第266話 増上寺からの招待状

二、三日して双角、慈恩が新たな住処に馴染んだ頃、龍一郎から道場への呼び出しが二人に掛かった。

龍一郎の文は二人に届いたものでは無く、料亭・揚羽亭では大女将であるお高に、船宿・駒清では女将であるお駒に届いていた。

「二、三日の暇を願う、早急に道場に寄越されたし」と内容は殆ど同じで双角と慈恩が違うだけであった。

両名ともに調理の人気があっと言う間に広まり、中には料理人を座敷に呼んで褒美金を渡す者もいた程であり、それも一人や二人では無かった。

そんな二人を二、三日とは言え居なくなっては困る境遇になっていた。

だが、龍一郎自らの文には逆らえず、お客様に理を述べ調理を旧に戻す事となった。

二つのお店の女将が双角、慈恩にその旨を告げ、本人たちも龍一郎からの知らせと聞き急ぎ道場へと向かった。

道場に着いた二人は料理人らしく下駄を履いていた、但し調理場で履く様な高下駄では無かったが・・・。

慈恩はもしやまだ双角がいるのではと途中で船宿・駒清に寄ってみた。

慈恩が駒清に着いた刻に双角が女将のお駒から龍一郎からの知らせを聞き道場へ出掛ける支度をしている処であった。

「あぁ、慈恩殿、其方も龍一郎様に呼ばれましたか」

外回りに出掛けるのか、下っ引きを二人従えた清吉が店の裏口から出る処だった。

「はい、双角殿がまだおるかと寄ってみました」

「まだ、居るぜ、出掛ける支度をしている頃だぜ、入りな」

清吉たちと入れ替わる様に慈恩は裏口からお店に入った。

慈恩が台所の勝手口を開けると双角が留守の間の最後の指示をし終えた処だった。

「おぉ、慈恩殿、久しいな」

「あぁ、双角殿、久し振りですな」

「さてと、丁度良い刻です、参りますか」

「双角殿、足元を変えられた方が宜しかろう」

双角が己の足元を見て高下駄を履いている事に気付かされた。

「おぉ、これはいかぬ」

双角はそう言うと慈恩の足元を見て普通の下駄に履き替えて慈恩と共に勝手口を出て裏口から外に出た。

二人はお店に配置されるまで何処へ行くのも何時も一緒であった。

以前に銚子と行徳に探索に行った刻に離れた以外はほぼ一緒だった。

二人は道場への道すがら、この二、三日の己の動きを語り合った。

「ほう、慈恩殿は桂切りが出来ますか、飾り包丁もできますか、凄いのぉ」

「何を言う、其方の京料理の方が凄いでは無いか」

ここで丁度、久しい道場の前に着いた。

二人は道場の横へ向かうと脇口から道場に入った。

刻は昼前の稽古の時刻であった。

二人は高所に向かい拝礼すると道場を見渡した。

道場に近づいた頃から道場で稽古相手をしていた龍一郎、小兵衛、三郎太は稽古を止め、小兵衛は高所に、龍一郎と三郎太は高所下に座り、二人の到着を待っていた。

慈恩と双角は三人を見つけると再び拝礼した。

「父上、三郎太殿、道場をお任せ申します」

「解った」

父の小兵衛が了承した。

龍一郎は立ち上がると脇口へ向かい途中で慈恩と双角に付いて来る様に言った。

「母屋にて話ましょう」

慈恩と双角は立ち上がると小兵衛と三郎太に頭を下げて脇口へと龍一郎の後を追った。

母屋の居間に入るとお久とお佐紀とお雪が龍太郎と遊んでいた。

小兵衛とお久は道場の隣の屋敷に住む様になっていたが小兵衛が道場にいる刻にはお久は道場の母屋にいる事が多かった。

「おぉ、これは、これは、久しいお顔ですね」

「お二人共にお顔が穏やかにおなりですね」

「真に強い者に一歩近づきましたなぁ」

お雪が立ち上がり台所に消えた。

龍一郎が上座に座り、下手に慈恩と双角が座り、改めて龍一郎に拝礼した。

「母上の申される通り、お二人のお顔が穏やかになりました、心中が大きくなった様です」

「お褒めのお言葉で御座いますか」

「当然です、弱い犬ほど吠えるものです、弱い者ほど外見を強く見せるものです、真に強い者は強く見せる要はありません、降り掛かる災難など怖くは無いからです、弱い者は災難が怖いが故に災難が降り掛からぬ様にするのです」

