第5話 お茶会への招待状

 ロベルト・シュバルツ北方辺境伯令息……って、ずいぶん長いな。早口言葉かな。

 フルネームで呼びかけるのは硬いよね。ロベルトの愛称って、確かロビンやロブ?いや、いきなり愛称呼びはハードルが高いなぁ。


 キャロラインは、授業中にボーッとロベルトのことについて考えていた。


 ゲームの強制力により絶対に結婚する相手ならば、もうそれは運命の相手と言っても良いのでは?


 そんな妄想から、頭の中では二回の人生で初彼氏だワッショイ……と、すでにロベルトと付き合った気になっているキャロラインは、内面は単純で可愛らしい女子なんである。見た目は悪役令嬢だが……。


 話したのはわずか三言。しかも、会話らしい会話になっていない、「いえ、その本が」「あの」「差し上げます」だけだというのに、ここからどう発展させていくつもりなのかも謎だが、キャロラインの妄想はどんどん広がっていく。


 チャペルの鐘の音が幻聴として聞こえた頃、キャロラインは肩を揺さぶられて我に返った。


「……お嬢様、授業終わりましたよ」

「あ……」


 気がついたら放課後、一日が終わっていた。


 キャロラインは、授業がとっくに終わっていることなど、もちろん気がついていますというように、そそくさと帰り支度を始める。


「お嬢様、実は私、お嬢様に謝らないといけないことが」


 キャロラインは帰り支度の手を止め、申し訳なさそうにキャロラインを見上げるアンリを見つめた。


「どうしたの?何かあった?怒らないから話して」


 キャロラインがアンリに怒られることはあっても、逆は一度もない。常に怒鳴り散らしてそうに見られるキャロラインだが、本来のキャロラインは我慢強く穏やかな気質だ。相川ルイと同化してからは、小心者のルイの性質の方が強く出ているが。


「実は……、お嬢様の名前を語って、こんな物を送ってしまいました」


 アンリが差し出したのは、一枚の招待状だった。


「……ハァッ?!」


 教室に残っていた生徒が、大声を出したキャロラインに注目する。

 キャロラインは慌てて荷物を鞄に投げ入れ、その鞄を持ってアンリの腕を引っ張り教室から出る。

 キャロラインがアンリにお仕置きでもするのかと心配したアンリファンの男子生徒が、その後からゾロゾロとついてきた。


「これ、どの辺境伯令息に出したのよ」

「一応、お三方全員です」

「え?キンベル辺境伯令息とは会ったことすらないわよ」

「そうですね。でも、皆さん出席とのお返事をいただいてます」

「マジか……」


 アンリが送ったという招待状、宛名のところには辺境伯令息様とあり、もちろん差出人はキャロライン。中身はお休みである明日の午後、ハンメル侯爵邸で行われるお茶会への招待が書かれていた。

 休み時間も妄想にふけっていたキャロラインは、アンリがそんなことに奔走しているとは、これっぽっちも気が付かなかった。何せ、休み時間の記憶すらないくらいだ。


「本当はシュバルツ辺境伯令息様だけとも思ったのですが、それだとあからさま過ぎるし、全員勢揃いしたところを一度見てみたほうがいいかと。億が一ですが、お嬢様のお相手が違うかもしれないじゃないですか」

「そんな……」


 頭の中はロベルト一択だったから、アンリの言葉にショックを受ける。


「億が一、兆が一ですよ。知ってますよ。怖がりのお嬢様が、どういう訳かあの強面で無愛想なシュバルツ辺境伯令息のことが気になっているの」

「そんなんじゃ……」


 ボッと赤くなるキャロラインを見て、アンリはクスクスと笑う。


「さあ、早く帰って明日の準備をしないとですよ。明日出すお菓子を、お嬢様に作ってもらわないとですからね」

「そんなことはいくらだってするけど……」


 アンリのポケットには、ロベルトの好きな菓子を書いた紙が入っていた。事前調査として、ランデルにロベルトの趣味嗜好を聞いたのだ。


 何気に甘味が好きで、特にシンプルなチョコレートケーキが好きだとか、フルーツなら甘熟苺が好きとか、実は肉より魚派だとか、酸っぱいのは苦手で、ハーブティーよりは紅茶派だとか、下着はトランクス一択……などなど。


 最初聞いた時は言い渋っていたランデルだったが、キャロラインがロベルトのことを知りたがっていると言ったら、ホイホイ聞いていないことまで教えてくれた。いらない情報も多かったが、もしかしたらキャロラインは知りたいかもと思い、箇条書きにしてメモにしてきたのだった。


