第258話 影の黒幕

この刻、建屋の前には江戸から多数が久し振りに揃っていた。

龍一郎、お佐紀、小兵衛、お久、平四郎、お峰、三郎太、お有、清吉、お駒、誠一郎、舞、平太、富三郎、お景、正平、美津、お高、お花改め揚羽が居並び、お高の亭主・板長の貞吉まで居た。

そして、少し離れた処に双角、慈恩、お雪、葉月、弥生、鐘四郎、十兵衛、元柳生の二人・鰐淵、井上が並んでいた。

料亭・揚羽亭と船宿・駒清は三日間の休業を張り出し、奉公人たちに休養を与えた。

道場は門弟の内の高弟に任せ、お雪の婆が留守番をし南北奉行所の門弟たちが寝泊りしていた。

橘屋敷は加賀屋と能登屋の番頭、手代、小僧が交代で留守番をしていた。

龍一郎と佐紀の息子・龍太郎は何時もの様に佐紀の実家に預けられていた。

此度の様に龍一郎の仲間たち全員が集まるなど久しく無かった事である。

そして、彼らの前には養老の里の戦闘員たちがいた。

城の警護の組と江戸の甚八の屋敷と丘屋敷に警護の者が数人ずついるだけで他の者たちが集まっていた。


龍一郎が一歩前に出た。

「我らはこの里を得て、江戸に道場と屋敷を手にし、そして此度は丘屋敷を手にした。

皆の助けで丘屋敷の表の建屋と裏の建屋も建てられた、助力に感謝する。

此れからは江戸の屋敷で任に当たる者たちは鍛錬に里では無く、丘屋敷を使う事となろう。

我らの務めは日乃本の安寧にある、江戸の町々の安寧にある、千代田の城の安寧にある。

我らはその為に身体と心の鍛錬を怠ってはならぬ、己の技量を昨日よりも今日、今日よりも明日に高みを目指すのだ。

徳川の御世になって戦の無い世が続いておるが、まだまだ貧困、飢餓、犯罪は無くならない。

私は此処に誓う、一つでも多くの犯罪を減らし、一人でも多くの犯罪を犯す者を懲らしめる。

私は此処に誓う、一人でも多くの貧困、飢餓に苦しむ者を救う。

私の誓いに助成したく無い者は遠慮無く、この里を去ってくれ、追いはせぬ。」

暫くの静寂の後、佐紀が一歩前に進み言った。

「親方様・龍一郎様に従います」

続いて前に並んだ当初から仲間の江戸組の面々が同様に宣言した。

続いて、前に並ぶ、後から仲間になった、双角、慈恩、元柳生、双子の姉妹たちが同様に宣言した。

又、暫く静寂の間が有って、集団の先頭の中央にいた甚八がその場で座り平伏して同様に宣言した。

即座に甚八の回りの者たちが甚八を真似て平伏した。

次々に平伏しあっと言う間に全員が龍一郎の前に平伏した。

広場の回りで暮らす人々でその場にいた者たちも同様にその場で平伏していた。

又、暫しの静寂の後、龍一郎が言った。

「忝い、ありがとう、皆に改めて礼を申します。

此れからも厳しい鍛錬が続きます、己の技量の向上は即ち己の身の安全となり、家族の安全、里の安全に繋がります、心して精進して下さい・・・では前に並ぶ者たちと組頭は建屋に入って下さい、此れからの敵と対処について相談致します、ご苦労でした、解散」

集会所として使われている建屋に江戸組の面々と里の甚八と組頭が集まった。

龍一郎が正面に座り、その横に佐紀が座っていた。

「まず、問いたい、江戸に暮らす者、城の警護に江戸に行く者に問いたい・・・里を離れ江戸に近づくに連れて意識の明朗さ欠ける気がせぬか、気配を探る力の衰えを感じぬか、城の警護の者たちに問いたい、城の中では気配が探り難くは無いか、又、日に寄って探り易い日と探り難い日は無いか・・・どうじゃな」