「・・・成程」

「龍一郎様はまるで儒学者か高僧の様で御座います」

「私は高僧からもその様に解り易い言葉を聞いた覚えがありませぬ」

「私の事は良いのです、今日、二人にお出で頂いた要件にしましょう」

台所に行った、お雪が三人に茶を持って来て三人の前に滑らせた。

「忝い、お雪殿」

「ありがとう、お雪さん」

二人が礼を言い龍一郎はお雪に笑顔を礼の変わりにした。

龍一郎は懐から文を取り出し双角に差し出した。

「お読み下さい、其方宛てです」

「私への文ですか、はて」

双角が文を受け取り裏書を見て若干の驚きを顔に表した。

表書きは「宝蔵院槍術家 双角殿」と書かれ、裏には「増上寺住職 白随」と書かれていた。

送り主は享保二年二月に三十八世住職になったばかりの増上寺最高位の住職・白随だった。

双角は一度も会った事も無い、最高位の住職からの文に驚いたのである。

双角は文を眼前で文を拝み中から文本体を取り出し読み出した。

読み終わった文を双角は慈恩に渡した。

慈恩が渡された文を読み始めた。

「龍一郎様、私に双角殿に同道せよ、と申されますか」

「鎖鎌も良いが其方の剣技を試すに良い機会と思うてのぉ」

「はい、有難いお申し付けに存じます、お受け致します、私で良いのかも双角殿」

「お願い申す」

「それでじゃ、その文を父・小兵衛と母・お久殿が御覧になり同道したいと申されておる、どうじゃな、双角殿」

「それは、嬉しい知らせで御座います」

「そうじゃな、先の大試合の次席二人だからのぉ~」

「それがなぁ~、佐紀も同道したいと申しておってなぁ~」

「願っても無い事です」

「いや、儂は許してはおらぬ」

「それは残念で御座います、何故に許しませぬので」

「ぞろぞろと行っても迷惑であろう」

「お気遣いありがとう御座います」


双角は道場の倉庫に預けてあった槍を持ち出し、慈恩は鎖鎌を持ち出した。

二人は他に木刀を持ち、小兵衛は大小の刀と木刀、お久は懐剣を帯に差し、小太刀の木刀を持った。

支度が整った四人が道場を出て増上寺へと向かった。

四人が出掛けた後、龍一郎は道場へ行くと三郎太に道場を任すと言って奥へ戻って行った。


四半刻後、四人は増上寺の門前に着いた。

増上寺の正式な名称は三縁山広度院増上寺(さんえんざん こうどいん ぞうじょうじ) である。

双角を見た門衛は驚きと共に喜びを露わにした。

「双角様、お久振りに御座います、皆が心待ちにしておりました、法主が庫裏にてお待ちです」

増上寺は浄土宗の総本山であるので最高責任者は法主(ほっす)又は門主(もんす)と呼ばれた。

門前を掃除していた小僧が庫裡へと知らせに走って行った。

「双角殿には案内は不要で御座いますね、どうぞ、お通り下さい」

「木念(もくねん)様、失礼致します、では皆様、参りましょう」

双角を先頭に四人が歩き出した。

幾つかのお堂を過ぎて本堂に着き、裏手に回り庫裡の扉を開けた。

「おぉ~、双角殿、お見えですか、法主がお待ちで御座います、ご案内申します」

「ありがとう、御座います」

庫裡の入口にいた僧侶が案内に立ち法主の住まう奥へと向かった。

廊下に座ると部屋の中に声を掛けた。

「法主様、双角殿がお供の方々とお見えで御座います」

「おぉ、見えられたか、さぁ、さぁ、入れて下され」

「はい」

案内に立った僧侶が障子を開けて双角たち四人を中へ入れた。

「おぉ、其方が双角殿ですか、確かに大きなお方じゃ」

「先代の法主様には御目通り致しましたが、当代にはお初にお目に掛かります、よろしくお願い申します」

「愚僧は三十八代法主・ 演譽白随と申す、こちらこそ、良しなにな」

先代の三十七代法主は松譽詮察と言い、双角が江戸に来た直後に謁見していた。

「本日はご要望により同輩の慈恩殿を連れて参りました」

「慈恩と申します、ご尊顔を拝し光栄で御座います」

慈恩が深々と拝礼した。

