第8話 私じゃ駄目ですか?
「そういえば、その手に握ってるの……だいぶ握り潰しているがいいのか?」
キャロラインは、ロベルトに指摘されて初めて、生徒会からの招待状を握り締めていたことに気がついた。
「ヒェッ!やだ、グシャグシャに……。アイロンかければギリ大丈夫?あぁ、アンリに怒られる」
キャロラインは、招待状を膝の上で一生懸命のばした。
「それは……第一王子からの手紙か?」
「生徒会からになってますけど……」
「その紋章は第一王子の印だな」
ロベルトが指差す蝋封を見て、キャロラインは絶望的な表情を浮かべる。
「嫌……なのか?」
「嫌です!王族には関わり合いになりたくないんです」
「ハンメル侯爵令嬢は、一番第一王子の婚約者に近い人物だと思っていたが」
「ないです!あり得ないです。私は侯爵令嬢かもしれませんが、平凡な火の単属性ですし、私と結婚してもなんのメリットもないですから」
必死な様子のキャロラインに、ロベルトは不思議そうな表情を浮かべる。
「普通は王族と結婚したいんじゃないのか?第一王子相手なら、うまくいけば将来の王妃だ」
「王宮は嫌です。子供の頃、王子の茶会に招待されて、酷い目に合いましたから」
「茶会でどんな?」
「王子を狙った暗殺者の剣が、飛んできて私の腕に刺さったんです。あんな痛い目に合うの、二度と嫌ですから」
一番の理由はそれではないのだが、ここはゲームの世界で、王子の婚約者になると、婚約破棄されたあげくに断罪されて殺されるんです……なんて、頭がおかしいと思われるだけだから黙っておく。
キャロラインが左腕を擦ると、ロベルトは痛ましげに眉を寄せた。
「まあ、いくら光魔法で傷は治せても、その時の痛みは覚えているからな。トラウマってやつか」
「そうですね。……シュバルツ辺境伯令息様も痛かったでしょう?」
キャロラインは、ロベルトの目の上の傷を思い出して、無意識にロベルトの額に手を伸ばした。
柔らかい前髪をかき分け、傷跡に触れたところで、キャロラインは不躾に触れてしまったことに気が付き、慌てて手を引っ込めた。
「申し訳ありません!その、触れるつもりは……というか、無意識にその……」
「かまわない。その……男が気軽に女子に触れるのはまずいだろうが、別に俺は……ハンメル侯爵令嬢に触れられるのは嫌ではないというか……、逆にこんな醜い傷跡に触れたハンメル侯爵令嬢の方が嫌な思いをするのではないか」
「醜いなんて!人を庇ってできた傷じゃないですか。私には醜いなんて思えないです」
キャロラインが恐る恐る手を伸ばすと、ロベルトは動かずにキャロラインの手を受け入れてくれた。
凹凸のある傷跡を、キャロラインは指先で優しく撫でる。
「ハンメル侯爵令嬢は、俺のことが怖くないのか?」
「怖い?えっと、シュバルツ辺境伯令息様だから怖いとかじゃなくて、私は基本人見知りなんで、誰にでも怖いというか……緊張します」
「俺もあまり人馴れしない質だな。俺はまぁ顔も怖いし、ガタイもいいから威圧感があるらしくて、たいていの女子には引かれるんだが」
「凛々しいお顔立ちだと思いますけれど……。私は細い方よりはガッシリした方の方が逞しくて安心感があるかと……。それに私が大女なんで、ちょっと背が高いくらいの男性だと、ヒール履くと同じくらいになってしまうんですよね。ダンスの授業では、皆さん私の相手は嫌がりますよ。だから、大きい人って好ましいです」
「なるほど。俺なら、ハンメル侯爵令嬢がヒールを履いてもちょうど良い身長差かもな。俺は逆にデカ過ぎて、ダンスのパートナーには踊りにくいと怒られるんだ」
「パートナー……いらっしゃるんですね」
この間のお茶会の時に、ランデルに婚約者がいた話が出た際、ロベルトにも婚約者がいたらどうしよう?!と思ったことを思い出した。
「あぁ、毎年学園の年末式典の時だけパートナーを従姉に頼んでいてな。ほら、アンソニーの姉だ」
アンソニーのお姉様ならば、どれだけの美人か想像がつく。それに、従姉は結婚ができるし、辺境同士が連携をとるためには、婚姻関係を結ぶのが一番手っ取り早いだろうし。
「……ご婚約者様なんですか?」
キャロラインがスカートを握り締めながら、勇気を振り絞って聞いてみた。
「いや、ティナは……ランデルの元婚約者だ」
それは、ゴリマッチョは嫌だと言ってランデルをふった女性ですね。ということは、ゴリゴリマッチョのロベルトはその女性からしたら問題外ということで……。
キャロラインは、ホッと胸を撫で下ろす。
「痩せればなんとか……とおっしゃった女性ですよね」
「そう。俺も、背中に手が回らないから組みにくいとか、ダンスの時は散々文句を言われるな。ティナはラインハルト第一王子みたいなのがタイプなんだよ。王子よりは三つ上になるのかな?ギリいけるとか言って、いまだに嫁に行く気配がない困ったやつだ」
うーん。ラインハルトと婚約しても、婚約破棄されて結局辺境に嫁がされるだろうから、元サヤ?いや、相手はランデルからロベルトに変わるかもしれないから、よりゴリゴリマッチョに嫁がされるかもしれないんだけど。
ラインハルトはお勧めできないと、キャロラインは心の中で訴えてみる。
「シュバルツ辺境伯令息様には婚約者はおられない?」
「ああ。親には、学園で自力で探してこいと言われたが……」
「彼女とかは?」
「いるように見えるか?」
キャロラインは、ロベルトの顔をジッと見つめる。
そして、首を縦に振った。
「いやいや、どう見てもいないだろ。俺は女子には敬遠されてるんだ。見た目が一番敬遠される原因だろうが、辺境っていう特殊な環境もあるだろうな。嫁ぎたくない貴族ベストワンらしい」
キャロラインは、グッと拳を握り込んだ。
もしかして、この話の流れは「私をお嫁さんにしてください」って言っちゃえってことかな?
