第17話 進級しました。そして、両親の来訪です。
新年度が始まり、キャロラインは三年生に、ロベルトは最終学年である五年生になった。
五年生はこれから就職先を決める。といっても官吏になれるのはごく一部、事務官になれればまだ良い方で、特に女子には狭き門になっていた。まだ騎士団の方が入団しやすいのだが、入団しやすいということは、それだけ多くの人間がリタイアしているということだ。長子には家督を継ぐという逃げ道があるが、次男三男は将来を決める重要な時期でもあった。
そんな中、ロベルトはすでに辺境騎士団入団が決まっており、すでに中隊長の座が用意されているらしい。コネではなく、長期休みの度に辺境騎士団に辺境伯子息として仮入団し、着々と手柄をたてた結果ということだった。
「キャロライン、本当に制服で良かっただろうか?」
「大丈夫です。制服はきちんとした正装ですから、どこに出ても恥ずかしくないですよ」
「ネクタイは曲がってないか?髪に寝癖なんかついてないよな」
キャロラインとロベルトは、王都にあるハンメル侯爵家別邸の門前に立っていた。
両親の馬車がつくまで屋敷の中でくつろいでいましょうと提案したのだが、ロベルトは初めてキャロラインの家族に会うのだからと、門前から動かないのだ。
婚約の打診について、四月に王都に行った時に、会って話をしようとだけ返事がきたらしく、賛成か反対かもわからないというのが、ロベルトがここで気合を入れて待ちたい理由でもあるようだ。少しでも誠意を示したいということらしい。
その気持ちが嬉しいから、二人すでに一時間近くここに立っている。
「ネクタイはきちんとしてるし、寝癖もついてません。ロベルト様はいつも通りかっこいいですよ」
「ううん!……失礼。ちょっと喉がな。いや、大丈夫。キャロラインこそ、今日は化粧を落としたんだな。髪色も銀髪に戻してるし。とても綺麗だ」
ロベルトは咳払いして、照れた表情を隠す。そして、天然な様子でキャロラインを賞賛するものだから、強面と悪役令嬢が二人揃って照れる様子に、側で見守っていたアンリはついついホノボノしてしまう。
キャロラインは反射の無属性の話をした時に、ソバカスは化粧であること、髪色も黒ではなく本当は銀髪であることもカミングアウトしていた。
ロベルトはたいして驚くことなく、それどころかソバカスが化粧であることは知っていたらしい。キャロラインが逆プロポーズした時に、泣いた顔を拭いたらソバカスが消えたから本物でないことには気がついたが、何か理由があるのだろうと、聞かないでいてくれたとのことだった。
「お嬢様、あれ、侯爵家の馬車ですよ」
アンリが坂を登ってやってくる馬車に気がつき、手を大きく振った。
馬車の窓から弟のラルクが顔を出し、満面の笑みでキャロライン達に手を振り返した。
馬車が近づき、キャロライン達の前で停まった。
「お姉様!お久しぶりです」
「ラルク、元気にしてた?あら、少し大きくなったかしら」
馬車から飛び出してきたラルクは、キャロラインに抱きついて挨拶した。
「ロベルト様、弟のラルクです。早生まれなんで、この間十歳になりました」
「よろしく、ラルク。俺はロベルト・シュバルツだ」
ラルクは大きなロベルトを口をポカンと開けて見上げてから、差し出された大きな手を恥ずかしげに握った。
「ラルク・ハンメルです。よろしくお願いします。ロベルト様は、辺境伯ご子息様なんですよね?剣がとても強いと聞きました。凄いです!」
「まぁ鍛錬はしてるな。剣に興味があるのか?」
「はい!僕……いえ私は領地で一番弱くて、どうしても勝ちたい相手がいるんです。でも、毎回負けちゃって。どうすれば強くなれますか?」
「そうだな……、毎日素振りはしているか?あとは、相手の動きをよく見る練習をするんだ」
「相手の動きですか?」
「そう。打ち込んでくる前の呼吸とか、筋肉の動きとか、踏み込む足の動きとか。とにかくよく見ていれば、相手の攻撃は避けられる。後は素振りで身につけた型の通りに腕を振ればいい」
ラルクはパッと笑顔になると、ペコリとお辞儀をした。
「ありがとうございました。今度、僕……私と手合わせお願いできますか?」
「ああ。ラルク殿が畏まらず話してくれるようなら、いくらでも相手をしよう」
「いいんですか?!じゃあ、ロベルトお兄様とお呼びしてもいい?」
「もちろん」
