第26話 腐って落ちるって本当?!
結局、あの晩はキャロラインが飲んだくれて(ホットワイン二杯しか飲んではいないが)寝落ちしてしまった……という衝撃的な事実を知らされた。
そして、一緒に住み始めて数ヶ月たった今、婚約者同士にもなり、なんなら毎晩同じベッドで寝ているというのに、いまだにロベルトとの関係は……最後まで至せてません!
何故って?怖いからです!
お酒でも飲んで、恐怖心をぶっ飛ばして、なんなら記憶がないうちにでも……と提案してみたが、ロベルトに悲しそうな顔をされて諭された為に諦めた。
「お嬢様、さすがにそろそろ諦めて、ロベルト様に身を任せたらいかがですか」
「諦めるって、別に……」
キャロラインの銀髪に櫛を通し、ハーフアップに結い上げながら、アンリがわざとらしくため息をついてみせた。
ロベルトと婚約してから、キャロラインは髪の毛を元の銀髪に戻し、ソバカスの化粧も止めていた。
「毎晩、一緒に寝られてますよね?」
「うん。毎晩ロベルト様の筋肉を堪能してる」
夏真っ盛り、暑い季節になってきたから、二人で抱き合って寝るには暑いのだが、ここでも冷房の魔導具が良い働きをしている。電気がなくて不便なところは、全部魔法か魔導具がなんとかしてくれるから、まさに乙女ゲームの世界様々だ。
「……ロベルト様が不憫です」
「そんなこと!……あるのかな?」
……ないとは言えない。
毎朝裸で抱き合って目が覚める今日この頃。ロベルトの女性に対するスキルは天井知らずに爆上がりで、キャロライン以上にキャロラインの身体の良い場所は熟知されている。
最近では、もう大丈夫なんじゃ?と思う時もあるのだが、やっぱりいざとなると怖くて……。
正直、男子の生理がわかるから、ロベルトに申し訳ない気持ちも凄くあって、手とか口とか……胸は無理だけれど、頑張る気は満々なんだけれど、いつも翻弄されるだけされて寝落ちしてしまう(半気絶?)毎日。
「そんなんじゃ、ロベルト様が他の女子に行ってしまってもお嬢様には責められませんよ。男性は出さなきゃ腐る生き物らしいですから」
「え?腐らないよ?」
「精通があってから、定期的に出さないともげて落ちると聞きましたよ」
何それ怖い……。それがこの世界の常識なの?
前世男子で、誰ともそういう行為はしなかったけれど、腐らなかったしもげて落ちもしなかった。痛くないなら、もげて落ちて欲しいくらいだったけれど。
魔法があったりするくらいだから、前世の常識が通用しない世界であるのはわかるけれど、出さないと腐ってもげるのがこの世の常識ならば、もげて落ちていないロベルトは、やはりキャロラインの知らないところで性欲処理をしているのだろうか?
「お嬢様、ロベルト様は辺境伯の後継ぎ様ですから、むざむざ腐らせてはなりません」
「……ちなみに、それは誰情報なの?それとも保健体育の教本に載っていたかな?」
授業中に寝てしまった記憶はないし、授業を休んだ記憶もないのだが、もしかすると聞き飛ばしてしまっていたかもしれない。
「ランディ様です」
「アンリ……、あなたそんな話をランデル様としているの?」
ランデル情報ならば、この世の常識ではなくて初心なアンリがからかわれただけかもしれないと思い当たる。良かった、変な常識がなくて。
「お嬢様とロベルト様の閨事がなかなか成功しないという話をしたら、あまりに溜めすぎると、ロベルト様のが腐って落ちちゃうぞって言われたんです」
「なんでそんな話を……」
「私達はお嬢様達の見守り隊ですから」
そんな話は確かにしてましたね。ランデルとアンソニー、アンリが会員だと聞いたような。
ということは、ロベルトとキャロラインのあんな話やこんな話が辺境伯子息の二人には筒抜け……ということだろうか?
