第22話 キャロラインの王子様はどっちだ

「ロベルト様は?!」


 アンリがロベルトの教室に駆け込んだ。

 放課後とはいえ、まだ生徒達は教室に残っており、頬を上気させて興奮した様子のアンリに注目が集まる。


「アンリちゃん、どうしたの?」


 ランデルがアンリの姿を見つけると、手を上げてアンリを呼んだ。アンリはロベルトとランディがいるのを確認すると、走って近寄ってきた。


「ロベルト様!お嬢様が生徒会に呼び出しを受けて大変なんです!!」

「生徒会に?それで何が大変なんだ?」


 ランデルの緊張感のない様子に、アンリは苛々と机を両手で叩いた。


「お嬢様が第一王子に目をつけられたら大変じゃないですか!」

「えー?第一王子って、どっちかというと胸の大きな小柄な娘がタイプなんじゃないか?ほら、いつもピンクブロンドの可愛らしい系の女子を侍らかしてるじゃん。キャロライン嬢みたいにキリッとしたタイプはどうかなぁ」

「お嬢様は最高に可愛らしいです!」

「あ……うん、もちろんそうだね」

「アンリ嬢、キャロラインは生徒会に呼び出されたのか?」

「はい。そのまま王宮に連れて行かれたみたいです」


 ロベルトは素早く帰り支度をすると、教室を後にする。


「ロベルト様!」


 アンリはそんなロベルトの後を追い、ワンテンポ遅れてランデルも後に続いた。


「王宮に行く」

「私も連れて行ってください!」

「馬車は遅いから馬で行く」

「じゃあ、アンリちゃんは俺が連れて行ってあげる。キャロライン嬢を連れて帰るのに、ロベルトの前は開けておかないとだろ」


 ランデルがアンリを前に乗せ、二頭の馬は街中をかけて王宮へ向かった。

 王宮につくと、三人は応接室の一つに通された。ここでしばらく待てと言われたが、しばらく待つが誰もやってこない。


「お嬢様は大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だよ。王宮の中で、侯爵令嬢に手を出す馬鹿はいないだろう」


 不安気に手を握りしめるアンリに、ランデルが肩に手を置き元気づける。


「探してくる」

「ロベルト落ち着け。王宮内は歩き回って探せる広さじゃないだろ」

「しかし!」

「お二人は風属性をお持ちですよね?探索の魔法は王宮内では使えないでしょうが、集音の魔法はどうでしょう?」


 王宮は上位魔法の使用は禁止されているが、生活に結びつく簡単な下位魔法は使うことができるようになっている。風に乗った音を集めるのは下位魔法だ。ただし、間に壁があったら音は途切れてしまうが。


「まぁ使えるだろうが、キャロラインのいる場所の窓が開いてないと意味がない」

「はい。お嬢様の声を直に拾わなくても、誰かお嬢様のことを話していたりしないですかね?その内容から場所を特定できたりしないかなって」

「まぁそうだな。ここで無意味に時間を費やすより、少しでもできることをした方がいい。そんじゃ、俺は窓から外の声を拾うから、ロベルトは廊下から王宮内を探ってみろよ。おまえなら、かなり狭い隙間からでも声を拾えるんじゃないか?」

「やったことはないがやってみる」


 ランデルは窓を開けて外に手をかざし、ロベルトは廊下に出て腕を組んで目をつぶった。


 普通は風に波のように魔力を乗せて声を拾うのだが、ロベルトは細く長く糸のようにした魔力を網の目のように広げてみた。風が通り抜けることのできない壁も、細くすることで鍵穴のような場所からも部屋に入れることがわかった。ただし集中力が必要で、針の穴に糸を通すような慎重さで魔力を練らなければならない。こんなことができるのはロベルトくらいだろう。しかも、王宮は部屋数が多く、働いている人間も多い為、沢山の情報を取捨選択しないとならない。


