第28話 狩猟大会開催

 昨日の始まりの夜会はかなりド派手な演出(魔法の花火が上がった)で始まり、こんなに大騒ぎをしたら、今日の狩りの獲物がみな逃げてしまうんじゃないかと心配したくらいだった。広間で行う普通の夜会と違い、夜会を行う為に作られた広場は灯りの魔導具で夜でも明るく、湖に浮かべれた数多くの花々に灯りの魔導具が仕込まれているようで、湖を幻想的に照らしていた。

 楽団の音楽は夜の闇に反響し、カザン王と王妃のファーストダンスで納涼の宴は開宴となった。


 二日目の狩猟大会が朝早いこともあり、キャロライン達は早々に休むことにしたが、夜遅くまで楽団の音楽は響いていたので、始まりの夜会も夜遅くまで続いていたのだろう。


 森にはコテージが多数用意されており、招待された貴族達はこのコテージを使用するらしかったが、今回は学園生達が多数来ていた為、学園生には急遽テントが用意された。テントといってもちゃんとベッドが入るような大型のもので、女子生徒から文句が出ることもなかったようだ。


「ランディ様、ロベルト様の補佐しっかりお願いしますよ!」

「別に、俺が手伝わなくても、ロベルトならぶっちぎりで優勝だと思うんだけどな」


 狩猟大会は、納涼の宴二日目、日の出から日の入りまでに狩りを行い、三日目にその集計を行い優勝者を決定する。三日目夕方から行われる夜会で優勝者が発表されるのであるが、最終日夜会とありこの日は納涼の宴に参加する全員が集まる大夜会となり、次の日は帰るだけなので夜更けまで夜会は続くらしい。


 まだ暗いうちから起きて支度をしたキャロラインは、すっかり狩猟の装備を身に着けたロベルトとランデルを見送る為に広場に来ていた。


「ロベルト様、どうぞ気をつけて」

「ああ、心配いらない。それよりも俺がいない間、キャロラインの方こそ気をつけて。何かあったら、魔導具ですぐに知らせるんだ。いいね?」

「はい」


 キャロラインは耳にあるルビーのピアスに手を当てた。ロベルトの魔力を取り込んだピアスは、真ん中に黒い星が輝いていた。ロベルトの魔力を重ねがけしている為、数回攻撃することも可能だし、防御能力も優れていた。魔法防御ではなく、物理攻撃の防御だ。キャロラインに害意を持って触れようとする者を弾く効果があり、半日は作動できるようになっている。しかも防御が働くとロベルトに伝わるアラーム機能と、場所を特定するGPS機能付き。

 キャロラインのピアスは、ロベルトのキャロラインへの執着の集大成みたいな魔導具に進化していた。


 筋肉モリモリで、いかにも脳筋のように見えるロベルトであるが、実は手先も器用で学者肌な一面もあった。


 誰よりも強く、武術も剣技も負け知らず、その剛腕は全てを薙ぎ払う逞しさだ。そのうえ知識量は半端なく、ロベルトの武勇で霞んでしまっているが、学年トップを一年から維持している秀才でもある。魔法の才能は言うまでもない。


 私の婚約者、チート過ぎる。


 なんでこんな完璧な人がキャロラインと知り合うまで恋人も婚約者もいなかったのか謎だ……と、キャロラインは常々不思議に思っているのだが、キャロラインは自分のタイプ(ロベルトはドストライク!)が少し周りとズレていることに気がついていない。


「キャロライン、狩猟大会の女神として、一言挨拶を」


 狩猟のかっこうにしては派手な刺繍の入った上着を着込んだラインハルトがキャロラインの前に現れた。

 尊大に腕を差し出され、キャロラインは躊躇ったようにロベルトを見たが、ロベルトが大丈夫だというように頷いたので、キャロラインはラインハルトの衣服に指先が触れるか触れないかくらい触れ、狩猟大会開会式用に準備された壇上に上がる。


「これより、狩猟大会開催を宣言する。良き天候と森の恵みを神に感謝し、みなが怪我せず、存分に楽しんで会がとり行えるよう、カザン正教会よりミカエル、みなに祝福を!」


 ラインハルトに言われ、司祭服を着たミカエルが壇上に上がり、光の加護魔法を唱える。

 キラキラと光る粒が雨のように広場にいる全員に降り注ぐ。ちょっとした不調が治ったり、怪我をしにくくしたりなどの小さな加護だが、これだけ多くの人數に一度にかけられる者は、正教会の大司祭レベルだ。

