第271話 姉妹だけの初陣

店先では「頼もう」と言って入って来た、馬喰町の香具師・ 鐘屋斬次郎・元締めの一の子分、頭の勘吉が店内を睨み回した。

店内に居たお客達は目を合わせぬ様に早々と店を出て行った。

奉公人たちも目を合わせぬ様に小僧は外の掃除に出て、他の者はお客が居なくなると板場に上がり座り下を向いていた。

厠からの戻りの手代が店先への内暖簾の処で奥へと知らせに走った。

「ほらよ、世の中にゃ~よ、怖い奴、悪い奴がいるんだよ、だから、そいつらをさ~、追っ払ってやるって言っているんだろうが、他のお店はよ~、五両だがよぉ~、一月三両にしてやろうってんだ、有難くだしねぇ~な、さもないとよぉ~、この先生方が剣の舞を見せる事になっちまいぜ」

「お前さん方、このお店のお嬢様が何方かご存じで御座いますか」

「おぉ~、知ってるぜ、天覧大試合の女子の勝者だろうが、だから何だってんだ、この先生方に勝てるとでも言うのかい、たかが女子の部だろうが、町屋のお嬢さんが武家の嫁になってよ~、強くなれる訳がね~だろうが、えぇ~、そうだろう」

「はい、其方様の申される通りで御座います、私もお嬢様とは思いも致しませんでした、ですが、試合を見に参りますと、何と遠目にもお嬢様と解りました、そりぁ~もう驚きました、其方様の申される通り、嫁に行って間もないお嬢様が、何と剣豪になって居られました、此れにも驚きました、其処の剣術家の方にお尋ね申しますが、試合を御覧になりましたでしょうか」

「見たがどうした」

「では、お尋ね申しますが、お嬢様の技は読売に寄りますと、途轍もない速さで振る木刀の成せる技なのだそうです、其方様方に出来ますでしょうか、別の一人が二人になりました技がお出来になりますでしょうか」

「あの様なものは技では無い、手妻じゃ、のぉ、御同輩」

一人の浪人が仲間の浪人に賛同を求めた。

「決まっておるわ、一人が二人になど成れる訳も無いわ」

「解ったか、うちの先生方の方が強いんだよ」

「そうですか、世の中、怖いですねぇ~」

「さっきから聞いとりゃ、番頭、お前、妙に落ち着いていやがるなぁ~、何でだ」

「何ででしょうねぇ~、ともう少し遊んで楽しみたいと思ったのですがな、実はですね、貴方がたが怖く無いと言う、佐紀お嬢様がお里帰りで奥にお見えなのですよぉ、私の落ち着いている訳ですよ、楽しみなのてすなぁ~、皆も楽しみな様で、回りの奉公人を御覧下さい、誰も今までの様に怖がってはいないでしょう、貴方がたが、どうなるかと楽しみなのですよ」

落ち着き払った番頭にそう言われて、回りを見渡した頭は、にやにや笑いの奉公人の顔に見返された。

「てめいら、にやにやと笑いやがって、勝者が何だ、女じゃね~か、こっちにはよ~、先生がたが一緒なんだよ、町屋の娘の偽物とは違ってよぉ、生まれた刻からの武士何だぜ、本物なんだよ」

その刻、内暖簾を割って二人の可憐な武家娘が店先に顔を出した。

「おぉ~、可愛い娘が・・・やや~、同じ顔じゃね~か、この店にゃ~何人の娘が居るんだ」

「おや、お嬢様がお出になられないので御座いますか」

「番頭様、お佐紀様には物足りない様に御座います、龍一郎様には言わずもがなで御座います」

「おやおや、それでお二人のお出ましに御座いますか、正直申しまして、お嬢様がお任せですので信じたいので御座いますが・・・」

「番頭様、ご心配で御座いましょうが、お任せ下さい、武家の方は武士廃業、他の者たちは左腕、頭目は・・・はて、葉月お姉様、どう致しましょうか」

弥生が可愛く小首を傾けて姉の葉月に尋ねた。

「何~、てめいらが俺っちの相手をするってのかい、可愛い顔が二目と見られぬ様になるぜ」

「頭、其れよりも、ひっ捕まえて吉原に売っ払っちまいましょうよ、味見の後でね」

「あらあら、味見ですって、弥生、私たちは食べられてしまう様ですよ」

番頭を始め奉公人たちが噴き出して笑った。

「てめ~ら、ふざけやがって~」

その刻、葉月と弥生の二人が宙に飛び上がり、配下の二人の上に位置すると足が伸びて左腕を蹴ると肩に乗って反動を利して二人の武家に向かい右肩を蹴ると、その反動を利して元の板場に飛び降りた。