「ご尊顔などと言う大層な顔など持ってはおらぬ、それにしても、双角殿、ようも、橘の御夫婦をお連れ下された、

礼を申します、ご尊顔とはお二人の事じゃ」

「法主は館長と御妻女を御存じでしたか」

「はい、私は無類の剣術好きでしてな、先の天覧大試合も拝見致しました」

「橘小兵衛に御座います」

「橘久で御座います」

二人は小さく頭(こうべ)を垂れた。

「うむ、お二人には天や仏よりも信じるお方がおられる様ですな」

小兵衛とお久は平然としていたが、双角と慈恩は一瞬唖然としていたが直ぐに納得した顔になった。

「おぉ、若いお二人にも思い当たる御仁がお解りの様だ、愚僧もその御仁にお会いしたいものです」

「次回には、お誘いしたいと思います、法主のご希望をお伝えすればご了承頂けると存じまする」

「おぉ、そうして頂けるか、楽しみが出来ました」

その刻、廊下から声が掛かった。

「法主様、茶をお持ちしました、それと副法主がお見えで御座います」

「お入りなされ」

「失礼致します」

僧侶が茶を持って入り、その後から少し豪奢な法衣の副法主が入って来た。

「随庵副法主、ご紹介しよう、双角殿は存じおろうが、朋輩の慈恩殿と師匠の橘小兵衛殿と妻女のお久殿じゃ」

「随庵様、お久振りに御座います、御無沙汰で御座いました」

「元気そうじゃな」

「はい、お陰様で息災に御座いまする」

双角の丁寧な物言いに随庵が訝しい顔をした。

それもそのはずであった、以前、双角がいたおりには回りから犬猿の仲と言われる位に仲が悪かったのである。

「法主、早速にも双角に指導を願いたいのですが、宜しいですかな」

「おぉ、早速ですか、では、道場に参りますかな、双角殿、皆さま、着いたばかりで慌ただしいが、宜しいか」

「はい、構いませぬ、参りましょう、法主も御覧になりますか」

「先程も申しましたが、私もやっとうが好きでしてな、さぁ、さぁ、参りましょう」

副法主の随庵が先導し道場へと向かった。

小兵衛と久は随庵が法主を軽んじている様に感じた。

随庵を先頭に道場に入った。

道場に居並ぶ僧侶たちが頭を垂れて拝礼して迎えた。

「皆の者、本日は以前、ご指導下された双角に来て貰うた、今日も指導を受けよ、所長、後をな」

法主が高所の真ん中に座り、その隣に副法主の随庵が座った。

所長と呼ばれた者が中央に出ると話出した。

「皆の者、以前、ご指導頂いておった双角殿が今日ご指導下さる、心して習う様に致せ、まずは双角殿の肩慣らしに下位の者、手合わせを願え」

所長の指示に従い、一人を残して皆が壁際に座った。

双角一人が道場の中央に出て慈恩。小兵衛、久が高所下に控えた。

「ご指導お願い申します」

中央の二人が槍を構え向き合った。

不思議な事に対戦者も回りの者たちも双角の余りの変わり様に驚き弱くなったのか、病かとも思った。

あの闘志剥き出しで迫力で圧倒する様な双角から殺気が゛感じられず気迫も薄れて感じられたからである。

「待たれよ、其方、肩に力が入り過ぎておる、それでは早い動きに付いては来れぬ、一度下がって二度、三度と飛び上がり身体の力を抜きなされ」

対戦者は言われるがままに少し後ろに下がり二度、三度と飛び上がり、肩を上下させ前に出て構え直した。

「うむ、少しは力が抜けた様じゃな、さぁ、参られよ」

だが対戦者は掛声ばかりで前に出て来なかった。

「其方が来ぬなら、こちらから参る・・・」

双角がそう言った刹那、無防備の様に前に出ると次の瞬間、相手の槍が天井に飛んでいた。

飛んだ槍が床にガランと音を立てて落ちて来た。

「双角殿、以前も強う御座ったが一段と強う成られた、橘では槍も修行されたか」

所長が感嘆の声を漏らした。

「いいえ、所長殿、槍は当寺を去った日以来手にしておりませなんだ」

「何と、何を修行されたかな」

「剣術の修行をしておりました」

「同輩の慈恩殿は木刀以外お持ちでは無いが、あの方は剣者で御座いますか」

「私は、元々は鎖鎌を少々嗜みました、ですがも今は剣術で御座います」

