第10話 生徒会サロン

 結局、招待状は学園の中庭のガゼボに置き忘れていた。掃除員のおじいさんが拾い……生徒会に届けていた。ここは宛名の先に届けて欲しいところだったのだが。


 キャロラインは、生徒会室に呼び出され、目の前には見目麗しい生徒会長が座っている。その前にはキャロラインの鼻血がついた招待状が置かれている。キャロラインは緊張して強張った顔をせいいっぱい前に向け、生徒会長である第一王子ラインハルトの第一声を待った。


「これは、僕がおまえに送った招待状だと思われるんだが、なぜ中庭に落ちていたんだろうか?しかも、血液までついて」

「あ……あの、私が昨日中庭で鼻血を出してしまい、それで慌ててしまいつい置き忘れて……、申し訳ありません」

「これはおまえの血?貴族令嬢が殴り合いをしたというのか。嘆かわしいな」


 ラインハルトは、乱闘の末の出血だと勘違いしているようで、額に手を当てて首を横に振った。


「違います!ちょっと気が昂ぶってしまい鼻血が出ただけで、殴り合いなんかしたことありません」

「まぁそれはいい。おまえが誰を虐げようと、僕の感知することではないからね。ところで、おまえをサロンに招待したのには理由がある」

「はい」


 キャロラインはゴクリと唾を飲み込む。

 金髪碧眼でスタイルが良く、顔面偏差値が卓抜し、まさに王子様という見た目のラインハルトであるが、淡々とした口調に冷ややかな眼差しのせいか、まるで機械仕掛けの人形のように思われた。


 ゲームのラインハルトは、確かにクールではあったが、ツンデレキャラというか、リーゼロッテにだけ見せる笑顔とか、萌え要素のあるイケメンとして描かれていたが、目の前にいるラインハルトは、ただの冷たい為政者だった。


 第一、どんなに偉い人だろうが、人をおまえ扱いはどうかと思う。こんな人の為に、自分を磨き、ストイックに鍛錬に勤しんでいたゲームの中のキャロラインが可哀想に思えてならない。


「おまえが辺境伯子息達に近づいた理由を知りたい。ハンメル侯爵に命令されたか」

「……おっしゃっている意味がわからないのですが」


 ラインハルトは、大袈裟にため息をついてみせる。


「ハンメル侯爵家王都別邸に、四辺境伯のうち三人の辺境伯子息を招いたそうではないか。侯爵は今は領地にいる筈だから、おまえが代わりに彼らに接触したのだろう。シュバルツ辺境伯王都別邸から、ハンメル侯爵領に向けて早馬が出されたとも聞いている。何を企んでいるのか、早々に白状しろ。今ならばまだ不問にする」


 不問……にされたら困るんだけど。


 婚約の打診の手紙を出してくれるとは聞いていたが、まさか早馬を出してくれていたとは。郵便機関を利用するよりも、格段に速く手紙を届けることができるだろう。

 ロベルトの本気を見たようで、キャロラインはラインハルトの前だということも忘れて、思わず顔が綻びそうになり、吊り気味の切れ長の目がフワリと緩む。


「婚約の打診の早馬かと思います」

「婚約?」

「はい。辺境伯令息様方を屋敷に招いたのは、その……ロベルト様に来ていただくのが目的といいますか。ロベルト様と私を会わせようとした侍女がお膳立てしてくれまして」

「ロベルトとは、シュバルツ辺境伯子息だな」

「はい。ロベルト・シュバルツ様です」

「おまえと……。なるほど、ではハンメル侯爵に二心はないとおまえは言うんだな」

「もちろんです」


 ラインハルトは何やら考えていたようだが、冷ややかな笑みを浮かべると、いきなり会話を変えた。


「ときにキャロライン、僕が覚えているハンメル侯爵子女は、銀髪であったと思うのだが。それにソバカスもなかったかと」


 キャロラインはギョッとしてラインハルトを見る。

 過去に一度だけ、あのお茶界の席で顔を合わせて挨拶をしただけで、あとは舞踏会でチラリと見かけるくらいだった。極力第一王子の出席する場所には顔を出さないようにしていたし、学園でも一年上の教室や生徒会には近寄らずに過ごしていた。


