第2話 魔法学園図書館

「お嬢様、そちらは図書館じゃありませんよ」

「シッ!わかってる。アンリも隠れて」と、廊下を歩く一団をやり過ごす。


「いつ見ても麗しい方々ですね」

「そう……ね」


 真ん中にいる金髪碧眼で、見るからにキラキラしい男がこの国の第一王子ラインハルトだ。火、土、風の三属性持ちは一般的にはエリートなのだが、王族としては平凡である。

 そしてその横にはピンクブロンドの小柄な少女がいた。菫色の瞳を輝かせて、王子に微笑みかけている。人前でも手を繋いでいるということは……王子攻略はすんだのだろうか?


 そう!彼女こそこの「あなたに決めた!魔法騎士学園で最強騎士を目指せ〜リーゼロッテの淫らな学園生活」という乙女ゲームの主人公、平民だが吸収の無属性持ちであるリーゼロッテである。

 さすが乙女ゲームの主人公、可愛らしい系美少女で全体的に小柄でほっそりしているのに、胸だけはダイナマイト級にデカイ。羨ましい限りだ。


 キャロラインは、自分のスレンダーな身体を見下ろしてため息をついた。身長は女子にしては高く、小柄な男子くらいあり、かろうじて前がわかるくらいの胸の膨らみは、後数ヶ月で二十歳になる今、これ以上の成長は見込めないだろう。真っ平らだった前世に比べれば多少はあるのだからヨシとしなくては……とは思うのだが、周りを見るとリーゼロッテにしろアンリにしろ、山のような胸の持ち主が多く、凹まざるを得ない。

 そして、冷ややかな切れ長な目のせいか、それとも引き締まった薄い唇のせいか、黙っていると性格きつめな美女にしか見えない。中身は小心で事なかれ主義の純日本人、相川ルイなのだが。


「お嬢様も、元の銀髪に戻されて、ソバカスのお化粧なんて止められたら、あの中に入っても見劣りしないのに。お嬢様の銀髪、本当にお綺麗で、大好きだったのに」


 アンリは、黒く染められたキャロラインの髪を残念そうにつまんだ。


「目立ちたくないのよ」


 キャロラインは、王子の後ろに続く華やかな男子達に目を向けた。人目を引く美男子ばかりだ。


 青銀髪エメラルドグリーンの瞳、魔法省長官の息子であり伯爵令息のロイド・ムーア。水、土、闇の三属性持ち。

 赤髪、黒目、騎士団総団長の息子であり侯爵家令息のアレクサンダー・ドーム。火、闇の二属性持ち。

 プラチナブロンドに空色の瞳、カザン正教会教皇令息のミカエル。光、闇の二属性持ち。教皇はカザン王の弟だから、ラインハルトの従弟でもある。

 ミカエルとリーゼロッテはキャロラインと同じ年だが、王子を始め他二人は一学年上だ。


 全てゲームの知識で、彼らの性格、趣味嗜好まで詳しく知っているが、彼らと親しくなるつもりのないキャロラインにとって、無用な知識ではある。

 

 彼らが廊下の角を曲がるまで見届けて、初めてキャロラインは大きく息を吐き出した。どうやら息まで止めていたらしい。


「お嬢様は、ゲームとやらの中では第一王子と婚約して、しかも愛していらしたんでしょう?王子が他の女性と親しくしているのを見て、辛くはないですか?」

「全然。あっちはあっちでお好きにして欲しいわ。それに愛していたかはわからないわよ。婚約者の義務として尽くしていただけかもしれないしね」


 一蓮托生のアンリには、前世の記憶について話していた。侯爵家で見聞きしたことを話せない魔法契約がされているということもあるが、まるで姉妹のように育ってきたアンリをキャロラインは信用していた。会った時はガリガリで目だけ大きな少女だったアンリも、今では身長は低めだが、女子らしい丸みのあるややポッチャリ系女子に成長しており、童顔で気弱そうに見えるが実際は豪快で物怖じしない性格をしている。キャロラインの保護者的存在だ。


