第23話 お母様の素顔

「キャロラインを守る為に、今日からキャロラインをうちの邸に住まわせることをお許し願いたい」


 キャロラインを無事にハンメル侯爵別邸に連れてきたロベルトは、キャロラインの無事な姿を目にし、屋敷から走り出てきたハンメル侯爵家族に頭を下げた。


「キャロ、ああ、そんなに目を腫らして」


 イザベラがキャロラインに抱きつくと、キャロラインもしっかりとイザベラにしがみつく。


「お母様……」

「とにかく中へ。話はそれからだ。ロベルト君も……そちらの」


 ダンテがランデルに目を向けた。


「ランデル・ムーアです、ハンメル侯爵」

「ああ、娘の誕生日パーティーにも来てくれていたな。ムーア辺境伯のご次男か。ランデル君も中に。アンリ、お茶の用意を頼む」

「かしこまりました、旦那様」


 キャロラインはイザベラに寄り添われ、気が緩んだのかポロポロと涙を溢す。そんな娘の涙をハンカチで拭きながら、イザベラはキャロラインの背中を優しく撫でる。


「アンリから連絡がきて、お父様はすぐに王宮に向かわれたのよ。すぐに王と面会できたんだけど、あなたは王宮には来ていないと聞かされて帰されてしまったの。学園にも寄ったけれどあなたはいないし、今戻ってこられて、また王宮へ向かおうとしていたのよ。行き違いにならずに良かったわ」

「私はラインハルト第一王子に学園で呼び出され、そのまま王宮へ連れていかれました。そこで私の反射の無属性が王家にバレてしまいました。お父様、お母様、申し訳ありません。ハンメル侯爵家に迷惑が……」


 王家を謀った罪を問われることを懸念し、キャロラインは涙が止まらなくなる。


「まぁ、昔の泣き虫さんが戻ってきたわね。私達に、あなたを王家から守る力がないと思うの?おバカさんね。王宮に顔を出して、面会の約束もなく王に会えるくらいには、お父様は王家に丁重に扱われているのよ。あなたの無属性がわかってからは、王宮とは距離を取ってきましたが。まぁ、時間稼ぎに下らない嘘を吐かれたようだけれど」

「ベラ!もちろんこのことは侯爵家として抗議するし、王には問い詰めるつもりだ」

「そうね。まずは何があったか、キャロに話を聞きましょう。その上で、私も王宮に参ります」

「しかしベラ、君が行ったら話が大きく……」


 可憐に見えるイザベラから、男性をも怯ませるオーラのようなものが溢れ、特に武術に長けて他人の力量に敏感なロベルトとランデルの額に汗が滲んだ。


「あなた!私達のキャロがこんなに泣かされるようなことをされたのよ。私は黙って泣き寝入りはしないわ。ロベルト君とランデル君、キャロラインの話を聞くまでの間、応接室で待っていてもらえるかしら?ロベルト君のさっき言っていたお話は、それから聞かせてちょうだい」


 イザベラは笑顔だが有無を言わせない圧力で、ロベルトとランデルに言い放った。その迫力はただの侯爵夫人とは思えないほど圧倒的で、カザン王族の誰もこれ程の覇気を自在に操れる人間もいないだろう。見た目は年齢不詳の可愛らしい女性なのだが……。


「……キャロライン嬢のお母さんって何者?辺境伯夫人だってあそこまでの迫力はないぞ。うちの母親もめっちゃ怖いけどさ」


 応接室に通されたランデルは、ロベルトにコソコソと聞く。


「さぁ?ハンメル侯爵家に嫁ぐ前は、確か伯爵令嬢だった筈だが。現王妃の従妹で、学園を休学して遊学なさった王妃について他国で見聞を広めたって聞いてる。学園に入学する為に遊学を切り上げて帰国したら、ハンメル侯爵に見初められてすぐに婚約し結婚をしたとしか」


 カザン王国が周りの国と均衡をとって今の立場にあるのは、王妃の遊学時の交友関係の賜物だとされているが、実際にカザン王と他国の王達を結びつけたのはイザベラの功績だった。


「王妃様の従妹か……。あの覇気はただ者じゃないけどな。戦を何回か経験した猛者の気迫だぜ」

「だな。キャロラインとの婚約話をした時も、ハンメル侯爵の娘というよりイザベラ様の娘ならばと、父はこの婚約を一つ返事で認めたようだったし」

「あぁ、なんかわかる。辺境出身者は、馬鹿みたいに強い者に惹かれる傾向があるからな。あの気迫で睨まれたら骨抜きになりそうだ」


 それから、キャロラインの主治医がロベルトの手を診に来た為に一度会話は中断し、消毒されて包帯が巻き終ると、キャロラインを連れたイザベラが部屋にやってきた。主治医は一礼して部屋を出て行った。


「ハンメル侯爵様は?」

「ごめんなさいね。ちょっと取り乱し過ぎちゃって、とても冷静にロベルト君の話を聞けなさそうだったから、頭を冷やさせてるわ」


 イザベラがキャロラインを先に座らせてから、自分も隣に腰を下ろした。

 父親が取り乱すほどの話だったのかと、ランデルは心配そうにロベルトをうかがったが、ロベルトはキャロラインから一度も目を離さずに見つめている。


「まずは、私達の娘を助けてくれてありがとう。ロベルト君が間に合わなかったら、無理やり婚約誓約書にサインさせられていたかもしれない。それと……国王のサインがあったというのは本当?」

