Ⅳ 悲しきバケモノには銀の弾丸を
「――ハ、博士! ヴィクター博士ガ帰ッテキテクレタ!」
その日の夜半、人目につかねえよう、再びヴィクターの家を一緒に訪れると、バケモノはやつの顔を見て非常に喜んでいた。
「ああ、すまなかった。一人で置き去りにして悪かったね、我が子よ」
「ハカセェェェ~! ウォォォォォ~!」
大仰に手を広げて謝罪するヴィクターに、巨体のバケモノはその太い腕を回して抱きつくと、まるで泣きじゃくる幼子のように野太い呻き声をあげる。
見た目はあれだが、感動の親子の再会っていうところか……と思ったその瞬間。
パアァァァァァァlン…!
乾いた銃声が、薄暗い石造りの地下室内に響き渡った。
「ハ、ハカセ、ナンデ……」
直後、鮮血に染まる胸を押さえながら、バケモノはバタン…と床に倒れ伏す。
「おい! 何しやがる!?」
「…フフ……フハハハハ! やった……やったぞ! ようやく私の汚点を…バケモノを始末することができた!」
驚いて俺は思わず大声を張りあげるが、やつは銃口から白い煙をたなびかせる短銃を片手に、狂気の笑い声を高らかにあげている。
「おい! どういうつもりだ?」
「今まで勇気がなくてできかったが、君のおかげでこの手で片付けることができたよ。なんだ、簡単じゃないか。最初からこうするべきだったんだ!」
怒気を込めて尋ねる俺に、ヴィクターは薄ら寒ぃ笑みを浮かべたまま、嬉々とした声でそう答える。
「…って、おまえ、可愛い我が子だって……」
「何を言っている? こいつをよく見ろ? こいつは遺体を繋ぎ合わせ、死人の魂を吹き込んで造ったバケモノだ。こいつは私の犯した罪の証拠。この世に存在してはならないものなのだ。生かしておくなどとんでもない。私はなすべきことをなしただけのこと……さて、報酬ははずむから
「最初からそのつもりだったのか……準備ってなんの準備だ?」
微塵の後悔も罪悪感もねえ様子のやつに、俺は呆れ果てながらもそのことについて問い質す。
「船に乗る準備だよ。もう新天地に用もないし、ほとぼりも冷めた頃だろうからね。こいつの始末がすんだら、大学に戻ってまた学者を志すつもりだったんだ。じゃ、そういうことで後よろしくね」
白い目を向けて尋ねる俺の質問に、ヴィクターは悪びれもせずにそう答えると、そのままさっさと地下室を出て行っちまった。
「……フゥ…もう起きてもいいぜ。な、やっぱり俺の言った通りだったろ?」
やつの姿が見えなくなると、俺は一息吐いてから地面に転がったバケモノに声をかける。
「……ウゥゥ…ハカセ、ドウシテ……オマエ、博士ガコウスルト、ドウシテワカッタ?」
すると、バケモノはよろよろと半身を起き上がらせ、その黄ばんだ瞳に涙を浮かべながら、嗚咽混じりの声で俺に訊き返した。
……そう。こいつは死んだりなんかしちゃいねえ。ヴィクターがこうするだろうことを予想して、俺はやつに血糊の弾を込めた短銃を渡していたのさ。バケモノは死んだと、やつに思わすためにな。
「なに。俺は〝人間〟なんてもんを
顔に似合わず悔しげに泣きながら尋ねるバケモノに。俺はさも当然というようにそう答えてやる。
「悪ぃがおまえの居場所はここにはねえ。約束通り、密航して大陸に渡ったら北へ北へと向かえ。北の方にはまだエルドラニアの支配が及んでねえ、俺達も知らねえ原住民の住む土地があると聞く。気休めにもならねえが、もしかしたら、おまえを受け入れてくれるやつらもいるかもしれねえぜ?」
そして、俺の読みがビンゴだった時の予定通り、こいつが生きていける可能性のある一つの選択肢を改めて示してやった。
「ウゥゥゥ…ワカッタ。オマエノ言ウトオリニスル……デモ、最後ニヒトツダケ教エテクレ。オデハ自分ノコト、ズット人間ダト思ッテイタ。デモ、博士モ村ノミンナモ、オデノコト、バケモノダッテ言ウ。オデハ人間ジャナイノカ? オデハイッタイナンナンダ!?」
なおも嗚咽しながらその指示を受け入れると、バケモノはよろよろと立ち上がり、涙に濡れる黄色く濁った眼差しを向けてそう尋ねてくる。
「さあな。俺は学がねえから、んな難しいことはわからねえぜ……でもよ、
俺は柄にもなく、理不尽とわかりきっているこの世の中に今さらながら虚しさを覚えると、なんとも哀れなバケモノの問いかけに皮肉を込めてそう答えた。
(了)
Le Monstre que Dr aimait ~博士の愛したバケモノ~ 平中なごん @HiranakaNagon
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