第21話 王宮へご招待(ヒーロー以外との無理やり表現あり)

「具合は良くなっただろうか?」


 なぜラインハルトと放課後向き合ってお茶をしているのか……。

 しかも、王宮の一室で。


「はぁ……、はい。もう数日たちましたし」


 ラインハルトは黄金色の髪の毛をかき上げ、綺麗な所作で紅茶を一口飲んだ。


「悪役令嬢……と噂の高いおまえが、今日は借りてきた猫のように大人しいな」


 クラスメイトとかからそう呼ばれているのは知っていたが、さすがに面と向かって言われたのは初めてだ。王子という生き物は、失礼なことを言っても許されるらしい。人見知りで緊張しいのキャロラインも、さすがにムッとして言い返してしまう。


「別に、本物の悪役令嬢じゃありませんし、見た目が悪役令嬢っぽいとか言われても、ただ単に目つきが悪いせいだと思うんですが」

「まぁ、そうなんだろうな。おまえに害を受けたという苦情は、今のところ生徒会には上がってきてないしな」

「当たり前です。ただひっそり静かに学園生活を送っているだけですから。それで、お話とはなんなんでしょう。アンリが心配している筈なので、早く学園に戻りたいのですが」


 授業が終わり、アンリと帰ろうとしたところを、キャロラインだけ生徒会室に呼び出され、そのまま拉致られるように馬車に乗せられて王宮に連れてこられたのだ。

 アンリに何も話せずに連れてこられたので、きっとアンリを待ちぼうけさせているに違いない。


「それなら心配いらない。アンリという娘には、キャロラインを王宮に招待したことは伝えてあるし、ハンメル侯爵にも伝えるように言ってある」

「家にもですか?」

「ああ。キャロラインには、王宮に行儀見習いに入ってもらう必要があるからだ」

「は?」


 ラインハルトの冷ややかな表情と、言葉がうまく頭に入ってこない。


「反射の無属性。よくも今まで周りを騙せてきたものだ」

「なんで……」

「なんで知っているかか?」


 キャロラインは気丈にラインハルトから視線を反らさずにいるが、顔面は蒼白になり、手がカタカタと震えていた。


「ミカエルがな、おまえの魔力が何かおかしいと言い出したんだ。魔力防御の魔導具を携帯しているようだが、ミカエルの光魔法を跳ね返したそうだな」

「は……い。そんなこともあったかと……」

「まず、それがおかしいんだよ。魔力防御の魔法は、魔力を霧散させるものであり、反射して返すものではない。ミカエルは、おまえにかけた光魔法が、そのままそっくり返ってきたと言っていた。しかも、その後も隠れて数回光魔法をおまえにかけたが、全てが同じように返ってきたそうだ。肩こりを治すとか、小さな擦り傷を治すとかいう軽めのやつらしいが」

「そんなことをいつ……」


 そういえば、最近やたらと静電気が溜まるなと思っていた。あまりに小さくて気にしていなかったが、あれはミカエルの魔力を反射していたのか……。


「どうやら、身に覚えがあるようだな。小さな魔力も、貯まればそれなりの量になる。特にミカエルの魔力は教皇の息子なだけあり、質が段違いなんだ。たかだか司祭の魔力をこめた護符では、数回防御すれば無効化されるくらいにはな」


 キャロラインは胸元のペンダントをギュッと握った。


「そこでだ、護符が無効化された後もミカエルの魔力を弾いたのはなんだと思う?」


 ラインハルトは紅茶を全て飲み干すと、席から立ち上がりキャロラインの横に立った。


「……わかりません」

「そうか?簡単な話だと思うがな」


 ラインハルトは、キャロラインの座っている椅子を風の魔法を使って動かすと、向かい合った状態で椅子を床に土魔法で固定し、その土から蔓を生やしてキャロラインを縛り上げた。


「な……何を?!」

「おまえには魔法は効かない、なぜなら反射の無属性持ちだから。違うか?」

「そんなことは……」

「なら、おまえは火魔法を使える筈だな。その蔓は魔法生物ではない。土魔法で成長を速めた本物の蔓だ。それを風魔法で操っておまえを拘束した。火魔法を使えばそんな蔓くらいすぐに焼き切れるだろう。ただし、この部屋は魔導具を無効化する魔導具が置いてある。おまえがどんな魔導具を持っていても無効化される。ほら、焼き切ってみろ」


