第33話 呪いの指輪(ラインハルト・ミカエル視点)

 納涼の宴も、キャロライン目線から見たら無事に終わった。

 もちろん、狩猟大会の優勝者はロベルトだったし、最終日のラストダンスはロベルトとキャロラインが踊った。


 ラインハルト側から見れば、キャロラインと接触する機会を作る為だけに納涼の宴を利用したのだが、結局キャロラインにはいつでもロベルトが張り付いていて、企みは次回に持ち越されることになってしまった。


 ラインハルトの企み、それはもちろん反射の無属性を手に入れること。


 ラインハルトにとって、たとえ母親に反対されたとしても、キャロラインとリーゼロッテ二人を手にすることが、次代の王への唯一の道だと思われた。

 王であるにも関わらず、父親は母親におもねってキャロラインの婚約誓約書にサインなどしてしまったようだが、その内心はせっかく現れた無属性を王家に取り入れたいという気持ちが透けて見えていた。キャロラインさえラインハルトとの婚姻に頷けば……。


 その為に、キャロラインに接触し、とある魔導具をキャロラインに仕込むつもりだったのだ。


 ラインハルトは懐にしまっていた小箱を取り出した。

 箱の中にはシンプルな指輪が二つ。この世界には結婚指輪という概念はないが、前世の記憶があるキャロラインが見れば、まるで結婚指輪みたいだと思ったに違いない。


 対になる指輪は共鳴する。少し大きめな裏側に青い魔石がはめ込まれた指輪は男性用、細めで赤い魔石が表側にはめ込まれた指輪は女性用。赤い魔石は青い魔石に引き寄せられ、常に共にあろうとする性質があり、それはつけた人間の精神面にも作用する。赤い魔石をつけた者は、無条件で青い魔石をつけた者に惹かれるようになるのだ。魔法ではない為、反射の無属性でも防ぐことができない、いわば呪いのようなものに分類される。


 キャロラインに仕込みたい魔導具はこの指輪で、ラインハルトはキャロラインにこの指輪をつける機会を伺っていた。その為に納涼の宴にも参加せざる得ないように仕向けたが、常にロベルトが側にいる為に思うように動けず、その指に指輪をはめる機会はなかった。


「ラインハルト様、失礼します」


 生徒会室の会長の席に座り、指輪を眺めていたラインハルトは、ノックの音に小箱を机の下に隠した。

 部屋に入ってきたのがミカエルだけだと確認すると、扉を閉めさせて手招きする。

 ラインハルトが指輪を机の上に戻すと、ミカエルは指輪に視線を向けた。


「それは?」

「これをある女子につけさせたいのだが、どうしたものだろうか」

「ラインハルト様からの贈り物を喜ばない女子はいないでしょうに」

「僕からの誕生日プレゼントの首飾りを突っ返してきた女子がいただろう」

「ああ……」


 ラインハルトが誰にこの指輪をつけさせたいのか理解したミカエルは、指輪を手に取り目の前に翳してみる。角度を変えたりして指輪を覗き込んだ。


「こちらは随分とシンプルですね。贈り物としては幾分手軽過ぎませんか?」

「見た目はな。価値で言えば、一城買えるくらいの価値がある」

「これが?……あぁ、魔導具ですか?」

「魔導具ではあるが、これに魔力は入っていない」

「魔力の入っていない魔導具?」

「入っているのは呪いだ」


 ミカエルは動きをピタリと止め、指輪を小箱に戻した。


「大丈夫だ、触ったくらいじゃ呪われない。二人の人間がこの指輪をつけた時に初めて作動する呪いだ」

「どんな呪いか聞いても?」


 ラインハルトはニヤリと笑い、青い魔石のついた指輪を左手薬指にはめた。


「対になる指輪をはめた相手が、この青い魔石のついた指輪をつけた相手に夢中になる呪いだ」

「つまり、惚れ薬的な?」

「惚れ薬は、代謝されて時間がたてば無効になるが、これはつけている間はずっと有効だ。しかも、一度呪いが発動すると、魔石に依存するようになるから、自分からは絶対に外さない」


 ミカエルは、指輪から目を外さずに考え込む。


 ラインハルトがこれを使う相手はわかっている。キャロライン・ハンメル侯爵令嬢だろう。彼女が反射の無属性持ちじゃないかと疑ったのはミカエルだったし、地道にばれないようにその検証をしたのもミカエルだ。


 キャロラインにも、ラインハルトの妃になるべきだと言ったこともある。その時は、無属性持ちならばそれが貴族としての義務だとミカエルは信じていたからだ。


 ただ、あの納涼の宴の狩猟大会でロベルト・シュバルツ辺境伯令息が優勝し、キャロラインから祝福のキスを受けているのを見た時、ミカエルは激しい胸の痛みを感じた。その後、ラストダンスで二人が寄り添い、チークダンスを踊っているのを見た時、胸がジクジク痛みそして理解した。


 自分はロベルト・シュバルツ辺境伯令息に嫉妬しているのだと。

 その時に受けた衝撃はなかった。


 あのキツイ顔をした、背ばかり高く色気もないような女のどこに好きになる要素があるのか?


