第30話 狩猟大会

 ロベルトは風魔法で自身を周りから遮断し、その大きな体躯から溢れる威圧感すらも無にして佇んでいた。


 すでに狩猟袋には狩った獲物が数匹入っており、大型の獲物や入り切らない獲物は森の中に数か所設置されている回収エリアへ運んである。

 回収エリアに行くと、回収された獲物のみになるが、ランキングがわかるようになっており、ロベルトはリーゼロッテと同立一位だった。ただ、数ではリーゼロッテの方が勝っており、ロベルトが大物を狩っている間に、リーゼロッテは小者を数多く狩っているようだ。

 三位がランデル、四位が僅差でアレクサンダーだった。その他学園生も思ったよりも頑張っているようで、気楽に狩りを楽しんでいる高位貴族達と違い、かなり真剣に狩りをしているようだ。

 悪役令嬢と悪名が高かったキャロラインの思わぬ笑顔に、心臓を撃ち抜かれた男子が多かったということだろう。


 むろん、愛する婚約者の唇を、むざむざ他男子に与えるつもりのないロベルトは、大物を狙いつつも狩れる獲物は狩りまくっていた。


「あら、ロベルト先輩」


 ロベルトが獲物に弓矢を射ようとした時、木の枝を踏み折る音がして甲高い声をかけられた。もしこれが厳密な大会であれば、明らかに妨害行為とされるだろう。


 音に驚き飛び立つ獲物に素早く反応してロベルトが素早く撃った矢は、シュンッという音をたてて獲物に突き刺さった。


「キャーッ、ロベルト先輩かっこいいです!」


 ロベルトはザッザッと音をさせて叢に落ちた獲物を手にする。


「リーゼロッテ、もう少し声を控えて」


 リーゼロッテは、ロイドと一緒に狩りをしているようだが、ロイドは弓矢を持っていなかった。

 狩りは必ずしも弓矢や剣といった武器を使わなくても良く、魔法で捕らえてもかまわない。ただし、森林火災になるから火魔法だけはNGだ。


 ロイドは青銀髪のサラサラヘアーをかき上げ、神経質そうにモノクルを指で上げながらリーゼロッテを注意する。


「だって、ロベルト先輩がカッコ良かったんだもん。さっきの、矢に風魔法を付与したんですか?ビュンって飛んで行きましたけど。風魔法はラインハルト様だけだからなぁ。もう少し強い風魔法を吸収できたら、私ももっと遠い獲物も仕留められるのに」


 リーゼロッテは不敬にも、ラインハルトの風魔法が弱いと愚痴を漏らす。


「弓矢に魔法は必要ない」

「それはロベルト先輩の筋肉があればこそよ。私の細腕じゃ、魔法の力がなきゃそもそも飛ばないし」

「だから、僕が手伝っているじゃないか。別に風魔法じゃなくても狩りには役立つ」

「まぁねぇ。土魔法で足止めとかはできるけど、飛んで逃げる鳥には通じないじゃない」

「水魔法で叩き落とせる」

「でも、そこまでコントロール良くないじゃない」


 ロイドはグッと言葉に詰まる。


 ロイドは森を破壊するくらいの大魔法ならば得意なのだが、指向性の確かな中程度の魔法はそこまで練習していなかった。


「アレクは火属性だから役に立たないと思ってロイを誘ったのに、ちょっと誤算だったかなぁ。ねぇ、ロベルト先輩、私に風魔法を吸収させてくださいよ。ロベルト先輩の魔力量なら、私が少しくらい吸収したって、全然大丈夫ですよね?」


 リーゼロッテがロベルトに近寄ると、その豊かな胸を押し当てるようにロベルトの腕にしがみついた。


「リーゼ!」

「あら、ラインハルト様も上質な魔力を吸収するようにって、ロイ達を私にあてがうじゃない?ロベルト先輩なら合格だと思うけどな。それに、ほら、こんなにゴリゴリに逞しい人とHしたことないもん。きっとあっちも楽しめそう」


