第3話 三人の辺境伯子息

「辺境伯子息で、キャロライン様と年齢の会う方は三人でしたね」

「そうね。それにしても、シュバルツ様も辺境伯令息様だったとはね」


 図書館で調べて書き写した辺境伯についての資料に目を通しながら、キャロラインはアンリと朝食を食べていた。


 北方辺境伯の長男がロベルト・シュバルツ辺境伯令息。キャロラインよりも二学年上で、四月から最終学年である五年生になる為、来年末のキャロラインが断罪される(今のところ断罪される理由は一つもないが)予定の年末の式典時には学園にはいないだろう。


 南方辺境伯の次男(長男はすでに婚姻済)であるランデル・ムーア辺境伯令息。ロベルトと同じ年のようだ。


 西方辺境伯の長男であるアンソニー・キンベル。キャロラインと同じ年だが、このキンベルという名字、聞き覚えがあると思っていたら、アンリが「魔法騎士学園の教師にヨハン・キンベル先生っていますよね」と思い出し、調べてみたらアンソニーの叔父がヨハンだった。

 そして、キャロラインが覚えていたのは、乙女ゲームの隠れ攻略キャラであったヨハン先生であり、大人の色気漂う彼は、ルイのお気に入りキャラでもあった。


 東方辺境伯のみ未婚で、四十二歳。辺境伯子息ではなく辺境伯その人だが、未婚の為一時保留とした。

 なにせ婚姻を命じられた時のあのざわめき、上の三人で起こるとは思えなかったからだ。東方辺境伯は年齢もかなり離れているし、噂に聞く粗暴な性格は、結婚相手としてはざわめきも起こるくらい最悪なんじゃないかと思われた。ただ、仮に東方辺境伯だとしても、すぐにどうこうできる訳じゃないから、学園にいる辺境伯子息達に照準を合わせることにした。


 ゲームでは婚姻を命じられて辺境へおもむいていた……ということは、来年の年末に王都にはいないロベルトかランデルな気がしないでもないが、家族との顔合わせや結婚式の為に辺境へ向かったと考えると、アンソニーでもおかしくはない。


「とりあえず、お三方は魔法騎士学園の生徒のようですし、接触してみてはどうでしょう」

「私が?!」

「……お嬢様以外誰がいるんですか。私は学園の生徒とはいえ、お嬢様の付き添いで入学しただけの平民ですよ。平民からお貴族様に気軽に声がかけられると思います?」

「アンリならできると思う。可愛いし、アンリに声をかけられて嫌な思いをする男子はいないよ。私に声をかけられたらアレだけど……」

「それはありがとうございます。ですけどね、お嬢様だってとってもお綺麗じゃないですか。私は悔しいんです!お嬢様の素顔も知らないくせに、大女だとかソバカスとか馬鹿にする男子!あいつらみんな火炙りにしたいくらい」


 アンリは怒りのあまり、握った拳からボッと火柱を上げる。


「駄目よ、火事になるじゃない。それに別に私は気にしてないもん。大女は本当だしさ。キツイ顔立ちだから可愛いとは無縁だし、アンリみたいにおっぱいも大きくないし……」


 気にしてないとか言いながら、ウジウジとテーブルクロスを弄るキャロラインは、明らかに気にしている。


「もう!お嬢様は十分お可愛いらしいじゃないですか。お嬢様にはアンリがついてます。大丈夫です。男子とも普通に喋れるようになります。ですから、今回は頑張りましょう。私が後ろに控えていますから」


 見た目はきつい悪役令嬢のキャロラインだが、実は人見知りで気が弱い性格の為、初対面の相手と話すのが苦手だ。特に男子には、前世で「ナヨナヨして気持ち悪いんだよ!」と虐められたこともあり、目の前に立つとどうしても萎縮してしまう。

 ただ、侯爵令嬢の教育の賜物なのか……弊害なのか、凛とした佇まいとその視線のきつさから、オドオドした様子は見れず、逆に「下賤の者となんか話せませんわ!オホホホホ!」と威圧的に見下しているように受け取られるようである。

 特にキラキラしい男子が多い学園では、キャロラインはアンリ以外の生徒と話したことはほぼない。


「まずは、シュバルツ様にお礼のクッキーを渡して、頑張ってお友達になりましょう!それ繋がりでムーア様に接触するんです。キンベル様は……辺境伯繋がりでシュバルツ様が使えれば良いですし、駄目ならヨハン先生からアプローチしましょう」

「使うって……」

 

 自分もキツイ顔立ちならば負けてはいないが、あの見るからに厳つい男子を顎で使え的な言い方をするアンリの無鉄砲ぶりに、キャロラインは恐れおののいてしまう。


「とりあえず、今日はソバカスの化粧は控えめにしましょう。少しでも好印象を与えないとですからね。ほら、昨日作ったクッキー。さすがお嬢様、美味しくできてますよ。その見た目で実はお菓子作りが趣味とか、ギャップ萌え?ってやつですか?話題作りにはピッタリです!」

