男の娘の僕が悪役令嬢に転生しました。断罪されたくないので、さっさと次期辺境伯に嫁ぐことにします
由友ひろ
第1話 僕がキャロラインって、無理があるでしょ
「ええ?!嘘でしょ?」
相川ルイは学校の帰り道、校則で禁止されている歩きスマホで乙女ゲームをしていた。
『あなたに決めた!魔法騎士学園で最強騎士を目指せ〜リーゼロッテの淫らな学園生活』という乙女ゲームなのだが、ルイがやっていたのはR15バージョンで、『淫らな』とあるがどちらかというと恋愛要素が高めのゲームだった。
隠れ男の娘であるルイは、現実世界の恋愛はすっかり諦めており、ゲーム内の女子に自分を投影して疑似恋愛を楽しむのが、最近の唯一の楽しみだった。そんな中はまったのが通称『決めリゼ』、あのやたら長い題名の乙女ゲーである。
内容は、魔力の強さが全てみたいな世界に生まれた平民の女子リーゼロッテが、無属性(火、水、風、土、光、闇のどの属性も持たない)ながら吸収の特殊魔力を持ち、魔法騎士学園で魔力の高いイケメン貴族達と恋愛をするというものだ。
攻略対象は全男子生徒。
中でも王太子のラインハルト・カザン、魔法省長官令息のロイド・スターレン、騎士団総団長令息のアレクサンダー・ドーム、カザン正教会教皇令息のミカエル、そして隠しキャラであるカザン魔法騎士学園の教師ヨハン・キンベルはイケメン中のイケメンで、しかもそのイケボイスで愛を囁かれたりしたら、キュン死に確定である。
最初はそんなイケメン達との疑似恋愛を楽しんでいたルイであったが、周回するうちにいつの間にか主人公のリーゼロッテではなく、ラインハルトの婚約者である悪役令嬢キャロライン・ハンメルを推すようになっていた。
彼女も主人公同様無属性であるが、リーゼロッテが他人の魔力を吸収(吸収の仕方がR指定)して自分の魔力として使えるのに対し、キャロラインは自分に向けられた魔力をそのまま返す反射の能力があった。反射の無属性は、魔力を反射するだけでなく、身体を繋げた相手に魔力のみを反射して返す特性もあり、一時的に相手の魔力をブーストするという付加価値もあった。
数少ない無属性のうち反射の魔力持ちは、王族の盾として騎士団に所属し一生涯王族に尽くすことになる。特に、その特性を持つのが女性ならば、王族と婚姻を結び、いざという時は身を挺して王族を守らねばならない。
その為、魔力鑑定の行われる十歳の時に第一王子の婚約者になったキャロラインは、第一王子の為にストイックに騎士になる為に鍛錬し、十二歳の時にお茶会に乱入してきた暴漢から王子を守った末に、腕を剣で切りつけられてしまった。魔力を反射してしまうキャロラインには、光の治癒魔法も効かない為、生死をさまよう大怪我となり、しかも目立つ傷跡まで残った。
そんなキャロラインに、学園に入りリーゼロッテと知り合うことにより真実の愛に目覚めたとかほざいた王子は、学園の年末式典の時に婚約破棄を言い放った。キャロラインは婚約もしていない相手との不貞行為を諌め、王子に節度ある付き合いをと常々忠告していたのだが、それが真実の愛を邪魔した悪役令嬢として断罪される原因となってしまったのだ。
一部のプレイヤー達からはそのストイックさとクールさが女ながらに男らしいと人気があり、ルイもキャロラインの男らしさ(?)に自分にないものを感じ憧れていた。
その為、キャロラインが断罪されないように、主人公にわざとラインハルトの攻略を失敗させてみたのだが……。
キャロラインは死ななかったものの、「片想いに終わったが真実の愛を知ってしまった」とか、意味不明なことを言われて婚約破棄された上に、辺境伯子息との婚姻を申し付けられてしまった。そして、嫁入りの時に盗賊に襲われてR18な展開な上に娼館に売られてしまったのだ。
キャロラインのバッドエンドは、色んな状況で殺されるから、それに比べれば……なんだろうが、彼女はこんな目に合うくらい酷いことをしただろうか?
