第11話 生徒会サロン2

「では、どうぞ中へ」


 開かれた扉の中は、目眩がするくらいキラキラしい人達がすでに席についていた。


 正面の上座にはラインハルトが、その右側奥にピンクブロンドの髪色はまさに乙女ゲームの主人公リーゼロッテが座り、その横に席が一つ、ラインハルトの向かい側にもう一つ席が空いていた。左側は奥から青銀髪でモノクルをかけたロイド・スターレン伯爵令息、魔法省長官の息子だが、ラインハルトが立太子されれば、次期宰相は彼だろう。その隣の赤髪の男子がアレクサンダー・ドーム侯爵令息、彼は騎士団総団長の息子で、そのまま親の跡を継ぐことをみこまれている。


 キャロラインにはラインハルトの正面(下座?!)の席をすすめられ、ミカエルはリーゼロッテの隣に腰を下ろした。

 ここで本来の悪役令嬢ならば、「平民が上座とか何事です!」とか言って怒るのかもしれないが、事なかれ主義の小市民であるキャロラインは、黙って席についた。


 目の前にはお重に入った豪華なお弁当が用意されており、通常は洋風なのにお弁当は和風なんだなと、キャロラインはくだらないことを考えて気持ちを和ませていた。

 お弁当は凄く美味しかったが、五人は内輪ネタしか話さず、またキャロラインに話を振ることもなかったので、キャロラインはとにかく食べることに徹した。特にリーゼロッテは同じ学年(彼女は魔法騎士学園だが)にも関わらず、ラインハルトの方しか見ず、ひたすらラインハルトに話しかけていた。キャロラインはガン無視されたといっても差し支えなく、可愛い顔をして残念な娘だなというのが、キャロラインの正直な感想だった。


「ハンメル侯爵令嬢は、以前に殿下の婚約者候補にあがったことがありましたよね」

「そ……んなこともあったでしょうか」


 食事も終わり、目の前に出された紅茶に口をつけた時、ロイドがキャロラインの存在を思い出したかのように、いきなり話を振ってきた。


 別に、無理に会話してもらわなくてけっこうなんですが……。というか、その話題は切実なスルーしたいです。


「あら、確かに侯爵令嬢でラインハルト様には釣り合うかもしれないけど、キャロライン様は魔法属性が一つですよね?しかも一番メジャーな火属性。ラインハルト様の婚約者になるには平凡じゃないかな」

「平凡な火属性で悪かったな」


 アレクサンダーが不機嫌そうにリーゼロッテを睨みつける。


「あら、アレクは火属性が飛び抜けているじゃない。しかも闇属性もあるし。キャロライン様とは全然違うわ。ラインハルト様やロイはなかなかいない三属性持ちだし、ミカは貴重な光属性と闇属性持ち。やっぱ、優れた人の側には、優れた人材が集まるのよ」


 わざとかな?わざとだろうな。自分達はキャロラインとは違うって言いたいのだろう。その上で、自分はラインハルトの取り巻き達を愛称で呼ぶくらい親しいんだとキャロラインに見せつけているのだろう。


 しかし、この場合はリーゼロッテ様様だ。ラインハルトに不釣り合いな自分を盛大にアピールできる。


「そうですね。私は火の単属性ですし、火力も並レベルです。とても王族に並び立てる高貴な存在には不釣り合いですよ」

「あら、キャロライン様はご自分をよく知ってるんですね。さすが侯爵令嬢。分をわきまえているのね」


 ウワーッ、上から目線きたァッ!


 キャロラインもそうだが、無属性は自分の魔力を持っていない。吸収の無属性は魔力を貯める瓶があって、誰かにそれを満たしてもらわないと魔力自体使えないし、反射の無属性に至ってはただの鏡だ。どの魔法も弾き飛ばせる無敵の盾扱いだが、魔法攻撃されなければただの人だ。どちらも他人の魔力ありきの存在といえる。


 リーゼロッテは強い魔力を取り込むことで、自分がいかにも彼らと同等であると勘違いしてしまっているようだ。


「リーゼロッテ、さすがに不快だ。控えろ」

「ラインハルト様、私は別に……」


 ラインハルトに一喝され、リーゼロッテは狼狽えて周りの男子達に助けを求めるように視線を彷徨かせる。


「悪いな、キャロライン嬢。リーゼは学園に入るまで教育らしい教育を受けていないから、身分差というのがよくからないんだよ」

「アレク酷い!」

「ミカエル、隣の部屋でリーゼロッテの相手をしていろ」

「ラインハルト様!」


 リーゼロッテは抵抗しようとしたが、ラインハルトに一睨みされ、シュンとしてミカエルに連れられ予備室から出て行った。


「……あの、では私も」


 どうせなら一緒に退出をと思ったキャロラインだが、ラインハルトが侍従にキャロラインのお茶におかわりをいれさせた為、しょうがなく着席した。


「全く、五月蠅くてかなわん」


 ラインハルトは吐き捨てるように言い、思わずキャロラインはそんなラインハルトを二度見してしまった。


 明らかに苦虫を噛み潰したような表情のラインハルトであるが、乙女ゲームではリーゼロッテのことを「真実の愛の相手」だとかほざいていませんでしたっけ?ツンデレのツンしているだけ……には見えないけれど。