一瞬にして「ボキッ」と言う音が四度響き、四人が倒れ込み呻き出した。

番頭も奉公人も驚いたが、頭の勘吉が誰よりも驚き固まった後に全身を震わせた。

「怪我人を連れて帰って貰う為に配下の方を一人を残しました、さて、頭目さん、貴方はどう致しましょうか」

姉の葉月が優しく、やんわりと問うたが、味方である番頭が聞いてもブルッと震えが出た程の言葉だった。

「お姉様、お佐紀様に店先での血は禁じられましたので、頭を砕くのは駄目ですね、目と鼻と口から血が出ますので、両腕と両足の骨を砕いては如何でしょうか」

「私は頭の骨を砕くつもりで居りましたが、駄目ですか、では、私は右の腕と足にしますので、弥生、貴方は左をお願いしますよ」

そう言うと葉月と弥生が半歩前に進んだ。

その動きに我に返った頭の勘吉が後に飛びのき脱兎のごとく暖簾を潜り飛び出して行った。

「あらあら、頭目さんが配下を置き去りですか、一人だけ残したのですから、皆を連れてお帰りなさい」

「自分だけで逃げようとするならば、同じ目に合うと思いなされ」

姉妹に言われて、無傷の一人が一人、一人を立たせてお店の外へと誘った、その間、その男は姉妹から目を話す事は無かった。

「失礼をば致しました、流石はお嬢様が信頼された方で御座います、驚きました」

番頭が姉妹に向き直り拝礼した。

奉公人たちもその場で深々とお辞儀をした。

「番頭様、お役に立てて何よりです、お佐紀様、龍一郎様の様に上手く出来ましたかどうでしょうか」

「店先をお騒がせ致しました、失礼致しました」

姉妹が内暖簾を潜って奥へと姿を消した。

内暖簾から覗いていた四人は頭が逃げ出した処で奥へと戻っていた。

奥座敷で姉妹を待っていた主の鳩衛門と女将のお滝がお辞儀をして迎えた。

「お疲れ様でした、ありがとう御座いました」

「お世話をお掛け致しました、ありがとう御座いました」

姉妹が廊下側に座ると待っていた様に龍之介が這って行き葉月が膝の上に乗せた。

「お佐紀様、あれで良かったでしょうか」

「折り方は人それぞれです、が、頭目が無傷は考えものですが、二人だけの初陣としては及第点でしょう」

「佐紀、厳し過ぎますよ」

「そうだよ、佐紀、私は驚きましたよ、軽業師の様でした」

「お佐紀様、お言葉ありがとう御座います」

「学びまして御座います、頭目が配下を置き去りにするとは・・・龍一郎様、お言葉をお願い申します」

「あの頭目、勘吉と言う頭だそうです、親分に何と知らせると思われますか、親分の次の手は何と思いますか」

「・・・」

「・・・」

師匠と弟子との会話に主の鳩衛門と女将の滝は入り込めず、只、黙って聞いていた。

「あの配下を置き去りにする卑怯な奴です、己の都合の良い様に話を作るでしょう」

「香具師の稼業は押しが全てです、誰かに舐められたら仕舞です、必ずや仕返しに来るでしょう」

姉妹が交互に応じた。

「うむ、では如何するな」

龍一郎が姉妹に追い打ちを掛ける様に問うた。

「はい、香具師一党を壊滅に行きます」

「良い返事じゃ、儂が後見しょう、佐紀、其方は此処にて龍之介と共に家を守っておれ、行くぞ、葉月、弥生」

「はい」

三人が同時に答え、龍一郎が立ち上がると、葉月、弥生が立ち上がり、葉月が龍之介を佐紀に渡した。

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