第16話 告白からの初キス(若干R15)
「ロベルト様、お話したいことがあります!」
「……それは、俺達の結婚に関係してくるような話だろうか?」
キャロラインの必死さに何かを感じたのだろう、ロベルトの表情も険しくなる。
「……もしくは」
「フゥー、わかった。ジル、ちょっと馬車を停められる場所で停めてくれ」
ロベルトが御者に声をかけると、馬車は川の側で停車した。
「少し歩くか」
ロベルトに手を引かれて馬車を下りると、川に沿って少し歩き、川べりの開けた場所にあった大岩に腰を下ろした。
「ロベルト様、防音の風魔法をお願いできますか?」
「周りに人はいないが……いいだろう。それでキャロラインが安心できるなら」
ロベルトは詠唱なく、風の壁をキャロラインとロベルトの周りに張り巡らせた。
「凄いです。周りの音が消えたわ」
「周りの魔力の流れは把握しているから、隠れて近寄る奴がいてもすぐにわかる。安心して話したいことを話すといい。ただし、もし結婚について考え直したいとかいう話だったら俺の答えはノーだ。どんな不安要素があろうと、全力で叩き潰してやるから、思っていることを全て吐き出せ」
キリリとして言うロベルトが男前過ぎて、思わずボーッとなって「ロベルト様カッコイイ……シュキ」となりそうになり、キャロラインは慌てて表情を引き締める。今は萌えている場合ではない。
「まずは……これらを見てもらえますか」
キャロラインは、ペンダントとルビーのピアスを外して岩の上に置いた。
「それは?」
「このピアスにはアンリの……火の魔力がこめられています」
「あぁ、魔導具だったのか。しかし何故アンリ嬢の?」
「私が火の魔法属性を持っていないからです」
ロベルトはピアスを手に取ると、そこに魔力を通した。するとルビーが強く光り、透明感のある淡い赤だったのが真ん中に黒い星が浮かんだ濃い赤に変化した。
そのピアスをキャロラインの耳に戻した。
「いいな、俺の魔力がキャロラインの魔力の上に乗ってる感じがする」
事実を言っているだけなのだが、いかがわしい想像をしてしまいそうになり、キャロラインは咳払いを一つする。
「その言い方……。でも、これでわかりますよね。私はアンリの魔力で火の属性を装っていただけだと」
「じゃあこっちは?」
ロベルトがネックレスを手に取る。
「叔父の、私の叔父は教会の司祭なんですけど、これには光の防御魔法が施されてます」
「これも魔導具か。さすが侯爵家というところだな。貴重な魔導具を二つも。しかし、王都にいて防御魔法が必要になる程、侯爵家は誰かに狙われているのか?政敵?いや、ハンメル侯爵家に面と向かって喧嘩を売る馬鹿はいまい」
「はい。今のところ誰かに攻撃されたことはないですよ。これは、目眩ましみたいなものです。例えば、学園の魔法実習の時間、誰かの魔力が暴発して私に向かってきたとします。私がその魔力を弾き飛ばしたとしたら?何で魔力を弾き返せたと思います?」
「このペンダントの防御魔法のおかげ」
「それが目眩ましです。本当は……私の反射の無属性魔法のせいだから」
「……」
家族とアンリ以外知らない秘密を、初めて話してしまった。ロベルトの反応が怖くて、いつもは何があっても真正面を見据えることを心がけているキャロラインが、両目をつぶってうつむいてしまいそうになる。しかし、下唇を噛んで、かろうじてうつむくことだけは我慢した。
「ハァ……ッ」
ロベルトの大きなため息に、キャロラインは肩を震わせる。
もう、絶対にロベルトの顔が見れない。こんな大事なことを後出しして、どれだけ呆れられたのか、不快に歪む顔を見たくなかった。
ロベルトの手が顎に触れ、親指が唇を撫でた。
「唇を噛むな。傷がついたら大変だ。治癒魔法が効かないんだろ」
「……はい」
「ああ、少し血が滲んでいるじゃないか」
ロベルトの指が切れた唇をなぞったかと思うと、指とは違う触感が唇に触れた。
硬い指先とは違う柔らかいフニっとした感覚に、キャロラインは目を見開いた。眼前には目をつぶったロベルトのドアップがあり、あまりの近さに焦点が合わない。
一瞬離れたかと思うと、角度を変えて何度も触れる。離れることを許さないとばかりに、ロベルトの手がキャロラインの頭を押さえ、腰を抱き寄せられた。
もちろん、元からキャロラインに離れるという選択肢なんかない。
触れるだけのキスが次第に深くなっていき、噛みつくようなキスに変わっていく。キス初心者のキャロラインは、ロベルト(実はこちらも全くの初心者だったのだが)にされるがまま、唇が腫れるんじゃないかというくらいキスを交わした。
二世(二回の人生)初のキスは、予想していたような甘酸っぱい可愛らしいもの……ではなく、かなりガッツリと貪られた気がする。