 ロベルトは焦る気持ちを抑えて、キャロラインの声を探す。


 ロベルトはカッと目を見開いた。


「見つかりましたか?!」

「キャロラインの声ではないが、第一王子が……」


 ロベルトは足に風魔法をかけると、凄い速度でまさに飛ぶように走り出した。

 ロベルトが聞いたのは、ラインハルトがキャロラインに署名を迫る声だった。しかも、婚約誓約書にだ。


 ラインハルトの声が聞こえた魔力の糸だけを追うように走り、ロベルトは部屋の前に護衛の騎士が二人立つ部屋の前にたどり着いた。


「なんだ、おまえは!」

「退け!」

「第一王子殿下の私室だとわかっての狼藉か?!」

「私室?王子は、私室に未婚の貴族令嬢を引きずりこんだのか?!」

「無礼だぞ!」

「おまえ達、中にいるのがハンメル侯爵令嬢だと知っているのか?!たとえ王子とはいえ、侯爵令嬢を拉致監禁するなど、許されると思うなよ」

「拉致監禁など無礼だぞ。ハンメル侯爵令嬢は第一王子の婚約者候補で、その話し合いの為に……」

「とにかく退け!キャロラインは第一王子の婚約者候補ではなく、この俺、ロベルト・シュバルツ辺境伯子息と婚約誓約書にサインしたんだ」

「そうだぜ。どこかの誰かさんが邪魔したせいで婚約が成立していないが、ロベルトとキャロライン嬢は立派な恋人同士だ。人の恋人を私室に連れ込む手伝いをするとか、騎士としてどうなんだろうな」


 アンリを横抱きにしたランデルがロベルトに追いつき、アンリを床に立たせながら言った。


「あなた方!お嬢様を返してください!旦那様であるハンメル侯爵様にも連絡してあります。侯爵家から正式に王家に抗議がありますからね!」

「シュバルツ辺境伯家からもだ」

「なら、うちのムーア辺境伯家からも抗議入れるよ」


 侯爵家だけでなく、四大辺境伯家のうちの二家からも抗議が入るとなると、さすがに王子の命令だけでは弱すぎる。


 騎士達の一人が上官に話をするからと部屋の前を走って去り、残りの騎士は上官の命令があるまで待って欲しいと懇願してきた。


 ロベルトはその騎士を押しやると、扉に手をかけた。しかし鍵がかかっているのか開かない。

 ロベルトは風魔法で扉を粉砕した。


 目の前には、涙でグチョグチョの顔をしたキャロラインと、そのキャロラインに剣を突きつけるラインハルトがいた。


「キャロライン!」

「ロベルト様!!」


 ロベルトの動きは素早かった。

 ラインハルトとの距離を一瞬で詰めると、ラインハルトがキャロラインに突きつけている剣を左手で握り込んだ。剣で手が切れるのも気にせず、膝蹴りでラインハルトの剣を真っ二つに折り、そのまま回し蹴りをしてラインハルトを吹き飛ばしす。


 ラインハルトを守らなければならない護衛騎士は、その様子をただ呆然と見ていた。


「ロベルト様!血が……」


 キャロラインはロベルトの手を開かせて折れた剣を離させると、流れる血を止めようと、制服のタイを外してロベルトの手に巻き付けた。


「ロベルト様、ロベルト様、ロベルト様……」

「大丈夫だ、落ち着け。キャロラインは怪我はないか?」

「私は……私は大丈夫です」


 キャロラインは唇を噛み締め、でも我慢しきれずに涙がボロボロと溢れる。


「お嬢様を……私のお嬢様を泣かせましたね?!」


 無謀にも、アンリがラインハルトに掴みかかりそうになり、ランデルがアンリの腕を必死に止める。


「お嬢様はね、本当は怖がりで泣き虫なんですよ!でも、いつもは必死にそれを隠してるんです。侯爵令嬢として、いつでも毅然としてないといけないって、うつむいたらいけないって我慢して、努力して……。最近は滅多に泣かれなくなったのに、そのお嬢様を泣かしましたね?!しかも男の癖に女子に剣を突きつけて何してんですか!ツンデレキャラって聞きましたけど、人を剣で脅すとか、王族は野盗に成り下がったんですか!」

