第29話 お茶会とミカエル

「お嬢様、ボート遊びでもしませんか?それともどなたか夫人のお茶会に参加したらどうでしょう?なんならお茶会主催しちゃいますか?」


 ロベルトが狩りに出た後、キャロラインは自分に与えられたテントの中でウロウロしていた。

 狩猟大会の間、狩りをしない女性達はボート遊びをしたり、お茶会を開いたり、カードゲームをしたりしている。

 やはり一番人気は王妃主催のお茶会だが、こちらは招待状がないとさすがに参加できない。他のお茶会は開くのも自由だし、参加も納涼の宴の参加者であれば自由にできることになっている。


「私のお茶会なんて、誰が参加してくれるのよ」

「あら、私参加しますよ。あ、給仕もしますけどね」


 アンリと二人だけの森のお茶会か。それはそれで楽しそうだ。


「じゃあ、二人でお茶会しようか」

「はい、用意しますね」


 アンリはテント前の開かれた場所に敷物を敷き、沢山のお茶菓子と軽食を用意した。お茶菓子は持参したもので、軽食は朝早くに起きて作ったロベルトのお弁当用のサンドイッチの残りだ。


「けっこう豪華に見えますね」

「そうね。二人で食べるには量が多いかな。お昼ご飯兼かな」

「うーん、お昼には屋台のお弁当とやらを食べてみたかったんですけどね」


 納涼の宴は主に野外がメインの為、夜は夜会での立食(たいていの貴族は自分のコテージに料理人を連れてきているが)になり、昼は広場に有名な料理店が屋台を出す。それが全て無料で食べられるのだから、王家は太っ腹だなと、平民であるアンリはもちろん、前世の庶民思考の抜けないキャロラインも感心してしまう。


 どうせ納涼の宴に出席しなければならないのならば、精一杯楽しんでやろうと、アンリと二人でお弁当を全制覇しようと言っていたのだが、まだ昨日一食、ロベルト達と四種類をシェアして食べただけで、まだ三分の一も食べれていない。


「でも、食材を余らせるのももったいないから」

「お嬢様は倹約家ですからね」


 もったいないお化けがでると言われて育った前世を持つせいか、食事を残すのに抵抗があるキャロラインは、貴族子女にしてはよく食べる方だ。残念ながらそれは女性らしいふくよかな体型(主に巨乳!)にはならずに、縦にスクスク伸びてしまったが。

 普通の貴族の食卓は食べきれない程の豪華な食事が並び、好きな物をほんの少ししか口にしないのが貴族の食事風景であるが、侯爵邸では食べ切れる量しか並ばない。


 前世の記憶を取り戻してすぐのキャロラインが、目の前に出された食事を全て食べようとし、食べ過ぎで胃

 を壊したことがあったからだ。

 母親のイザベラが、「なんでお腹を壊す程無理したの?」と訪ねたら、「残したらもったいから。料理は、誰が育ててくれたり狩ってくれた食材を、料理長が一生懸命作ってくれているんでしょ?だから全部食べないといけないのよ」と言ってから、侯爵邸では食品ロスを減らすようになったのだ。


「ピクニックみたいですね」


 敷物に座り、二人っきりのお茶会を開始しようとした時、上から覗き込まれて影が落ちてきた。


「……ミカエル様」


 アンリは立ち上がってキャロラインの後ろに控えた。


「お茶会ですか?」

「はい。アンリと二人で」

「ああ……そちらの平民の娘と」


 穏やかな声で口調も柔らかいが、その視線の冷ややかさに、キャロラインの背中がゾクゾクする。美少年で慈愛に満ちた教会信徒みたいな顔をして、中身はドSキャラという中身を知っている(乙女ゲーム設定)のは、この場ではキャロラインだけだ。


「地べたでお茶会とか、なかなかお目にかかれなくて新鮮です。ご一緒しても?」

「あ……、もちろん……です」


 キャロラインが許可する前にミカエルは敷物の上に上がり、アンリが差し出したクッションの上に座る。


「一度、ハンメル侯爵令嬢とは話をしたかったんです」

「はぁ……」


 こんなに麗しいご尊顔を前に、緊張がピークなキャロラインは、お茶もお菓子もすすめることもできず、ただただテンパリまくっていた。さりげなくアンリがお茶を出したり、お菓子の取り分けをしたりしなければ、ただ無言でミカエルの前に座っている置き物になっていたことだろう。


「それにしても驚きました」


 ミカエルは優雅にティーカップを手に取り、一口紅茶を口にする。


「何にでしょう」

「あなたに、貴族としての自覚が全くないことにです」

「……」

「教会に偽りの申告をしたことも罪深いのに、無属性の義務でもある王族の盾になることを放棄し、第一王子という年齢も相応しい王子がいるにも関わらず、辺境伯子息と婚約ですか?」

