第4話 三人の辺境伯子息2

「あ、いた。おーい、ロベルト」

「ランディ様、お静かに」


 図書館につき、奥の本棚で本を見ていたロベルトを見つけたランデルが、大きな声でロベルトを呼んだ。

 キャロラインは周りからの厳しい視線に俯き、アンリはランデルの袖を引っ張り注意した。


 ダンマリのキャロラインの代わりにアンリがランデルに話しかけていたら、いつの間にか愛称呼びを許されるくらい親しくなっていて、ランデルも人懐っこい性格なのか、すでに二人のことを名前呼びするくらいフレンドリーに接してきていた。


「アハハ、悪い悪い。ロベルト、この娘キャロライン・ハンメル嬢。昨日ここで会っただろ。こっちはアンリちゃん。キャロライン嬢がおまえに用事があるらしいぜ」


 ランデルにロベルトの前に押しやられ、キャロラインはあまりに近くに立たされた為、ロベルトの大きさに圧倒されてしまう。

 ランデルも大きいが、ロベルトはさらに一回り大きい。しかも、柔和なランデルと比べると、厳つい顔が怖過ぎた。


 思わず顔が引き攣り、ロベルトを見上げたまま一言も喋れなくなる。頼みのアンリはランデルに話しかけられており、「あっちで待ってよう」と何故か閲覧室に連れて行かれてしまう。


「あの……」


 キャロラインは手に持っていたクッキーの紙袋を握り締め、それをブルブルと胸元まで持ってくる。差し出すまでできず、心中はもう泣きそうだ。歯を食いしばっているせいか、いつも以上にロベルトを睨みつけるようなキツイ表情になってしまっているのだが、キャロラインに笑みを浮かべる余裕なんかない。


「それは?」


 助け舟のようにロベルトから一言あり、キャロラインはやっと紙袋をロベルトの前に差し出せた。

 花柄の紙袋にピンクのリボンがついる袋は、キャロラインが持ってもロベルトが持っても可愛過ぎた。


「さ……さ……差し上げます」


 アンリとの練習の成果は発揮されず、キャロラインはそれだけ言って紙袋をロベルトに押し付けると、アンリのいる閲覧室に走って逃げた。


「お嬢様、図書館は走ったら駄目ですよ」

「アンリ!とりあえず渡せたわ。早く戻りましょう!」


 アンリの腕をグイグイと引っ張り、ランデルに挨拶もそこそこに図書館を出た。


 ランデルは案内してくれたお礼にと、アンリから貰った花柄の紙袋をヒラヒラ振って「またね」とキャロライン達を見送った。

 すでに中身のクッキーは食べられており、ランデルの口元にはクッキーの食べかすがついている。


「侯爵家のご令嬢かお菓子作り……ね」


 予想以上に美味しかったクッキーに、ランデルは満足そうに口元を拭った。


「それ」


 閲覧室にやってきたロベルトが、ランデルが手に持っている空の紙袋に目を向けた。


「ああ、俺のはついでだな。あの侍女の娘に貰った。ここまで案内したお礼だとさ」

「おまえ、気軽に人から貰ったものを食うなよ」


 ロベルトもランデルも、辺境伯令息として国の守りを常に考えないとならない立場にある。辺境を落とそうと、司令塔である辺境伯とその家族は狙われやすい。平穏な学園生活とはいえ、いつも気を張っているロベルトだった。


「え?だってあの娘ら良い子そうだったし、アンリちゃん可愛かったろ。それ、キャロライン嬢の手作りらしいぜ。なかなか美味かった。いらんのなら、俺が貰ってやってもいいぞ」


