第6話 初めてのお茶会
「お嬢様、皆様から何をいただいたんですか?」
最初の挨拶の時に、ランデルからは花束を、アンソニーからは小箱を、ロベルトからは紙袋を受け取っていた。花束はすでにテーブルに飾られていたので、キャロラインは手前にある小箱を開いた。
中には小さなオルゴールが入っていた。
「まぁ可愛らしい。お嬢様、よろしかったですね」
「……可愛い」
キャロラインはこんな(見るからに悪役令嬢)見た目だが、可愛いものが大好きだ。
「キャロライン嬢の好きな物がわからなかったから、姉に選んでもらったんだ。気に入っていただけると良いんだけど」
ヨハン先生と同じ白髪だが、アンソニーはかなり短く刈り上げており、濃紺の瞳は興味深そうにキャロラインを見ていた。
「……」
「お嬢様は可愛らしい物が大好きなんですよね。ね、お嬢様」
「ええ。とても好きです。似合わないから身に付けはしませんが」
「オルゴールならば部屋で眺めていられるから良かったですね、お嬢様」
「そうね。……とても嬉しいです。ありがとうございます」
キャロラインからお礼の言葉を引き出せてホッとしたアンリは、オルゴールを侍女に手渡して部屋に運ばせると、次にロベルトが持ってきた紙袋に目をやった。
お土産というには、シンプルで装飾のない紙袋だ。
キャロラインが袋を丁寧に開けると、中から金細工で作られた栞が出てきた。
「まぁ……」
無造作に紙袋に入っていた割には高価そうな代物だ。繊細な金細工は美しく、飾り紐の先には黒真珠がついていた。
「素敵ですね。お嬢様、よく本を読んでいるから役立ちますね」
「へぇ、自分の色の宝石を贈るとか、ロベルトにしてはずいぶん攻めるね」
確かに黒真珠の黒はロベルトの色。髪も目も黒いのだから。
「いや、そういうつもりは……。ただ、この間のクッキーが美味くて、そのお礼的な……だな」
ランデルに指摘され、ロベルトはしどろもどろになって弁明する。大きな身体を縮こまらせて、いかにも困っている様子が、その厳つい表情にも表れており、そのギャップがキャロラインにはとても可愛らしく映った。
そうして見てみると、男らしいキリリとした眉も、三白眼の眼光鋭い目も、真一文字に閉じられた口元も、全てが「可愛い」存在に思えてくる。ムキムキの筋肉すら可愛い。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
キャロラインが栞を握りしめてポッと頬を染めると、男性陣がマジマジとキャロラインを見た。
キャロライン像が完璧にガラガラと崩れた瞬間だった。
気位だけ高い傲慢な女……という学園でのイメージだったが、実際のキャロラインは見た目はキツめに見えるが中身は女の子らしい可愛い子だった。
「キャロライン……嬢って、よく見ると綺麗な顔立ちしてるよね」
「アンソニー、よく見ればなんて失礼だぞ。キャロライン嬢みたいなのはクールビューティーって言うんだ。そのソバカスだってチャーミングな要素でしかないな」
ランデルは根が軽いのか、キャロラインを褒めるとウィンクしてみせた。
ちょっと筋肉ムキムキだが、元の顔立ちが良いのでサマになる。
男子にウィンクなんかされたことのないキャロラインは、ドギマギとしてしまい扇子で顔を隠した。しかし、その耳が真っ赤に染まっていて、照れているのがバレバレである。
「温室は暑かったですね。アンリ、少し換気してちょうだい」
扇子をパタパタと扇いで誤魔化しているが、その照れた様子に侍女達まで「うちのお嬢様ギャップ可愛い!」と地味に悶えている。
「ランデル先輩、軽過ぎ!そんなんだから婚約者に逃げられるんですよ」
アンソニーがとんでもない話題をぶっこんできた。貴族名鑑には婚約者の存在は書いていないから、まさかランデルが婚約破棄されていたなんて情報は知らない。というか、ランデルが婚約していたのなら、ロベルトにだって婚約者がいるかもしれないという事実に、キャロラインは衝撃を受けた。まさかの脳内彼氏が、付き合う前に破局か?!
