第7話 第一王子ラインハルト

「ラインハルト様にご報告があります」


 リーゼロッテを膝に乗せ、淫らな接吻を交わしていたラインハルトは、ドア越しに聞こえたアレクサンダーの声に、リーゼロッテを膝に乗せたまま生徒会室の入室の許可を与えた。


「簡潔に言えよ」

「王都のハンメル侯爵邸に、北方、南方、西方辺境伯の子息達が呼ばれたようです」

「なんだ、謀反でも起こす気か?」


 高位貴族である侯爵と、国の守りを担う辺境伯が密談を行ったと聞けば、誰でも謀反を疑うだろう。第一王子であるラインハルトも、まず考えたのはハンメル侯爵謀反であり、第一王子として見過ごすことができない事案だった。


 もし謀反を未然に防いだら、立太子される可能性が高いのではないか?


 すでに二十歳になったというのに、いまだにラインハルトが第一王子のままなのは、王子としては魔法適性が弱いという理由だった。


 火、土、風の三属性を持ちながら、全てが平凡。それがラインハルトの評価だった。


 一般の貴族であれば、三属性持っていればエリートかもしれないが、王族からしたら三属性あって当たり前。せめて闇か光を持つか、どれか一つ以上特化して強ければ、もっと早く王太子になれたのだろうが。


 次代の王としてはラインハルトは弱い……そんな声が多く上がっていた。


 魔力の底上げは難しい。鍛錬して精度を上げることは可能だが、元の出力が変わることはない。

 自分が強くなれないのならば、自分の周りに強い者を配備すれば良い。

 そう考えたラインハルトは、カリスマ性を磨くことにした。魔力は受け継がなかったが、幸運なことに見目麗しい見た目は遺伝により手にしていた。


 魔法学園に入り、周りを強い貴族子弟で固め、何よりも強い切り札、吸収の無属性を持つリーゼロッテを手に入れることができた。


「ハンメル侯爵……って、ああ、あの悪役令嬢の家よね」

「悪役令嬢?」


 リーゼロッテは、自分からラインハルトの意識が離れてしまったことにむくれ、ラインハルトの注意を引こうと話に割って入った。

 ラインハルトが注目してくれたことに気を良くしたリーゼロッテは、ただの噂をベラベラと真実のように話し出す。


「魔法学園の二年生で、すっごい傲慢な娘みたいです。いつも人のこと見下してて、侍女を学園に入学させてまで自分の世話をさせてるんですって。侍女へのあたりも酷くて、虐めまくってるとか。魔法も火魔法の単属性しかなくて、侯爵の娘のくせにしょぼいですよね」


 魔法については、ラインハルトも思うところがある為、リーゼロッテの言葉に不快感を覚える。


「侯爵の娘……そうか、彼女か」


 ラインハルトの記憶に、子供の時のお茶会の風景が蘇った。

 十三歳の時、同じ年頃の貴族子弟子女を集めてお茶会を開いた。親睦を深めるという名目だったが、実際はラインハルトの婚約者選びの場でもあった。

 皆で席に付き談笑していた時、ラインハルトの暗殺を目論んだ隣国の間者がお茶会に乱入し、ラインハルトに切りかかってきたのだ。寸でのところで護衛の騎士によりその剣は弾き飛ばされ、孤を描いて飛んだ剣は末席に座る少女の腕に突き刺さったのだ。


 血の気を失って倒れる少女の抜けるように白い頬、地面に散らばる銀の髪、そして流れる真っ赤な血……。


 ラインハルトはすぐに退避させられ、あの少女がどうなったか知らないが、後でハンメル侯爵家の娘だと聞いた。


「あんな娘、ラインハルト様が知ってるんですか?黒い髪は烏みたいだし、ソバカスだらけの顔でいつも人のこと睨みつけるんです。女の子にしたらびっくりするくらい大きくて、ヒール履いたらラインハルト様より大きいかもしれないですね。悪役令嬢ってあだ名がピッタリくるような娘なんです」


 黒髪にソバカス?


 記憶の中の少女の頬は陶器のように染みのない肌だったし、髪は銀髪だった筈だ。


「ラインハルト様、悪役令嬢の話なんかいいじゃないですか。私ともっと……」


 リーゼロッテがラインハルトの首に腕を回して、顔を近づけようとすると、ラインハルトは無造作にリーゼロッテを引き離し、後ろに控えていたミカエルに声をかけた。


「ミカエル、リーゼに魔力を与えろ。光と闇の魔力のバランスが悪い」


 教会出身者のミカエルは、ラインハルトに何かあった時の為に、いつもラインハルトの側に控えている。もちろん、リーゼロッテと絡んでいる時もだ。


「リーゼロッテ嬢、あちらへ」


 リーゼロッテは、あからさまに不満いっぱいな表情を浮かべたが、王子であるラインハルトの命令には逆らえない。


 ミカエルにエスコートされながら、生徒会室の続き部屋になっている個室に消えた。


 リーゼロッテは、ラインハルトとはキス以上のことはしていなかったが、他の魔力の高いラインハルトの取り巻き達とは、魔力を吸収する為にさらに深い粘膜の触れ合いをしていた。