皆が考え込み静寂の刻が続いた。

「私は里にいると気分が晴れやかになります、それで江戸に戻ると里に行きたくなります」

舞が己の心の内を述べた。

「城にいると刻々、霧の中にいる様な気がする刻が御座います」

組頭の一人が言った。

「城を離れ屋敷に戻ると少し霧が晴れるのですが、丘屋敷に行くのもっと霧が晴れ、里では霧が全くなく気分も爽快で御座います」

他の組頭も同様な事を言った。

「龍一郎、何が言いたいのだ」

「父上、父上はここ里に居る刻と江戸に居る刻とで心持ちに違いが御座いますか、気配の具合に違いは御座いませぬか」

「うむ~、言われてみれば、里では遠くまで気配を感じるが江戸では道場の近隣しか感じられぬなぁ~、じゃが、それは人が多いからであろうと思うておった」

「先程は広場に大勢の人が居りましたが、例えば佐助が何処に居ったかがお解りでは御座いませぬか」

「うむ~、解って居った、八重の居る処も解って居った・・・やはり、里と江戸では何かが違うのか、何が違うのだ、龍一郎は既に訳を知っているのであろう、何じゃ・・・言えぬか」

「此れにはまず舞殿に礼を言わねば成りませぬ、舞殿、ありがとう」

訳が解らず、名指しされた舞、本人が首を傾げ不思議そうな顔をした。

「わ、私が・・・」

「そうじゃ、其方の何気無い言葉じゃ、其方はある日、里に来ると頭の中の靄が晴れてすっきりする、と申したのじゃ、その言葉を聞いて、そう言われれば私もそうじゃな、と気が付いた・・・江戸に居る何者かが結界を張り人々の頭に靄を掛けておる、頭が良く働かぬのじゃ、気配も探り難くなるのじゃ・・・そしてじゃ、先日の天覧試合のおりに誰がその靄を出しておるかが解った」

「誰じゃ、龍一郎」

父、小兵衛が尋ねた。

「今はそれは申せませぬ、何故なれば、皆の警戒の意識がその者に伝わり正体が知れたと気付かれるからです、只、城の中におる、とだけ申しておきましょう」

「城の中にその様な手練れが居るのか・・・何故、誰も気付かぬのじゃ」

「その者が結界を張り頭の働きを鈍くし、感覚も鈍り気配を探る力も鈍くなるのです」

「その者の名は聞かぬ・・・が、我らが会うた事は無いのじゃな」

「いいえ、父上も私も会うて居ります」

「な・な・何~、儂も会うたとな、うむ~、間違いでは無いのか」

「父上、残念で御座いますが会うております」

「その者で間違いでは無いのじゃな」

「はい、私はその者に昔に会うておりますが、気付きませんでした、姿形は無論の事、気配も違っておりました、ですが試合のおりに一瞬驚きに化けの皮が剥がれ気が付きました」

「何、龍一郎、其方は以前にも会うておるのか」

「・・・お前様、もしや、もしやして・・・」

「佐紀、覚えておったか、そのまさかじゃ、驚きであろう」

「はい、まさか今も生きておいでとは・・・」

「何じゃ、其方ら夫婦だけの会話は無しじゃ」

「爺、夫婦だけでは無いぞ、私も思い出したわ」

舞が誰の事か解ったと言った。

「何、舞も誰の事か解ったてか、うむ~誰かのぉ~」

「お前様・・・百地三太夫殿かと思われます」

「何、龍一郎が東北で弟子入りしたと言う師匠では無いか・・・齢200才を超えるのだぞ、真か、龍一郎」

「大試合のおりに一瞬感じた気配は間違い御座いませぬ・・・皆に申しておく、倒すなどと、努々考えるでは無い、我が妻女・佐紀さえも勝てぬ相手じゃ、儂さえも勝てるかどうか・・・だが、倒さねば成らぬ、策を練る、支度に刻がいる、支度が出来るまで此れまでの様に知らぬ顔で通してくれぬか、辛抱してほしい」

「龍一郎様が勝てる自信が無く、佐紀様が勝てぬとなると我々では相手に成らぬ・・・皆も決して関わっては成らぬ、組頭は配下の者たちに重々念を押して置いてほしい」

ここの処、養老の里に住み込み里の皆を指導して来た平四郎が組頭に注意した。

「ははぁ~、皆も心して自重する様にな」

甚八も組頭に念を押した。

「ははぁ~」

組頭全員が平伏して服従を誓った。

「支度が整い次第、皆さまにもお手伝いをお願い致します」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る