「お二人は……ご結婚されるんですよね?」


 リーゼロッテが吸収の無属性持ちであることは、学園で知らない者がいないくらい有名だ。平民ではあるが、生徒会長メンバーでもあるし、リーゼロッテが妃になることは難しくても、夫人くらいにはなれるだろうと皆が思っていた。


「僕と、あれが?」


 美男子の心底嫌そうな顔って、自分のことじゃなくても心に刺さる。


「リーゼロッテは、沢山の男の精を受け入れ過ぎている。騎士として側に置くことはあっても、王族の一員になることはないだろう。ロイド、おまえが引き受けるか?」

「僕には婚約者がいますから」

「あ、俺も無理だから。婚約者はいないけど、リーゼは誰の子かわからんガキ生みそうだしな。そうだキャロライン嬢、俺なんかどう?同じ侯爵家だし、火属性同士なら相性も良いんじゃないかな」


 騎士学園の生徒だけあって、アレクサンダーはそれなりに逞しい身体をしているが、ロベルトのあの筋肉を知ってしまったら、細マッチョに毛が生えたくらいにしか思えない。それにどんなイケメンに微笑まれたとしても、今のキャロラインには厳ついロベルトの顔が可愛く見えてしまう魔法かかかっているから、アレクサンダーのキリッとした男前な顔もヘノヘノモヘジにしか見えない。


「いえ、間に合ってますから辞退します」

「え?キャロライン嬢に婚約者はいなかったよな?」


 キャロラインはポッと頬を赤らめた。その悪役令嬢らしからぬ表情に、男性陣の目が釘付けになる。


「まだ、国に届けてはいませんが、近々できる予定です。婚約者……フフフ」

「えっ?っていうか、誰?」


 最初は社交辞令というか、ただの軽いノリで婚約話をしただけのアレクサンダーだったが、予想外の可愛らしいキャロラインの表情に、つい食い気味で聞いてしまう。


「ロベルト・シュバルツ辺境伯令息様です」

「ロベルト先輩?!」

「だから、辺境伯子息達を邸宅に……」


 合点がいったというようなロイドと、何故かショックを受けているアレクサンダーだった。


「ですから、この春には婚約が成立するかと」

「それはどうかな」


 被せるように言われた言葉に、キャロラインは礼儀もわきまえずにラインハルトをマジマジと見てしまう。周りからは、睨み付けているように見えたことだろう。


「……意味を聞いても?」

「高位の貴族令嬢……伯爵位か侯爵位かその辺りの令嬢は、僕の婚約を待ってから婚約するべきだと思わないか?」

「ちょっと意味がわからないです」


 ラインハルトは大袈裟にため息を吐いてみせる。


「僕の正妃になるには、それなりに格式ある家柄の子女である必要がある。また、国母となる正妃はカザン国民でなければならない。つまり、僕の婚約者になる人物とは、数が限られているんだよ。しかも、僕と釣り合う年齢の子女は数名だ。その一人であるハンメル侯爵令嬢の婚約が認められると思うか?」

「そんな……。婚約の打診は以前にお断りした筈」

「以前と今じゃ状況は違うんだ」


 その話が本当なら……私、詰んでないですか?


 ★★★


 キャロラインが絶対に婚約にこぎつけるぞと、鼻息荒くロベルトを探しているその時。


「殿下、さっきの話ですが、いつからそんな話に?」


 キャロラインが生徒会サロンから出て行った後、ロイドがラインハルトに問いかけた。


「今日からかな。ロイド、王宮に行き、この手紙を父上に届けろ」


 ラインハルトはサラサラと筆を走らせ、便箋に手紙をしたためて封筒に入れて蝋封をした。


「これは?」

「さっきの話が現実になる手紙だ」

「殿下……」

「まだハンメル侯爵の謀反の疑いは晴れていない。ハンメル侯爵家と辺境伯家に婚姻による連携を取られる訳にはいかない」

「そうかもしれませんが……」

「いいから行け」

「はい」


 ロイドは、ラインハルトから手紙を受け取って生徒会サロンから出て行った。

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