 既に食べたランデルが無事な様子を見て、特に毒や媚薬の類は入ってないと確認したロベルトは、紙袋をサッと上に持ち上げ、奪おうとするランデルから紙袋を遠ざけた。


「いや、これは俺が貰ったから俺が食う」


 キツイ顔立ちの侯爵令嬢だったが、その立ち姿は凛として美しく、特に大柄なロベルトの前に立っても不自然じゃない身長差の女子というのも珍しかった。

昨日も彼女の後ろ姿に見惚れ、そのアンバーの瞳に目を奪われたが、改めて真正面から見た彼女も、よく見ればの目鼻立ちの整った美人だった。

 最初は睨まれるくらい嫌われることでもしたのかと戸惑ったが、その青白い顔色は緊張を表し、さらに震える手を見て確信した。どう見ても親の仇を見るような表情ではあるが、ただたんに緊張して顔が強ばってしまっているだけなのだと。


 ロベルトもランデルと同じ噂を以前に耳にしていたが、噂の侯爵令嬢と目の前にいる侯爵令嬢が同一人物だとは思えないくらい、キャロラインはただの緊張しいで人見知りが激しいだけの普通の令嬢に見えた。


 自分もよっぽど不器用な質だとは思っていたが、自分よりも生きにくそうなキャロラインを見て、ロベルトは初めて異性に関心を向けた。

 

 そのキャロラインが頑張ってロベルトに渡してくれたクッキーだ。もちろん誰にもやるつもりはない。ただ、なぜ自分にくれたのかがわからない。


「それで、彼女はなんでこれを俺に持ってきたんだ?」

「お礼だって言ってたぞ。昨日ここで、キャロライン嬢の上に本が落ちそうになってたのを助けたんだろ」


 キャロラインだと意識して助けた訳ではなかったが、確かに女子生徒が背伸びをして本を取ろうとしていて、その重そうな本が落ちそうになったのを支えて手渡した記憶はある。


 スラリとしてスタイルが良く、華奢な腕を一生懸命に伸ばして本を取ろうとするその後ろ姿に、最初は目を惹かれた。取れそうで取れないのがもどかしく、取ってやろうと近づいた時に本が落ちてきたので、とっさに彼女の後ろから手を伸ばした。寸でで本をキャッチできてホッとしたが、自分のような大柄で強面の男に覆いかぶさられたら怖かろうと、すぐに本を渡して去ったのだ。


「あんなことでこれを?」

「もしかしたら、おまえに一目惚れでもしたんじゃないか?」

「まさか」


 女子からしたら、自分は無駄にデカくてゴツくて厳ついゴリラでしかないことを、ロベルトは十分理解していた。世の中は、ラインハルト第一王子のように、スマートでキラキラしいイケメンがモテるのである。たまに筋肉フェチの女子もいるが、柔和な雰囲気のランデルはモテても、強面の自分は怖がられるだけだ。


「まぁ、侯爵令嬢なんて、一番第一王子の婚約者候補に近いだろうから、俺らみたいな辺境の田舎者は相手にしないか。それにしても、アンリちゃん可愛かったなぁ。あの娘がついてくるんなら、キャロライン嬢に求婚してもいいかな」

「おまえ、失礼だぞ」

「ジョークだよ。侯爵令嬢がうちの求婚を受ける訳ないだろうが」


 ロベルトは、リボンを解いてポケットにしまうと、紙袋からクッキーを一枚取り出して口に放り込んだ。


「美味い……な」


 甘過ぎず、口の中でホロホロと崩れる食感で、市販の菓子にない素朴さが美味しかった。


「おまえ、そんな見た目で甘味に目がないもんな」

「甘味に見た目は関係ないだろ」

「まぁな。似合わないけどな」

「ふん」


 そんなことはわかっているから、一人で甘味処に足を踏み入れることはない。一緒に行ってくれる婚約者も女友達もいないから、お土産を装って買いに行き、王都にある辺境伯の別邸に戻り一人食べるくらいだ。


