第259話 大山へ
「良し、話は此処までじゃ、久し振りに皆が揃うた事でもある、山へ登ろうではないか、どうじゃ」
「龍一郎様が先頭を行かれますか」
龍一郎様の言葉に平太が問うた。
「そうじゃのぉ~、何時も何時も儂が先頭では詰らんのぉ~、先導は佐紀に願おう」
「うへぇ~、佐紀様は龍一郎様と違って厳しいお方だからな~」
甚八が不平を溢した。
「まぁ~、私は厳しいですと、甚八殿」
「はぁ~、正直申しまして、その美しい後ろ姿を見ている余裕など無い程に厳しい」
「その様に邪(よこしま)な考えを持たれるから厳しく感じるので御座います」
「良し、皆で佐紀の尻を追い掛け様ではないか、参ろう」
佐紀を先頭に皆が建屋を出て、山の頂上を目指した。
龍一郎は広場にまだ居た、佐助と八重にも付いて来る様に言っていた。
今回の経路は二番が選ばれた、無論、仙太郎たち新参者四人がいるからであった。
一番目もやっとやっとの新参者たちは当然付いて行けず皆に抜かれ新参者の師匠たち四人と龍一郎に鼓舞されてどうにかこうにか頂上に辿り着いた。
先に着いていた者たちは最低でも三番目の経路を修行している者たちで上位者は最終手前の九番を修行中だった。
三番目を修行中なのは双角、慈恩、双子の葉月と弥生で組頭の多くは六番目、小兵衛たち古参は九番だった。
双角、慈恩と同時期に仲間になった雪は山修行に関しては別格で既に六番目を修行していた。
山修行を始めた当初、皆よりも先を行っていた三郎太は九番目がなかなか制覇出来ず平太、小兵衛たちに追い付かれて仕舞っていた。
山の頂上は毎日百人以上が何度も訪れる為、社も綺麗にされ一群の花畑も綺麗に整備されていた。
「此れから道を進む、目的地はあの大山じゃ」
龍一郎が遠くに見える大山を指さした。
「佐紀、先導致せ」
「はい、では参ります」
佐紀は掛け声と共に山を降り始め皆が後に続いた。
この道は以前に山賊を退治した刻に利用したもので、その刻にいた者以外に取っては初めてのものだった。
「誠一郎様、懐かしい道で御座います」
「そうだな、何やら遠い昔の様に感じるな」
「皆様は初めてでは無いのですか」
舞と誠一郎の話に雪が割って入った。
「話せば長い話になる、詳しくは夕餉の刻に聞かせよう」
平太が雪に言った。
その四人の前を必死の形相で仙太郎、次郎太、律、幸の新参者四人が走っていた。
佐紀の後に小兵衛、久、平四郎、有が続き甚八と組頭たちが続き双角、慈恩、葉月、弥生の姉妹が続き清吉と駒の夫婦、正平と美津の夫婦、高、富三郎と景の夫婦が続き、元柳生の二人が続いた、その後に新参者の仙太郎たち四人が続き、その後ろを誠一郎たち新人ものの指導者が続き最後に三郎太、有が続き龍一郎が最後尾を務めた。
大人数の修行であった。
この経路を初めて通る者が多く、只々前を走る者の後を付いて行くだけで足元を探りながらの走りの為、早く走る事が出来ず、振り返って確かめた佐紀は速度を落としていた。
佐紀は大山へ向かわず東に進み養老渓谷へ向かい、滝の一つ高さ百尺の栗又の滝を過ぎると険しい道を登り二つ目の滝、幻の滝と言われる高さ三十尺の小沢又の滝にを過ぎ向きを変えると大山へ向かった。
何時も修行している大福山は高さが一千尺で大山は八百十五尺と少し低い。
佐紀は大山の麓で速度を少し落としたが止まる事はせず、続けて大山を登り始めた。
何時もの山よりも低い山であったが二つの滝への厳しい道を通ったので大山の山頂に着いた刻には里の皆は疲れきり座り込んでしまった。
