第32話 離宮へのご招待2
「まぁまぁ、キャロラインね?ずいぶん大きくなって。ダンテに似ているわ」
案内された部屋に入ると、大きな円卓に中年の男女とラインハルト、ラインハルトに良く似ているがかなり若い男子が一人が座っていた。そのうちの一人、中年の……といってもかなり派手めの美女がキャロラインを見て立ち上がり、小走りでやってきてキャロラインをハグした。
中年の男性はカザン王国の王アキレス、ラインハルトに渋みを増したような麗しい顔立ちをしており、ラインハルトの金髪碧眼はアキレスから受け継いだものらしい。
派手めの美女はアキレスの妻のティアナ。情熱的な赤毛で、見覚えのある菫色の瞳をしていた。見た目は全く違うが、その瞳の色だけはキャロラインの母親のイザベラと似ている。
ラインハルトの横にいる縮小版ラインハルトは、多分第二王子のジークバルド殿下だろう。年齢は十六歳の筈だ。
「ハンメル侯爵家長女、キャロラインでございます」
「ええ、ええ、知っていますとも。イザベラの可愛い娘。あなたが生まれた時、抱っこしたこともあるのよ。さあ、こっちでお話しましょう」
「王妃様、あの!ロベルト・シュバルツ辺境伯令息様です。私の婚約者の」
グイグイと引っ張って行こうとするティアナに、キャロラインはなんとかロベルトを紹介する。
「ロベルト・シュバルツです。初めてお目にかかります」
「北の辺境伯のご子息ね。あなた、凄く強いらしいじゃない。さすがイザベラの娘が選ぶだけあるわ。さぁさ、こちらにどうぞ」
ティアナの隣にキャロライン、その隣にロベルトが座り、目の前にラインハルトとジークバルドがくる形になる。円卓だから分かりづらいが、アキレスがいるのが上座だとすると、ラインハルトよりも上座にいることになるんじゃないだろうか?
「知っていると思うけれど、私の夫のアキレスと、……長男はいいとして、次男のジークバルドよ」
「初めまして、キャロライン嬢。僕らはハトコになるんだよね?僕のことはジークと。君のこともキャロラインでいい?」
どちらかというと威圧的なラインハルトと違い、弟のジークバルドは人懐っこい性格らしく、ニコニコと笑顔で話しかけてきた。その隣のラインハルトはムスッとして無言を貫いている。
「はい、キャロラインと呼んでください。こちらは私の婚約者のロベルト・シュバルツ辺境伯令息様です」
「キャロラインの婚約者かぁ、ごっついなぁ。侯爵家と辺境伯家、あんまり繋がりなさそうだけど、婚姻を決めた理由とかあるの?」
興味津々のジークバルドに、キャロラインは首を傾げる。
「婚姻を決めた理由ですか?私がロベルト様に申し込んだんです」
「どうして?」
「どうしてって?ロベルト様を見れば一目瞭然だと思いますが」
キャロラインの聞かれている意味がわかりませんという表情に、ジークバルドも同じように首を傾げる。
「一目瞭然?辺境伯の領地って、金山でもあったっけ?」
「金山があるのはハンメル侯爵領よ。他にも資源は豊かで、商業も発展してるわ。辺境はどちらかというと財政面では裕福ではないわ。それに、他国との国境にあるから小競り合いから戦になったり、盗賊とかも出没するし、魔獣被害も多いわね」
ティアナが面白そうに辺境伯領について説明する。すると、余計にジークバルドが首を傾げる。
「だよね。辺境伯家から侯爵家に援助を求める為に求婚するならわかるけど……。まさか、辺境の武力が必要なんじゃ?!」
ジークバルドが物騒なことを言い始め、キャロラインは慌てて否定する。
「違います!ロベルト様を見てわかるように、とても素敵な方だからです!」
ティアナ以外の王族の目が点になり、ロベルトとキャロラインの顔を交互に見る。ラインハルトもポカンとした顔をしている。
その反応にムッとしたキャロラインは、緊張も忘れて人見知りな性格もどこへやら、ロベルトの素晴らしさを喋りだした。
「男らしい太い眉に、鋭い眼光、鼻筋のしっかり通った鼻は意志が強そうで素敵ですし、大きな口も魅力的です。太い首は逞しいですし、この肩の筋肉の盛り上がり、美しいでしょう?お見せできなくて残念ですが、大胸筋や腹筋も素晴らしいんです。それに、力強い広背筋も忘れてはいけないですよね。ああ、引き締まった大殿筋も捨てがたい。なにより、この全ての芸術的な筋肉は、見せる為の筋肉ではなく、ロベルト様の強さを裏打ちする機能する筋肉なんです!」
「あー……キャロライン。少し落ち着け。王の御前だ」
ロベルトが僅かに顔を赤らめ、隣に座るキャロラインにストップをかける。
