第19話 誕生日パーティーの乱入者(R15)

「本日は、我が娘の二十歳の誕生日パーティーだ。どうか楽しんでいってほしい」


 よく響く声で、パーティーの始まりをダンテが告げる。パーティは一階の大広間では食事が、庭ではダンスが楽しめるようになっていた。庭に作られた壇上に侯爵家族の席が作られ、今日の主役であるキャロラインはその真ん中で緊張した表情を強張らせていた。

 キャロライン的にはテンパリいっぱいいっぱいなのだが、見た限りだと堂々と前を見据えており、ツンと顎を上げた顔は冷ややかで、口の端に浮かんだ微笑み(笑えと言われて無理やり口角を上げている)は傲慢に見えてしまう。


 パーティーにやってきた人々は、心のこもっていないお祝いの言葉をキャロラインにかけると、後はキャロライン関係なくパーティーを楽しみだす。

 挨拶も一段落つき、キャロラインは庭にいるロベルトに目を向けた。

 本当ならば、婚約者てしてこの壇上にいた筈なのだが、婚約が成立していない今、ロベルトはランデル達と共に庭の隅にいた。


 もちろん、この後はロベルトとファーストダンスを踊り、ロベルトがパートナーであることをアピールするつもりではある。


 そろそろ庭に下りてロベルトの元に行こうと立ち上がった時、侯爵別邸の門の入り口辺りでザワメキがおこった。門に目をやると、キラキラしい軍団が入ってきたのが目に入った。


 なんで?!


 ラインハルトを先頭に、ミカエルにロイド、アレクサンダーと続き、護衛の騎士が数名周りを囲んでいた。護衛の騎士までキラキラしいイケメンとか、第一王子の護衛なのに顔で選んでいるのか?と疑いたくなる。


 ラインハルトは迷うことなく庭の中央を突き進んでくると、壇上の上にまで上がってくる。その他は下で待機だ。

 第一王子であるラインハルトを制止できる者はおらず、ラインハルトは立ち上がっていたキャロラインの前までやってきた。


「キャロライン嬢、誕生日おめでとう」


 握手をするように手を差し出され、キャロラインは躊躇いながらその手に触れる。公衆の面前で、第一王子からの握手を無視できる人間がいるだろうか?


 軽く触れだけなのに、ラインハルトに手を強くつかまれ引き寄せられる。


「ダイヤのネックレスは気に入らなかったか」


 まるでハグされたようになり、耳元で囁かれた。周りから「キャーッ」と女性達の悲鳴が上がる。


「離してください。それと、あんな高価な物は受け取れません。後で父からお返しさせていただきます」

「ふん、いらないなら捨てろ」

「そういうわけには……」

「なら貰っておけ。あんなの、王家の宝物庫にはゴロゴロあるからな」


 やっぱり貰ったら駄目なやつじゃない!宝物庫にあるってことは、国宝級の宝石ってことだ。


「ラインハルト殿下、この度は娘の誕生祝いに足をお運びいただき、恐悦至極でございます」


 口ではお礼の言葉を言いながら、ダンテがキャロラインの腕を引っ張り、かなり無理やりキャロラインをラインハルトから引き離した。

 キャロラインは、ラインハルトの手が離れた瞬間、ダンテの後ろに身を隠した。


「ああ、婚約者候補であるキャロライン嬢の誕生日だ。こないわけにはいかないだろう」


 ラインハルトの口からハッキリと漏れた「婚約者候補」という言葉に、会場にざわめきがおこる。


「いえ、ありがたいお話ですが、娘は粗忽者ゆえ、殿下のお相手は務まりません。それに、すでに辺境伯御子息との婚約の話も進んでおりますので」

「いや、まだ婚約には至っていないな」

「それは……」

「まぁ良い。今日はキャロライン嬢を祝う為に来た。国の慶事はまた後日、皆に発表できるだろう」


 まるでラインハルトとキャロラインの婚約の話が進んでいるかのような口ぶりに、会場中がお祝いの言葉でワッとわいた。


「ちょっと……ち……違う」


 ラインハルトはニヤリと笑い、優雅に手を差し出して軽くお辞儀をする。


「キャロライン嬢、ファーストダンスの栄誉を是非僕に」


 断われない状況だとわかっているのだろう。会場にいる人達にはいかにも慎ましやかに手を差し出しているように見えるだろうが、正面にいるキャロラインには、そのふてぶてしいまでのまがい物の笑顔と、企んでいるような目の鋭さが突き刺さる。


「お受け……」


 できない!!