 プラチナブロンドがキラキラ魔法を反射し、空の青のように澄んだ瞳を持つミカエルは、中性的な美しさで神々しくもある。


 その横に立つラインハルトも、見た目だけなら極上の美男子だ。この二人と同じ壇上に立たなければならない自分は、どんな罰ゲームなんだと内心は不貞腐れつつ、キャロラインはとにかく表情を消して凛と前だけを見る。その視線の先にロベルトがいなかったら、きっと緊張のあまりガタガタ震えて醜態をさらしてしまったことだろう。


「最後に、この狩猟大会の女神、ハンメル侯爵令嬢から激励の言葉を」


 昨日の話を聞いていた学園生ならば、狩猟大会の女神でも理解できるだろうが、普通に納涼の宴に招待された貴族達には意味がわからないだろう。けれど、その内容を説明するのも憚られ、キャロラインは綺麗なカテーシーをしてからよく通る声で言った。


「皆様、怪我をせず、頑張ってきてください」


 これがいっぱいいっぱいだ!


 堂々として見えるかもしれないが、実際のキャロラインは人見知りだし気も弱く泣き虫だ。多少、侯爵令嬢としての教育の賜物で改善された面もあるかもしれないが、それは仮面をかぶっているだけにすぎず、今だってロングスカートの下の足はガクブルしているのだから。


 アンリが大きく拍手をしてくれ、ロベルトがそれに続くと、広場にいた人達からも拍手をもらえた。

 これでやっと引っ込めると安堵した時、ラインハルトの手がキャロラインの肩に触れようとした。その手がバチッと弾かれて、弾かれたラインハルトも、弾いた(弾いたのはキャロラインの魔導具だが)キャロラインも一瞬目を丸くした。


「……静電気か?」


 もちろんそうでないことはラインハルトもわかっている。

 ロベルトが壇上に近寄ってきたのを見て、ラインハルトは狩猟大会開始の合図として火柱を盛大に上げた。


 皆がそれに目を奪われている時、ラインハルトがキャロラインに触れるギリギリまで近寄った。


「また、くだらない物を身に着けているようだ。祝福のキスをする時には外しておけよ」

「は……ずす必要を感じません」

「優勝者を弾き飛ばすつもりか」

「弾き飛ばないですから。ロベルト様が優勝してくれます!この魔力をこめてくれたロベルト様だけ、私に触れることができるんです」

「ふん、そんなのは無効化してしまえば意味はないだろう」


 キャロラインの顔色が変わる。


 魔導具が無効化された部屋でラインハルトにされたこと、許せることではなかったからだ。


「……ざけんなよ」

「は?」

「王子だかなんだか知らないけど、誰もがあんたの思い通りになると思うな!あんたなんか大嫌いだ」


 多分、第一王子は面と向かってこんなことを言われたことは今までなかったんだろう。というか、貴族子女ならば、こんな口調で声を荒げることはない。侯爵令嬢キャロラインではなく、完全に男の娘であった相川ルイが顔を出していた。


 ラインハルトはポカンとした表情でキャロラインを見、キャロラインは「ヤバイ!不敬罪で捕まっちゃう?!」と内心ワタワタしながらも、ツンと顎を上げて「失礼します」と踵を返す。

 壇を下りる途中、壇の下まで来ていたロベルトが手を差し出してきたので、キャロラインは気が抜けたのもあり、ロベルトの胸にダイブしてしまう。

 よろけることなく抱き止めてくれ、その安心感にキャロラインはロベルトの胸に顔を埋める。


「何を話していた?」

「第一王子に、あんたなんか大嫌いと言っちゃいました」

「……それはまた」


 驚いたようなロベルトの声にキャロラインは顔を上げる。


「不敬罪で捕まりますか?」

「クックックッ……いや、さすがだ。そのくらい言えなきゃ、次期辺境伯夫人にはなれないさ」

「もう!」


 肩を震わせて笑うロベルトの胸を、キャロラインはポカポカ殴る。

 ラインハルトは、そんな二人の様子を壇上から見ていた。

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