キャロラインは興奮して血色の良かった顔を、サーッと青くさせた。
ロベルトの筋肉の素晴らしさを語りた過ぎて、王族と会食中だということをすっかり忘れていた。
「……失礼いたしました」
キャロラインが小さな声で謝罪すると、ティアナがたまらないとばかりに笑い出した。
「なるほど。ラインハルト、あなたが入る隙間はなくてよ」
「しかし、母上!キャロラインは反射の無属性持ちです。無属性持ちは王族の盾になり、剣になるのが役割り。キャロラインが属性を偽った罪、いかがお考えか?!キャロラインは第一王子である僕の妃になるのが必然。反射の無属性持ちであることを公言し、王族の妻になるべきではないですか」
やはり、まだ諦めてはいなかったのか。ラインハルトの腰巾着であるミカエルにも言われたから、ラインハルトの考えも同じだろうなとは思っていた。王から謹慎を申し付けられたくらいではへこたれなかったらしい。
「兄上、キャロラインが反射の無属性持ちならば……何も兄上の妃にならなくても、同じ王族ならば僕でもかまいませんよね?」
「は?」
キャロラインはあまりに驚き過ぎて、素で聞き返してしまった。
「だって、僕だって王族だもん。それに、兄上は吸収の無属性持ちはもう手に入れたんだから、反射は僕にくれてもいいんじゃないかな。僕、年上のが好きなんだよね。キャロライン綺麗だし、もしシュバルツ辺境伯令息とすでに関係があっても、まぁうまくその辺はごまかせると思うし。キャロラインが筋肉好きなら、体格改造してもいいけど」
「ジークバルド!貴様!!」
激昂したラインハルトが椅子を蹴倒して立ち上がったが、ジークバルドは声を荒げるラインハルトなど目に入っていないように、ニコニコとキャロラインだけを見つめている。
キャロラインからしたら、ロベルト一択でそれ以外の選択肢はないのだから、勝手に取り合わないでほしい。しかも、くれてもいいとか物ではないのだから。
「王と神に認められた婚約を、無効にするつもりはない」
低く響くロベルトの声に、キャロラインはホッと息を吐き出す。
「でもさぁ、王ってうちの父上だし、教皇は父上の弟だから、そんな婚約どうとでもなるんじゃん?」
ジークバルドは、可愛い顔をして言う事がえげつない。
「別に俺はカザン王国にこだわるつもりはない。どこの国でも生きていけるしな」
不遜な言い方に思えるが、間違いなく事実でもあった。
「私も!ロベルト様がいれば、どこだってかまいません。貴族にも未練はないです」
前世はただの庶民だ。料理は得意だし、掃除や洗濯はキャロラインとしてはしたことがないが、やればできると思う。
「ふう……、全く。私には二人共可愛い息子だし、キャロラインも大好きな従妹の娘。娘時代には、お互いの子供達が将来結婚したら素敵ねって話したこともあったわ」
「それなら母上!」
「あくまでも夢物語よ。キャロラインがあなた達のどちらかを選んでくれるのなら、そりゃ私は応援するわ」
キャロラインは首を横に大きく振る。
そんなキャロラインを見て苦笑したティアナは、表情を引き締めて自分の夫と息子達を睨め付けた。
「でもね、キャロラインの意思を無視するというのならば、私は今回ばかりは王妃としてではなく、ティアナ・ミスティルとして動きますからね。よろしいですね。大切なイザベラの娘を盾にしようなど、そんな王家の考え方は絶対に許しません」
「ティア……しかし現実問題として、諸外国を牽制する為にも強い王家というのは重要であってな」
今まで口を出さなかったアキレスが初めて口を開いた。
「そんなの、自力でなんとかなさい!」
ティアナに一喝されて、アキレスはシュンと黙り込んでしまう。
普通の家族ならば恐妻家でも問題はないのだろうが、仮にも自国の王様がこれでは、カザン国民として心配になってしまう。
「だいたいね、いつまでも王太子を決めないあなたが……」
ティアナがさらにエスカレートしてアキレスに説教を始め、キャロライン達は触らぬ神に祟りなしとばかりに、黙々と食事を進めた。
イザベラとティアナは従姉妹と聞いているが、うまいこと手綱を握り飴飴飴鞭くらいの割合いで夫をうまく操縦しているイザベラと、鞭鞭鞭……たまに飴くらいのツンツンツンデレなティアナとは、どうやら性格が違うらしい。
夜会が始まる時間になり、アキレスとティアナが退席するまで、ティアナのお小言は止まらなかった。
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