第18話 認められない婚約

 婚約誓約書を提出してから一週間、キャロラインの誕生日の朝を迎えた。


 今日でキャロラインも二十歳、前世で二十歳といえばお酒も煙草も解禁される年。成人式は十八になったものの、やはり二十歳は感慨深いものがある。相川ルイは二十歳になる数日前に交通事故で死亡している為、キャロラインは前世の自分の年齢を超えたことになる。


 現世でも成人は十八、お酒解禁は二十歳である。まあ、日本の乙女ゲームの世界であるから、そのあたりは日本に準じているらしい。


 そう、今を生きているキャロラインにとっては現実ではあるが、この世界は乙女ゲームの世界。前世の常識で考えたら矛盾だらけだ。

 移動は馬車であったり、武器は剣や槍や弓などで、衣装のドレスなどを見ても、なんちゃって中世ヨーロッパであるのに、電気があったりトイレは水洗であったり、風呂も蛇口を捻れば水もお湯も出てくる。全て魔導具の存在でオールクリアだ。乙女ゲーム万歳!

 まあ魔法の存在自体が前世の夢物語なのだから、前世の常識に囚われる方がおかしいのかもしれないが。


「お嬢様、続々とプレゼントが届いておりますよ」

「あら、今年はどうしたのかな」


 毎年、プレゼントといえば家族とアンリからのみ。後は、侯爵家に媚び売りたい他貴族からのおべっかのようなプレゼントのみだった。プレゼント交換する友人がいなかったのだから仕方がない。


「ロベルト様からはアクセサリーですね」

「うん。今日着るドレスに合わせて選んでくれたの」

「ランディ様とアンソニー様からもきてますよ。素敵な花束ですね。会場に飾っておきます。こちらのカードだけどうぞ」

 

 一瞬カードを受け取るのを躊躇したキャロラインだったが、無事にカードを受け取れてホッとする。その不自然な動作に、アンリは首を傾げた。


「どうしました?」

「実はね、最近静電気が酷くて、パチパチなるの。またパチッとくるかと思って身構えちゃった」

「あれ痛いですよね。それよりほら、ランディ様のカード、くだらないことし書いてないですよ」

「アンリ、くだらないとか酷いわ」


 友達……と呼ぶには烏滸がましいかもしれないが、定型文のようなお祝いの文章と違って、彼らの言葉が詰まったカードは温かみがあった。


 静電気の話は忘れ去られ、キャロラインはアンリと共にカードを読んでクスクス笑う。


「生徒会からもきてますね。カードは……」

「それは他の方々と一緒にお礼をお願い。ランディ様とアンソニー様のは、私がお礼のお手紙を書くから」

「そうですね。……あの、それでこちらはどうしましょう」


 アンリが戸惑うのもわかる。

 沢山ある花束の中、特に目を引くその花束は、王宮の薔薇園でしか咲かない王妃の薔薇をふんだんに使った花束で、しかもカードと共にダイヤモンドの首飾りがついていた。多分国宝級にお高いやつ。


「花束はお受けしても、首飾りは駄目だわ。怖過ぎて受け取りたくない。お父様に丸投げしましょ。お父様からいい感じで返してもらって」

「そうですね。でも、この花束も会場に飾ったら、無駄な勘違いをする貴族が出るかもしれませんよ。お嬢様と第一王子との婚約間近……みたいな」

「止めてよアンリ、そんなの怖いじゃない。まだロベルト様との婚約証明書がきてないから、婚約を発表する訳にもいかないし……」

「お互いのご家族が認めているんだから、この際婚約で良くないですか?そのお祝いという形なら、王妃の薔薇を贈られても何も問題ないでしょうし」

「うーん、もう届いてもおかしくないんだけどな。花束は……小分けにして、生徒会からの花束や他の花束に入れて一緒にいけてちょうだい」

「わかりました。なるべく目立たないように工夫するように伝えます」


 キャロラインは夕方からの誕生日パーティーに備えて、お風呂に入り、マッサージを受ける。髪を綺麗に結ってもらい、化粧はソバカス控えめにしてもらった。


 ドレスは、ホルターネックのワインレッドのマーメイドラインのドレスで、スカートに黒のスパンコールが波のように煌めいていた。二の腕まで隠れる黒のロングドレスグローブも、手の甲から肘にかけて黒のスパンコールがついており、光を受けてキラキラしている。