「ツンデレってなんだ?じゃなくて、アンリちゃんちょっと黙ろうか」


 ランデルがアンリの口を塞いで、これ以上ラインハルトに暴言を吐かないようにする。アンリからしたら暴言ではなく正論なのだが、王族に対してこの口のきき方はアウトだ。


「なんだ、この無礼な女は?!」

「私の家族です!」

「お嬢様!」


 アンリは感極まったようにウルウル瞳を潤ませ、キャロラインはアンリが不敬罪で処罰されたらたまらないとばかりに前に進み出た。


 ロベルトはテーブルの上にあった婚約誓約書に目を向けると、殊更に厳しい表現になった。それには、ラインハルトのサインだけでなく、王のサインまであり、あとはキャロライン側のサインが書かれたら正式に受理される状況だった。


「なるほど。国は個人を蔑ろにするつもりか」


 ロベルトは婚約誓約書を傷ついた手で握り締め、火魔法で誓約書を灰にした。


「キャロラインは、俺と婚姻の約束を結んでいる。この国に認められないのならば、方法はいくらだってあるんだ」

「お待ちください!」


 先程上官を呼びに行った騎士が、一人の中年の男性を連れて戻ってきた。

 父親と同年代くらいの男性は、ガッシリとした身体つきで、騎士団の制服を着ているから騎士の上官なんだろう。その上官が額に汗を滲ませて、ロベルトとラインハルトの間に入って叫んだ。


「シュバルツ辺境伯御子息様とお見受けします。私は第一王国騎士団第二大隊長補佐を勤めますハンス・ルーデンです。お怪我をなさっているではありませんか!すぐにでも光魔法士を」

「必要ない。第一王子は護衛と共にハンメル侯爵令嬢を拐かし、部屋に監禁した上に剣を突きつけていた。王子の剣を折り、王子に危害を加えたのは俺だ。光魔法士が必要なのは王子の方ではないか。さっさと連れて行ったらどうだ。そして王に伝えろ。北は今回のことは絶対に認めない。許しもしない。これ以上俺らの婚姻に干渉するつもりならば、北はカザン王国から離反することになるだろう」

「へぇ、それは面白いことになるな。キャロライン嬢が北に行ったら、アンリちゃんも北に行くだろ?」


 騎士達は顔面蒼白になっているというのに、ランデル一人が呑気そうな口調で言う。


「当たり前です!」

「なら、俺も北の辺境騎士団に就職しよっかなぁ。北が離反したら、北に就職した俺も離反することになるんだろうなぁ。したら、兄ちゃんも俺に続くだろうな。あの人、家族愛、辺境愛が半端ないから。アハハハ、愛国心なんか吹けば飛ぶくらいしかないもんな」


 ランデルの言葉に、ハンスはギョッと目を剥く。ランデルが南辺境伯次男だということも把握しているようだ。


 ロベルトはキャロラインを抱き上げると、怒りでわなわなと震えているラインハルトを一瞥した。


「後に王には謁見を申し込み、このことの審議を問うつもりだ。無論、俺の行為を王族への反逆罪に問うのならば、それはそれでかまわない。俺はキャロラインと自分の身を守る為に全力で戦うまでだ」


 キャロラインはロベルトの首に抱きつき、やっと震える身体を止めることができた。


「私も訴えます。王子のしたことを全て、公にしたいと思います。もちろん、私達の婚約が不当に却下されたことから、この部屋であったこと全て」


 キャロラインは、自分が反射の無属性持ちであることも公にすることを決意しての言葉だった。


 反射の無属性は、他国においても脅威的な存在になる。魔法優位な世界において、魔法が効かない存在は恐怖でしかないからだ。故に、反射の無属性は他国の暗殺者から常に狙われることになる。


「大丈夫だ。キャロラインのことは俺が全力で守るから」

「はい」


 ロベルトはラインハルトに挨拶をすることもなく、キャロラインを横抱きにしたまま部屋を後にした。

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