第261話 龍一郎の技量
二日間、朝の山修行、昼餉後、剣術、体術、手裏剣、棒術の修行、夕餉後、闇修行が行われた。
只、闇修行は望む者だけであった。
江戸組は無論全員が闇修行に参加していた。
双角、慈恩、葉月、弥生、雪は夜道に慣れていた、鰐淵、井上の二人は柳生の闇修行をしており闇に慣れていた。
まだ慣れぬ、十兵衛、鐘四郎は木の枝にぶつかったり、石に躓いたりし、酷い刻には太い幹に正面からぶつかる刻もあった、無理も無い、視野一杯に広がる程の太い幹は何も無い闇と区別が付き難いのである。
三日目の山修行を終え、昼餉の後、広場に皆が集まっていた。
「聞け~」
皆が声のした方を見ると集会所の建屋の屋根の上に竹刀を左手に龍一郎様が立っていた。
「甚八殿よりの願いを叶える、此れより、里の者全員と儂一人の総当たりを行う、其方らの獲物は何でも良い、真剣、木刀、竹刀、棒、槍、弓、鎖鎌何でも良い、但し仲間を傷付けぬ様に致せ・・・では始める」
龍一郎の言葉を終わった途端に龍一郎の姿が屋根から消えた。
建屋の前に並んだ江戸組の者たちは広場を見詰めていたが、広場の里の者たちはあちらこちらと四方を見渡していた。
暫くして誰かが言った。
「此れだけ大人数だ、逃げ出したのでは無いのか」
その途端、そう言った者が突然気を失って倒れてしまった。
回りが気付くと次々に気を失い倒れて行った。
誰も龍一郎の姿を見た者はいなかった。
其れは端の方だったが、次に中央で一人、二人と気を失い倒れて行った。
誰も龍一郎の姿を見た者は無く、竹刀での打撃音も聞いた者もいなかった。
あちらで十人、こちらで十人と倒れて行き、とうとう甚八と佐助と八重だけになっていた。
その刻、江戸組の前に龍一郎の姿が現れた。
「其方ら三人にも眠ってもらう、まずは、八重、次に佐助、最後に甚八殿じゃ」
龍一郎がそう言い終わるとまずは八重が気を失い倒れ、次に佐助が気を失い倒れ、最後に甚八が気を失い倒れた。
「江戸の皆にも味わって貰う」
龍一郎がそう言うと並んでいた端の雪から順に気を失い倒れて行き、最後に佐紀が倒れた。
最初に目覚めた佐紀はゆっくりと上半身を起こすと回りを見回し警戒を解き、龍一郎が何をしたのかと考えを巡らした。
佐紀は気を失う前に首の付け根の肩に何かが触れた感覚を思い出していた。
佐紀は以前に清吉から聞いた七日市藩の者を眠らせた方法だと感じた。
佐紀の横で小兵衛が「う~ん」と唸りながら眼を覚ました。
佐紀はゆっしりと立ち上がり小兵衛の様子を眺めた。
小兵衛も佐紀と同じ様にまず回りを見回し安全を確かめると佐紀を見上げた。
次にお久が目覚め、次々に順に目覚めて行き、目覚めた後の行動も同じであった。
最後に雪が立ち上がり暫くすると里の面々も目覚め始めた。
勿論。最初に目覚めたのは甚八であった。
「あれは本当に龍一郎様一人の為した事なのか、誰か龍一郎様の姿を見た者はおるか」
組頭の一人の問いに誰も答える者はいなかった。
「儂は気を失う前に首筋に何かを感じた・・・あれは何だったのか」
「其方も首筋か、儂も首筋を誰かに触られた様に感じた、その途端に意識が無くなった」
「儂もじゃ、あれが龍一郎様の技なのか」
「それ以外に無いでは無いか」
「儂は先の天覧大試合を見た、龍一郎様は二人になった、三人になった、そしてじゃ、小兵衛殿と戦われた刻には何と二人とも消えおった、木刀がぶつかり合う「か~ん」「か~ん」と言う音しか聞こえんかった」
「では、我らの眼では見えぬ程に早く動いていると言うか」
「読売にもその様に書いてあった、其方だけが二人、三人に見えた訳でも消えた訳でも無いあの場の者全てがそう見えたのだ」
「佐紀様にもそう見えたのであろうか」
「何時だったか、平四郎殿が言われた事がある、人は己の動ける速さ以上の動きは見えぬとな」
「それで、平四郎殿は龍一郎様の動きが見えると言うたのか」
「いや、逆じゃ、平四郎殿は龍一郎様の動きは見えぬと申された、平四郎殿よりも早く動けるのは三郎太殿、小兵衛殿、佐紀様、そして龍一郎様と申された」
「小兵衛殿は平四郎殿と同じと申されていたがな」
「とすると、一番早いのは龍一郎様、次いで佐紀様、次が三郎太殿と言う事か」
「甚八の統領が心腹する訳じゃ、明日、いや、今日から儂も龍一郎様に従うと決めた」
「儂もじゃ」
「おらも従ごうと決めたずら」
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