロベルトと最後まで身体を繋げ、ロベルトの魔力をカンストさせることだ。
毎晩ベッドを共にし、裸の触れ合いをしているというのに、あと一歩の踏ん切りがつかなかった。
でも!
どんなに痛かろうが、裂けて血まみれになろうが、ロベルトを失うよりはマシだ。ロベルトの愛情に答える為にも、今夜……決める!
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