第263話 双角と慈恩の新居

翌日、山修行を終え昼餉の後、料亭と船宿の再開の為、清吉、お駒、正平、お美津、お高、揚羽、貞吉、そして双角と慈恩が里を達ち江戸御府内へと戻って行った。

彼ら龍一郎の一派は頻繁と言える程に災難に合ったり見たりする、無論、自分達が災難を呼ぶ星の元にいるのかは、世の中に災難が多いのか、悪人が多いからかは不明であったが一人でも多くの悪人を退治出来る事で良しとしていた。

この日、道程を覚える事を目的に養老の里から江戸へは双角と慈恩を先頭を歩いていた。

彼ら二人の足が一番遅いので、二人に足並みを合わせると言う思惑もあった。

次に大体一丁程の後を貞吉、お高、揚羽の三人が歩き、最後は清吉、お駒の夫婦と正平、お美津の夫婦が同じく一丁程の後を歩いていた。

里から江戸と成田山を結ぶ道に合流し暫く歩いていると右手に林のある処を双角と慈恩を通り過ぎた刻に事が起こった。

「其処の別嬪のお二人さん、儂らの酒盛りの酌をしてくれねぇ~かい」

林の中から野太い男の声が聞こえた。

貞吉には解らなかったがお高と揚羽には林の中に人が潜んでいる事は既に解っていて何も無ければ良いがと思っていた。


「揚羽、何事も無ければ良いがと思うて居りましたが、これも世の中から一人でも悪人を減らせとの天からのお示しと考えましょう、この後、他の方々が災難に会わずに済むのですからね」

「はい、女将さん」

「揚羽、女将は其方ですよ、私は大女将です」

「はい、大女将さん」

「二人は気付いていたのですか」

「二丁以上も前から気付いていました、前を行くお二人も、後の方々も気付いてお出でです」

「そうか、私だけですか、まだまだ修行が足りませんね」

「仕方の無い事です、お前様は板長としてお店を離れる事が出来ませんでしたからね」

「そうですよ、板長、此れからは、慈恩殿が育てば思う存分に修行の刻が出来ます」

「これ、揚羽、板長は確かに板長ですが、其方は養子に入ったのです、父と呼びなさい」

「・・・はい、おっかさん、おとっつぁん」

「はい、気持ちが良いですね、お前さん」

「ああ、娘から呼ばれるとはなぁ、気分が良い」


「てめいら何をごとゃごとゃとくっちゃべっていやがる、痛い目に合いたくなけりゃ~よ~、早くこっちにきねぇ~」

林の中から出て来た三人の中の真ん中の兄貴分と思われる長どすを差した渡世人が言った。


「おっかさん、何故、大人数がいるのにまず最初に出て来るのは何時も三人なのでしょうか、不思議でなりません」

「おや、言われて思い出して見ると確かにそうですね、揚羽、面白い事に気付きましたね、皆にも聞く事に致しましょう」

「お高、揚羽、それで林の中には何人いるのですか」

「お前さんは気配で解りませんでしたか」

「先程、一瞬、大勢の気配を感じた様にも思いましたが、今は全く感じません」

「お前さん、そりゃ~当然です、二十二人居ましたが、今は全員、意識がありません、気を失っております」

「えぇ~、誰が退治したのです」

貞吉は前後の仲間達を見回したが皆が遠くに見え居なくなった者はいなかった。

「皆さんは動いていない様ですが我らに影護衛が付いているのですか」

「お前さん、言葉使いが他人行儀になっています、夫婦の会話ではありませんよ」

「そうです、今は大女将を師匠としての会話です」

「では、お答え致しましょう、後の皆さまが退治されました」

「えぇ、皆さん、元の処にいて此方に近づいて来られるが・・・」

「はい、前からは双角殿と慈恩殿も来られます」

貞吉が前方を見ると直ぐ近くまで巨漢の二人が来ていた。


そんな様子を見ていた渡世人三人は舌打ちしていた。

「騙しやがって、てめいら仲間だったのか」

「これはまた失敬な事を申されますなぁ~、襲われる側の人数に文句を言うとは筋違いでしょう、第一員数を胡麻化しているのはそちらでしょう」

「ちぇ、其処まで知っていやがるか、しょうがねぇ~や、お~い、皆出て来てたたんじまえ~、但し、女には手を出すなよ」

真ん中の男が集団の親分なのか、その親分が声を掛けたが林の中からは誰も出て来なかった。

「お~い、てめいら、早く出てこね~かい」

「あ・兄貴、誰も出てきやせんぜ」

「親分、どうしちまったんだろう」

「うるせい~や、お~い、早く出て来い、てめいら後で痛い目に合わせるぞ」

「兄貴さんか親分さんかは存じませんが林の中のお仲間の方達は皆さんお休みですよ」

三人の渡世人への対応はお高一人が行っていて、他の者たちは只立っているだけだった。

それが三人の渡世人には不気味に見えた。

「てめいら、何をしやがった」

「何をと申されましてもなぁ~、此方も大人数に襲われるとを只黙っている訳にも参りませんでね、三途の川を渡ってもらっても世の中の為には良いのでしょうが、此度は気を失って頂くだけに致しました、これに懲りて悪事の道から正道に戻って頂ければ良いのですがね」