恥ずかし過ぎて鼻血がでそう……。
「さあ、できましたよ。学園に参りましょう」
髪の毛をセットしてもらい、化粧は極力薄くしかしてもらっていないのに、やはり悪役令嬢感がそこはかとなく漂う。キツイ目元とキリリと引き締まった唇は、どうやっても化粧では隠せない。垂れ目メイクもふっくらぷるるん唇メイクも、キャロラインがすると、やたらと派手でわざとらしさが強調されてしまう為、まだほとんどスッピンの方がマシなのだ。
二人が鞄を持って屋敷を出ると、すでにロベルトが待っていた。
今までは馬車登校していたキャロラインだったが、ロベルトの屋敷に引っ越してからは、行き帰りもロベルトと一緒に徒歩で学園に通っている。毎日行き帰りデートをしているようで楽しくてしょうがなかった。
「お待たせしました」
「行こうか」
ロベルトが手を差し出し、キャロラインはその分厚い手にほっそりとした手を重ねた。貴族のエスコートではなく、いわゆる恋人繋ぎだ。アンリはそんな二人の後ろからついて行く。
学園につくと、ロベルトがキャロラインの教室まで送ってくれる。帰りは教室まで迎えに来てくれるのだ。至れり尽くせりだが、ロベルト的にはキャロラインの周りの男子達にマウントを取っているつもりらしい。
キャロラインに懸想する男子などいないといくら言っても、キャロラインはこんなに可愛くて綺麗なんだから、自分という婚約者の存在をアピールしないと、いつ何時キャロラインを取られるかわからないと、昼休みにも教室にくる始末だ。もしかすると、ラインハルトのことがキャロライン以上にトラウマになっているのかもしれない。
少し重いロベルトの愛情だが、キャロライン的にはいつでも一緒にいたいのはロベルトと同じなので、ウエルカム通り越してギブミーモア(もっと!)と言いたいくらいだ。
教室に入ると、キャロラインの机の上に一通の招待状が置いてあった。
その見覚えのある蠟封に、ロベルトの表情は険しくなる。
「こいつは懲りていないのか。……ハァッ、開けていいか?」
第一王子の刻印のある封筒を、ロベルトはため息をつきながら手にとった。
「お願いします」
第一王子からの物など触りたくもないと、キャロラインは開封をロベルトに託す。
キャロラインの拉致監禁事件の後、ラインハルトはしばらく謹慎を申しつけられていた。
カザン国王いわく、ラインハルトからはキャロラインと婚約することにしたとしか聞いておらず、家の家格的にも申し分のない相手だし、何度も婚約者にと打診をしていた相手でもあったから、諸手を上げて賛成して婚約誓約書にサインをしてしまったとのことだった。また、ロベルトとキャロラインの婚約を邪魔したことも知らなかったと、全てがラインハルトの一存で行われたと、全ての責任をラインハルトに押し付けた。ラインハルトは一ヶ月の謹慎処分となり、その後もキャロラインに接触することはなかったのだが。
「なんて言ってきてます?」
アンリが興味津々、ロベルトの後ろから招待状を覗き込んだ。
「王家で主催される納涼の宴の招待状だな。本当に懲りない奴だ」
夏真っ盛りに行なわれる納涼の宴とは、王家の避暑地で行なわれる一大イベントで、昼間は狩猟大会や湖遊び、夜は舞踏会が開かれ、三日間盛り上がる。王家主催の為、伯爵家以上の貴族で、その年に国の為に貢献した人物が呼ばれ、納涼の宴に招待されたということは、貴族にとって最大のステータスでもあった。
「凄い!ハンメル侯爵令嬢、納涼の宴に招待されたんですか?」
「えー羨ましい!」
今まであまり話したことのない女子生徒達が群がってきた。キャロラインの机の上にある招待状は皆が目にしていたし、正直興味津々過ぎて、キャロラインが登校してくるのを今か今かと待っていたくらいだ。
そこへ、キャーッという悲鳴が起こり、声のした方へ目を向けると、ラインハルトを先頭に、リーゼロッテ以外の取り巻き三人が教室に入ってくるところだった。キラキラしい男子四人組に、教室にいた女子生徒のほとんど(キャロラインとアンリを除く)が、頬を染めてキャーキャーと騒いでいる。
「キャロライン、その招待状を見てもらえただろうか」
ロベルトはキャロラインの横にピッタリと寄り添い、キャロラインは最大限侯爵令嬢らしい佇まい(嫌悪感を隠した無表情)でラインハルトに向き合った。
学園内は一応無礼講になっている。相手が王族でも、軽く頭を下げるお辞儀ぐらいで、カテーシーまでする必要はない。
頭すら下げる気のないロベルトは、無言でラインハルトに圧をかける。
「拝見……はいたしました」
見たけれど、招待を受けるつもりはないという意味を込めて、キャロラインは淡々と答える。
「その招待状は、人数無制限となっている。キャロラインと共に来れば……そうだな、このクラスの女子生徒全てを招待しよう。男子も狩猟大会に出場するのであれば、参加してくれてもかまわない」
ラインハルトが教室中に響く声で言うと、教室中から大歓声が上がる。
「では、参加する者はキャロラインに申し出るように」
ラインハルトはニヤリと笑うと、取り巻きを引き連れて教室を後にした。
キャロラインの周りには人だかりができ、「私、参加します」「僕も参加で」「親に自慢できちゃう!ハンメル侯爵令嬢ありがとう」というような声が飛び交う。
こうなると、私は参加しませんとも言えない雰囲気になってしまった。
「ロベルト様……」
「大丈夫だ。俺も参加するから」
結局、キャロラインのクラス全員と、ロベルトとラスティが納涼の宴に参加することになった。
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