「お嬢様……控えめに言っても最高にお似合いです」

「うん、自分でも悪役令嬢感が半端ないなって思うよ」


 可愛らしい容姿ではない為、フワフワしたパステルカラー調のドレスが全く似合わないのは、自分でも重々承知している。濃いめの色、赤や黒、紫なんかは似合うのだが、扇子で口元を隠して高笑いしてそうな悪女なイメージになってしまう。


 前世の自分は、スカートすら自由に履くことができなかったのだから、たとえ見かけが悪役令嬢でも、今こうしてドレスを着て綺麗に着飾ることができることがどんなに幸せか、キャロラインは鏡に自分の姿を映してみて、つくづく女に生まれ変われた幸せを噛みしめる。


「お嬢様、悪役令嬢なんてとんでもない。お嬢様みたいなのを、クールビューティーと言うらしいですよ。この前、ランディ様に教えてもらいました」

「あら、ランデル様と最近仲良しなのね。愛称呼びも定着してるし」

「ええ、まぁ。お嬢様とロベルト様を見守り隊を結成しましたから」

「なによそれ。その見守り隊は、二人で結成したの?」


 アンリの前でだけは自然な笑顔を見せるキャロラインに、アンリは「やっぱりうちのお嬢様は全力で可愛らしいです!」と握り拳を握る。


「いえ、アンソニー様と三人です。まぁ、アンソニー様の隊員としての活動はごく稀ですが」

 

 実は、キャロラインの初デートの時に心配で後をつけていたアンリは、同じようにロベルトの後をつけていたランデルと遭遇した。お互いに個別で見張るよりも、こちらもデートのふりをした方が周りからも怪しまれないだろうと、同盟を結ぶことにしたのだ。

 ランデルは同じ辺境伯令息として、また親友として、武骨で女性慣れしていないロベルトを心配していたのも本当なのだが、ロベルトに近付く女性を調べて欲しいというシュバルツ辺境伯からの依頼も同時に受けていた為、デートの詳細を報告しなければいけないと言っていた。


 国の国境を守る辺境伯という特殊な役割ゆえに、ハニートラップも警戒せればならず、ランデルは次期辺境伯となるロベルトやアンソニーに近付く女性を警戒していて、二人共には知られていないが、彼らのお目付け役の立場でもあるらしかった。


 そんなことを一介の侍女である自分に話したら拙くないかと尋ねたら、軽い感じでウィンクして、「二人とも腹芸できなさそうに見えたから」と笑っていた。それからはキャロラインがデートの時は、ランデルについてきてもらっていた。

 たまたまその現場をアンソニーに見られた時があり、キャロラインとロベルトの見守り隊だと説明し、面白がったアンソニーも入隊したという訳だ。


 まさか、お嬢様の出歯亀をしてます!とも言えず、アンリは適当に笑って誤魔化しつつ、キャロラインの髪飾りの位置を直した。


「婚約発表はできなくても、今日のパーティーのエスコートはロベルト様ですよね」

「もちろん」


 実はさりげなく衣装も合わせているのだ。婚約者として発表できないから、完璧なお揃いにはできないが、ロベルトのハンカチーフはワインレッド(キャロラインがドレスと同じ布地でプレゼントした)だし、キャロラインの本来の銀髪に合わせて銀糸の刺繡を入れたとも聞いた。

 まだロベルトの正装姿は見ていないから、今から楽しみでしょうがないキャロラインだった。

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