第27話 納涼の宴

 夏休みに入り、キャロラインは辺境伯家の馬車に乗って、王都の北の外れにある森にある王家の避暑地についた。王都から馬車で二時間ほどなのに、まるで未開の地に足を踏み入れてしまったかのような鬱蒼とした森だった。


「凄い人だな」

「本当に……」


 納涼の宴の時期以外、管理者以外の出入りを禁じられているこの森は、自然も豊かで動物達も沢山生息している。そんな中、着飾った貴族達があちこちでたむろしている姿は違和感しかない。


 ロベルトは狩猟用の長袖シャツとズボン、ブーツ姿で、キャロラインもロングの長袖ワンピースの下にはスパッツにロングブーツと、虫刺され対策をしている。虫除けのハーブの香り袋も、ロベルトから貰って身に着けていた。つばの大きな帽子は日除けというよりは、想定外の落下物(鳥の糞や虫)防止の為にかぶっていた。


 森の中で日差しもたいして強くない中、日傘をさしてノースリーブのサマードレスにピンヒールで森を闊歩している令嬢達の気がしれない。慣れた年配の婦人などは、キャロラインと同じように暑い中肌の露出は避け、歩きやすいブーツなどを着用しているようだ。


「お疲れ」

「ランデル様、こんにちは」


 ランデルもロベルトと同じようなかっこうで、ニコニコと手を振ってやってきた。


「キャロライン嬢もアンリちゃんも完全武装だな。あいつらは何を考えて森に来たんだ?」


 主にキャロラインのクラスメイト達なんだろうが、露出多めの女子達にランデルは呆れ顔を浮かべる。


「一応、歩きやすいかっこうで、虫除けの為に肌は露出しない方が良いとは伝えたんですけどね」


 アンリも令嬢達を見て鼻を鳴らす。キャロラインの忠告を無視したのは彼女達だ。第一王子の招待だからと、少しでも自分アピールをしたかったのだろうが、全員が森に不釣り合いな派手なかっこうをしている中、TPOに応じたかっこうをしている数少ない女子は逆に目立った。


「キャロライン、よく来たな」


 いきなり後ろから声をかけられ、キャロラインはビクッとしてロベルトの袖にしがみついた。


 振り返ると、腕にリーゼロッテをぶら下げ、ロイド達を引き連れたラインハルトがいた。リーゼロッテも狩猟大会に出場するつもりなのか、他の学園女子達とは違い、白いシャツに身体にフィットしたズボンにロングブーツという出で立ちで、斜めがけした矢筒の紐が、豊満な胸の谷間に食い込んでいた。別に斜めがけする必要はなく、肩にかければよいのだから、わざと胸を強調しているに違いない。

 ロベルトの視線がリーゼロッテの胸に行かないかヤキモキしつつ、そんな感情は隠してキャロラインは綺麗なカテーシーを披露する。


「ご招待、ありがとうございます」


 学園内ではない為、会釈だけという訳にもいかないからで、ロベルト達も頭を下げた。


「そんなに畏まらなくていい」


 ラインハルトは手を上げて礼を解かせると、ロベルトの方へ一歩歩み寄った。


「シュバルツ辺境伯達は狩猟大会にはエントリーしたんだろう?」

「はい、先程登録しました」


 男子が納涼の宴に参加する条件が狩猟大会参加と言われていたので、森に入る時にエントリーシートに名前を書かされたのだった。


「ならいい。それでだ、ちょっとしたお遊びをしないか?」

「遊びですか」

「ああ」


 ラインハルトがロイドに目配せし、学園生全員を集めさせた。


「狩猟大会の各部門優勝者には、金一封が出るのが通例なのだが、君達は学生の為、金銭のやり取りは好ましくないと陛下は仰っている」


 ラインハルトの朗々と響く声に、女子はうっとり聞き惚れと、男子は落胆を隠せていない。ラインハルトはそんな学園生を無視し、キャロラインとロベルトだけに視線を合わせていた。


「ただ、それではせっかくの大会も頑張る気がおきないだろう。なので、特別ルールを学園生のみに適応することにした」


 ウオーッ!という歓声が男子から上がる。


「獲物の大きさを五段階に分け、一番大きな物を五とし、大きさかける数で、その合計の一番大きな者を優勝者とする。優勝者には……景品は何がいいだろうか?」

「ラインハルト様、やはり勝者には勝利の女神からのキスじゃないですか」


 アレクサンダーのとんでもない提案に、男子は異常に盛り上がりを見せた。


「なるほど……、では女神からの祝福のキスと、副賞に学食の一年間無料チケットをつけよう」

「ラインハルト様、女神役はどなたが?やはり、女神というからには高貴な方じゃないと」


 ミカエルが女子一人一人と視線を合わせ、最後にキャロラインで視線を停めた。


「まぁ、そうだろうな。では、栄誉ある女神役は、この場で一番爵位が高いハンメル侯爵令嬢に頼むとしよう。優勝者は、女神から好きな場所にキスしてもらえることにする」

「そんな!困ります」


 キャロラインが慌てて断ろうとしたが、男子達が「口もありかよ?!」とドッと騒ぎ出した為、その声はかき消えてしまう。


「ラインハルト様、もし女子が優勝したら?私もエントリーしているんですけど」

「そうしたら、僕から祝福のキスをしよう」


 リーゼロッテの言葉に、今度は女子まで騒ぎ出してしまい、キャロラインの辞退の声は誰の耳にも届かない。そうしている間にも話は進み、キャロラインの女神役は引き受けてもいないのに決定したような雰囲気になってしまった。


