第34話 武術大会…プリシラ嬢登場

「ロベルト様……強過ぎて笑っちゃいますね」


 アンリは闘技場の観客席にキャロラインと座り、頬を引き攣らせた笑いを浮かべた。


 まぁ、アンリの言いたいこともわかる。


 キャロラインが見てみたいと言ったからだろうが、最終学年のロベルトが武術大会にエントリーした時は、魔法騎士学園の生徒達にドヨメキが起こったらしい。

 通常、最終学年である五年生は出場しないことが多いのだが、今までロベルトがいたせいで勝ち残れなかった五年生が、ロベルトが出場しないだろう今年こそは優勝できるのではないかと、多数エントリーしたようだった。そして、トーナメント表にロベルトの名前が書き込まれた時には、エントリーした五年生全員が膝をついて項垂れたとか……。


 それでも、得意な剣と武術はエントリーを控え(殿堂入りしているから)、槍のみエントリーしたらしいのだが、さっきから穂先を合わせたその一瞬後には相手の槍が叩き折られているような状態で、勝敗が一秒でついてしまうのだ。


 笑っちゃう程強い……というか一瞬の出来事過ぎて、どう凄いのかすら理解できない。しかも、魔法を使ってない状態でこの強さとか、魔法を武器にまとわせたらまさに無敵だろう。


「まだ予選だもの。きっと、午後の本戦はもう少し強い相手に当たるんじゃないかな」


 大会が始まるまでは、いくら穂先を潰しているからといえ、ロベルトが怪我をしたらどうしようとか色々心配していた。無用の心配だったわけだけれど。


 ロベルトは一瞬で勝敗を決めたが、他の選手達はそれなりに手に汗握る攻防とやらを披露した。それでもロベルトと切磋琢磨してきた五年生の出場が多かったせいか、予選はスムーズに進み、予定時刻よりもだいぶ早く予選は終了した。


「ロベルト様にねぎらいの言葉をかけに行かないんですか?」

「行きたい。でも、部外者が入れるかな?」

「お嬢様はロベルト様の婚約者ですもの。部外者ではないですよ」


 キャロラインはアンリを伴って、闘技場の地下にある選手控え室に向かった。


 控え室は、差し入れを持ってきた女子生徒で溢れかえっていた。彼女らは魔法騎士科のおっかけのような集団で、騎士科の公開演習の時は必ず現れ、ファンクラブのようなものもあるらしい。ロベルトにもファンクラブはあるのか聞いたところ、あるわけないと笑っていたが、あんなに強くてかっこいい(キャロライン視点では)ロベルトがもてない訳がないと、キャロラインは信じていなかった。


「ほら、あそこの一番大きな人、無茶苦茶強かったよね」

「あー、確かに。何年生かなぁ。ごっついね」


 制服の新しさから、一年生らしき女子がキャイキャイ言いながら控え室を覗いていた。

 明らかにロベルトのことが気になるようで、その初々しい可愛らしさにキャロラインは焦りを感じる。あんないかにも可愛くて女の子女の子した女子達と、悪役令嬢面の自分。魅力的なのはわかりきっているではないか。


「お嬢様!気後れしている場合じゃないです!ほら、突撃ですよ」


 アンリに思い切り背中を押され、入り口でたむろしている女子達の壁を通過する。


 控え室の中は、勝ち残った生徒達が女子達に取り囲まれており、大小様々な集団ができていた。

 入り口でたむろしている新参のファン(主に一・二年生)と違い、彼女達はファン歴にも年季が入っているせいか、それこそ我が物顔で騎士科生徒アイドルの周りで壁を作って新参者を近づけさせないようにしていた。


「ちょっと、退いてくださる」

「あ……すみません」


 いきなり肩を小突かれ、キャロラインが慌てて端に寄ると、その横を一年女子が貴族子女にしては早足で通り過ぎていった。


 赤髪の縦ロールに、くっきりはっきりした顔立ち、身長は小さめだがお胸は豊かで、背筋をピシッと伸ばした立ち姿は一年生らしからぬ威厳があった。キャロラインとは違うタイプだが、彼女も悪役令嬢というあだ名が相応しい美少女だった。


「まあ!後輩の癖に、お嬢様を押し退けるなんて生意気過ぎます!」

「まぁまぁ、アンリ」


 カリカリ怒るアンリを宥めつつ、キャロラインは広い部屋の中で一際目立つだろう長身のロベルトを探した。

 ロベルトはキャロラインに背を向ける形で立っていた。


「ロベルト……様」


 キャロラインの声に振り返ったロベルトに手を振り駆け寄ろうとしたが、キャロラインが駆け寄る前にロベルトの前に堂々と立った女子に、キャロラインの足が止まる。

 さっきの赤髪の一年生が、ロベルトに向かって上品なカテーシーを披露したのだ。


「ロベルト・シュバルツ辺境伯令息様、私はプリシラ・ドームです」

「ドーム嬢?俺に何か用事だろうか?」

「私のことはプリシラとお呼びください。私、先程の武術大会の試合を拝見し、ロベルト様の強さに痺れました。あの無駄のない動き、圧倒的な強さ、そしてその逞しい筋肉……」


 プリシラがウットリとした表情でロベルトを見上げる。


 キャロラインの頭の中で警鐘が鳴り響く。この少女は危険だ。キャロラインと同じ匂いがする。筋肉フェチでも、今流行りの細マッチョではなく、ゴリゴリにムキムキなマッチョ好きな匂いが……。


「私、決めたんです!ロベルト様が来年卒業したら、ぜひ私の護衛騎士になってください。そして、五年後私が卒業しましたら、私は辺境の地に嫁ぎたいと思います」

「ちょっと待った!」


 慌てて間に入ったキャロラインに、プリシラは不躾な視線を向ける。


「あなたどなた?」

「キャロライン・ハンメル侯爵令嬢です。そして、ロベルト・シュバルツ辺境伯令息様のご婚約者ですよ!」


 キャロラインの代わりにアンリが吠え気味に言うと、プリシラはキャロラインを上から下まで舐めるように見て、その視線をキャロラインの胸に固定して鼻で笑った。


 笑われる場所そこ?


