第15話 初デートと貪欲ヒロイン3

 リーゼロッテの手がロベルトの太腿をいやらしく撫で上げ、もうこれ以上見ていたくないと、キャロラインは席を立とうとした。


「君は知らないらしい」


 キャロラインが椅子を引こうとした時、穏やかに低く響くロベルトの声に、キャロラインの動きは止まった。

 リーゼロッテは、いきなり何を言われたのかわからないようで、可愛らしく小首を傾げる。


「なんのこと?」

「辺境は、敵襲に備えて自衛の権利が与えられている。王の判断を待っていたら、敵国に攻め入られてしまうからな」

「それがなに?私には関係なくない?」


 いきなり辺境の説明をし始めたロベルトに、リーゼロッテだけではなくキャロラインも首を傾げる。そのせいで、立ち去る機会を失ってしまった。


「君と閨を共にするのが国民の義務と言ったか?その義務を果たす為に辺境の警備が疎かになったら本末転倒。来年学園を卒業したら、俺はほぼ王都に出てくることはない。君は、そんな俺の魔力を吸収する為だけに、長い距離を馬車に乗って辺境へくるつもりか?王都に戻る頃には、せっかく吸収した魔力もほとんど放散してしまうだろうに」

「そんな、私がわざわざ辺境に行く必要なくないですか?辺境なんか誰か違う人に任せて、ロベルト先輩が王都の騎士団に入ればいい話だし。アレクなんかより、ロベルト先輩の方がずっと騎士団長に向いていると思うわ」


 ロベルトは、その言葉を聞いてさらに眉間の皺を深くする。


「俺はそうは思わん。適材適所だろう。俺は辺境でこそ力が発揮できるタイプで、王都なんかで力を放出させたら、それこそ街を破壊しかねないしな。という訳で、俺は辺境における自衛の権利を使わせてもらうとしよう。第一王子の命令だろうが、君の相手は御免こうむる。キャロライン、せっかくのデザートだが、また次の機会でもいいだろうか?」

「ええ、もちろんです」


 ロベルトはリーゼロッテの手を振り払って立ち上がると、キャロラインの横に歩いて行き手を差し出した。

 ケーキはまだ半分以上残っていたが、キャロラインは躊躇わずにロベルトの手を取った。


 リーゼロッテは、振り払われた手を胸の前で組み、可愛らしい顔を歪ませた凄い表情でロベルトではなくキャロラインを睨みつけてきた。


 ロベルトはそんなリーゼロッテの視線からキャロラインを庇うように立つと、指と指を絡めるようにしっかりと手を繋ぎ、ミカエルに軽い会釈をしてから席を離れた。


「……大丈夫かな」

「何が?」

「だって、もし第一王子にいらないこと話されたら……」

「大丈夫だ。基本、王族といえど辺境には手を出せない。それが辺境における不文律なんだ」


 辺境とは外国からの防衛を担っているだけだと思っていたが、それ以上の何かがありそうだった。


 待たせていた馬車を呼び、御者と従者は御者台に乗り込み、ロベルトはキャロラインを先に馬車に乗せた。キャロラインが座席に座ると、後から乗ってきたロベルトは向かい側ではなく隣に腰を下ろした。


「それにしても……なんなんだ、あの気色悪い女は。いや、失礼」


 吐き出すように言うロベルトを、マジマジと見つめてしまう。


 性格は置いておいて、乙女ゲームのヒロインなだけあり、どこから見てもパーフェクトに可愛いリーゼロッテにせまられて嬉しくない男なんかいるのだろうか?