 ラインハルトはキャロラインの顎に手をかけて上向きにさせた。

 ラインハルトの顔が近づき、あと一センチくらいの距離に近付く。


「それとも、魔法が使えるけど使わないのなら、僕とキスがしたいからと受け取るが?」

「そんなわけありません!私にはロベルト様が……」

「なら、魔法を使ってみせろ」

「イヤッ!」


 魔導具も封じられた部屋で、キャロラインにできることは顔を背けることくらいだった。しかし、顎を固定されているから、ほんの少ししか顔を動かせない。

 冷たい唇を押し付けられ、キャロラインは目を見開いた。

 ロベルトとは違う感触が気持ち悪い。ヌルッとした物体が唇を割って入ってきて、キャロラインは歯を食いしばってラインハルトの舌の侵入を防いだ。


「ウーッ……ウッ、ウンッ」


 嫌だと叫びたいが、言葉を発すれば口が開いてしまう為に叫べない。

 後頭部をガッツリと押さえられ、お互いに目を開いたまま至近距離で睨み合い、歯列を舐められて鳥肌がたった。


 キャロラインからしたら、永遠にも思えるくらい長い時間、ラインハルトはキャロラインの唇を蹂躙した。


「キスの時に歯を食いしばるとか、色気のない女だな」


 ラインハルトが唇を離すと、涙でグシャグシャの顔でラインハルトを睨みつけた。ソバカスも薄っすらしていた化粧も涙で消え去り、すっかり素顔をさらしながら、キャロラインはひたすら奥歯を噛み締めていた。


「やはり、魔法は使えないようだな。フン、こっちも嘘か。わざわざ醜くするなど、意味がわからないやつだ」


 ラインハルトは、キャロラインの涙で崩れた顔をハンカチで拭き取りそのハンカチを床に捨てた。ソバカスのない滑らかな素肌がさらされる。


「……」


 ラインハルトがテーブルの上に置いてあった魔導具を無効化する魔導具を操作すると、一瞬にして蔓は焼き切れた。そのままラインハルトに向かってキャロラインは炎の矢を打ち込む。

 アイリの魔力をこめていれば、蔓を焼き切って魔力を全放出しただろう魔導具も、ロベルトの魔力をこめていたから、キャロラインも想像していなかった魔力がラインハルトを襲った。


 ラインハルトは土魔法を展開して炎の矢を防ぐ。


「おまえ!王族に向かって攻撃するとか、死刑になってもおかしくないぞ。しかも部屋の中で炎の矢を放つなど、頭がおかしいとしか思えないな」

「……」

「しかし、反射の無属性持ちならば、僕の婚約者として認められるだろうから、今回のことは不問にしよう」

「私は反射の無属性持ちではありません」


 ラインハルトは左手を徐ろに前に突き出した。その中指には、シンプルな指輪がはまっていた。


「ハァーッ、まだ認めないのか。これはな、体内の魔力を測る魔導具だ。鑑定の魔導具の進化したやつだと思え。これに僕の魔力を流しながら対象者に触れると、相手の属性の魔力量が数値化されて頭に浮かぶんだ。詳しく知る為には粘膜接触しないとわからないのだが。なんの属性を持っているか知る為には、皮膚接触でも十分だ。リーゼロッテの魔力を測る為に作らせた魔導具なんだが、この間のおまえの誕生日パーティの時にもつけていた」


 誕生日パーティの時……ラインハルトと握手をしたのを思い出す。


「そうだ。僕はこの指輪をはめ、あの時おまえと握手をした。もちろん、指輪に魔力を流した状態で。おまえには、鑑定される魔力はなかった。今も……」


 ラインハルトはキャロラインの腕を無遠慮に掴む。


「僕の魔力を吸収していないということは、無属性でも反射の無属性ということだな」


 まさか、それを確認する為にキスを……。


「リーゼロッテの吸収の無属性と、おまえの反射の無属性。その二つを手に入れた俺は、最強の王になるだろう。早くサインするんだ。この婚約は王命だぞ!」


 ラインハルトが婚約誓約書を胸元か取り出してテーブルに置いた。婚約誓約書には、すでにラインハルトだけではなく、王の署名まで入っており、これがラインハルトだけの暴挙ではなく、王家も関わっていることを示していた。


 キャロラインは絶望の中ペンを手にしたが、この婚約誓約書にサインすることだけはできなかった。


「さあ!この婚約誓約書にサインをするんだ!」


 ラインハルトは腰に下げていた剣を抜き、キャロラインの胸元に突きつけた。

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