「二番手と慈恩殿の剣との立ち合い、宜しいか」

「お受け致します」

双角に変わって慈恩が答え立ち位置に慈恩が立ち、双角は慈恩が座っていた処に座った。

二番手の槍術家が前に出て慈恩と対峙した。

慈恩がゆっくりと木刀を正眼に構え槍が出で来るのを待っていた。

二番手も同じく前後に動き前後に槍を扱くだけで攻めては来なかった。

「そちらが来ない様ですので、こちらから参ります」

次の瞬間、ボキと音がして槍の中程から折れて先が宙に飛んで床にカランと音を立てて落ちた。

「其方ら何の修行をしておったのじゃ」

大音量で副法主の怒りの声が飛んだ。

「副法主殿、まだ下位の者たちで御座いますれば」

「流石は橘の弟子になっただけの事はある、済まぬが小兵衛殿、其方の技前を見せては頂けぬかな」

「法主様、私は一向に構いませぬが、同道して来た、我が妻女が暇を持て余しております」

「何、妻女殿がお相手下さるか」

「はい、私も少し身体を動かしとう御座います、ついてはお願いが御座います、二人の相手とお願い申します」

「何~、女子の其方が当寺の僧兵二名を相手にすると申すか、小癪な女め」

副法主が怒りを込めて言い放った。

「所長、猛者を二名選び相手とせよ」

「ははぁ~」

所長は副法主から法主へ目を移し意向を確かめたが法主は何の反応も見せなかった。

所長が名指しする前に巨漢二名が前に出て皆よりも数段大きな槍を構えた。

二人の槍を構えた巨漢の前に何処に仕舞ってあったのか小太刀の木刀を持ったお久が立ち位置に着き木刀を構えた。

お久が木刀を構えた途端に二人の巨漢に戸惑いが現れた。

対峙する小さな女から殺気は勿論、恐怖も、気配さえも発せられていないからであった。

立ち尽くす二人にお久が何の気配も見せずに半歩近づいた。

気配を発しないお久の動きに驚いた二人は思わす後ず去りしてしまった。

その様な動きかせ二度、三度と繰り返され壁際に追い込まれた二人は槍を扱くと敗れ被れの様にお久に突っ込んで行った。

次の瞬間、「ボキ」「ボキ」と二度の音が聞こえ槍の中程から先が宙に飛び「カラン」「カラン」と床に落ちる音が静寂の道場に響いた。

定位置に戻ったお久は礼をすると小兵衛の隣に戻り静かに息も上がらずに座った。

「仁左、此れでは目論み違いでは無いか、計画などもう良いわ、手筈通りに致せ」

「副法主様、何をなさるのですか」

所長が訝しい声を上げた。

仁左と呼ばれた男が隣に座る僧侶二名と共に法主に向かって槍を向けた。

その刻、何処からとも無く二つの影が現れ、法主目掛けて伸ばされた槍を千段巻きから叩き切った。

二人は返す刀で三人と副法主の首筋を峰打ちで叩き眠らせた。

二つの影を見た、双角、慈恩、小兵衛、お久が同時に叫んだ。

「龍一郎様、お佐紀様」

「龍一郎、佐紀」

道場にいた事情を知らない僧侶たちは只茫然と立ち尽くしていた。

龍一郎と佐紀が一歩下がり、刀を鞘に納めると法主に軽く頭を垂れた。

「法主様、お初にお目に掛かります、橘龍一郎と妻女・佐紀に御座いまする」

「命を助けられましたな、其方とは、この様な形で会いとうは無かったのぉ~」

「どの様な形で会おうが一期は一期で御座いまする」

「う~む、其方を天と仏の変わりとする意味が解る気がするのぉ、奥でゆるりと爺の話相手になってはくれぬか」

「喜んで」

「所長、後を任せて良いかな、後で処置は儂が自ら決めるでな、牢屋にな、元副法主は縄目を掛けたままにな」

法主は道場に来た刻よりも元気な足取りで奥へと向かい後を龍一郎たちが続いた。


法主の部屋に皆が入り座った。

無論、上座は法主だった。

此処へ来て初めて佐紀は頭の被り物を取り顔の前の垂れ幕を外した。

「・・・おおぉ~、稀なる美形じゃのぉ~、大試合では遠うてな美しいとは聞いておったが噂は大きくなるものじゃでな、余り信じてはおらなんだ、だが、噂にも信じて良い、いや以上のものもあるのじゃなぁ~」