 ロベルトは残りを後でゆっくり味わおうと、紙袋をポケットに丁寧にしまった。


 ★★★


「き……緊張したァッ!」

「お嬢様、ちゃんとお礼は言えましたか?」

「……ぃぇなかった」


 小さな声で言うキャロラインに、アンリの眉がピクリと動く。


「はい?」

「言えませんでした。ごめんなさい!」

「お嬢様、アンリは昔からお嬢様に言ってきましたよね?!ご挨拶は人の目を見てしっかりとと」

「はい!その通りです」


 小さなアンリが両手を腰に当て、大きなキャロラインを叱りつけている様子は、とても侍女とお嬢様の関係には見えなかったが、お嬢様命のアンリにとって、キャロラインを正しく導くのも自分の役目だと思っているので、まるで母親のように……いや、母親以上にガミガミと注意をする。キャロラインも、「何よ!侍女の分際で!」とはならずに、アンリの小言を「ごもっともです」と素直に頭を垂れる。


 こんなことはけっこう日常茶飯事で、一応人目につかないところで行われているアンリの「喝!」なのだが、頻繁に二人で消えることから、人目のつかないところでキャロラインがアンリを虐めているのでは?と周りの生徒達は噂する原因になっていた。それにより、キャロライン悪役令嬢説がまことしやかに囁かれている、……なんてことを二人は知らない。


「クッキーは渡せたんですか?」

「それは渡した。……というか押し付けてきた」


 自分が後ろに控えられていれば、もう少しまともにお礼も言えただろうにと、アンリは額に手を当てて思う。


「まぁとりあえず、辺境伯ご子息のお二人には会えましたよね。どうでした、何かピンとくるものはありました?もしくは本人達を見て思い出したこととかは?」

「……なんとなくだけど、ランディ様は違う気がする」

「そうですね。私もそう思います。流行りの美男子ではないですが、罰ゲームのような結婚相手でもないですよね」

「罰ゲームって……」


 どちらにとっての罰ゲームなのか、微妙なところでもある。ただ、ゲームの中のキャロラインは、淡々とした様子で辺境へ向かう馬車に乗り込んでいたので、キャロラインにとってはそんなに毛嫌いする相手ではなかったと思いたい。


「中休みにアンソニー・キンベル辺境伯令息について調べたんですが」

「さすがアンリ、行動早いね」


 アンリは胸を張って「もっと褒めてくれて良いですよ」と鼻をこする。


「彼も罰ゲームとは縁遠そうでした。なにせ、ヨハン先生にそっくりです。ちょっとマッチョなヨハン先生って感じで、女子に大人気みたいですね。彼の結婚が決まれば、女子は悲鳴を上げるかもですが、そういうざわめきじゃないんですよね?」

「うん……多分。可哀想とか、私には無理……みたいなセリフがあったから」

「そうすると、やはりロベルト・シュバルツ辺境伯令息ですかね。確かにあれだけ大きいと、まさに巨人ですよね。体格的に私にはちょっと閨のお相手するのは難しいかと」


 平然と言ってのけるアンリに、キャロラインは真っ赤になった頬を押さえた。


「相手って……ヤダ、アンリったらなんてことを!」

「お嬢様、貴族には後継ぎ問題は責務ですよ」

「そう……かもしれないけど」


 前世では、誰かと身体を繋げるなんて、夢にも思わなかったのだ。女子とは絶対にありえないし、かといってカミングアウトするつもりがなかったから、男子ともありえなかった。

 男子とキスとか触れ合ったりとかは想像したりしたが、その中で自分は女子であり、男子の身体で男子と絡みたくはなかったのだ。というか、出すべき場所に挿れるとか、想像もしたくない。あまりに痛そうで……怖い。


 そんな前世の自分は、キスすら未経験だった。


 キャロラインは、顔を扇いで熱を冷ますと、ロベルトとのアレやコレやを想像してみた。


 真実女子の身体の自分と、筋肉質で逞しいロベルト。


 ボボボボボッと全身真っ赤に染まる。


「お嬢様?」


 ヤダ………………………………嫌じゃないかも。


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