 こんな状況でダンスとか、ラインハルトの言葉を肯定するようになるじゃないか。

 かと言って、理由もなくダンスの申し込みを断るとか、大勢の貴族の目の前で王子に恥をかかせる振る舞いもできない。


 詰んだ……。


 その時、壇上に上がってくる大きな影があった。キャロラインの側までやってきて、キャロラインの斜め後ろに黙って立つ。

 キャロラインはそのドッシリと逞しい佇まいに安心感を覚えた。

 無視するには存在感があり過ぎ、会場の視線がラインハルトからチラチラとロベルトに移る。


「ラインハルト殿下、この度は娘の誕生日をお祝いいただきありがとうございます。ハンメル侯爵の妻イザベラでございます」


 イザベラが立ち上がり、綺麗なカテーシーを披露した。


「申し訳ございませんが、娘は体調不良をおしてこの席に出席しております。残念ですが、ダンスのお相手は今日この場にいるお若いレディ達に譲らないとならないでしょう。ロベルト君、キャロラインは今にも倒れそうだわ。悪いけれど、連れて下がってくれないかしら。皆様、主役である娘は退席させていただきますが、本日はどうぞお楽しみくださいませ」


 イザベラがカテーシーからゆっくりと体勢を戻すと、年齢不詳な愛らしい笑顔を浮かべて来席の貴族達にも挨拶をする。


「了解しました」


 ロベルトはキャロラインの膝裏に手を差し入れると、さして体重を感じさせない感じでキャロラインを横抱きにすると、呆気にとられる人々の視線も気にせず壇上から下りると、キャロラインを抱えたまま屋敷に入って行った。


「ロベルト様、もう人もいませんから……」


 一階フロアーを抜け、客が足を踏み入れることがない二階に上がると音楽の音は急に小さくなり、キャロラインの部屋に入ったら微かに聞こえるくらいになった。


「ロベルト様……」


 抱き上げたまま下ろしてくれないロベルトに、キャロラインは躊躇いがちに声をかける。


「……悪い、ちょっと頭が混乱した」


 ロベルトはそっとキャロラインをソファーに下ろしてくれた。


「私もです。なぜ、第一王子がこんな態度に出たのか、想像もつかなくて……」

「第一王子は、キャロラインに惚れたんだろうか。キャロラインはこんなに美しいのだから、王子が懸想するのもわからなくはない」

「それはないですね。あの企んでそうな嘘くさい笑顔見ました?いくら私でも、本当に好意を寄せられているのか、口先だけなのかくらいわかります」

「しかし……王子はあんなに見目麗しいんだ。しかも王位継承に一番近いところにいる。キャロラインの気持ちが動いたとしてもしょうがない……とは思うが、俺は存外に諦めが悪い性質らしい。相手がどんな相手だとしても、君を攫ってでも辺境へ連れて帰るつもりだ」

「嬉しい!」


 キャロラインが思い余ってロベルトに抱きつくと、普段ならばドッシリと構えてキャロライン一人の力ではびくともしないロベルトが、キャロラインに押し倒されたような形でベッドに仰向けに倒れる。


「ロベルト様……」


 キャロラインがそっと触れるだけのキスをすると、ロベルトは一瞬で体位を入れ替え今度はキャロラインの上からのしかかる。


「キャロライン、君は誰にも渡さない。たとえ王子だろうと」


 ロベルトはキャロラインの顔の脇に肘を付き、いきなり深いキスでキャロラインを翻弄する。

 キャロラインも気持ちを伝えるようにロベルトのキスに答える。クチュクチュと唾液の混ざる音と、二人の荒い息遣いだけが部屋に響く。


 キャロラインは、キスの気持ち良さに溺れた。ロベルトの厚い舌がキャロラインの口腔内をくまなく動き回り、舌を強く吸われるとお腹の奥がズクリと疼く。


 こんなに気持ちの良い行為を、前世では諦めて、知らないまま一生を終えたのかと思うと、余りに切なくて自分を憐れに思う。


 キスだけじゃない。

 自分を抱き締めるこの力強い腕も、愛おしそうに見つめる熱い視線も知らなかった。好きだと言い合える相手がいること自体が、前世ではあり得なかったのに。


 ロベルトがキスをしながらキャロラインを起き上がらせ、その手がドレスのボタンを外していき、首の後ろのリボンも解かれると、重力と共にドレスの前がはだけた。コルセットで締め上げる必要のないキャロラインは、ビスチェのような下着のみで、胸元を寄せて上げてわずかな胸の膨らみを最大限強調(といってもない胸は盛れない)していた。


 あ、胸がないのがバレる!


 キャロラインはサッと胸を隠すふりをして、ちょっとでも胸を寄せて谷間を作り小細工をする。


「……触ってもいいだろうか」


 脱がすのは許可取らなかったのに、触るのは許可制なの?どうぞなんて恥ずかしくて言えない!


「そ……そんなこと聞かないで」

「つまり、許しはいらないと受け取るがいいか?」


 キャロラインは、横を向いて手を下げた。


 叶うならば、仰向けになりながらは止めて欲しい。座ったままか、せめて横向きで!


 キャロラインの切実な願いは叶うことなく、キャロラインは押し倒され……。

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