「はい、国王のサインと第一王子のサインがありました」

「そう……。アキレスには呆れたものだわ。息子を野放しにするだけじゃなく、まさかその悪事の片棒を担ぐなんて」


 アキレスとはカザン国王のことであり、いくら王妃の従妹であれど、一国の王をファーストネームで呼ぶ程親しいのか……と、ロベルト達は驚きの表情を浮かべた。


 イザベラ・ハンメル。旧姓イザベラ・ミスティル、伯爵令嬢であるが、彼女の穏やかそうな可憐な見た目に騙されてはならない。ミスティル伯爵家はカザン国でも有名な武門の一族である。実力は王国騎士団総団長になってもおかしくないのだが、常に前線で戦っていたい戦闘狂の一族ゆえ、貴族でありながら騎士団に入るよりも傭兵として戦うことを好む人間が多いので有名だ。


 イザベラは、良い意味でも悪い意味でもミスティルの誰よりも苛烈な性格をしていた。結婚して子供を産んで丸くなり、キャロラインの前では優しい母親の顔しか見せないが、その勇猛果敢な性質に心酔者も多かった。

 なにせ十六の時に、三つ年上の現王妃の護衛を買って出、一緒に遊学という名前の武者修行に出た強者だ。彼女達の強さは近隣諸国に鳴り渡り、特に可憐な少女のような見た目でえげつない程の魔法戦士ぶりのイザベラと一度でも手合わせをした他国の王族達は、イザベラファンが続出するくらいだった。


 そんなイザベラであったから、キャロラインが反射の無属性を隠して普通の女子のように生きたいと言ってきた時、普通の貴族のようにカザン王家を恐れることなく、娘の願いを叶えようと全力で協力したのだ。

 いざとなれば、他国でも生きていける……というか、侯爵どころか公爵待遇で引く手あまただったりもしたから。


「ロベルト君、キャロの無属性が第一王子にバレた経緯だけど……、物理的に拘束されて試されたみたいなの。魔法を使ってみろって。まぁ、無理よね」

「はい」


 ランデルが「ん?」という表情になるが、イザベラは無視して話し出す。


「拘束されたキャロラインが王子に穢されていたとしても、あなたはキャロラインとの結婚を進める?」


 ランデルはギョッとしてイザベラとキャロラインを見つめ、すぐにロベルトに視線を向けた。

 ロベルトはその強い視線を揺らすこともなく、キャロラインだけを見つめて頷いた。


「もちろん。俺がキャロラインを好きな気持ちは変わらない。何があってもだ。守りきれなかった自分が不甲斐ない」

「ロベルト様……」


 キャロラインの瞳に涙が浮かぶ。どうやら、ロベルトと知り合ってから本来の自分が顔を出しやすくなったのか、すぐに涙が出るようになってしまった。


「そう。ならば、上書きしてもらうといいわ。キスのね。あ、二人だけの時にしてね。うちの人が見たら発狂しちゃうから」

「キス……」


 ロベルトは、太腿の上で握りしめていた拳から力を抜く。

 最悪を想像していた。もちろん、ラインハルトを許すつもりはなく、辺境を巻き込んでカザン王国と全面戦争も覚悟していた。キャロラインを力尽くで奪われるのならば、こちらも力で反撃するつもりだった。それくらい、ロベルトの中ではキャロラインへの気持ちが大きくなっていたからだ。もし、自分以外の人間がキャロラインの全てを知っているのならば、その相手の脳みそを焼き尽くしてでも記憶を消す(人生も消滅してしまうが)つもりでいた。


「たかがキス……だと思う?」


 イザベラの言葉に、ロベルトは首を横に振る。ロベルトは立ち上がると、キャロラインの横まで歩いていった。そして跪き、キャロラインの手をとる。


「嫌な思いをさせてすまなかった。これからは何があっても俺が守ると誓う。俺にキャロラインを守る権利を与えて欲しい。その為にも、侯爵様方がいないシーズンオフには……いやできれば今日からでもずっと、うちに来て欲しいんだ」

「あら、それは安心ね。私達が領地にいる間は、どんなに優秀な護衛をつけても、王家からの命令に逆らえる人間はなかなかいないもの。それに、社交が本格的に始まって、私達がいない時間を狙われたら、誰もキャロを守れないわ。ただし、一つだけいいかしら?」

「はい」


 婚約もまだなのだから手を出すな的なことを言われるのだろうと思いきや、イザベラはとんでもないことを言い出した。


「まぁ、アンリを侍女として連れて行くのは当たり前として、あなた達、まだ最後まではしていないのよね?」

「お母様!」


 涙も引っ込み、母親の暴走を止めようとしたキャロラインに、イザベラはいつものポワポワした笑顔でなく、キリリとした表情を見せた。


「キャロ、これは大事なお話よ。ロベルト君、あなたが桁違いに強いのもわかってる。でもね、キャロを守る為にはもっと強くなってもらわないといけないわ」

「もちろん、日々の鍛錬は欠かしてません」

「ええ、それはあなたの筋肉を見ればわかってよ。でもね、まだまだ強くなれる。伸びしろとかそういう話じゃなく、現実的に、今すぐにでも」


 それってアレですよね?

 反射の無属性と✕✕✕すると、魔力が倍増するって……。

 貴族子女として、婚姻前に子供ができるような行為はアリなんですか?!


「あなた達、一刻も早く身体を繋げなさい」


 イザベラがはっきりしっかり言い切った時、やっと気分を落ち着けたダンテが応接室にやってきた。


「ベ……ラ、なにを?」


 それからは、「結婚するまで絶対に指一本出しちゃいかん!」とわめくダンテと、「さっさとやっとおしまいなさい」と主張するイザベラに挟まれ、キャロラインはすっかり王宮での出来事のショックが薄らいでいった。






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