でも、まだ知り合ったばかりだし、この間のお茶会で初めて少し話したくいで、いきなりお嫁さんは引かれる?
でも私的にはシュバルツ辺境伯令息様は全然アリで、それどころか筋肉質の逞しい身体とかご馳走さまですって感じで、前世でもどちらかというと筋肉フェチだったし、なかなかゴリゴリマッチョ相手の乙女ゲームなんかなかったから(BL系のはあったけど、男として男子と恋愛したい訳じゃなかったから手を出さなかった)、普通のイケメンパラダイスみたいなのをよくしていたけれど、ゴリマッチョパラダイスがあれば、絶対にそっちやったよね。
隠された相川ルイの性癖、マッチョ好きを脳内で暴露し始めたキャロラインは、思わず自分の思考に捕らわれて黙り込んでしまう。
話の内容が内容で、いきなり黙り込んでしまったキャロラインに、ロベルトは不安を募らせていた。
最初、そのほっそりとした後ろ姿に目を惹かれた。目があった時は、その切れ長で大きなオレンジがかったアンバーの瞳から目が離せなかったくらいだ。怖がらせたくなくてすぐに離れたが、何度も彼女の瞳を思い出していた。
そんな彼女は悪役令嬢と噂のある女子だと知ったが、よく観察してみれば緊張しいの人見知りの激しい普通の……いや可愛らしい女子だった。お菓子作りが得意で、男子とはギクシャクとしか話せないが、仲の良い侍女とはとてもフレンドリーに話していて、たまに見せる笑顔がチャーミングで……。
つまりは、ロベルトもキャロラインのことが気になって……ぶっちゃけ一目惚れしていたのだ。
キャロラインには内緒だが、あのプレゼントした栞だって、ロベルトの愛用している栞の女性用の物だ。つまりはお揃いである。
強面ゴリゴリマッチョは、実は乙女チックな恋愛脳の持ち主だったりする。
「あの……ハンメル侯爵令嬢」
「……すみません、つい妄想……いえ考え込んでしまって」
「何をそんなに?もし俺に何かあるのなら言ってくれないか」
キャロラインは、キッとロベルトを睨みつける。本人はただ真剣な眼差しを向けているだけなのだが。
気に食わない何かを責め立てられるのかと、覚悟をしてキャロラインが口を開くのを待った。
「私じゃ駄目ですか?!」
「えっと……何がかな?」
「ですから、自力で探してこいと言われたんですよね!結婚相手」
「え?」
キャロラインは、ここは自分の人生の分岐点になる場所だと、今までで生きてきた二回の人生で一番気合を入れる。
ロベルトの胸ぐらにしがみつき(傍から見れば胸ぐらを掴み上げ)、ロベルトににじり寄る。
「見た目はこんなで可愛げなんかありませんし、胸もペッタンコで女性らしさは皆無です」
ロベルトの視線がキャロラインの胸に注がれるが、キャロラインはそんなことを気にしている場合ではない。今のところ自分を貶してしかいないけれど、なんとか自分を売り込まないといけないからだ。
「でも、ほら骨格はしっかりしてるんですよ。ちょっと女性としたら大きめかもしれませんが」
「いや、俺からしたらハンメル侯爵令嬢は小柄で華奢だ」
そりゃ、ロベルトと比べればランデルでさえ小柄に見えるだろう。
「そう……かもしれないけれど。そう!健康です。この一年、風邪をひいてません」
「それは良かった。俺も風邪はひいたことがない。生まれてから一度も」
「……」
アピールポイントが思いつかない。
キャロラインは一つ、他の女子では絶対に無理だろうことを思いついた。
「私ならば、シュバルツ辺境伯令息様と組んでも不釣り合いではありません!身長差も普通の女子よりはないでしょうし、自然な感じで踊れる筈です」
「ああ……年末式典のパートナーの話だったのか。確かに、年末は風邪も流行るし、パートナーに風邪でダウンされると一人で出席しないとならなくなるものな」
違う!そうじゃない!
パートナーはパートナーでも、人生のパートナーになりたいんですよ!
キャロラインは、ロベルトの制服がヨレるくらい力強く、ロベルトの胸ぐらを締め上げた。
「私をお嫁さんにしてくださいって言ってるんです!!」
「お嬢様!乱暴はいけ……ません?」
キャロラインが叫んだのと、生垣からアンリが飛び出したのは同時だった。
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