 清純な顔をして、破廉恥なことを堂々と口にできるのは、吸収の無属性ゆえだろう。


 ロベルトは、キャロラインが反射の無属性で良かったと、つくづく思った。魔力を吸収する為に、他の男に抱かれるキャロラインなど想像するだけでも嫌だったからだ。


「俺の魔力をあなたに与えるつもりはない。他をあたるんだな」

「あら、あんな真っ平らな侯爵令嬢より、私のが全然先輩を満足させられるのに。一度試してみるのもアリだと思うけど。どうせお上品なセッ○スしかしてないんでしょ?私なら激しくしても大丈夫、逆に激しいくらいでちょうどいいの。ぜーんぶロベルト先輩の欲求に答えられるんだけどな」


 リーゼロッテは、わざと胸でロベルトの腕を挟むようにし、上目使いで可愛らしくロベルトに笑いかけた。


「……残念ながら、ただの脂肪の塊に欲情はしないな。そろそろ狩りをしたいので離してもらえるか?スターレン伯爵、俺は振り払っても良いのだが、できれば怪我はさせたくはない」

「あん、ロベルト先輩優しい」


 そうじゃないだろう……と言おうとして、ロベルトは諦めた。違う思考回路の人間とは、同じ言語を話していても理解できないということを知っていたからだ。


 ロベルトがロイドに視線を向けると、ロイドは慌ててリーゼロッテの腕を引いてロベルトから引き離した。


「厶ーッ!ロイったらやきもち?まぁ、ロベルト先輩がいれば、あと足りないのはミカの光属性くらいだもんね。でも、ちゃんとロイからもアレクからも魔力貰うから大丈夫。ほら、ラインハルト様もバランスが大事だって言うしさ」


 ロベルトは口を開くのも鬱陶しく思い、風魔法を足に纏わせて高速で移動した。


「ロベルト先輩!待ってー」


 リーゼロッテの声が聞こえなくなるところまで移動すると、ロベルトはホッと息を吐いた。


 基本、女子は苦手だ。


 ロベルトを見れば必要以上に怯えるし、ちょっと振り払っただけで吹っ飛ぶし、力加減を間違えば怪我をさせてしまう。とにかく触れるのも怖い相手というのが女子だ。

 実際、子供の時にくだらない喧嘩をして女子(アンソニー姉)に怪我をさせてしまったことがあり、それからはなるべく女子とは関わらないようにしてきた。


 キャロラインと会うまでは。


 キャロラインと出会って、初めて女子に……キャロライン限定で触れたいと思った。そんなキャロラインと婚約でき、さらには彼女の親公認で一緒に暮らすことさえできた。さらにさらに閨を共にすることさえ認められ……。


 リーゼロッテは、キャロラインとロベルトがお上品なセ○クスしかしていないんだろうと言っていたが、上品などころかまだ最後までは至せていない。

 キャロラインが怖がるからもあるが、何よりもロベルトがキャロラインを壊してしまいそうで怖いのだ。

 少しでも痛がる素振りが見えると、どうしても手が止まってしまう。


「ハァ……」


 自分に経験があれば、キャロラインを上手に導けるんじゃないかとも思うが、キャロラインという愛しい存在がいて、他で経験を積む気にもならない。というか、さっきリーゼロッテに胸を押し当てられて思ったが、相手に怪我をさせたとしても振り払いたいくらい気持ち悪かった。

 多分、キャロライン以外の女子が裸でせまってきたとしたら、吐瀉する自信すらある。


「……今は悩むよりも、一匹でも狩らないとだな」


 キャロラインが他の男に触れることさえ嫌なのに、キスなんか絶対に無理だ。

 想像しただけで、ロベルトから殺気が溢れて周りの獣が逃げていく。これでは狩りができないと、ロベルトは深呼吸して気持ちを落ち着ける。


 魔力を開放して広範囲の探索をかけた。森全体に広げた魔力を風に乗せ、大型の獣のいる場所を探る。まだ大型の獣が数頭隠れてそうな洞窟の存在を知り、ロベルトはそこに向かってひた走った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る