 正直、ミカエルの見た目からも肩書きからも、どんな女子でも選びたい放題だ。ラインハルトにリーゼロッテの相手を命じられるストレスから、多方面の女子で鬱憤を晴らしたりもしている。ミカエルに気に入られたい女子は、かなり加虐的な行為をしたとしても喜んで応じる娘ばかりだった。


 そんな女子を内心馬鹿にしこそすれ、まさか自分が女子に心惹かれることがあるとは……。


 もしこの指輪をミカエルとキャロラインではめたとしたら。


 ラインハルトの婚約者となったキャロラインには手が届かなくても、たかだか辺境伯相手ならばどうだろう?教会の権威があれば、キャロラインを手に入れることも可能かもしれない。


「ミカエル、良い案はあるか?」


 ラインハルトの声に、ミカエルの妄想が一時中断される。


「そうですね。ないこともないです」

「さすが、昔から悪知恵はミカエルだな」

「狩猟大会の優勝者に賭けた女子を、晩餐会に招待しますよね?」

「ああ、その約束だ。ただ、キャロラインがちゃんと来るかどうかが問題だ」

「そうでしょうね。ならば、女子は必ずエスコート役を連れてくることとするんです。ロベルト・シュバルツ辺境伯令息も一緒ならば、必ず来る筈ですよね」


 ラインハルトは嫌そうな顔をする。


「それは来るだろうが、キャロラインにまたベッタリ張り付かれたら、この指輪をはめさせる隙がないじゃないか」

「このレプリカを人数分作るんです。そして、招待状にこの指輪を添えて、この指輪をしてきたカップルのみを晩餐会に招待するとするんです」

「なるほど、キャロラインだけに本物を渡すんだな」

「そうです。でも、ラインハルト様がその指輪をはめるのは、晩餐会の最後です。そして、その指輪をはめた状態で、ハンメル侯爵令嬢が誰を真実好きか聞けば、その場でシュバルツ辺境伯令息と婚約破棄となるでしょう」

「それはいいな」


 ラインハルトは指輪をクルクルと指にはめたまま回すと、大きく頷いた。


「うん、それでいこう」

「では、その指輪のレプリカを注文しますので、預からせていただいてもよいですか?」


 ラインハルトは指輪を外すと小箱にしまい、そして机の引き出しにしまって鍵を閉めた。


「いや、それはロイドにでも頼もう。おまえはキャロラインがすぐにでも婚約破棄できるように書類を集めておいてくれ」

「……わかりました」


 ミカエルはラインハルトにお辞儀をすると、顔を伏せたままラインハルトに背を向けて部屋を出て行った。


 扉を閉めたミカエルは、頭に残っている指輪の形と魔石のサイズを忘れないうちに書き残そうと、胸ポケットから手帳を取り出すと、かなり詳しい注意書きをつけたデッサンを書き始めた。


 すでにミカエルの頭の中ではレプリカと本物をすり替える構想を練っており、さらにラインハルトがキャロラインに得意顔で好きな人物を尋ねる姿まで想像していた。そしてキャロラインが答える人物は……。


 いろんな意味で笑いが止まらないミカエルだった。


 あの傲慢な顔が崩れる瞬間、ラインハルトは何を思うのか。そして、反射の無属性持ちであるキャロラインを手に入れた自分の王位継承権は、どれだけ跳ね上がることだろう。王弟である父親は、教皇になることで王位継承権は放棄した。ミカエルも、教会に所属はしているが、まだ役職はない為王位継承権は放棄しておらず五位であった。


 今までは五位の自分が一位のラインハルトを追い抜かすことはないと思っていたから、臣下としてラインハルトの無茶振りにも服従の姿勢を貫いてきた。なにも、ラインハルトに敬服していた訳ではないのだ。

 内心では毒づき、背中に向かって舌打ちしたこともある。ラインハルトの平凡な魔法属性を隠れて鼻で笑うが、ミカエルのストレス解消法でもあった。


「キャロラインを手に入れるのは僕だね」


 ミカエルは手帳を胸ポケットにしまうと、足取り軽く廊下を歩いて行った。

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