 それこそ前世の相川ルイのような男の娘でもなければ、あの魅惑的なおっぱい(キャロラインには無縁な)に誘われたら、秒でベッドへ直行すると思う。前世が男なだけあり、そういう思考とは関係なく本能で動く男子の性というものも理解はしている。前世のクラスメイトの男子とかが、女子のいないところでは、好き嫌い関係なく、あいつとヤッてみたいとかなんとか話しているのを聞いたことがあったし。そんな話の仲間入りをしたことはないが。


「リーゼロッテさん……誰が見ても可愛いですよね」

「顔はそうもしれないが、魔力が混沌としていて、不快でしかないな」

「もしかして、魔力の質とか量とかわかる人だったりします?」


 光属性を持つ人の中には、魔力鑑定の力を持つ者もいると聞いたことがある。そんな人物に遭遇した時の為に、キャロラインがつけているルビーのピアスは魔導具になっており、アンリの火の魔力がこめられている。火の魔法属性のオーラを常に外に向かって放ち、キャロラインの魔法属性をごまかす役割をしていた。また、一回だけではあるが、魔法を反射しなくても火の魔法を使うこともできるようにもなっている。


「俺には光属性はないからな、魔力の質や量はわからんが、鍛錬したら魔力の揺らぎみたいなのはわかるようになった。……説明は難しいんだが、身体の表面を魔力が覆っていて、僅かに波立ってるんだ。それを感じ取って、どの方向に何人いるとか、魔法を放とうとしてるとかがわかるんだ。たいていの人間は均一な波動なんだが、彼女のは波動がグチャグチャで不快だった」

「そっか……。吸収の無属性のせいですよね」

「いや、手当たり次第に魔力を取り込んでいる彼女の性質がでてるようだ。それに、貪欲に魔力を吸収しようとしているのか、まるで触手みたいに蠢いていて、正直気味が悪い」


 キャロラインの脳内に、メデューサのように髪の毛をうねらせて男子を絡め取るリーゼロッテが浮かび上がり、乙女ゲーム内のちょいエロで可愛いキャラ像がガラガラと崩れ落ちる。

 確かに性格は悪いなとは思っていたが、まさかの貪欲メデューサキャラだったとは。


「黙って触らせていたから、てっきりリーゼロッテさんに気があるのかと……」


 つい本音がポロリと漏れてしまい、キャロラインは慌てて口を押さえる。


「そんなわけない!ちょっと手を貸してみてくれ」


 ロベルトはキャロラインの手を掴むと、自分の太腿の上に置いた……のか?手は何かに触れているようなのに、全く温度を感じなくてキャロラインは躊躇いがちにロベルトを見上げる。


「これは?」

「風魔法の一種だ。自分の周りに風の鎧を作れる。厚みも自由自在だ。こうやって薄く覆えば相手は触れていると勘違いするくらいにはできるが、実際には風の膜がある。嫌な相手と握手をしなきゃならない時には有効だな」

「じゃあリーゼロッテさんは……」

「俺は好きな相手以外に撫で回される趣味はない」


 キャロラインの手がロベルトの太腿の上に落ち、その温度を感じた。


「それは、私になら撫で回されても良いということでしょうか?」


 ロベルトの大腿直筋の硬さに触れて、思わずニギニギとその筋肉を確かめたくなる。もちろんしないけれど。


「えッ?もちろん、キャロラインにならばどこを触られてもやぶさかでないというか……」


 強面が思いっきり崩れて狼狽えている様子は可愛らしく、キャロラインの強張っていた表情も緩んで自然な笑顔が浮かぶ。

 その笑顔を見たロベルトの喉がグッと鳴り、拳を握り締めて何か(手を出したい男心)を耐えているようだったが、キャロラインはすぐに手を自分の膝の上に戻した。


「ちなみに、私の魔力の揺らぎも見えます?」

「キャロラインのは……穏やかだな。全く揺らいでいない。まるで鏡みたいに平坦だ」

「……」


 それはもしかして、反射の無属性だから?

 いつかは言わないといけないことだけど……。


「あの……」

「うん?」


 いざ話そうとすると、どうしても言葉が出てこない。反射の無属性持ちだなんて、婚約者にするには厄介この上ない。しかも、それを王家に隠匿しているとなれば、厄介どころの話ではすまない。関わり合いになりたくないと破談になっても、ロベルトを責めることはできないだろう。


 キャロラインは、膝の上で拳を握りしめると、自分の魔力について話すことにした。

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