「あ、俺の古傷を……。別に俺が軽くて逃げられた訳じゃないぞ。細マッチョは好きだけど、ゴリマッチョは嫌だって言われたんだからしょうがないじゃないか。細マッチョに辺境を守れるかってんだ。痩せればなんとかって、俺のこれは脂肪じゃねぇ!筋肉だ!!第一、なんとかしなきゃ結婚できない相手って思われてまで、結婚したくねぇっつうの」
「先輩達は鍛え過ぎですよ。筋肉に頼り過ぎです。魔力とバランス良く鍛えていれば、そんなゴリゴリマッチョにはならないでしょ」
「なんだと?おまえは細過ぎだ!明日から二年の鍛錬に顔だしてしごいてやる」
アンソニーは確かにランデルに比べれば厚みはないが、普通に見れば十分筋肉質だ。アンソニーが細過ぎなら、キャロラインなんか平面だろう。
「あ、あの!お二人は仲が良いのですね」
喧嘩を始めたと思ったキャロラインは、慌てて会話に入る。
「まぁ、悪くはないな。大丈夫だ、キャロライン嬢、こいつらのこれはいつも通り。喧嘩してるんじゃなくてジャレてるだけだから」
「そう……なんですか?」
ロベルトを見ると、いつも通りの厳つい顔なのだが口元が僅かに上がっており、多分微笑んでいるのだろうその表情に、キャロラインはホッと胸を撫で下ろした。
「辺境はさ、お互いに情報交換して連携を取ってるんだよ。だから、俺らも昔から交流があるわけ。だから、先輩達とは親戚みたいな感じかな。実際、俺の母親はロベルト先輩の父親の妹だし。さかのぼれば、辺境同士はどっか繋がっているよね」
「そう……なんですね」
「東方だけ今は断絶状態だけどな」
「あの人と付き合える人間はいないでしょ。ちょっと特殊というか、異常というか……。早く代替わりすればいいのに」
アンソニーは東方辺境伯が嫌いなのか、ヨハン先生に似た麗しい顔を嫌そうに歪ませている。
キャロラインも、断罪後の婚姻相手としては東方辺境伯の可能性もゼロではないので、その為人は気になるところだ。
「東方辺境伯様は、そんなに変わっているんですか?」
「サディストって噂。奥さん何人も死んでるし、事故死になってるけど」
え?何それ怖い……。
「アンソニー、適当なことを言うな」
「まぁ、確かにあの人は容赦がなかったな。ロベルトも鞭打たれて、失明の危機だったじゃないか」
「……そんなことが」
ランデルは立ち上がってロベルトの横に立つと、ロベルトの前髪を上に上げた。額から右目の上にかけて引き攣れた傷跡があった。
「ほら、その時の傷跡。目を治すことに司祭様が魔力を全部使っちゃって、この傷跡は治せなかったんだ」
「あれは、俺が間に入ったから。東方辺境伯も俺を失明させようとしたわけじゃないだろ」
「まぁな。おまえが庇わなかったら、あいつは死んでただろうし」
どういう経緯でそんな事態になったかはわからないが、東方辺境伯が人に鞭をふるえる人だということはわかった。
「……東方辺境伯様はご結婚されてたんですか?」
アンリがランデルに紅茶をサーブしながら聞いた。
「相手が平民ばかりだから、記録には残ってないけど」
「もしかして……お子さんとかも?」
アンリが前のめりになって尋ねる。
「それがロベルトが庇った相手だよ」
自分の子供に鞭を……。しかも死にそうになるくらいとは。
「年齢は?」
「俺らとタメだな。ただ、今はどこにいるかわからないんだ。あの事件の後、家を飛び出して行方不明なんだよ」
なんてことだろう!結婚相手として可能性のある人物がもう一人増えてしまった。キャロライン的にはロベルト一択なのに。
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