「僕のこともラルクでお願いしますね。お姉様、良い方とお知り合いになられましたね。お父様、お母様、早く馬車から下りて、ロベルトお兄様にご挨拶してください」
まず馬車から下りてきたのは、ラルクとよく似た顔立ちで、やや垂れ目がちな目に優しげな微笑みを浮かべた女性だった。ウェーブのかかった金髪に、キラキラと大きな菫色の瞳は夢見がちな少女のようで、キャロラインの年の近い姉、下手したら妹でも通りそうだ。
「お母様、お久しぶりです」
「キャロ、元気だった?進級おめでとう。ロベルト君よね?初めまして、キャロラインの母のイザベラです」
「ロベルト様、正真正銘母親です。ちょっと若作りかもしれませんが」
「キャロったら酷いわ。お母様、別にそんなにお化粧してないわよ」
ほぼスッピンでこのクオリティだから恐ろしい。実年齢は三十○歳(バラすと怒られる)だが、下手したら十代に間違われることもあるくらいだ。
「あなた、ロベルト君よ。ほら、早くいらして」
最後に下りてきたのは、スラリと背が高く、眼光鋭いダンテ・ハンメル侯爵だった。銀髪アンバー色の瞳はキャロラインやラルクと同じだが、切れ長で冷ややかな瞳や、引き締まった薄い唇の形などがキャロラインに瓜二つの美中年だ。
「ハンメル侯爵、お初にお目にかかります。ロベルト・シュバルツです。この度は長旅でお疲れの中、お時間をお取りしていただきありがとうございます」
「うむ」
ダンテの微動だにしない姿勢に隙はなく、ロベルトとダンテの間に緊張の糸がピンと張る。
初対面から嫌われてしまったのか、「娘はやれん!」と怒鳴り散らされそうな雰囲気に、何が何でもキャロラインと婚約したいという気持ちから、ロベルトの圧も否が応でも上がっていく。
一触即発のその張り詰めた空気をぶち破ったのは、同じように緊張していたキャロラインではなく、ホンワリとした笑みを浮かべたイザベラだった。
「あなた、緊張して固まってしまっていないで、きちんとご挨拶なさってください。ほら、お顔が怖いといつも申しているでしょう。唇の端を上げて、笑ってごらんなさいな」
イザベラは背伸びをしてダンテの引き締まった口元に指を当てると、「ほら笑え」というように口角を上に引っ張る。その無遠慮な様子に、ダンテが怒るんじゃないかとロベルトは身構えたが、ダンテは言われた通りに引き攣った笑みを浮かべた。
「ダンテ・ハンメルだ」
「ごめんなさいね、主人は極度の人見知りなの。慣れたらもう少しまともになるから。さあ、立ち話もなんだから中に入りましょう。アンリ、侍従達を呼んで荷物を運ぶように言ってちょうだい」
「はい奥様」
それまで後ろに控えていたアンリが動き出すと、それをきっかけに皆が動き出す。ダンテがイザベラをエスコートして屋敷に向かうと、ラルクがロベルトとキャロラインの手を掴んで引っ張った。
屋敷に入り、ダンテ達が着替えてくるまでの間、キャロラインとロベルトは応接間で紅茶を飲み、キャロラインの作ったチョコレートケーキとクッキーを食べて待った。
ロベルトはポケットにある封筒を制服の上から確認する。ロベルトはすでに婚約誓約書を作成し、父親であるシュバルツ辺境伯のサインは貰っていた。あとはダンテのサインさえ貰えば、すぐにでも教会に誓約書を提出できる状態になっている。
教会に受理された婚約誓約書は、王宮に届けられて王の印を押された後、婚約証明書が発行されて婚約成立となる。
ロベルトが調べたところ、高位令嬢の婚約を一時的に認めないという条文はどこにもなかった。最近伯爵家令嬢(十八才)の婚約が滞りなく成立したと聞いたので、ラインハルトが卒業するまで婚約が認められないというラインハルトの話は、ラインハルトが大袈裟にとらえているか、そもそも勘違いなんじゃないかという話で落ち着いていた。
「お待たせしました」
応接間にハンメル侯爵夫妻が入ってきて、ロベルトとキャロラインは立ち上がって出迎えた。
「あら、キャロの手作りのお菓子ね。領地でも、ラルクが食べたがっていたわ」
「ちゃんとラルクの分は取り分けてあるから大丈夫。どうぞ召し上がって」
「ええ、いただくわ。ほら、あなた達も座りなさい。ロベルト君、今日はキャロラインとの婚約のお話にいらしたのよね?」
イザベラから話を振ってもらい、ロベルトは姿勢を正してポケットから婚約誓約書を取り出した。