最後舌を甘噛みされ、キャロラインは身体の力が抜けたようにロベルトにもたれかかり、ロベルトはそんなキャロラインの腰を抱き寄せて自分の膝に乗せた。
「すまん。あんまりに可愛い顔で目なんか閉じるものだから、つい我慢ができなくてがっついた」
「……」
「怒ったか?」
ロベルトにもたれかかるキャロラインの顔はうっとりとして上気し、怒ったり嫌がったりしていないのは一目でわかる。ロベルトは、そんなキャロラインの後頭部にキスを落とした。
「……恥ずかしいだけです」
「なら良かった。キャロラインの秘密を共有させてくれてありがとう。反射の無属性か。じゃあもしかして王宮で受けた剣の傷……」
前に話した、王宮がトラウマになったというラインハルトのお茶会の話を思い出したのだろう。ロベルトの視線がキャロラインの左腕に注がれる。
「ええ、あれは死にかけました。治癒魔法ですぐに治ったように王宮には伝えましたが、アンリの止血と侯爵家の医師がいなかったら、出血多量で危なかったんです」
「そうか……。アンリ嬢には感謝だな」
「はい。……傷は残っちゃいましたけれど」
キャロラインが左腕を擦ると、ロベルトはその手の上から手を添えた。そして、自分の前髪を上げて傷をあらわにしてみせる。
「俺にも傷がある。俺の場合は厳つさがさらに上がるが、キャロラインは傷があるくらいじゃ、その美しさを損なうものじゃない」
「ロベルト様は男ぶりが上がりますよ。その傷も魅力的です」
キャロラインはロベルトの傷に触り、フフフと笑う。キスまでしちゃったんだから、顔を触るくらいハードルは低い……筈なんだけど、ロベルトにその手をつかまれ、手のひらにキスをされると、キャロラインの顔がポポポと赤く染まる。
うん、慣れるわけがなかったよね。
「キャロラインが属性を偽ってくれて良かった。じゃなかったら、こうして触れることも叶わなかっただろ」
「王家の盾になるべき義務を放棄した私でも……受け入れてもらえますか?」
「まず、それがおかしな話だ」
「え?」
ロベルトはキャロラインの細い腕を撫でる。
「魔力量の多い王族が、か弱い女性を盾にする意味がわからん。男として最低だろ。女性を盾にして得た勝利に何の意味があるんだ?」
そう言われてみれば……そんな気もしてくる。
たとえ全ての魔法を反射できるとしても、目の前に火炎が渦巻いて迫ってきたら怖いし、氷の矢が雨のように降ってきたら怖いだろう。反射する為には避けることもできないのだ。それに、魔法が防御できるからといって、全ての危険に対しての盾にならなければならないというのもおかしな話だ。
乙女ゲームの中のキャロラインは、それには疑問も持たずに、身を守る為に騎士として剣技を習得しており、何故か女だてらにそこらの騎士よりも剣技を極めていたりもした。乙女ゲームあるあるのチートスキルというやつだろうか?
なるべくゲームとは違う自分になりたくて、現在のキャロラインは剣技とは無縁な生活をおくっているが。
「ですよね」
「第一、隣国と戦争になった時に矢面に立つのは王家ではなく辺境だ。王都にまで攻め入られたら、王族のみ無事でもどうにもならない。彼らが身を守るとしたら暗殺者からだろうが、そんなの騎士がいれば十分だ。無属性の者で周りを固めたがるのは、いわゆる王家の威信というやつだろうな」
「強い王家を演出する為?」
「ああ。無敵の剣と無敵の盾を手にした英雄として、国内外にアピールするのに丁度良いんだろう」
無敵の剣は吸収の無属性持ち、無敵の盾は反射の無属性持ち。
敵国からしたら、王家を滅ぼすのに厄介なのはその無敵状態を作っている剣や盾だろう。暗殺者の手は、王家から無属性持ちに向けられるようになる。特に、まず一番排除しやすい、物理攻撃が有効で自らは魔法が使えない反射の無属性持ちに。
「私は、どうせ盾になるのなら、大切な人の盾になりたいです」
「馬鹿を言うな。俺がキャロラインを盾にする程弱いと思うか?」
武術大会で三冠をとる程の武人で、しかも魔法属性を五つ持っているとか、乙女ゲーム内ではモブ中のモブ
の筈のロベルトのチートさに、キャロラインはすぐさま首を横に振る。
何より、人を庇って傷を作るような人が、他人を盾にして身を守るとは思えなかった。
「俺がおまえの折れない剣に、壊れない盾になろう。だから安心して守られてくれ」
「……はい」
私の旦那様(まだです)かっこ良すぎる!
ラインハルトが卒業するまで、高位貴族の婚約、結婚話は受け入れられないという話を、そこまで真剣に受け止めていなかったキャロラインは、ロベルトに守られながら過ごす辺境での生活を夢みて、ロベルトの逞しい胸元にもたれかかった。
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