 吸収には、粘膜による接触が一番効率が良く、魔力は使えば消えるし、自然に放散もしてしまう為、定期的に吸収する必要があった。

 吸収の無属性を持つ者は貞操観念が薄く、周りも又それを普通に認めていた。


 ラインハルトは個室に消えたリーゼロッテ達のことをまるで気にすることなく、アレクサンダーに向き直すと、ハンメル侯爵を探るように伝えた。そして、もう一つ命令を付け加えた。


「アレクサンダー、ハンメル侯爵令嬢に招待状を出せ」

「招待状ですか?」

「ああ、生徒会サロンの昼食会のな」


 ラインハルトは、記憶の中の銀髪の少女と、リーゼロッテの話す悪役令嬢とあだ名される女が同一人物かどうか、見極めてやろうと思っていた。


 ★★★


 キャロラインは自分の机の前で硬直していた。


「お嬢様、どうかなさい……」


 昼食を食べ終わり、お花摘みから帰ってきたら、キャロラインの机の上に金色に縁取られた一枚の封筒がのっていた。

 キャロラインにとって、まるで召集礼状のようなそれは、生徒会からのサロンの誘いだった。と言っても、サロンに来てみませんか?という軽いお誘いではなく、日時指定の断ることのできないまさに召集と呼んで差し支えないものだった。


「なんだってお嬢様に生徒会から……」


 この学園の生徒会と言えば、魔法学園魔法騎士学園の生徒達の上に立つ組織で、主に王族が主体で運営している。そう、生徒会とは名乗っていても、生徒主体ではないのだ。

 今、学園にいる王族はラインハルト第一王子のみで、ラインハルトが入学してきた年から生徒会会長はラインハルトだし、その取り巻き達が生徒会役員をしていた。


「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!こんなに目立たないように生活してたのに、なんだって今更第一王子が関わってくるわけ?!」

「何か目をつけられるようなことしてしまったんでしょうか?!いえでも生徒会からですし、王子は無関係ということも……」

「無関係のわけないじゃん」

「ですよね」


 実は二人の存在がすでに目立っているということに気がついていない二人は、教室の端でコソコソと招待状を手に話していた。


「あれ、シュバルツ辺境伯令息様では?」


 教室の前扉から厳つい男が一人、教室の中を覗き込んでいた。普通なら、「誰かにご用ですか?」と声をかけるクラスメイト達も、ロベルトの強面過ぎる顔に遠巻きに眺めるだけのようだ。


「きっとお嬢様にご用ですよ。行ってらっしゃいませ」

「一人で?!」

「ほら早く!」


 アンリに背中を押され、キャロラインは招待状を手にしたまま前扉に向かった。


「シュ……シュバルツ辺境伯令息様、いかがなさいましたか?」


 緊張して強張った表情でロベルトを見上げると、ロベルトはキャロラインの顔をジッと見てから口を開いた。


「少しいいだろうか?」

「……はい」


 ロベルトについて行き、学園の中庭にあるガゼボのベンチに座った。


「この間はありがとう。あのケーキ、凄く美味かった」

「と……とんでもないです。お口汚しして申し訳ないです」

「いや、マジで美味かった。実は、チョコレートケーキに目がないんだが、ナッツやドライフルーツとかが入ったやつは今一で、キャロライン嬢が作ってくれたような、シンプルなチョコレートケーキが好きなんだ。苺が乗っているのが特に良かったな」


 アンリの事前調査で、ロベルトの好きな食べ物は調査済だ。その事前調査に協力したランデルは、テーブルの上の食べ物がほぼロベルトの好物一色なのを見て、この凶悪な顔面をした男のどこがいいんだ?と、真剣に頭を悩ませたことを二人は知らない。


「あんなので良かったら、いつでもお持ちします」 

「本当か?!本気にするぞ」

「はい、もちろん」


 話がここで途切れてしまい、強面のロベルトと悪役令嬢面のキャロラインは、二人揃ってモジモジしてしまう。

 その様子を生垣の中から見守っていたアンリと、何故か同じようにロベルトを陰から見守っていたランデルが合流し、もどかしげに二人で囁きあう。


「キャロライン嬢、モジモジしていても姿勢がいいな」

「そんなことより、シュバルツ辺境伯令息様もお嬢様に気があると思います?」

「さぁね。気にはなってるんじゃないかなぁ」

「ランディ様、そこは探りを入れてくださいよ」

「別に二人のキューピッドをするつもりはないんだけどなぁ。なんでアンリちゃんはロベルトのこと家名で呼んでるの?この前、アンソニーのことも最後は名前呼びしてじゃん。俺だけは愛称呼びだけどね!」

「お嬢様より先にお名前でなんか呼べませんよ」

「ふーん、やっぱりキャロライン嬢はロベルト狙いなわけ?奇特な娘だなぁ」

「お嬢様を人を見かけで判断すような浅はかな女子と一緒にしないでください」

「なんか、キャロライン嬢愛に溢れてるね、アンリちゃんは」

「当たり前です!私の人生は全てお嬢様に捧げてますから」


 キャロラインから目を離さないアンリにランデルは軽く肩をすくめ、二人を観察することにした。

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