Ⅱ バケモノ退治には確かな備えを

 その〝バビエラ〟という村へは行ったことなかったが、近場だしすぐに辿り着けた。


 小麦やサトウキビを栽培したり、牛や豚を買ったりしている、それなりに大きさのある農村だ。


「ヴィクターさん家? ああ、それならあの教会のとなりだけど、ここんとこ留守してるよ?」


 立地は聞いていたが、どっちに行けばいいかわからないので村人のおばちゃんを捕まえて尋ねると、そちらの方向を指さしながらそう教えてくれた。ま、留守なのは承知の上だ。


「ああ、そのご本人にしばらく用事で帰れないから、家の様子を見て来てくれと頼まれたんすよ」


 だが、バケモノが住みついてる話は言わない約束だし、怪しまれないよう、そう愛想よく答えておく。


「……あ、そういや、この村にバケモノが出るってほんとっすか? そいつに作物や家畜を食い荒らされてるとか……」


 ついでに一応、情報収集にと、そんな質問もしらばっくれて投げかけてみる。


「バケモノ? ああ、確かに一度、そんな大男を見かけたって大騒ぎになったわね。でも、それ一度っきりよ? まあ、野菜や鶏の卵なんかはたまになくなったりするけど、そんな大した被害じゃないし、たぶん野生の獣かこどもの仕業でしょう」


 あれ? なんかヴィクターの言ってた話とニュアンスが微妙に違うような……ま、バケモノの特徴は合ってるしな。怖くて一緒に来るのやだとか言ってたし、あいつが相当な臆病者なだけで、意外と大したことねえ相手かもしれねえ……。


「こいつは思ったよりも簡単に片がつくかもしれねえな……」


 おばちゃんの話にそんな臆測を加えると、俺は教えられた方角に小さく見える、教会の尖塔目指して再び歩き始めた。


 しばらくの後、大きい村なんで少々距離はあったが、道は単純なので迷うことなくやつの家へ辿り着けた。


「聞いてた感じの家だし、ここだな……」


 意外に立派な石造りの教会のとなりには、この〝新天地〟特有といえる、まだ歴史の浅い新しい墓石ばかりの墓地が広がっていて、その墓地の傍らに一棟の木造平屋建て、瀟洒な水色のコロニアルスタイル住居が建っている。


 なんでも建てた最初の持ち主が亡くなった後、墓地がとなりにあるのを気味悪がって誰も住む者がいなかったのを、新たに村へ来たヴィクターが現金で買い取ったらしい……なかなかの値段しそうな見た目だが、あいつ、けっこうな金持ちなのか?


 いったい何やってるやつなのか知らねえが、なんとも羨ましいご身分だなと思いつつ、俺は鞄から魔導書『シグザンド写本』に記された魔除けの円と五芒星を描いた護符を取り出し、充分用心しながらさっそく入口のドアを開いた。


 住み着いたバケモノの仕業だろう、ドアの鍵は壊されている……中に入ると周囲を警戒しながら、一部屋一部屋調べてゆく……男の一人暮らしのためか、家具も少なくなんとも殺風景な家だ。


 しっかし、真昼間とはいえ、バケモノが住んでるような雰囲気はまるでしねえな……バケモノがいるんなら、もっとこう壁や床に爪で切り裂いた跡ついてたり、家具がぶっ壊されててもいいと思うんだが……。


 そんな感想を抱きつつ、ぐるっと全室回ってみたが、やっぱりバケモノは見当たらねえ……だが、その代わりと言っちゃなんだが、廊下の奥に地下へ降りる怪しげな階段を見つけた。


 もしほんとにバケモノがいるとしたら、あとはそこしかねえ……そのいかにも何か秘密のありそうな薄暗い階段を、古い木の底板をギシギシ軋ませながら、俺はゆっくりと降りてゆく……。


