第256話 里へ向かう新参者

翌朝、旅立ちの通例通りに七つ(4時)に丘屋敷を出立した。

先頭は誠一郎と舞が武家の若夫婦の扮装で出立し、次に一丁開けて仙太郎と律と次郎太と幸が町人の旅姿で出立し、又一丁開けて最後に平太と雪が武家の兄妹の扮装で出立した。

道筋として板橋から千住を目指し、其処から成田山を目指す事になっていた。

仙太郎たち四人はそれぞれの暮らしを語りながら歩いていた。

板橋から千住への道筋の真ん中あたりで二丁の駕籠に一旦追い越された。

四人がそのまま歩いていると追い抜いて行った二丁の駕籠が待っていた。

「お二人の娘さんよぉ~、疲れたろ~、駕籠に乗りねぇ~な、楽旅だぜ、そうしね~な、帰り駕籠だ、だからよ~、安くしとくぜ、さぁ、さぁ乗ったり、乗ったり」

駕籠かきの一人が幸と律に声を掛けた。

「御心使いありがとう御座います、ですが私共は御府内に参るのではありませんので、ご遠慮申します」

「何処へ行くんだい、途中まででも乗っていねぇ~な」

「大人しく、優しく言っている内に乗った方が良いぜ」

二丁の駕籠かき四人が幸と律ら四人を囲んだ。

「次郎太さんよ、他人じゃ無くて自分たちに災難だぜ、大人しく従うかね」

「こいつらは此れまでにも旅人に難癖を付け、此れからも迷惑を掛けるでしょうね」

「では、懲らしめますか、私はそうしたいのですが」

「では、そうしましょう」

仙太郎と次郎太は律と幸を自分たちの後ろへ回し言い放った。

「てめいら、これまでは運が良かった様だが、今回は運が悪かったね~、少し痛い目に会ってもらおうか」

仙太郎が駕籠かきに啖呵を切った。

「何を~、直に乗れば良いものを痛い目に会うのは、おめいらだ」

駕籠かきの二人が息杖を振り上げて仙太郎と次郎太に殴り掛かった。

次の瞬間、仙太郎は前に進むと息杖を避けて右の拳で相手の左頬を殴りつけた。

次郎太も前に進むと息杖を避けて右の拳を相手の腹に食い込ませた。

仙太郎と次郎太は倒れた二人を上から見下ろし大きく息を吸い吐き出した。

その瞬間、二人の後ろで「どさ、どさ」と音が響いた。

二人が振り向くと倒した駕籠かきの相棒の二人が倒れ、平太と誠一郎が側に立って回りを見渡していた。

「勝利を確信した瞬間の安堵の刻が一番危険な刻なのです、と前に言いました」

「申し訳も御座いませぬ」

「肝に命じます」

「私達二人も悪いのです、申し訳御座いません」

「その通りです、申し訳も御座いません」

幸と律も自分達の落ち度を詫びた。

「我々に詫びる事ではありませぬ、貴方たちの命に関わる事です」

「処でお二人に倒された駕籠かきの方のお二人さんに申します、懐の刃物を出す様な真似はしない方が良いですよ、そのまま気を失った振りをしていた方が身の為です、刃物を出した刻は腕の一本位は折らせて頂きます、明日からの商いに困る事になりますよ」