「なら良いのですが」

「あれはゲームの話だもの。現実は婚約者にはならないですんだし、魔法騎士学園ではなくて、魔法学園に進学したしね。アンリが私の魔法の杖になってくれたおかげだわ」

「私はいつだってお嬢様の杖にも盾にもなりますよ。ただ……ゲームの補正力には注意しないと」

「そうね、その通りよ」


 キャロラインは、自分の左腕を擦った。制服の下には、十二歳の時についた傷跡が残っている。その位置も大きさも、乙女ゲームでラインハルトを守ってできた傷と同じものだった。


 実際にできたのも同じ事件で、ラインハルトのお茶会に暴漢が乱入し、ラインハルトを襲おうと投げつけた剣が、魔法騎士により弾き返され、間違って末席で目立たずに控えていたキャロラインの腕に刺さってしまったのだ。まるでキャロラインを狙ったとしか思えないくらい正確に……。


 王族のお茶会に平民のアンリは付き添うことができず、控室でお茶会が終わるのを待っていたのだが、キャロラインが刺されたと聞き、警備の騎士達の制止も聞かずにお茶会が開かれている庭園に駆けつけた。腕から血を流して倒れていたキャロラインを見つけると、周りに群がる野次馬の貴族令嬢達を押しのけてキャロラインに駆け寄ると、剣を抜こうとしていた騎士を突き飛ばし、剣はそのままにキャロラインの腕の付け根を落ちていた布ナプキンで強く縛り上げた。

 王宮で治療をという騎士を無視し、アンリはキャロラインはすぐに侯爵家に連れて帰った。


 親戚の司祭により傷跡一つ残らずに完治したことになっているが、光魔法をも反射してしまうキャロラインは、しばらく生死の境を彷徨い、腕にも傷跡が残ってしまった。

 キャロラインが生きているのは、冷静なアンリの応急処置と、侯爵家常駐の医師のおかげだった。


 この事件をふまえ、キャロラインとアンリはゲームの強制力について考えるようになった。


 婚約は回避した。

 しかし、キャロラインにはゲームと同じ傷跡ができてしまった。しかも場所まで寸分違わず。

 ということは、途中経過に関わらず主要な出来事は起きてしまうということで、キャロラインの死亡は決定しているのではないか?


 そして何より、いまだにラインハルトには婚約者がいない。


 十歳での婚約は回避できたが、もしキャロラインが反射の無属性持ちだとバレたら、いつラインハルトの婚約者にさせられるかわからない。家格的にも婚約の打診はあったのだ。あのお茶会事件のおかげで、キャロラインが王宮に恐怖感を持ってしまったと言い訳がつき、流れはしたのだが。


 ならば、無属性がバレる前に結婚してしまえば良いのでは?


 と、キャロライン達は考えた。第一王子の婚約がなされていない為、同年代の貴族令嬢達も婚約を控えており、そのせいで貴族令息達もあぶれている。

 学園は婚活の場所に最適ではないか?!と意気込んで入学したキャロラインだったのだが、念の為ラインハルトに目をつけられないようにと、銀髪を地味な黒髪に染め、化粧でソバカスを書いた。そのそいで、キツめな顔立ちな上に人を小馬鹿にしたようなイメージを与えてしまい、気位だけ高い傲慢そうな大女というイメージが定着し、男子生徒から声をかけられることはなかった。

 女の子らしいアンリの方が、キャロラインのお付きとして入学した平民女子として有名になり、よっぽど男子に声をかけられているくらいだ。


「とりあえず図書館に行きましょうか」

「そうね。図書館に行けば、最新の貴族一覧があるかしら?」

「多分。うちの図書室は旦那様が侯爵家をお継ぎになった十五年前のでしたものね。代替わりもしているでしょうし、できれば最近のが見たいですよね」

「見た目とかは……載っていないわよね」


 学園での婚活を諦めたキャロラインが次に考えたのは、強制力を逆に利用することだった。


 この国には四人の辺境伯がいる。

 東方辺境伯、西方辺境伯、南方辺境伯、北方辺境伯であるが、どの辺境伯も他国からの国防を担っている為、ほとんど王都に出てくることはない。年に二回ある社交シーズンも、彼らは辺境から離れることはないから、噂でしかどんな人物なのかは知られていない。