「ところでお嬢様」

「なに?」

「私達は何故クラスメイトにつけられているんでしょうか?」

「さあ?ご挨拶しないで帰ったからかな?」


 そんな訳はないと思うが、キャロラインはクルリと振り向いて綺麗なお辞儀をした。


「皆様ごきげんよう」


 アンリも笑顔でヒラヒラと手を振ると、ついてきていた男子生徒達は、どうやらアンリはお仕置きされないようだと安堵し、教室に戻って行った。


「なんなんだったんでしょう?」

「さあ?」


 クラスメイトの奇行に首を傾げながら、二人は明日の準備の為に急いで屋敷に戻った。


 ★★★


「晴れて良かったですね、お嬢様」

「そ……そうね」


 春が近いとはいえまだ肌寒い三月初め、ハンメル侯爵邸自慢の温室で、お茶会の準備は着々と進んでいた。


「あと一ヶ月後でしたら、庭園のガゼボも見頃でしたのにね」

「そうね」

「お嬢様、フルーツ盛り合わせはこちらに置いた方が見栄えがしますわ」

「そうね」

「それにしても、そのフルーツカービング、職人技ですね。お嬢様、侯爵令嬢にしておくのはおしいです」

「そうね」


 多分、無意識に返事をしているのだろう。キャロラインは、まるでテーブルの上に親の仇がいるかのような表情でセッティングのチェックをしている。

 テンパり過ぎて周りが見えていない様子のキャロラインに、アンリはこんなのでお茶会ホステスがつとまるだろうかと、不安に思いため息しか出ない。


「お嬢様、深呼吸ですよ、深呼吸。はい、息を吸ってー吐いてー吸ってー」


 せめて笑顔でお願いしますよと、アンリは深呼吸しているキャロラインの頬に手を当てる。


「スマイルです。お嬢様の笑顔は可愛らしいんですから、笑顔でお願いしますね」

「こうかしら?」


 無理やり口角だけ上げて笑顔を作るキャロラインの顔は、悪巧みをしている悪役令嬢のようになってしまう。


「いえ、けっこうです。やはり自然が一番かと」


 今日はソバカスをほとんど書いていない。ハーフアップにして垂らした黒髪はコテで緩やかなウェーブを作ってみた。華やかな髪型は、キツめのキャロラインの顔立ちに似合っており、薄紫色のドレスはスレンダーなキャロラインの身体を女性らしく際立たせていた。


 黙って立っていれば、性格キツめに見えるクール系美人のキャロラインだが、中身は気弱でテンパリやすいという欠点はあるが、優しく穏やかな気質の女性だ。外見に惑わされず内面を見てもらい、あわよくば今年中に求婚、来年夏には婚姻に持っていってほしい。

 キャロラインに聞いた乙女ゲーとやらの悲惨な最後が本当にならない為にも、来年の学園の年末式典を迎える前になんとかしなくてはと、アンリもまた必死なのである。


「お客様方がいらっしゃいました」


 侍女が三人の男性を連れてやってきた。

 先頭には大きな花束を持ったランデルが、その後ろに可愛らしい包装紙に包まれた小箱を持ったアンソニー、最後に一際大きなロベルトが温室に入ってきた。

 それでなくても筋肉量が半端ない三人が温室に入ると、それだけで温室内の温度が急に上がったように思われる。彼らならば、外でのお茶会でも問題なかったかもしれない。


「どうぞ、お寒くなければ上着を脱いでくつろいでくださいませ」


 アンリが声をかけて、侍女達が上着を受け取り下がっていった。給仕担当の侍女がお茶をいれ、各自の前にお茶を並べ、ケーキを置いた。


「今日のお菓子は、全部キャロライン様がお作りになりました。名品の銘菓にはかないませんが、素朴な味を楽しんでいただけたらと思います。お嬢様、お嬢様一言」


 結局、キャロラインの後ろに立ったアンリがしきり、キャロラインを後ろから突付いて挨拶を促す。


「み……皆様、本日は……お越しいただきありがとうございました」


 またのお越しを心よりお待ち申し上げております……と続きそうな勢いに、アンリは小声でストップをかける。


「お嬢様、それだと終了の挨拶のようですよ」

「そっか。……お越しいただきありがとうございます心ばかりですがお菓子とフルーツ軽食なども用意してありますのでどうぞお召し上がりください」


 キャロラインは、男性の顔を直視するのが恥ずかしく、彼らの額辺りを凝視しながら、昨日アンリと練習した文句をノンブレスで言い切った。

 その抑揚のない口調と、顎を上げて高慢そうに言い切る態度は可愛げなく映り、後ろに控える侍女達は真っ青になった。


 アンリ同様、心からハンメル侯爵家に仕えている彼女達は、見た目で誤解されることが多いが優しい主人であるキャロラインを全力で慕っていた。

 今まで同性の友人とのお茶会も開いたことのないキャロラインが、せっかく初めて開くお茶会だ、何がなんでも成功させようと侍女達は気合を入れてサーブする。


 ホステスであるキャロラインがギクシャクしていても、周りがしっかりしていれば、それなりにお茶会は回るものである。


 キャロラインの初めてのお茶会は、こうして始まった。

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