隣り合わせの虐待

@tori_producer

隣り合わせの虐待

ドアを激しく叩き付けられ、振動が自分の背中にガンガン響き渡る。

4歳の息子は、トイレの内側からドアを開けようと、必死でドアノブを揺さぶる。

ガシャガシャと。泣き喚きながら。「開けて」という懇願が大音量で、ドア越しでも父親である自分の耳に、ジャリジャリと伝わる。

それでも、自分はドアノブを握り締めていた。何としてでも開かないように、全力で背中をドアに押し付け続けた。


家のリビングでテレビを観ていると、ふと息子の姿がスッと消えていることに気付く。

きっと、いつものところにいるはず。

和室のふすまを開けると、息子と共に籠っていた悪臭が鼻を突く。

息子は思い込んでいた。畳の上がウンチをする場所だと。自閉症特有のこだわりだ。

終わりの見えないオムツ替えの日々。


トイレトレーニングを何度か試みるも、一向に上手く行かない。1時間ほど便座に座らせた後、空振りで両者とも疲弊で終わる。

あるとき、スッと消えかける息子に気付けた。ここ3日ほどウンチをしていない。機を逃してはならないと咄嗟に判断した。

いつもの落ち着く場所に着くや否や、思い込みを捨てさせる強硬手段に出た。担ぎ上げられて暴れ逃れようとする息子。それをどうにかトイレに押し込む。ドアノブを持ち上げながら、寄りかかるように全体重を背中でドアに仕向ける。

両者の思いが、トイレのドアに拮抗していた。


端から見れば、虐待と捉えられかねないことだらけの数年だった。

知らない人からの善意の無知な声かけが、心の底から鬱陶しかった。

ガンガン、ガシャガシャ、ジャリジャリ。自分の耳は、息子の癇癪の爆音にだけ幻聴が起こるようになっていた。

やがて静まり「ウンチ出た」と、トイレの内側から疲れきった声が聞こえた。

ドアを開ける。息子はサウナ上がりのような汗だくだった。

いつもとは違う普通の場所から放たれる悪臭に、歓喜の気持ちが止まらない。

自分はこれまでの人生で最高のオムツ替えを始めた。

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