「ラインハルト様、狩猟大会に参加しない女子には何かないんですか?」

「そうですぅ!男子ばかりずるい」

「あら、みんなも出場すればいいじゃない。私は絶対に優勝して、ラインハルト様に公衆の面前でキスしてもらうんだから」


 リーゼロッテが自慢の胸をラインハルトに押し付けるように腕を組み、ラインハルトにニッコリ笑いかける。他の女子達は、そんなリーゼロッテにムッとしながらも、リーゼロッテが無属性持ちだと知っているので、あえて無視して「自分達が参加できることでもご褒美が欲しい」とおねだりをする。


「……では、学園の優勝者が誰になるかを賭けようか。見事優勝者を言い当てた者には、後日王宮から晩餐会の招待状を送ろう。それならば、参加しない女子も楽しめるだろう?」


 女子達は賛成賛成と大喜びだ。高位貴族ならば王宮の晩餐会に招待されることもあるだろうが、学生の彼女達からしたら、王宮の晩餐会に出席するなど夢のまた夢だからだ。


「あと、賭けに勝った者の中から一人優勝者に選んでもらい、二人には最終日の夜会でラストダンスを踊ってもらうことにする。ちなみにラストダンスは定番のチークダンスだ」


 チークダンスと聞き、女子がキャーッと顔を赤らめて悲鳴を上げる。夫婦か恋人同士のダンスとされるチークダンスであるが、実は夜会においては違う意味合いもある。パートナー以外の相手と踊る時は、一夜の相手の申し込みだったり、不倫の誘いだったりする。

 つまり、無関係の男女が踊ったら、周りからもあいつら今晩盛るつもりだな……と認識される。


「優勝を目指す男子諸君、ぜひ目当ての女子に自分に賭けるように言うと良いだろう。ハハハ、うまくいけば今後進展するかもしれないぞ」


 ラインハルトは楽しげに笑うと、「じゃあ皆頑張るように」と踵を返し、王族用に用意されたテントに姿を消した。


「なんか、王宮の晩餐会にお嬢様を引きずり出したいだけなんじゃないですか?策略の臭いがプンプンします」

「だよな。キャロライン嬢のキスがかかってたら、ロベルトは絶対に優勝目指すだろうし、ロベルトとのチークダンスがかかってたら、キャロライン嬢はロベルトに賭けるだろ。その結果ついてくんのは学食の無料チケットと王宮の晩餐会の招待状ってか」


 ランデルとアンリが顔を見合わせて頷き合う。


「お嬢様、ここはロベルト様には優勝してもらわないとですが、お嬢様はランディ様にでも賭けたらどうです?私がロベルト様に賭けますから、チークは私を選んで貰えばいいですよ。そうすれば、他の女子を選ばなくてすみます」

「ランディ様にでも……って、アンリちゃん酷い。それに、俺だって狩猟ならロベルトには負けないよ。俺、弓矢得意だからね」

「なら、ランディ様が勝って、お嬢様に頬とかオデコにチューして貰えばよくないですか?」

「駄目だ!頬だろうが、オデコだろうが、キャロラインの唇が俺以外の男に触れるなんて、絶対に許せない!!」


 ロベルトがキャロラインを抱き締めて、ランデルをガルガルと威嚇する。


「おまえ、常にストイックで冷静な奴だと思っていたが、意外と情熱的な上にヤキモチ焼きだったんだな」

「いや、私だって嫌です!ロベルト様が他の女子と抱き合って踊るなんて。たとえ相手がアンリでも無理」

「こっちもかい」


 ヤレヤレとランデルはため息を吐き、そんな三人の様子を見ていたアンリがポンッと手を打った。


「それなら、こんなのはどうでしょう」


 キャロライン達の視線がアンリに集まる。


「さっき、男子が賭けちゃいけないなんて言ってませんでしたよね。狩猟大会だって、男子だけじゃなくリーゼロッテさんもエントリーしたみたいですし。ならば、ランディ様がロベルト様に賭けて、ロベルト様が優勝すれば良くないですか?」

「つまり?」

「女神のキスはロベルト様がお嬢様から受け、チークはランディ様とロベルト様が踊るんです。お嬢様がそもそも賭けに参加しなければ、晩餐会に招待されないでしょ」


 ゴツくてデカイ筋肉達磨な二人が、頬寄せ合ってチークを踊る……。


 そのシュールな光景を想像し、キャロラインは目眩を覚えた。前世男の娘であったけれど、BLが好きなわけじゃない。


 ロベルトとランデル二人共になんとも言えない表情になると、二人揃って口開いた。


「「それは却下」だ」

「あら、息ぴったり」


 アンリのさり気ない一言にさらに嫌そうな顔をする二人を見て、キャロラインは思わずといったように笑みをこぼす。

 その様子を見ていたのはロベルト達だけではなく……。


 キャロラインの悪役令嬢というあだ名は、これを期に言われなくなったのだった。そして、今年の狩猟大会は若者達の参加で大盛況だったと後に言われることになり、学園生の年間行事の一つに、成績優秀者の納涼の宴の参加が追加されることになる。




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