第31話 離宮へのご招待

 結局、学園の一位も、狩猟大会全体の一位もロベルトの独占だった。


「ロベルト、さすがにこれはえげつない」


 目の前に高く積まれた獣の山に、ランデルは頬をひくつかせていた。

 この森の大型の獣を狩り尽くしてしまったんじゃないかという量に、高位貴族達もざわめきが止まらない。


「大丈夫だ。若い獣や子供のいるメスには手を付けていないから、生態系が崩れることはない」

「ロベルト様……凄いです」

「キャロライン、何事もなかったか?!」


 太陽が沈み、狩猟大会の終了を知らせる花火が上がると、キャロラインはロベルトを出迎える為に広場に足を運んだ。

 キャロラインの姿を見つけたロベルトは、その見た目からは予想できないくらい素早くキャロラインの元に移動する。


「はい。午前中はアンリとお茶会をして……ミカエル様がいらっしゃいましたが、それだけです」

「ミカエルと言うと、教皇令息か」

「はい」

「教皇令息は第一王子の腰巾着だったな」

「腰巾着は酷いですね。せめて側近と呼んでください」


 ミカエルがキャロライン達の前に現れた。


「シュバルツ辺境伯令息、大会優勝おめでとうございます。授与式は明日の最終夜会の時になると思いますが、あの様子では数える必要もなくあなたが一番でしょうね」

「ああ」


 ロベルトはキャロラインの腰に腕を回し、その身体を自分に引き寄せてミカエルを威嚇する。


「ハンメル侯爵令嬢、明日の打ち合わせの為にラインハルト様がお呼びなのですが、いらしていただけますよね」


 ミカエルの言い方は、お伺いではなく決定事項の連絡だった。


「大会テントでよろしいですか?」

「いえ、夜会前に軽食を取りながらとのことですから、王族の皆様がいる離宮で」


 王族の離宮は一般貴族達のコテージと少し離れた森の奥にある、王族が避暑に使う小さな宮殿だ。あんなことがあったのに、そんなところに一人で足を運ぶ程マヌケだと思われているんだろうか?


「それは……」

「王様と王妃様もご一緒です。王妃様からは、ご婚約者のシュバルツ辺境伯令息も一緒にとのことでしたが、シュバルツ辺境伯令息は狩猟から帰られたばかり。その格好で御前に上がるのは……」

「それなら問題ない。俺も共に行こう。キャロライン、大丈夫だ」


 ロベルトに優しく手を握られ、キャロラインはロベルトを見上げる。


 そこまで汚れてはいないし、獣の血がついていたり衣服が破れていることはないが、一日狩りをしていただけあり多少埃っぽいかもしれない。


「ミカエル様、ロベルト様に浄化をかけてはもらえないですか」

「申し訳ありません。僕の魔力は大会で出た怪我人の手当てでほぼないのです」


 断られるだろうとは思って言ってみたが、やはりミカエルは断ってきた。


「では、着替えの間お待ちいただきたいです。私も平服ですし」

「ハンメル侯爵令嬢はそのままで大丈夫です。正式な晩餐会ではなく、夜会前の軽食ですから平服で問題ないと言われてます。既に皆様お待ちですから、先にハンメル侯爵令嬢をご案内いたしますしょう。シュバルツ辺境伯令息は、湯浴みでもなさってからいらしてください」 


 いかにも怪しいじゃないか!

 なんでそこまでロベルトと引き離したがっているのか。


「だから、問題ない」


 ロベルトはキャロラインから手を離すと、一瞬にして魔力を全身に巡らせた。

 すると、まるで湯上がりのようにサッパリしたロベルトが一瞬にして現れた。洋服まで洗いたてのようにパリッとしている。


「なにも、浄化だけが身を綺麗にする魔法じゃない」

「どうやったんです?」

「水魔法と火と風魔法の複合魔法だな」


 水魔法で全身の汚れを洗い流し、風魔法と火魔法で一瞬にして乾燥させたとのことだった。


 なんて便利な。風呂入らず、ドライヤー入らずじゃないか。


 と、あることにキャロラインは思い当たった。

 ロベルトと毎晩ベッドを共にしている最近、あんなことやこんなこと(まだ最後までは至していないが)の後、気がついたら朝を迎えている状態が常である。しかし毎朝さっぱりとした状態で起きれていたから、てっきりロベルトが後始末をしてくれているのかと思っていた。申し訳ないのと恥ずかしいのとで確認していなかったが、もし魔法で身を清めてくれていたのなら、恥ずかしさも半減できるというものだ。

 それなりの触れ合いをしているから、全く恥ずかしくないということにはならないが。


「もしかして毎晩魔法で(私の身体を清めてくれています)……?」

「いや、俺が手ずから(キャロラインの身体の隅から隅まで)清めている」


 キャロラインがコソッとロベルトに尋ねると、ロベルトは正確にキャロラインの質問の意味を理解して真顔で答えた。


「それこそ魔法でお願いします!」

「……」


 キャロラインが顔を赤くして主張すると、ロベルトは無言で視線をそらした。


 なぜわかったと返事をしないのか?!そして視線をそらす意味は?もしかして、それも反射してしまうから無理だってこと?それともわざわざ人力でやらたいからってこと?


