第13話 初デートと貪欲ヒロイン

「お嬢様、ファイトです!」

「アンリも来てくれないの?」


 心細そうにするキャロラインに、アンリは拳を握って応援する。


「ロベルト様がいれば護衛は必要ないでしょうし、せっかくのデートですもの。お二人で楽しんでください。私もお邪魔虫はしたくないですからね」

「でも……」


 乙女ゲームの鉄板、男子の好感度を上げるのに有効な王都デート。たとえばツンデレなラインハルトとは、お忍びデートで串焼きやクレープとか、王宮では絶対に食べれない屋台料理を選択すると好感度が上がった。生真面目なロイドとは古本屋巡り、行動派のアレクサンダーとは公園デート、見た目天使実はドSキャラのミカエルとは美術館巡りが有効で、この選択を間違うと攻略しても貰える魔力量が下がってしまったり、究極攻略失敗してしまう


 ロベルトとはゲームの中では絡んだことがなかったし、ラインハルトに「辺境伯子息に嫁げ!」と言われるだけで姿も見せないモブキャラだ。そんなロベルトの攻略方法なんかわからないじゃないか。

 これはゲームの世界かもしれないけれど、キャロラインからしたらリセットなどきかない現実の世界だ。そう思うと余計に怖くなる。

 自分の将来云々もあるけれど、純粋にロベルトに好かれたいから。


「お嬢様、これが役に立つかわかりませんが、どうぞ持っていってください」

「これは?」


 アンリから小さなメモ帳を渡された。中を開くと、小さな丸文字で箇条書きで何やらびっしり書き込みがしてある。


「ランディ様に聞いたロベルト様のお好きな物です。話のネタにもなるかと。やはり、共通な趣味は親しくなるきっかけになりますからね」


 食の趣味だけでなく、好きな色や得意な学科、好きな本、紅茶とコーヒーなら紅茶派だとか、犬猫なら犬派、小さい時のヤンチャエピソードまで書いてあった。いわば、ロベルト攻略本みたいなものだ。


「ありがとう!アンリ。これがあれば、失敗しなさそう」

「まぁ、お嬢様がお嬢様らしくしていれば大丈夫だとは思いますけどね。頑張ってください」


 キャロラインは、ロベルトが迎えにくるまでの間、アンリのメモ帳を必死で頭に入れた。

 それにしても、苦手な物にピーマンとトマトとか、意外と子供っぽい味覚で微笑ましい。あの大きな身体で、ピーマンをよけている姿とか、ちょっと可愛らし過ぎないだろうか?


「お嬢様、ロベルト様ですよ」


 教室の扉をくぐるように顔を覗かせたロベルトを見て、キャロラインはメモ帳をポケットにしまい、鞄を持ち立ち上がる。クラスメイトが厳ついロベルトに注目している中、キャロラインは素晴らしく良い姿勢で歩み寄った。


「待たせたか?」

「いえ、先程終礼が終わったばかりです」


 大柄で厳ついロベルトと、やはり女子にしたら背が高く悪役令嬢ばりにキツイ見た目のキャロラインが並ぶと、破落戸の頭とその情婦のような迫力がある。


「では、皆様ごきげんよう」


 キャロラインが振り返ってクラスメイトに挨拶をすると、クラスメイト達は「お気をつけて!」と直角にお辞儀しつつ、謎な挨拶を返してくる。アンリだけがヒラヒラと手を振っていた。


「キャロラインは、どこか行きたいところはあるだろうか?」


 キャロラインはさっきのメモ帳を思い出す。二人に共通しているのは、甘味が好きなところ。あと、ゴリゴリに体育会系に見えて、ロベルトは本を読んだり美術館巡りも好きなようだった。


 放課後の短い時間であるし、キャロラインは王都で有名な甘味処をあげてみた。


「あの、ブリュッセルという甘味処で、新作の甘味が出たらしいんです。それを食べてみたいな……と思うのですが」

「ブリュッセルか。あそこのアップルパイは絶品だな」

「ご存知でしたか?あのパリフワ感は、なかなか自分では出せなくて」

「そうか?先日のキャロラインが作ってくれたケーキも負けず劣らず美味かったぞ」

「ありがとうございます」


 本気で照れるキャロラインに、ロベルトは優しい視線を向けた。


「王都の店を見ながら歩くのはどうだろう?もちろん、馬車で向かっても良いのだが」

「素敵です!ロベルト様と歩きたいです」


 馬車に乗って向かい合って話すのも良いが、隣に並んで歩くというのもデートっぽくて良い。手なんか繋げたりなんかしたら、さらに良い!


 ロベルトは馬車の御者に侍従を連れて先にブリュッセルに向かって席を確保しておくようにと告げると、キャロラインに腕を差し出した。肘を張り、紳士らしいエスコートの姿勢ではあるが、そんな肩肘張ったデートがしたいんじゃない。もっと、こう、楽しく……。


 キャロラインはロベルトの袖を引っ張った。そして、精一杯勇気を振り絞って言ってみる。


「あの!エスコートも嬉しいんですが、私は……手が……手が繋ぎたいです!」


 言い切った!

 頑張った!


 キャロラインはまるで決闘を申し込むような緊迫感を漂わせながら、キッとロベルトを凝視した。

 そのあまりに張り詰めた空気感に、帰宅途中ですれ違う生徒達が、二人を避けるように不自然な動きでコソコソと通り過ぎて行く。


「……駄目でしょうか?」


 固まっているロベルトに、キャロラインはシュンとしてしまう。

 手を繋いでのデートは、平民ならば普通かもしれないが、貴族ではあまり一般的ではない。肘に手を添えるエスコートの形をとることが多く、親密になれば腕を組むこともあるが、人前ではあまりしない。


 破廉恥だと思われたんだろうか?