双角、慈恩、葉月、弥生、元柳生の二人の六人はまだまだ鍛錬が足りず座り込んで仕舞った。
無論、残りの江戸組は平気な顔をしていた。
その江戸組が背負っていた袋を下ろし中からお握りと水が入った竹筒を沢山、沢山出した。
「さぁ~、皆さん、喉が渇いているでしょう、お腹も空いたでしょう、食べて、飲んで下さい、どうぞ、どうぞ」
皆は躊躇していたが双角がお握りに手を伸ばし竹筒を手にすると皆が一斉に手を伸ばした。
二百個以上あった握りがあっと言う間に皆の腹の中に消えた。
「お姉さん、龍一郎がたは召し上がっておりませぬ、お中が空かないのでしょうか」
「本に皆さま握りに手を伸ばしておりませぬなぁ」
「平太殿にお聞き申しました、葉月殿、弥生殿、彼らは山の中を二、三日の間、走り回りその間、口にするのは沢の水だけの修行をしているそうに御座います、龍一郎様と佐紀様、三郎太殿、平太殿は十日だそうで御座います」
雪が葉月、弥生、慈恩、双角、鰐淵、井上たちに教えた。
「十日も何も食べずなど私にはとても無理です、三日も無理です」
双角が泣きそうな顔で訴えた。
「仙人は霞を食すると申します、あの方たちは仙人なのでしょうか」
「半日、一日、二日と少しづつ伸ばすそうです」
「何故、その様な修行をするのでしょうか」
「身体から余分なものが取り除かれる事、精神が鍛えられる事、だそうで御座います」
道場で舞と先に寝泊りを一緒にしていた雪が双子に説明した。
「此れから舞様が女子でなければ解らぬ事をいろいろとお教え下さるでしょう」
「其れでは、此れより里に戻ります」
佐紀が回りにいた平四郎、三郎太など江戸組に声を掛けると皆が回りに大声で出立を告げ周辺の者たちへ伝わって行った。
突然、佐紀が飛び上がると空中でクルリと回りを見渡した。
次に佐紀は声を掛け走った。
「三郎太殿」
走り寄った佐紀を三郎太が前に組んだ左右の手で上へと跳ね上げた。
上に飛んだ佐紀は先程と同じ様に回りを見渡した。
飛び上がった高さに回りの里の者たちが驚いた。
着地した佐紀が静かに言った。
「出~立」
佐紀が走り出し、その後を江戸組の一部が続き、百人を超える里の者たちが続き最後に仙太郎たち四人と師匠の誠一郎たちが続き最後尾を龍一郎が走った。
佐紀の走りは容赦無く直ぐ後の江戸組は付いて行けたが、その後の里組の一部を除いて遅れが出始めた。
里の者の中で付いて行けたのは佐助、八重など限られた者たちだった。
逆に江戸組の中でも双角、慈恩、葉月、弥生、鰐淵、井上は佐助、八重に抜かれ遅れ始めた。
広場に佐紀が着き続いてなんと雪が続き、三郎太、平四郎、お有、お峰、清吉、お駒、揚羽が続き、小兵衛、お久、お高、佐助、八重、富三郎、お景が続き、少し間があり里の上位組が大挙して到着し、また間が有り、里の中位組が大挙して着き、また間が有り里の下位組が着き、また間が有り、双角、慈恩、葉月、弥生、鰐淵、井上と続き、暫く間があり最後に仙太郎、次郎太、律、幸、誠一郎、舞、平太、雪が到着した。
最後尾に居たはずの龍一郎を皆は待っていたが現れず、諦めて前を見ると佐紀の隣に立っていた。
「皆の鍛錬の一旦を見る事が出来た、此れからも弛まぬ鍛錬を致せ、それ即ち己の身の安全、仲間の安全に繋がると知れ・・・皆、ご苦労であった」
龍一郎の言葉に続いて甚八の「解散」の声が響き皆が我が家へと散って行った。
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