「嘘だ、嘘だ、二十人も居たんだぞ~、それをてめいら町人が叩きのめしたと言うのかよ」

「はい、左様で御座います、呼ばれても出て来ないのが何よりの証で御座いましょ」

「ちくしょう、てめいら町人なんぞは俺っち三人で十分だ」

「此処は初めての双角殿、慈恩殿にお任せしましょう」

「して、どの程度がお望みですかな」

「そうですね、利き手が右手の様ですから左手を折るでは如何でしょうか」

「承知」

「承った」

双角と慈恩が街道の高みから脇に下り始めた。

「おい、あのでかいだけの木偶の坊をまずやっちまえ~」

三人の渡世人が双角と慈恩に刀を振り回し突っ込んで行った。

勝負は一瞬で終わった。

三人の刀が二人を斬ると見えた直前に二人が両側に避け両側の二人の左腕を折り「ボキ」「ボキ」と音が聞こえた。

「痛てぇ~よ~」

「このやろう、痛いじゃね~か、痛い、痛い」

痛みで呻き倒れた配下を交互に見た親分は刀を双角、慈恩の二人に交互に向けた。

「後にもいますよ」

お高が思い出させる様に声を掛けた。

思わず振り向きそうになった親分の両腕を双角と慈恩が捕まえ、刀を取り上げた。

「さてと、貴方は親分さんですから、取り分も皆さんよりも多くなければなりませんね」

「お高、お前、怖いよ」

修羅場に慣れぬ貞吉が言葉を吐いた。

「お前さん、こんなのは直ぐに慣れますよ、温情は却って本人の為にはならないものです」

「お高さん、左足を付け加えては如何がかしら」

ここで初めてお高以外のお駒が口挟んだ。

「だそうですよ、慈恩殿、双角殿」

「ボキ」「ボキ」

と二度の音が響き、次に「ギャ~」と悲鳴が響いた。

「はい、皆さま、お疲れ様でした、先へ参りましょう」

双角と慈恩が街道に戻り歩き始めると元の様に一丁の間隔を開けて皆が歩き始めた。

皆の後方から三人の呻き声が聞こえた。

当初は千住を通る予定でいたが、以前に行徳を探索し改善が成ったかを確かめたいとの双角の願いを清吉が聞き入れ皆の賛同を得て行徳で船に乗り、鎌倉河岸へと向かう事になった。

平太、お雪、双角の三人で探索したおりには、財政の主たる塩が盗難に何度も合い活気が無かった行徳の街は以前の活気が戻り、塩田のあちこちで塩水を煮詰める煙が立ち上って見えた。

「良かった、活気が戻った様です」

「どうですか、庶民の人々の為に動くと気持ちの良いものでしょ」

「はい、気分がこれ程良いものとは思いもしませんでした・・・しかし、誰も我らの行いを知らない」

「慈恩殿、其方様は功労者として賛辞を得たいのですか」

揚羽が慈恩に尋ねた。

「正直に申しますと、少し、本の少しだけあります」

「人としては当然かも知れませんね」

「お前さん、私たちは龍一郎様の江戸の安寧、日乃本の安寧を願うお気持ちに賛同したのです、世間の人々に誉められたいからではありません」

貞吉が女房のお高に叱られた。

「技だけでは無く心の修行も足りぬ様だ」

回りの皆に笑われた。

行徳から船で鎌倉河岸に着いた一行は二手に分かれた。

料亭・揚羽亭に戻るお高、揚羽、貞吉、慈恩と船宿・駒清へ向かう清吉、お駒、正平、お美津、双角である。

料亭・揚羽亭に着いた貞吉は休む間も無く調理場に立ち夜の支度を始め、その横には奉公人たちへの挨拶を済ませた慈恩の姿が有った。

直接お客様と接するお高と揚羽は風呂場に行き養老の里からの旅の汗を流し女将としての仕事用の着物に着替えた。


船宿組は一旦駒清に立ち寄り、茶を一杯飲んで今後の目論みを確かめた。

暫くして、お駒が汗を流しに風呂場へ向かった。

奉公人たちも休みの初日は楽しんでいたが三日目になるとお店が再開されるかとの不安に駆り立てられ、主と女将が帰って来てお店が再開されると解ると安堵と共に忙しさを喜び立ち働いた。

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