ルイはモヤモヤを残しつつ、ほぼモザイクのかかった画面をボンヤリと眺める。
全てを諦めて、中身は女の子なのに見た目の性別である男のふりをしてる。でも、誰にも見られない自分の部屋でだけお化粧をしてスカートをはいて……周りを家族を騙している自分はこんなに平々凡々に生きているのに、キャロラインはラインハルトの為に努力して、女の子なのに酷い傷まで負って、挙句の果てに婚約破棄。
主人公目線で見れば、キラキラしい男子達との楽しい学園生活だが、キャロライン目線で見れば……。第一、浮気者の婚約者を諌めているだけで悪役令嬢とか、流行りの悪役令嬢をゲームに組み込みたいが為に、アプリゲームの会社に無理やり設定された悪役令嬢じゃないか!
次こそはせめてキャロラインがモブとして幸せになれるようにと、ルイはゲームをリスタートさせる。
最初の設定をしている時、ルイは信号を確認せずに隣の人が動いた気がして横断歩道に足を踏み出してしまった。
激しいクラクションの音を聞いたのが、ルイとしての記憶の最後だった。
★★★
「キャロライン・ハンメル、ここへ」
カザン正教会の司祭に言われ、キャロラインは十歳の誕生日の今日、魔力鑑定の儀を受ける為、ハンメル侯爵邸にある教会にいた。
ハンメル侯爵の弟でもある司祭は、父親によく似た顔でキャロラインを手招きする。
キャロラインは緊張した表情で、でも堂々とした足取りで足を一歩前に進める。真っ白いドレスを着て、銀髪をハーフアップに結ったキャロラインはなかなかの美少女だ。十歳には見えない大人びたアンバーの瞳で、目の前の魔導具を見つめた。
この魔導具は魔力鑑定に使われる魔導具で、触れることで属性の色に輝くのだ。
「さぁ、ここに手を置いて」
司祭に言われるままにキャロラインは魔導具に手を置く。
両親が固唾をのみながら見守る中、魔導具は……光らなかった。
「……」
誰も何も言わない中、キャロラインは三分ほど魔導具にずっと手を置いていた。
「……無属性」
「そんな?!その魔導具が壊れてるんじゃないか?レクシオン、違う魔導具はないのか!」
父親のダンテが司祭にくってかかり、母親のイザベラは腕に抱く赤ん坊をしっかりと抱きしめたまま顔色をなくしていた。
「こ……壊れてはおりません、兄上」
司祭は、キャロラインの手を取り優しく魔導具から下ろさせると、自分の手を魔導具に置いた。その途端白光する魔導具に、ダンテの顔が苦々しく歪んだ。
「ハンメル侯爵家の娘が無属性とは……」
「あなた!反射ですか?吸収ですか?!」
司祭が懐から小さな魔導具を取り出すと、それから小さな竜巻を起こした。
それをキャロラインに向ける。
竜巻はゆっくりとキャロラインに向かって行くと、キャロラインにぶつかると同時に弾き飛び、天井の壁画の一部を壊して消えた。
「……反射の無属性です。兄上」
それを聞いた途端、キャロラインは激しい頭痛を覚えて蹲ってしまう。
「キャロ!」
イザベラがキャロラインに走り寄り、片腕でキャロラインを抱きしめる。
キャロラインの頭の中に膨大な記憶が流れこみ、キャロラインを飲み込んでいく。相川ルイという男の娘であった時の記憶、亡くなる前にしていた乙女ゲームの記憶……。
「……ありえない」
キャロラインは自分の小さな手を見つめて、呻くようにつぶやいた。その可愛らしい声、真っ白な綺麗なドレス、銀色のサラサラとした髪……記憶の中にはもちろんキャロライン・ハンメルとして生きた十年間の記憶もあり、鏡で見た自分の顔も知っている。
記憶にある乙女ゲームの悪役令嬢、キャロラインよりはかなり幼いが、すでに完成された美少女であるキャロラインは、あのキャロラインと同一人物であるとはっきりとわかる。
僕がキャロライン・ハンメル?!
本物の女の子ではあるけど、あのキャロライン?!王子に婚約破棄されて、意味不明に悲惨な最後を遂げる未来しかないキャロラインだなんて!確かに、常々キャロラインみたいなかっこいい女子になりたいとは思ってはいたが……。
キャロライン本人になりたかった訳じゃないんだよ!!