「お菓子作りと見た目は関係ないでしょうに……」

「いいですか、『昨日は助けてくださってありがとうございました。私、ハンメル侯爵が息女、キャロラインと申します。怪我をしなかったのはシュバルツ辺境伯令息様のおかげです。これ、私が作ったものでお口に合うかわかりませんがクッキーです。どうかお召し上がりください』ですよ。はい、言ってみてください」


 キャロラインは昨日からこれを何度も復唱させられ、すっかり覚えた文面を再度復唱する。


「するとですね、『侯爵令嬢がお菓子作りとは珍しいですね』的なことを相手が言うでしょうから、『お菓子作りは趣味なんですよ。また作ったら食べていただけますか?』と、次の約束にこじつけるんです。いいですか、なるべく微笑みを絶やさず、相手の目をジッと見つめるんです。ちょっと腕に触れるとか、ボディータッチもありです。相手はお嬢様が自分に好意的だと受け取るでしょうから」


 ボディータッチ?!

 それは難易度が高過ぎでは?

 しかも、笑顔を絶やさずとか、頬の筋肉が痙攣したような笑顔しかできないんだけど大丈夫だろうか?!


 キャロラインは、学園に行く時間ギリギリまで笑顔の練習もさせられた。


 ★★★


「あの!」


 昼休み、魔法騎士学園の学園棟に足を踏み入れたキャロラインは、四年生の教室に来ていた。


 魔法学園と魔法騎士学園は同じ敷地内にあり、右が魔法学園棟、左が魔法騎士学園棟になり、中央には両学園の共有施設や職員室、教師達の研究資料室がある。

 キャロラインがロベルトと会ったのは、中央棟にある図書館で、特に区切りがある訳ではないので、左右両棟行き来は自由なのだ。


「……ロベルト・シュバルツ辺境伯令息様をお願いします」


 上級生の教室にズカズカ踏み入ることもできず、キャロラインは入り口付近にいた女子生徒に声をかけた。

 しかし、最初の声掛け以外声が小さ過ぎて、友人と話している女子生徒には声が届かない。


「どうかした?」


 教室に入ろうとしていた男子生徒がキャロラインに声をかけてきた。

 赤髪で緑色の瞳の男子生徒は、騎士を目指しているだけあり体格がしっかりしていて、そばに寄られると威圧感が半端ない。しかし、顔立ちは柔和で、穏やかな声質にキャロラインは肩の力を抜いた。


「あの……シュバルツ辺境伯令息様に用事が」

「ああ、ロベルトか。あいつのことだから、昼休みは図書館かな。俺も図書館に用事があるから一緒に行こうか」

「え……あ……はい」


 ズンズンと先を歩く男子生徒の後ろを、キャロラインは早足でついて行く。アンリに至っては駆け足だ。


「ごめんなさい、もう少しゆっくり……」


 アンリの様子を見て、キャロラインが男子生徒に声をかける。


「ああ、ごめん。つい、いつもの調子で。二人は魔法学園の……二年生か」


 学年章を確認したのか、男子生徒の視線がキャロラインとアンリの襟元をさまよう。


「はい。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。こちらハンメル侯爵のご息女、キャロライン様でございます。私は侍女のアンリと申します」

「ああ、君らが有名な」

「有名……ですか?」


 目立たないことを信条にしているキャロラインからしたら、有名になっている意味がわからなかった。


「ほら、貴族じゃない娘が魔法学園に入学するのは珍しいから。騎士学園の方ならまだしも」

「ああ。アンリが有名なんですね。この娘は、気立てが良くて可愛いから人気があるんです。私の自慢の侍女なんですよ」

「お嬢様ったら、そんな本当のことを……恥ずかしいじゃないですか」


 良い意味で有名なんだと受け取ったキャロラインは、アンリが褒められたんだと嬉しくなり、珍しく知り合ったばかりのしかも男子に、饒舌に話して自然な笑みを向けた。

 アンリは、そんなキャロラインの背中を照れながらバンバン叩く。


「ああ、そうだね。二人共とてもチャーミングだと俺も思うよ」


 二人が入学した時、傲慢そうな侯爵令嬢と、そんな貴族にこき使われる可哀想な平民女子が入学してきた……という噂が魔法学園だけでなく、魔法騎士学園にも広まったことがあったのだ。

 仲良さそうな二人は、主人と使用人というより仲の良い親友のようで、とても噂のような関係には見えなかった。


「俺はランデル・ムーア。ロベルトとは同じクラスで、騎士学園の四年だ」

「ランデル・ムーア……南方辺境伯令息……様?」

「あ、俺のこと知ってくれてるの?嬉しいな。可愛い女子二人に知られてるくらい俺にも知名度が出たか」


 昨日、貴族一覧で調べて初めて知りました……ということは黙ったまま、キャロライン達は曖昧に頷く。


 ロベルトに紹介してもらおうと思っていた辺境伯令息と、早くもお知り合いになれてしまった。


 嬉しそうに人好きのする笑顔を浮かべるランデルは、普通に良い人に見えて、この人との結婚が決まったとして、ざわめきが起こるような相手には見えなかった。もしかすると、女子の一部はショックでざわつくかもしれないが。


 乙女ゲームでのキャロラインの結婚相手はこの人じゃなさそうだなと、キャロラインはボンヤリとだが確信のようなものを感じた。

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