第277話 佐倉藩 探索の報
龍一郎は佐倉藩上屋敷から道場への帰りに誠一郎と舞に家族集合の連絡を願った。
龍一郎は誠一郎と舞が先ず丘屋敷に向かうのを見届けた後、佐紀を連れて千代田の城へと向かった。
誠一郎と舞が皆への繋ぎを終えて道場に戻った刻には龍一郎と佐紀、小兵衛とお久、平太とお雪、葉月と弥生が囲炉裏端に座っていた。
「ご苦労でした、誠一郎殿、舞殿、二刻半と言う事は丘屋敷と山へも行きましたか」
「はい、三郎太さんとお有さん、それに甚八様と佐助殿と八重殿も参られます、料亭・揚羽亭と船宿・駒清からは誰が来るかは解りませぬ」
「今宵は大人数になりそうじゃのぉ~、お久、飯と菜は十分かな」
「お前様、佐紀と葉月、弥生、平太、雪の手伝いで十二分に支度はなって居ります、ご安心下さいな」
小兵衛の心配事にお久が安心させる言葉を添えた。
舞が誠一郎と自分に茶を入れた。
「舞、爺にも茶を足してくれぬかな」
「はい、爺、他に欲しい方は居られますか」
舞が望んだ者たちの湯呑を受け取り茶を入れて戻した。
急須の側には他に二つの急須と湯呑が山の様に用意されていた。
そうこうしている内に次から次に家族が集まって来た。
先ずは清吉とお駒が着いたが、何と珍しく正平とお美津が同道していた。
「留守居役は双角殿が受けてくれました、宜しいでしょうか」
「双角殿からの進言ですか、清吉殿の願いですか」
「私からのお願いです」
「清吉殿の理由は如何に」
「正平とお美津の二人は実践が足りませぬ故に此度の参加と致しました」
「解りました、良いでしょう」
龍一郎が清吉とお駒の判断を了承した。
その刻、橘屋敷から富三郎とお景、料亭・揚羽亭からお高と貞吉が着いた。
「橘の屋敷の守りは巳之吉と朋吉に願いました」
「揚羽亭の守りは揚羽と慈恩に願いました」
「富三郎殿、其方とお景殿が来て、巳之吉と朋吉を守りした訳を聞かせて下さい、お高殿もです」
「はい、私とお景の実践経験が足りぬ事、巳之吉と朋吉の技量不足で御座います」
「私は亭主・貞吉の実践経験の足りぬ事、慈恩殿と揚羽は実践経験が足りている事で御座います」
「両名共に良き判断です、良いでしょう」
再び、龍一郎が富三郎とお高の判断を了承した。
続いて、平四郎とお峰が道場に着いた。
「お待たせ致しました」
「ご苦労でした・・・三郎太、もう良かろう」
天井の暗がりから三郎太とお有が飛び降りた。
「お有殿、気配消しが上達しましたね」
「ありがとう御座います、お佐紀様」
「三郎太さんとお有さんは何時からいたのですか」
「誠一郎様と舞様の少し前です」
舞の問いにお有が応えた。
一瞬、舞の瞳がギラリと輝き、新たな鍛錬の決意が見られたが直ぐに笑顔に替わった。
「さて、さて、皆揃った様です、夕餉に致しましょうかね」
お久の掛け声と共に女子衆が全員立ち上がり台所へと向かった。
「双角と慈恩の板前修行はどうですかな」
船宿の板長・正平と主・清吉が顔を見合わせ、二人は料亭・揚羽亭の板長・貞吉に眼を移した。
「小兵衛・館長、修行なんざ必要御座いませんでねぇ~、慈恩さんの作る料理が評判でしてね、あっしの出番なんざ御座いません」
貞吉が正直に答えた。
「こっちも同じで御座いますよ、双角さんの作る料理が評判でしてねぇ~、あっしの出番は御座いません」
「正平、そりゃ~言い過ぎだ」
「親分、最近はもうあっしの出番は僅かなんですよ」
「正平、親分と呼ぶなと言ってあるだろうが、ええ」
「へい、すんません、親方」
「それは良い知らせじゃ、だがな、双角と慈恩の修行もさせてくれよ」
「お任せ下さい、毎朝早朝に我らと共に中庭にて鍛錬して居ります、双角殿は何やら胸に思う処がある様で、それはそれは真剣、必死の御様子で御座います」
「双角さんもですか、慈恩さんも我らと共に毎朝、我らの鍛錬に参じておりますが、それは、それは真剣で御座います」
正平の双角の話に続いて貞吉も慈恩の鍛錬について語った。
そこへ台所から夕餉の支度が次々に届けられた。
大きな大きな鍋が自在鉤に掛けられ、中の具材がぐつぐつと煮立っていた。