★★★
その後、この世界が前世ではまっていた乙女ゲームの世界で、自分が非業の死を遂げる可能性が無茶苦茶高い悪役令嬢に転生したことを受け入れた相川ルイの記憶が融合した新生キャロラインは、まずは第一王子との婚約さえ回避できたら非業の死ルートは回避できる筈!と、両親に泣きついて魔法属性の隠蔽&改ざんに成功した。
キャロラインの属性を鑑定したのが親戚ということもあり、隠蔽するのは容易かったのだ。
無属性は女性に多く現れ、王族を守る王家の盾として教育される。また、常に王族と一緒にいられるようにと、婚約者にさせられることが多い。
王妃になれると喜ぶのは権力が欲しい親兄弟だけで、吸収の無属性であれば、本人の意思と関係なく魔力の多い他属性の異性数人と交わることを強制されるし、反射の無属性であれば本当に身体を投げ出して盾にならなければならない。魔法攻撃であれば全て反射し無効化することはできるが、物理攻撃には無力で、たいていの反射の無属性を持つ女性は、剣に倒れ治癒魔法も効かずに命を落としていた。
そんな理由もあり、キャロラインの両親はキャロラインに言われるまでもなく、無属性であることを隠すことに賛成したのだった。
「キャロライン、今日から君は炎の単属性持ちだ」
「炎……?」
元が無属性なのだから、いきなり炎の単属性だと言われても、炎が出せるようになる訳ではない。
貴族は十八になったら、カザン王立魔法学園か魔法騎士学園に入学しなければならない。そこで魔力について学ぶのだが、もちろん実習もある。炎の属性持ちならば、上手い下手や魔力量の多い少ないはあれど、誰しもが炎を出せる。そこでもし炎が出せなかったら……。学園生活は五年。五年間属性を偽って通うことなんか可能なんだろうか?
「お父様、そんな簡単に言われても……炎なんか出せないですよ?」
「もちろんそうだろう。そこでだ。アンリ、入りなさい」
ダンテが声をかけると、目だけ大きな痩せっぽちの少女が部屋に入ってきた。焦げ茶色の髪に薄い茶色の瞳、どこにでもいそうな平民の娘だった。
「アンリは今日からキャロライン付きの侍女になる。アンリは炎の属性持ちで、孤児院にいた子供達の中では、一番精度の良い炎を作り出せた。アンリ、このマッチに火をつけてごらん」
「はい、旦那様」
ダンテがマッチを持って立つと、アンリはマッチの芯だけに火をつけてみせた。魔力に指向性を持たせるのは難しく、ピンポイントで魔法を発現できるなんて、それだけでもアンリの魔法の才能の高さが伺える。
「アンリがキャロラインの指先に炎の魔法を放ち、キャロラインがそれを反射させれば、キャロラインが魔法を使ったように見えるだろ」
「上手くいくかな……」
「上手くいかせるんだよ。不自然にならないように練習しなさい。魔法学園入学までまだ八年もあるんだ。大丈夫、キャロラインならできるさ」
「お嬢様!私、頑張りますから!どうかお側に置いてください!!」
頭が膝につくんじゃないかというくらい勢い良くアンリは頭を下げた。
アンリは孤児院育ちで、白パンを毎日食べられるとダンテに言われて、ハンメル侯爵家の侍女になることを即決した。しかも、ステーキにつられて、ハンメル家で見聞きしたことは外部に漏らさないという魔法誓約書にまでサインしていた。
孤児院では一日一回固い黒パンが食べれれば良いほうで、くず野菜のスープだけの日もあった。ここでキャロラインにいらないなんて言われたら、またあのひもじい生活に逆戻りだ。そんなことは耐えられないと、アンリはひたすら頭を下げ続けた。
「じゃあ……一緒に頑張ってくれる?」
キャロラインがアンリの肩にそっと手を置くと、アンリはガバリと顔を上げた。
「もちろんです!私はお嬢様に一生ついて行きます!!私がお嬢様の手になり足になります」
「じゃあ……うちらは仲良しにならないとだね。一緒に寝て、一緒に起きて、同じものを食べて……ダメかな?」
「……同じものを食べる」
アンリの喉が鳴る。
「お父様、いいよね?」
「キャロラインの好きにしなさい」
こうして、キャロラインは魔法の杖を手に入れた。
学園入学まであと八年。断罪されて悲惨な最後をむかえるまであと十二年。キャロラインの人生があと十二年で終わるのか、その先まで続くのか、それはこの世界を作った誰かしか知らない。
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