「……俺の手はマメだらけでガサガサなんだが、キャロラインの手を傷つけないだろうか?」

「そんな柔じゃないですよ」


 怖ず怖ずと差し出されたロベルトの手に、キャロラインは手を差し入れた。

 ロベルトの手は確かにマメだらけでゴツゴツしていたが、厚みがあり男らしく大きな手で、体温が高いせいかとても温かかった。女子にしたら少し大きめなキャロラインの手が、ロベルトの手の中にスッポリ収まる。

 

「行こうか」

「……はい」


 恥ずかしくてしばらく無言で歩いていると、ロベルトがクツクツと笑い出した。


「どうしました?」

「いや……、両手両足が一緒にでてるなと」


 ああッ!緊張し過ぎて、歩き方もわからなくなってたよ。


 キャロラインは立ち止まり、一度大きく深呼吸した。


「もう大丈夫です。……なんか、ロベルト様だけ余裕でズルイです。私は初デートでいっぱいいっぱいなのに」

「俺も女子と二人でこうして歩くのは初めてだ」

「なんでですか?!ロベルト様なら、モテモテでしょう」

「いや……それはないだろ」


 本気でロベルトはモテまくりだと信じるキャロラインは「こんなにカッコイイのにモテない訳ないじゃない。他の女子の目が腐ってるのかな?いや、でもそのおかげで私との婚約話を受けてくれたのなら、私には好都合だったけど……」と、ブツブツとつぶやいた。本人は口に出しているつもりはなかったのだが、本心が駄々漏れていた。


 ロベルトは耳を赤く染めながら咳払いをし、キャロラインと繋いでいる方の手で店を指差した。


「本屋に寄りたいのだが、良いだろうか?」

「もちろんです!」


 ロベルトの好きな本の系統がわかると、キャロラインはロベルトについて本屋に入った。他にも、雑貨屋や文房具屋などにも入り、王都デートを楽しんでいるうちに、いつしかキャロラインもロベルトと普通に話せるようになっていた。


 ブリュッセルにつくと、けっこうな行列ができていたが、並んでいた侍従がちょうど順番になっていた為、すんなり店に入ることができた。侍従と御者には、馬車で待っている間に食べるようにと、お土産用のアップルパイを買って渡した。


「新作も気になるが、アップルパイも捨てがたいな」

「なら、両方頼んでシェアしましょう。私も両方食べたいです」

「いいな。そうしよう」


 紅茶とケーキのセットを二つ、ケーキはアップルパイと新作のフルーツたっぷりのロールケーキにした。


「ロベルト様には苺がいっぱい入っている方あげますね」

「ハハ、苺好きがバレてるな」

「フフフ、実はアンリがランデル様に聞いてきてくれたんです。ロベルト様の好きなもの」

「だからか。この前の茶会、ずいぶん俺の好きなものばかり並んでるなって思ったんだ」


 キャロラインは運ばれてきたケーキを綺麗な所作で半分に切ると、皿に取り分けてロベルトの前に置く。


 アーンで食べさせ合う……なんてことも考えてみたが、さすがにちょっとハードルが高くて諦めた。そのうち是非やってみたいし、やられてみたい!


 ケーキを食べ始めた時、入り口の方で何か揉めている声がして、キャロラインがそちらに目を向けると、学園の制服を着た男女が……というか主に女子が、店員と何やらもめているようだった。


「なんだろう?」


 ピンクブロンドの髪の毛が、店員の陰からチラチラ見える。なんとなく嫌な予感がしてさり気なく視線をそらそうとしたのだが、一瞬遅くピンクブロンドの主と目が合ってしまう。


「あそこ!あそこと同席でかまわないわ。彼女のこと知ってるの。ね、ミカ。ほら、案内しなさいよ」


 可愛い顔をして高飛車な様子で店員に命令したのは、乙女ゲームでは主人公だったリーゼロッテだ。その後ろにはミカエルが控え、どうやら二人でブリュッセルに食べにきたらしい。攻略的には失敗な組み合わせだ。ミカエルの好感度を上げるならば美術館で、甘い見た目なわりに辛党なミカエルは、甘味屋はNGなのだ。まぁ、ゲーム内の情報だが。


 列に並ぶことなく店内にやってきた二人は、前にラインハルトと来た時は並ばなかったんだから、今回も通されると思っていたらしく、「列に並んでください」という店員と、「前に来た時はすぐに入れてくれたじゃない」と主張するリーゼロッテとで一もめあったようだ。


「あの、お客様。こちらのレディが、貴方様と知り合いだから相席をとおっしゃっているのですが……」


 困惑顔の店員が、リーゼロッテ達を連れてキャロライン達の席に来ると、リーゼロッテは可愛い笑顔をロベルトだけに向けた。


「騎士学園四年のロベルト・シュバルツ先輩ですよね。私、同じ騎士学園二年のリーゼロッテです。どうぞ、リーゼと呼んでください」


 リーゼロッテは勝手にロベルトの隣に座ると、「ミカ、私いつもの。頼んどいて」とぞんざいな口調で言う。キャロラインに至っては挨拶すらない。


「お邪魔します」


 ミカエルはキャロラインの隣に腰を下ろすと、「アップルパイと紅茶のセットを二つ」と頼んだ。


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