「はい。私、ロベルト・シュバルツは、キャロライン・ハンメル侯爵令嬢に求婚致します。こちらはシュバルツ辺境伯から預かった婚約誓約書と、私の釣書が入っております」
「あらあらご丁寧に」
身動きしないダンテの代わりに、イザベラがロベルトから封筒をしあな受け取る。釣書を見て、イザベラがダンテの前にそれを広げてみせた
「あなた、ほらロベルト君の釣書。良く見てちょうだい。凄いわよ。魔法属性が五つも、しかも上級魔法が使えるのが三つも。さすが次期辺境伯ね、剣技は一年生の時から武術大会で優勝ですって。去年は三冠。まぁ、まだ五年生が始まったばかりなのに、辺境騎士団の入団まで決まっているの?しかも中隊長からなの?」
「はい。長期休みの度に仮入団し、討伐に参加していましたから。去年は魔物のスタンピードを止めました」
「まあ!辺境は魔物が出るの?」
普通の貴族の婦人ならば顔を顰める話だが、イザベラは嬉々としてロベルトに尋ねる。
「通常は魔物の森に入らなければ問題ないです。去年のスタンピードは人為的なものだと思われます」
「隣国とは最近同盟が結ばれた筈だが……」
ダンテが眉をひそめると、ロベルトはそれに頷いてみせた。
「隣国の強硬派が勝手に動いたと表向きは公表され、すでに強硬派の伯爵が一人処断されてます」
「なるほど……。辺境が不穏なのは常だな」
「確かに辺境は王都に比べれば安全な場所とは言い難いです。しかし、キャロライン嬢を危ない目に合わせることはないと、私の剣に誓います。どうか、婚約を許していただけないでしょうか」
深く頭を下げるロベルトに、キャロラインも一緒に頭を下げる。
「まぁまぁ、頭を上げてちょうだい。私達は反対している訳じゃないの。ね、あなた」
「僕は……できれば認めたくはない」
「あなた!」
「だってベラ、キャロラインはお父様と結婚するって……」
それは、三歳頃の話じゃないでしょうか?
クールな表情で父馬鹿なことを言い出したダンテに、キャロラインは遠い視線になってしまう。
「お父様、そんな子供の時の話を持ち出さないでよ」
「そうよ、あなた。近親婚は認められてないわ。第一、認められていたとして、私と離婚なさるおつもりなの?」
「そんな訳があるか!ベラは僕の唯一だといつも言っているだろ」
「なら、キャロはロベルト君に任せて、あなたは私だけを愛せばいいでしょ」
「いつだって君だけだ。愛しているよ、イザベラ」
クールな見た目の侯爵だが妻には熱烈らしく、イザベラの手を両手で包み込むように握ると、片膝をついて愛を語る。
イザベラもキャロラインもそんな光景を見慣れているせいか、「はいはい」と受け流している。
「なら、キャロラインの婚約誓約書にサインなさいな」
「だって……まだキャロラインは学生だし……」
「あら、私があなたの求婚を受けたのは、学園に入学した年じゃなかったかしら?入学式の時にあなたに見初められて、その場でプロポーズしてきましたよね?私が卒業したら結婚をとか言っていたのに、ニ年の時にキャロラインをお腹に授かって、すぐに結婚式を挙げたから、キャロを産んだのは……そうそう二十歳になる少し前、十九歳の時でしたわ。今のキャロラインと同じ年ですわね」
まさかのできちゃった婚だったとは。しかも、一目惚れで求婚とか、キャロラインと同じで、人見知りで緊張しいの父親の意外に情熱的な一面を知り驚いてしまう。
いや、意外ではないか。
キャロラインもテンパった上でとはいえ、早々に逆プロポーズなんかしてしまった訳だし。
やはり、親子なのかもしれない。
「……わかったよ。でも、やっぱり……」
「お父様、ロベルト様には私の反射の無属性のこと、お話してあります。その上で、私の剣になり盾になるとおっしゃっていただきました。私は……ロベルト様とならば幸せになれます」
「そうか……」
ダンテはイザベラの手を離して立ち上がると、椅子に座り直して胸元からペンを取り出すと、婚約誓約書にスラスラとサインをした。
「娘を頼みます」
侯爵のダンテが、一人の父親として頭を下げた。
「はい、お嬢さんを大切に慈しみ全力でお守りします」
キリリと引き締まったロベルトの横顔を、キャロラインはポーッと見つめた。
後は婚約誓約書が受理され、婚約証明書さえ発行されれば、キャロラインとロベルトの婚約は正式に認められることになるのだが……。
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