 ロベルト的には両方なのであるが、比重は後者がかなり重い。


「二人にしかわからない会話は不快です。ラインハルト様がお待ちです。参りましょう」

「あ……すみません」


 ロベルトと話していた内容が内容だけに、キャロラインは素直にミカエルに謝った。

 キャロラインとロベルトは用意された馬車に乗り、森の奥の離宮に向かう。


「最終日の夜会はあちらにある湖畔の大ホールで行います。今年は天候に恵まれた為、昨日今日は野外広場で夜会を開催できましたが、雨の時はあちらのホールを使用してます」


 ミカエルは馬車から見える大きなミュージアムのような湖畔に立つコテージを指差した。

 キャロラインは指差されるままに湖に目をやり、湖の真ん中にあるコテージが気になった。


「あの、湖にある浮島。あそこにもコテージがありますね」

「ああ、あれはラインハルト様の小離宮ですよ。まだラインハルト様がお小さかった頃、納涼の宴の間にラインハルト様が退屈しないように作られたコテージなんですが、中にカラクリが多種配置され、迷路のようになっています。外には大滑り台やブランコなどの遊具もありますよ」


 舟でしか行けない場所にあるコテージは、少人数の護衛でも王子を警護できるようにだろうか?それとも迷子防止?

 子供からしたら、秘密基地のようでワクワクする場所だったんだろうか?キャロラインからしたら、逃げ場がなくて閉じ込められたように思ってしまいそうだが。


「今は使われてないんですか?」


 湖の真ん中にある真っ暗なコテージは、人がいるようには見えない。


「そうですね。昨日の昼間にラインハルト様達が中を見に行ったようですが、もうあそこで遊ぶ年齢でもありませんしね」


 馬車は湖に沿って走り、さらに奥にある離宮についた。


 門番が門を開けると、王妃の庭の縮小バージョンのような立派な庭が目の前に広がった。しばらく花々が咲き乱れる庭を馬車が進むと、貴族達のコテージの十倍以上ありそうな宮殿が現れた。


「どうぞ、馬車を下りましたら、侍女が案内してくれますので」

「ミカエル様は?」

「僕は案内するだけですから」


 ロベルトと二人馬車から下りると、ミカエルを乗せた馬車は引き返していった。


「お待ちしておりました。どうぞ中へ」


 離宮の大きな扉が開かれ、年配の侍女がキャロライン達に向かって深くお辞儀をした。


「キャロライン」


 ロベルトが腕を差し出し、キャロラインはその逞しい腕にエスコートされて離宮の中に入る。

 侍女の後に続き、回廊を歩くこと数分、多分王族のみが使用する私的な区域に案内されたようだ。


「これって、私達が入ったらまずい場所じゃないでしょうか?」

「かもしれないが、呼ばれて来ているのだからいいんじゃないか」


 悠然と構えるロベルトがとても心強い。キャロラインは内心はビクついていたが、侯爵令嬢として少しでも品良く見えるように、頭を真っすぐ上げて背筋をシャンと伸ばして歩く。二人とも平服を着ているが、その佇まいは貴族らしい優雅さに溢れていた。

 女性にしたら大柄なキャロラインも、厳ついロベルトの隣を歩くと華奢で可憐な少女にしか見えない。それに、いつもは悪役令嬢のようにキツめに見える表情も、好きな人の前だからか甘く蕩けていて、今のキャロラインを見て悪役令嬢などとは誰も思わないだろう。


 離宮の護衛をしている騎士達が、ついキャロラインを目で追ってしまうくらいには、キャロラインは美しく魅力的だった。


 緊張を精一杯隠して歩くキャロラインには、周りを気にする余裕などなかったが、ロベルトはキャロラインを目で追う騎士達の視線を苦々しく感じていた。


「どうぞ、ハンメル侯爵令嬢様はこちらでお待ちください。シュバルツ辺境伯令息様は隣室にてお待ちください」


 ある個室の前で侍女は立ち止まり、扉を開いてキャロラインに入室を促した。


「俺達は婚約者だから、同じ部屋で待たせてもらいたいのだが」

「しかし、婚姻前のご令嬢に殿方と同室でお待ちいただく訳には……」


 渋る侍女に、ロベルトは引く気はないようで、扉の前からどこうとしない。


「ならば、部屋の扉を開けたままにし、騎士を扉の前に配置すれば良いだろう」

「あの、私からもお願いします。ロベルト様と離れるのは心細いので」


 侍女は少し考えた後、不承不承頷いた。


「では扉は開けたままに。すぐにお呼びできるかと思いますが」


 侍女はお茶だけいれ、部屋から出て行った。

 それから、紅茶を飲み終わる前に、同じ侍女が「ご用意ができました」と部屋に呼びに来たのだった。





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