「婚約者くらいいるのは想定内よ。ええ、これだけ素晴らしい男性、婚約者の一人や二人、三人四人いて当たり前ね。私にも今のところ婚約者はおりますし」


 婚約者は一人で十分だし、王族じゃあるまいし一夫多妻は……って、今、自分にも婚約者がいるって言わなかった?婚約者がいる分際で、婚約者持ちの男性に求婚したっていうの?!


 キャロラインはア然としてプリシラを見つめた。


「まぁでも、婚約なんて、破棄すればいいだけじゃないですか。別に家が決めた相手というだけだし」

「お嬢様達はお互いに好き合っての婚約です!家なんか関係ないんだから!お嬢様、破棄なんかしないって言ってやってください!」


 キャロラインよりもヒートアップするアンリに、逆に冷静になったキャロラインは、ロベルトの顔を見てさらに冷静になる。ロベルトはキャロラインだけを見ていたし、その視線にブレはなかったから。

もしここでロベルトの視線がプリシラの豊かなお胸に注がれていたら、泣きながら退散していたかもしれない。


「ドーム侯爵令嬢、俺の卒業後の仕事を気にかけてくれたようだが、もう卒業後の身の振り方は決まっている。それは君の護衛騎士になることではない」


 ロベルトは卒業後は辺境伯騎士団に入ると聞いていた。できれば学園は中退し、ロベルト卒業と同時に結婚してついて行きたいが、あと半年後のことなのに、いまだにロベルトからついて来て欲しいとは言われていない。

 ごく普通の貴族は、学園在学中に結婚したとしても、妊娠などの予想外の出来事がない限り、学園を中退することはない。

 ロベルトもキャロラインの卒業を待っての結婚か、在学中の結婚になってもキャロラインが卒業するまで遠距離婚を考えているのかもしれない。


 ロベルトはキャロラインと向き合うと、表情を引き締めて淡々と話しだした。


「キャロライン、俺はいずれ辺境に戻って辺境伯を継がないとならない」

「はい」

「辺境伯になると、ほぼ領地に缶詰め状態になる。貴族なら当たり前の春と冬の社交にもほとんど参加できない」

「はい、知っています。元々社交は苦手だからありがたい……いえ、もちろん必要な時は頑張りますよ」

「クスッ……頑張る必要はない。キャロラインらしくあればいい」


 ロベルトはキャロラインの頭に手を乗せ、ポンポンと撫でた。


「もちろん、辺境に縛られるのは辺境伯だけだから、夫人は好きに王都に出てこられるが、往復の為にさく護衛騎士が出せる状態ではないから、実質辺境に閉じ込めることになてしまう」

「えっと……それに問題がありますか?私は別に華やかな舞踏会も、社交も興味ないので。アンリさえ一緒ならば、会いたい友達がいる訳でもないし」


 言っていて切なくなってきた。会いたい友達の顔が一人も浮かばないって、寂しい学園生活過ぎる。前世でも、男の娘であることがバレないように、上辺だけの付き合いしかしてこなかったし。前世、自分が死んだ時に泣いてくれた知り合いはいたんだろうか?


 卑屈な考えに顔が下がりそうになるが、キャロラインはあえて顔を真っ直ぐに上げる。


「ロベルト様のお嫁さんになるのに、何も問題はないですよ」


 ロベルトの腕に手を添えて言うと、ロベルトは厳つい目元を柔らかくしてキャロラインの腰に腕を回した。


「なんなんですか、さっきから!私は別にロベルト様に仕事の斡旋に来たのではなく、婚姻の申し込みに来たんですよ!それなのに目の前でイチャイチャイチャイチャと!ロベルト様、よく考えてみてください。剣も握れない夫人と、武門出身の私。どちらが辺境の為になるか。それに私のお父様は騎士団総団長です。辺境の騎士不足にも口添えできます」


 家名にあまりピンときていなかったが、プリシラが騎士団総団長の娘だということは、アレクサンダーの妹だということになる。赤髪と黒目、確かにアレクサンダーと同じ色味であった。


「辺境の為……」


 えっ?!もしかして気持ちが揺れちゃってる?


 小さくつぶやいて黙り込んでしまったロベルトに、プリシラはさらに追い込むように言う。


「お父様は私には甘いんです。私が辺境に嫁げば、今以上に辺境の守りを強化するように騎士団に働きかけるでしょう。それにアレクサンダーお兄様も順当に行けばお父様の後を継ぐでしょうから、私が嫁げば辺境は安泰ですよ」

「……ロベルト様」


 キャロラインは、婚約破棄なんかしませんよね?!という気持ちをこめてロベルトを見上げた。

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