「……それは」


 ミカエルは大袈裟にため息をついてみせる。


「侯爵令嬢のあなたならば、正妃になることも可能でしょう。というか、あなた以上に相応しい令嬢はいないですよね」

「……私は、全くむいていません。社交的ではないし、引っ込み思案で……」


 それに、どうやったって正妃になることはない。婚約破棄されて、バッドエンドな未来しかないのだから。

 どんなルートを行っても、それが変わることはなかった。最悪は集団強姦の上に殺されるし、まだマシなのは娼館に売り飛ばされるルートだが、死なないというだけで、もしかしたらさらに酷い未来があるのかもしれない。

 あれは、全員の好感度をひたすら下げた時のルートだったような……。


「今ならまだ間に合います。貴族としての矜持がおありならば、婚約は破棄してラインハルト様の妃に」

「それは無理!……です。第一王子殿下にはリーゼロッテさんがいるじゃないですか。最強の彼女がいれば、私なんか……」

「ハッ!平民の女には妃は無理ですよ。愛人でもあり得ない。高貴なカザンの血に、下賤な血が混ざって良い訳がない。ラインハルト様もそれがわかっておいでだから、あの女を閨に呼ぶことはないんです。僕だってラインハルト様の命令でなければ!」


 選民意識なのだろうか、ミカエルは綺麗な顔を歪ませて吐き捨てるように言った。


 ミカエルのリーゼロッテへの好感度が、地の果て程に低いことは聞かなくてもわかった。また、ミカエルの暴露により、ラインハルトとリーゼロッテに身体の関係がないこともわかった。


 真実の愛……ではなかったのだろうか?


 ゲームでは、ラインハルトの好感度がそこまで上がらなくても、主人公リーゼロッテの第一攻略対象であるラインハルトは、ゲーム慣れしていない人にも簡単に攻略できるようになっていたし、けっこう簡単に身体を繋げていたような。相川ルイがしていたのはR15バージョンだったから、際どい描写とかはなかったが、それを匂わせるような描写はあった。


「あの……リーゼロッテさんと第一王子殿下はお付き合いは?」


 キャロラインはつい興味本位から聞いてしまう。


「している訳がないでしょう。魔力を測定する為に接吻はしないといけないが、ラインハルト様が平民に心を寄せるとか、ある訳がない」


 魔力測定のキス……。

 キャロラインがされたアレだ。思い出したくもない記憶だし、あんな過去は抹消してしまいたい。


「リーゼロッテさんは、ラインハルト様に心を寄せているように見えますが」

「それに何の意味が?」

「……」


 好感度が底辺というよりマイナス?

 前に甘味処でバッティングした時も思ったが、リーゼロッテは基本相手に合わせるというよりも、自分の趣味に相手を引きずり回すタイプとみた。つまり、全員の好感度駄々下がり?娼館ルートかな。


「とにかく、あなたはラインハルト様の盾になるべきなんです。それが正しい貴族としての在り方ですから。では、ご馳走さまでした」


 ミカエルは言いたいことを言えたのか、食べ物に手を付けることなく立ち上がろうとした。


「あ、お待ちください。もしよろしかったら、こちらのサンドイッチをお持ちください」


 キャロラインは、ロベルト用に作ったサンドイッチの中から、ピリ辛に煮た鳥を挟んだものと、サラミのサンドイッチを包んでミカエルに渡した。

 正直、サンドイッチを消費してお弁当を食べたかっただけなのだが、一応辛党のミカエルの好みに合わせて選んでみたのだ。ロベルトには、甘い、辛い、しょっぱいと、バラエティーにとんだサンドイッチを作って渡していて、色味も可愛いフルーツサンドもあったが、甘いホイップはミカエルの口に合わないだろうと思い入れなかった。


「このチョイスは?」


 ミカエルは包みを覗いて聞いてきた。


「あ、駄目でしたか?……ミカエル様は甘いお菓子は苦手かなと思ったんで」

「なぜ?」

「……お紅茶にお砂糖を入れていなかったので、甘い物を好まないのかなって。なんとなくです!」


 まさか、乙女ゲームの知識からですなんて言えない。


「そうですか……貰って行きます」


 ミカエルは包み直すと、何故か顔を赤らめて去って行った。


 ミカエルはその見た目から、周りの女子からはスイーツが似合うから甘党な筈だと勝手に思われ、しょっちゅう甘味の差し入れを貰っていた。それを笑顔で受け取りながらも、嫌いな物を押し付けてくる女子達が心底嫌で、内心では汚い悪態をついていたりもした。また、リーゼロッテのお目付け役を言いつかることが多い為、甘味処にもしょっちゅう付き合わされていた。自分勝手なリーゼロッテは、何故かミカエルの注文まで勝手にしてしまい、毎回嫌いな甘味を食べなければならなかった。


 自分の趣味を押し付けたり、ミカエルの見た目から勝手に予想したミカエル像を押し付けるのではなく、些細なことからミカエルの趣向を予想するキャロラインのその細やかな気づかいに、ミカエルのキャロラインに対する好感度が一気に跳ね上がった……なんてことに、キャロラインは全く気がついてはいなかった。






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