 キャロラインが探しているのは、ゲームの中で婚約破棄後に結婚させられることになる辺境伯子息だ。

 どんな最後を迎えることになっても、キャロラインが辺境伯子息に嫁いで行くのは変わらないようなので、ゲームの強制力が働けば、いづれはキャロラインは辺境伯子息と結婚することになるだろう。


 ならばだ、その時期を待って嫁いで盗賊に襲われる最後を迎えるよりも、もっと早い時期に嫁いでしまえば良いのでは?と考えたのだ。


 ただ、ゲームでは辺境伯子息とだけしか出てこず、どの辺境伯子息かはわからない。なんとなくだが、「辺境伯子息に嫁げ!」とラインハルトが婚約破棄時に皆の前で言ったら、周りが凄くさわついたから、きっと嫁ぐ相手としたら難ありな相手なんだろうけれど。


 図書館についたキャロライン達は、貴族史のコーナーを探した。


「お嬢様、あれ!あそこにあるのがそうじゃありません?」


 アンリが指差したのは、本棚の一番上の棚にある重そうな上下巻になっている本だった。


「ビンゴ!」


 アンリはもちろん届かないし、キャロラインでも背伸びしてやっと指先が届くくらいだ。


「お嬢様、台を持ってきます。ちょっと待っててください」

「あ……大丈夫よ、多分取れ……そう」


 アンリが台を取りに行ったが、キャロラインは背伸びをし、指先で本を少しずつ移動させる。あと少しで取れそうという時、本がキャロラインの上に落ちてきた。

 キャロラインはとっさに頭を腕で庇った。あの重さの本が落ちてきたら大惨事だ。


 目をつぶり衝撃を覚悟したが、本は降ってこなかった。

 恐る恐る目を開けると、デッカイ男子生徒が、落ちてきそうになっていた本を支えていた。


 その圧迫感に、キャロラインは思わず目を見張る。


 イケメンが多いこの世界にしては珍しく、イケメンに分類されない部類の男子だった。何よりめちゃくちゃゴツい!背の高いキャロラインよりも二十センチくらい背が高く、筋肉の塊のようで、横も厚みもある体格をしていた。まさにゴリゴリマッチョ!

 やや前髪長めの黒髪は太い眉にかかるくらいでところどころ寝癖がついているのか跳ねていて、切れ長の三白眼は怖いくらい眼光が鋭い。


 その黒目にジロリと見下され、小心者のキャロラインはビクリと震えた。


「これが欲しかったのか」

「……」


 男子生徒は本を取ってキャロラインの前に差し出した。


「違ったか?」

「いえ、その本が……」

「うん」


 キャロラインに本を渡すと、男子生徒はそのまま奥の本棚に行ってしまった。


「お嬢様、本取れたんですね」

「うん、あの人が取ってくれたの。本が落ちてきそうになったところを助けてくれて」


 キャロラインが目を向けた先の男子生徒を確認したアンリは、素早くあの男子生徒のところに行くと、何やら喋ってから深々とお辞儀をして戻ってきた。


「お嬢様、魔法騎士学園の四年生でしたよ。学年章で確認してきました。お名前を確認して、お嬢様の代わりにお礼を言ってきましたからね」

「ありがとう、後でお礼に何か送った方がいいかしら?」

「そうですね。この本が落ちてきていたら、本当に危なかったです。お嬢様は光魔法が効かないんですから、怪我には本当に注意してくださいね」


 後半はキャロラインにしか聞こえないようにこっそり言う。


「あの方のお名前は?」

「ロベルト・シュバルツ様だそうです」

「シュバルツ様……聞いたことないな」

「貴族は沢山いらっしゃいますからね。ついでにシュバルツ様のこともこれで調べてみればいいですよ」

「そうね」


 ロベルトが取ってくれた上巻と、アンリが持ってきた台を使って取った下巻を一冊ずつ持ち、二人は閲覧室に行き、辺境伯のこととロベルト・シュバルツについて調べた。

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