 たった一度会っただけで、どれだけ記憶力がいいのか。


「髪は……日に日に黒く」

「そこまで変わるか馬鹿者」

「……お洒落染めです」

「洒落てないがな」


 そりゃ、目立たないように地味にしたつもりなのだから、しょうがないではないか。


「ソバカスは……日焼けしたらできまして」

「醜いな。化粧で隠せ」


 なんか、イライラしてきた。

 ツンデレキャラというか、ただの嫌味で嫌な奴だ。


 早く帰りたくて、つい第一王子相手にため息が出そうになる。


「……あの、他にお話は?」

「おまえ、けっこう失礼な奴だな」


 あんたに言われたくないわ!


「まぁいい。隣の生徒会予備室に昼食を用意してある。食べていくといい。生徒会メンバーも揃っている筈だ」


 ついてくるのが当たり前だと言わんばかりに、ラインハルトは立ち上がり、勝手に生徒会室を出ていく。


「ハンメル侯爵令嬢、どうぞ隣の部屋へ」


 ラインハルトの後ろに控えていたプラチナブロンドの美少年が、キャロラインの横に来て言った。

 この色素薄めの美少年は、乙女ゲームの記憶通りならば、カザン正教会教皇令息のミカエルの筈だ。

 生ミカエルを見て、キャロラインは心の中でだけ悲鳴を上げる。男子一推しはヨハン先生だったが、次に推していたのがミカエルだった。


 もちろん、ラインハルトの後ろにミカエルが控えているのはわかっていたが、ラインハルトを相手にするのがいっぱいいっぱいで、ミカエルに萌える余裕がなかったのだ。


 ミカエルはそれこそ天使のような顔をして一見穏やかで優しげだが、付き合うとSキャラで言葉責めとかしてくるタイプだ。タイプ的にはヨハン先生も同じタイプで、人当たりのよい頼れる先生が、閨でだけ色気たっぷりに意地悪なことを言うのにトキメイた。ただ、ミカエルの方が若干本格的なSキャラで、ちょっと引く時もあった為、推しきれなかったというのが本音だ。


「……あの、帰ったりなんかしたら」

「駄目だよね?」

「そうですよね」


 キャロラインは諦めてスゴスゴとミカエルの後についていく。


「その髪色、魔法で染めてないんですね」

「ああ、はい。これは数種類の植物から作った染料で毎日髪を洗っているので。トリートメント作用もあるんですよ」

「ちょっと触っても?」

「はい?ええ……」


 躊躇いながらも、キャロラインはミカエルに髪の毛の一房を差し出した。

 するとバチッと髪の毛が逆立ち、ミカエルの手から落ちた。

 キャロラインはミカエルから飛び退ると、髪を押さえてミカエルを睨みつけた。


「何をしたの?!」

「ちょっと、地の髪色が見てみたくなりまして、浄化の魔法を」

「断りもなく魔法を使うなんて、失礼だわ!」

「そうですね。それは失礼しました。……でも、今弾き返されたような」


 キャロラインは一瞬目を見開いたが、すぐに無表情になり感情を隠した。自分の呼吸をゆっくりと数えながら、冷静さを取り戻していく。


 視線を泳がしてはいけない、声も震えてはいけない、背筋を伸ばして顔はシャンと前を見て。


「魔法防御の護符をつけてますから。叔父様……レクシオン司祭に作ってもらいました」


 キャロラインは、いざという時の為に身に着けていたレクシオンの魔力を纏う護符であるネックレスを胸元から取り出した。実際は魔力を纏っているだけで、魔力防御の効果はないのだが。


「ああ、ご親戚に司祭がいるんでしたね。なるほど、確かにレクシオン司祭の魔力を感じますね。侯爵令嬢ならば、そのくらいの自衛は当たり前ですね」


 キャロラインはネックレスをしまい、なんとか誤魔化せたようだと内心ホッとする。


「では、どうぞ中へ」


 ミカエルが生徒会予備室、通称生徒会サロンの扉を開けた。


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