「な、なんじゃこりゃあ!?」


 階段の突き当りにある扉を開け、地下室へ一歩足を踏み入れた瞬間、俺は思わず驚きの声をあげちまった。


 そこは、明らかに普通とは違う部屋だった……。


 四方を石造りの壁に囲まれた息苦しいその部屋には、所狭しとガラスでできた様々な形の器が棚やら机の上に並び、異様に強烈な薬の臭いがツンと鼻を突く……それに中央に置かれた妙にデカいサイズのベッドには、何やら錆びた鉄製の拘束具のようなものが破壊された状態で残っている……。


 こんなもの、バケモノがしつらえたとも思えねえ……あのヴィクターって野郎、いったいここで何をしてやがった……。


 ……いや、それよりももっとおかしなことがある……窓もねえ地下室の割によく見えると思ったら、留守宅のはずが天井から吊るさたランプが灯ってるじゃねえか!


「……ハカセ? 博士ナノカ?」


 その部屋の怪しすぎる景色に、俺が薄気味悪さと嫌な予感を覚えたその時。不意に背後でそんなたどたどしい男の声が聞こえた。


「……っ!?」


 振り返った俺は、さらに目ん玉をこれでもかと見開かされることとなる。


 この家には、確かにバケモノがいた……。


 身長は8フィート(約2.4m)ぐれえの大男で、人間用のためか、寸足らずな茶のローブを身に着けてはいるものの、露出している顔や腕を見ると半透明の黄色い肌には無数の塗った痕があり、なんというか、ツギハギだらけ・・・・・・・といった印象を受ける。それに死体のように濁った眼もぼんやりと光り、何より首の左右には太い鉄のボルトが突き刺さってるじゃねえか!


「博士? イヤ、チガウ。オマエ、ヴィクター博士ジャナイ……」


「ヴィクターのことを知ってる? やっぱりこいつが言ってたバケモノか! だったら話は早え! 古に滅びしシグザンドの魔術によりて汝に命ずる! 邪悪なる魔物よ、とっととここから立ち去りやがれ!」


 俺は手にした護符をバケモノへ突きつけると、決め台詞のように魔導書の呪文を唱える。


「オマエ、博士ノ居場所シッテルノカ! シッテタラ、オデ二教エテクレ!」


 だが、バケモノはパシンと護符を手で払うと俺の間近にまで迫り、やはり舌足らずな言葉使いでそんな質問を投げかけてくる。


「シグザンドの魔法円が効かねえだと!? んなナリしてるくせに悪霊や魔界のものじゃねえってことか? だったらコイツで……」


 眼前に迫るツギハギだらけの醜いバケモノの顔に、俺は驚きと恐怖を覚えながら今度は腰のフォルダーから銀の弾丸を込めた燧石フリントロック式短銃を引き抜いてやつに銃口を向ける。


「ウ、ウワァアア〜! ヤベデグレエ〜! 撃タナイデグレ〜! オデハバケモノジャナク人間ダアァァァ〜!」


 ところが、さらに驚いたことには引金に指をかけた瞬間、銃を目にしたやつはその凶暴そうな見た目とは裏腹に、俺から飛び退くと頭を抱えて床に丸まっちまった。


「人間? はあ? 何言ってんだ! どっからどう見たってバケモンだろう?」


「違ウ! オデハ人間ダ! 博士ガオデヲ生ミ出シテ、今マデ育テテクレタンダァァァ〜!」


 訳のわからねえ言動をするバケモノに俺は小首を傾げるが、さらにやつはおかしなことを口にし始める。


「はあ? ヴィクターがてめえを生んで育てただあ? それじゃあまるで親じゃねえか? おい、どういうことだ? あいつとてめえはいったいどういう関係だ!?」


 こいつは何かある……どうやら、あの野郎が言ってたような単純な話じゃねえみたいだぜ。


「おい、訊いたことに正直に答えろ! 場合によっちゃあ、ヴィクターの野郎を連れて来てやる」


「ナニ? ソデ、ホントカ!?」


 この依頼には何か裏のあることを悟り、そんな餌をぶら下げて尋ねてみると、バケモノは頭を上げて顔色を明るく…いやこの顔じゃ明るくしたかわからねえが、とにかく積極的にやつとの関係を語り始めた――。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る