お高、お駒、揚羽が丼に鍋の具材を分け移し、盛られた丼を次々に配り、雪、葉月、弥生、舞が飯を丼に盛り移し配って行った。
お久とお佐紀が台所から香の物が沢山盛られた大皿と小分け皿を持って来て小皿に移し皆に配った。
お雪も葉月も弥生もすっかり道場の生活に馴染み、あっと言う間に夕餉の支度がなった。
「では、頂こうかのぉ」
「頂きま~す」
小兵衛の掛け声に続いて皆の唱和が居間に響き、賑やかな夕餉が始まった。
「儂も評判の慈恩と双角の料理を食したいものじゃ、のぉ~、お久」
「はい、お前様」
「小兵衛館長、そちらの都合の良い刻にこちらに来させます」
「いやいや、貞吉さんや、味はな、頂く場によっても替わるそうじゃでな、儂らがお店に参るのが良かろう、どうじゃな、お久」
「はい、私も偶には外で食事もしとう御座います」
「良しそうしよう、どうじゃ、龍一郎、佐紀、其方らも同道せぬか」
「はい、御供します」
「爺、私も一緒に食べたい~」
「おぉ、舞も食べたいか、良し、良し、誠一郎殿が良ければ一緒に来なされ」
「良いですよね、誠一郎様」
「はい、舞様のお好きな様に」
「いやはや、我が家は女子衆(おなごし)の方が強い様じゃて」
「お前様、間違うて居りますよ」
「何、儂が何か違う事を言うたか、儂はお久殿、其方には勝てぬ、龍一郎も佐紀には勝てぬ、清吉もお駒さんには勝てぬ、合うておると思うがなぁ~」
「そうでは御座いませぬ、お前様、女房に弱いのは、我が家の亭主だけでは御座いませぬ、世の中の亭主の全てで御座いますよ」
「おぉ、そうか、そうじゃな、だがな、世の中には女房に乱暴をする亭主もおる、良い亭主は女房殿の尻に敷かれる者じゃよ」
「はい、解っております、我が家の女房たちは皆、解っております、お前様、ねぇ~皆様」
「はい、母上、私には龍一郎様が一番で御座います、力では女子衆は男子衆には勝てませぬ、その力を振るわないのが本当の男で御座います」
「佐紀、其方も龍一郎に似て僧侶の様な事を言うのぉ~、確かに噂に寄れば女房を殴る蹴る致す者どもは外では意気地が無いと申すでな」
「外での意気地の無い自分を恥じて家の中で女房、子供に乱暴を働き鬱憤を晴らすので御座いましょう」
「我らの家族には、その様な者はおらぬ」
皆でわいわいと世間話をしながら旺盛な食欲を見せ、何杯もお代わりをし、御櫃も鍋も空っぽになった。
「今日は少し足りませんでしたかね」
「やむを得まい、皆の食欲が旺盛になっておる故な、茶にしょうか」
お雪が茶碗に茶を次々に注ぎ、次々に隣に渡して行った。
「さて、龍一郎、そろそろ本題に入ってはどうかな」
「はい、父上・・・今回の問題は佐倉藩の人買いじゃ、何処の藩でも貧しさから娘を売らねばならぬお百姓はおる、だが、此度の佐倉藩の員数は多すぎる、女子衆だけでは無うて幼い男の子もおる、此れまでに解った事では何日かに一度、下屋敷から女子衆は吉原、四宿、商家に送られ、男子衆は奥山や寺社に送られ女形にさせられる、
下屋敷から子供たちが運ばれる日には警護役と運び役として中屋敷から雇われ中間と浪人が下屋敷に出向く、員数は五人か六人であろう、上屋敷からは指図が出されるだけの様じゃ、次の取引は二日の後じゃ」
「下屋敷には不気味な技前の解らぬ浪人者が居りますし、上屋敷には、その者よりも強い藩士もいる様で御座います」
平太が調べた事を追加した。
「皆に言うて置かねばならぬ事が御座る、まずは下屋敷のその不気味な浪人者じゃが、多分戻って来る事は有るまい、次に上屋敷の藩士じゃが、名を近藤忠臣と申す、この者は我らの家族じゃ」
「えぇ~、佐倉藩の藩士では無いのですか」
「平太、左様、佐倉藩の藩士じゃ、だが我らの家族でもある、あれは半年以上も前であったかな、佐紀」
「はい、左様で御座います、旦那様」
「そうだな、其方から話してくれぬか」
「はい、では・・・旦那様が申された様に、あれは半年以上も前の事で御座いました・・・」
加賀の若様奮闘記 イミドス誠一 @imidosjp
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