仙太郎と次郎太に倒された二人の駕籠かきがゆっくりと状態を起こし胡坐をかいて座った。

「危ね~、危ね~、世の中広いやね、若いとたかを括っていたがね、見破られちゃ~空きがねぇ~や」

「当たり前だ、このお武家様はな、先の大試合の少年の部とは言え優勝されたお方じゃ、それにな隣におる女子は次席のお方だ、刃物を抜かずに良かったな」

「うへぇ~、あの御仁でしたか、遠目しか見えんかったが凄い腕前だと歓心したぜ」

「相方よぉ~、悪い相手に声を掛けたもんだなぁ~」

「そうではありません、これを機会に悪さを止めろとの天のお告げだと思う事です」

舞が二人に御神託をした。

「ははぁ~」

舞の巫女の様な御神託に駕籠かきの二人は頭を垂れて拝礼した。


丘屋敷を七つに立ち千住には大体二刻後の五つ頃に着いた。

旅に慣れぬ四人が重しを着けての旅である事と駕籠かきとの件もあり、誠一郎が予想していたよりも早い到着だった。

千住に着いた皆は誠一郎と舞が見つけて前で待っていた一膳飯屋に入り朝餉を食した。

飯屋に入った誠一郎が見渡すと離れた処ではあるが二つの空いている卓があり二組に別れ席に着いた。

朝餉は飯、味噌汁、香の物の定食だけの商いで皆が同じ物を食する事となった。

誠一郎を始め師匠たちは丼飯と味噌汁をお代わりし飯屋の者たちと他の客を驚かせた。

仙太郎たち新参者たちも師匠たちの大食漢に驚いたが自分たちもとは行かなかった。

席は誠一郎、仙太郎、舞、律が同席で他の四人は別の席だった。

皆が食事を終え茶を飲み暫くすると誠一郎が勘定を望む声を上げ店の者が来ると舞が全員の勘定を払った。

出立の刻を告げる様に誠一郎が立ち上がると舞、平太、雪が立ち上がり、仙太郎たちも立ち上がり全員が揃って店を後にした。

飯屋を出て直ぐに平太が誠一郎に問うた。

「どの辺りですかね」

「町外れから一丁か二丁離れた処でしょうか」

「鉄砲か弓があるでしょうから先に排除しておきましょう」

「願います」

「畏まりました」

此れまでと同じ様に誠一郎と舞が先頭、仙太郎ら四人が次に最後に平太と雪が続いて歩きだした。

但し、今回は間を開けずに八人が固まって歩いて行った。

町外れから一丁ほど進んだ刻に誠一郎の歩みが遅いものに変わった。

仙太郎が何気に振り向くと平太と雪の姿が無かった。

町から二丁程の処に達した処で右の林を後ろにして男が二人斜面に座っていた。

「そこの若い衆よぉ~、待ちねぇ~な」

「我らの事かな」

「他の誰がいるよぉ~、話は簡単だ、有り金を置いて行きな」

「我らは佐倉に行くだけで御座る、小銭しか持ち合わせが無い、大金は無い、相手を間違えたな」

「いいや、間違えちゃ~いね~よ、若い娘二人を吉原へ年上の二人は千住の飯盛りに売りゃ~そこそこの大金になるんだよ、まずは巾着を出しなよ、旗本の若様よぉ~」

「確かに某は旗本の倅だが巾着は持っておらぬ、女房殿の領分でな、其方に渡すか、どうかは解らぬ」

「おい、女、巾着を出しな」

「私達は佐倉で昼餉を食するつもりですので、お渡し出来ませぬ」

「おい、おい、俺達二人でもお前達を始末出来るが後ろの林の中には仲間が沢山いるんだぜ、そいつらは我ら二人よりも始末が悪いぜ、男共は始末されて女共は犯されちまうぜ、いいのかい」

「林に仲間がいるのですか、そうですか、呼んで下さいな、お顔を拝見しましょう」

「解らねぇ~、女だな、おい、本当に仲間を見せてやりな」

もう一人の男が指笛を鳴らした。

林の中は森閑として誰も現れる様子は無かった。

「仲間は現れませぬなぁ~、お二人でお相手しますか」

「おい、どうしたんだい、何であいつ等は出て来ないんだ」

話していた男が指笛を鳴らした男に問い掛けた。

「解らねぇ~、どうしちまったんだ」

二人の盗賊は少し不安げな表情になった。

「仲間の十人は二度と悪さが出来ぬでしょう、懲りぬ奴もいるでしょうが、今日は無理ですね」

消えていた平太が皆の後ろから声を掛けた。

仙太郎たち四人が振り向くと平太と雪が平然と立っていた。

「さて、お仲間はいませんがお二人でお相手下さいますか」

舞が問い掛けた。

「当たり前だ」

二人の盗賊は刀を抜いて前に進んで来た。

「誠一郎様、扇子をお借りします」

誠一郎が帯に差していた扇子を舞に渡した、鉄扇である。

「女、お前一人が儂ら二人を相手にするつもりか」

「その女子の名は橘舞と申す、聞いた事は無いかな」

誠一郎が告げた。

「橘・・・舞・・・まさか、先の大試合で次席になった女剣士では無いだろうな」

「その女子ですよ」

「頭、次席と言ったって女子の子供だ、やっちまおうぜ」

「そのつもりだ」

指笛を鳴らした男が最初に話掛けて来た男、盗賊の頭に言った。

「其方らは、この辺りに、いいえ、何処にいても邪魔なだけです、二度と悪さを起こす事の無い様に致しましょう」

「しゃらくせ~や」

二人の盗賊が舞に斬り掛かって行った。

次の瞬間、舞がそよりと動いたと見えた刻には二人の盗賊の動きが一瞬止まり、次には地面に転がり左手で右方を抑えて痛みにのたうち回っていた。

「其方らが今後も悪さを続けるならば、次の機会には命は無いものと思う事だ、また、仕返しがしたいならば、橘道場へ何時でも参るが良い、待っておる、林の中の仲間の手当も忘れるで無いぞ」

誠一郎が痛みに耐える盗賊の頭に声を掛け、舞から鉄扇を受け取ると舞と共に歩き出した。

そこからは丘屋敷を出た刻と同じに一丁開けて四人が続き又一丁開けて平太と雪が続いて歩いた。

盗賊に別れを告げてからの歩みはとても早いものに変わっていた。

残りの距離を考えると本日中に里に着く為にはゆっくりとは行かず、昼餉も平太と雪が先行し飯屋に頼んで作って貰った握り飯を受け取り途中で歩きながら頬張った。

養老の里への誰もいない道に入ると殆ど走りになり里に着いたのは九つ(10時)だった。

里の広場に辿り着いた仙太郎ら四人は倒れ込み息も絶え絶えだった。

舞と雪は建屋に入ると到着の挨拶をし夕餉の支度を始めた。

倒れ込む四人を誠一郎と平太が見下ろして立っていた。

暫くして建屋から舞と雪が出て来たので誠一郎が仙太郎に肩を貸し小屋へと連れ込んだ。

舞は律、平太は次郎太、雪は幸に肩を貸し建屋の中へ連れて行った。

仙太郎ら四人は建屋に入ると土間で草鞋を脱がされ奥の畳の部屋に連れて行かれた。

夕餉の支度が出来たので仙太郎らの様子を見に行った平太がそのまま戻って来た。

「夕餉よりも眠りでしょう」

「では、我らだけで食べようか」

「はい」

昼の握り飯の残りと洗った米を味噌と青菜と大根で煮込んだ鍋から器に移し四人は食べた。

食事を終えた舞と雪は食器を洗うと自分達に割り当てられた小屋へと寝に向かった。

誠一郎と平太は建屋に残り、そのまま眠りに着いた。

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