「法主様でも女子の美形には心引かれますか」

「法主とて男子よ、美形に弱いのは当然の事じゃよ、が、美形で無い者にも平等に接する処が違うぞ」

「はぁ」

「処でじゃ、橘龍一郎殿、其方と二人でゆるりと語り会いたいが叶えてくれようか」

「残念ですが、それは出来ませぬ」

「何故じゃな、其方が統領であろう、其方の命ならば皆は従うであろう」

「法主様、私は統領では御座いませぬ、我らは同士、仲間です」

法主が龍一郎の目をじっと見詰めて言った。

「龍一郎殿、益々、其方との話がしてみとうなった」

「私も法主様とは一度お会いしたいと思うておりました」

「それで、以前より探られて悪人腹に目を付けられたかな」

「仰せの通りに御座います」

「私もな、誰が頭目かまでは掴んだがまさか、副法主とは思わなんだでな、退治を副法主に任せるつもりじゃったからでな、どうしたものかと思案して居り申した」

「それで取られた策゜が病弱の振りですか」

「まぁ、それ以外に思いつかんでな」

「今後、お困りの刻は何時なりとも道場にお知らせ下さい、直ぐにも駆けつけまする」

「造作を掛けるな」

「何の、法主様は天下万民の要で御座いますればな」

「そんな大層な者では無いわ、只の爺じゃよ、話は変わるが、双角殿、慈恩殿、以前の暮らしと橘での暮らしは何方が良いかな」

「それは断然、今の橘の暮らしで御座います」

「何故とは聞かぬで、安心せよ」

「法主様、その江戸に悪しき結界が張られている事は御存じかと存じますが」

「おぉ、流石は・・・」

「何を申されますや、某、つい最近解り申しました、そのおりに、当地だけ清らかである事を知りました」

「うむ、愚僧も気付いたで、別塔で結界を張って御座る」

「はい、本堂への道すがら拝見させて頂きました」

「それで悪しき結界の主は解りましたかな」

「はい、ようようにして解りまして御座います」

「愚僧は未だに掴めぬ、誰とは聞かぬ、それでどうなされるお積りかの」

「成敗致します」

「僧侶の身で不謹慎ではあるが、その様な者は次の世、来世に送られるが世の為であろうな」

「はい、お言葉、励ましに致しまする」

「その者か、者達かは知らねど剣豪であろう、其方の力が勝る事を神仏に祈っておる」

「法主様が神仏にで御座いますか」

「神も仏も同じ御仏じゃ、人知を超えた者じゃ、其方がその域に達している事を願う」

「ありがとう御座いまする」

「其方の大試合での光の剣・・・あれは人知を超えた者のみが使えし技じゃ、自信を持たれよ」

「はい、己の鍛錬を信じて事に当たりとう御座います」

「うむ、今後もお仲間を連れて指導を願うてもよいかな」

「はい、刻に指導では無く我らの鍛錬に参ります」

「其方らの真の剣技を見たいものじゃ、改めて此度の始末の礼を言う、忝い」

「何の事がありましょう、何事か有ればお知らせ下され、江戸の安寧、日乃本の安寧が我らの務めと思うております故に」

「行かれるか」

「はい、御名残りおしゅう御座いますが、此度は此れにて失礼致します」

「うむ、其方、何時でも会いに来られよ、待っておる」

「はい」

二人は何かの含みを込めた笑顔を見せて見詰めあった。

「さらばじゃ」

「さらばに御座いまする」

六人が立ち上がり、廊下に出ると龍一郎が正座し拝礼すると法主が既に座り拝礼していた。

此れには、双角、小兵衛たちも案内の僧侶も驚き、即座に反応し皆が廊下の板上に正座し拝礼した。

驚いた、案内の僧侶も拝礼していた。

そして、法主と僧侶が頭を上げた刻には龍一郎らの姿が消えていた。

「真、あの方は天狗の化身かも知れぬて」

「法主様~、今まで人がいましたよね、ね、ね」

「居りましたが、人かどうかは解りませぬ」

「・・・」

「双角殿が当寺に戻らぬ訳じゃて、良い方に会われたものよのぉ~、また、お会いしたい」

「法主様が会いたいお方で御座いますか」

「そうじゃ、多分、あのお方は儂よりも仏に近い・・・」

「法主様よりも解脱されておりますか」

「間違いあるまいなぁ~、私はあのお方に弟子入りしたい」

「何と法主様が弟子入りを望まれますか」

「いかぬか、高みを目指すに、恥も外聞も無いわ」

「ははぁ~」


その日の内に増上寺中に橘龍一郎の名が知れ渡り、次の来訪が望まれた。

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