第255話 新参者たちの語らい

三日の間、四人の教え手と習い手は鍛錬を続けた。

四人の習い手はとても熱心で上達も早かった。

三日目の鍛錬の終りに誠一郎が四人の新参者に言った。

「我らの本来の修行の場は、此処に有らず、養老の里と申す処で御座る、明朝、出立致します」

「はぁ、畏まりました」


その日の夕餉では、上座に江戸の上位の者たち、次に里の者たち、下手に新参者の四人が座っていた。

「我らも常人とは違う技を磨いていると思うておりましたが、此処まで凄いとは驚きです」

仙太郎が次郎太に言った。

「我らも府中全域の情報を集める事も務めとしておりましたが、此処での修行を積めば集め易くなる事でしょう、仙太郎殿」

「ですが、此処は本拠では無いと言う・・・明日よりいよいよ本拠地での修行です、楽しみな様な怖い様な、複雑な思いです、次郎太殿、私の事は仙太郎と呼び捨てにして下され、私も次郎太と呼ばせて頂きたい」

「解りました、仙太郎、吉原は常人の男が知る場所と其方らだけが知る場所があると聞いたが真か、女子は入れぬのか」

「裏道が蜘蛛の巣の様にあります、常人は存在も知らぬ裏道です、我らの仲間が道を塞いでおります、裏道には普通の生活に必要な物を売り買いするお店が御座います、豆腐、味噌、米、野菜、質、両替など何でもあります、ですから女子衆もおります、但し、この女子衆が吉原を出る際には会所が与えた書付を見せる用があります」

「幸様は吉原を見てみたいですか」

「はい、私達も呼び捨てにしませぬか、律さんと読んで良いですか」

「はい、幸さん、今度、戻りましたら、吉原の入所許可書を作っておきます、その書付が有れば大門から出られる様になります、あそこは女人は入れますが出る刻には足抜けと申す逃げる者を防ぐ為に無断で女が外には出られないのです、それを見張るのも会所とその向かいにある奉行所の面番所で御座います」

「中々、厳しいのですね、同じ女子として辛くは無いですか」

「慣れました、世の中、不公平ばかりです、これもその一つ、割り切るしかありません、貴方もじゃないの」

「そうですね、非人・・・人では無い人・・・それって何と思っています」

「幸さんの処は吉原よりも入り難いでしょう」

「そうですね、何百人と居ますが皆が顔見知りです、新参者は二度と出られませぬ」

「怖い処と聞いていましたが本当の事なのですね」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ、それは噂で我々が広めているだけの事ですよ、そのせいで常人は誰も入って来ません」

「四郎兵衛様とお二人を一度お招きして皆に顔を覚えて貰いましょう、そうすれば何時でも中に入れます」

「龍一郎様の手下に・・・仲間になりましたから、此れからは調べを頼まれればお互いの行き来も御座いましょう」

「そうですね、早く龍一郎様のお役に立つ様に成りたいものですね」

「我らの師匠方は年少なれど、既にお役に立っておるのであろうなぁ~」

「しかし、何故に我らは龍一郎様のお役に立ちたいのでしょうか」

「はて、言われてみれば、何故であろうか」

「私は解ります、お佐紀様が悪人を懲らしめた読売を何枚か読み、誰かが街中で悪人を懲らしめていて、それがどうも龍一郎様のお仲間の様だと思われていたり・・・そんな噂や読売を知り私も人助けが出来たらと思っていました、それが今回、御縁で龍一郎様のお仲間に成れたのです、悪人を懲らしめるお役に立てるのです」

「うむ、確かにお佐紀様の読売を読んで私も同じ様に出来たらと思ったなぁ~」

「読売によるとお佐紀様と舞様が三人の武家に絡まれた様です、本人ですから対するのは当然と言えば当然ですが、自分が三人の武家に囲まれた刻にと思うと困りますね」

「それが自分では無く他の人、女、子供であった場合、助けに入るかと問われれば・・・解りません、相手が武家では無くて与太者であっても一人、二人なら助けるかも知れませんが五人、六人となると・・・自分は助ける人であって欲しい者ですが・・・多分見て見ぬ振りをしてしまうでしょう」

「それはしよう無い事ですよ、勝てる自信が無い、解らないのですから、でも、龍一郎様のお仲間は絶対に勝てる自信があるのですから必ず助けると思います」

「大試合の勝者と次席の龍一郎様、お佐紀様、舞様に向かって行く者などいないでしょう」

「でも、あの優しい顔の龍一郎様と見目麗しいお佐紀様と愛くるしい舞様がまさか勝者と次席には見えないでしょうね」

「確かに見えませんね」

「我らの師匠の一人の舞様より上位のお佐紀様は読売によると町屋の娘とありましたが、何処をどう見ても武家の奥方にしか見えませぬ、本当に町屋の生まれなのでしょうか」

「はい、回線問屋・辰巳屋の娘子です」

「辰巳屋さんの・・・」

「何年か前にその辰巳屋の娘子が大奥に上がられたと読売で読んだ覚えがあるのですが・・・」

「その大奥から戻られたのがお佐紀様だそうです」

「そのお方が女子の部とは言え、名立たる道場の子息や武家の奥方に勝たれた・・・師匠が名立たる流派の剣豪を倒された龍一郎様だからでしょうか」

「剣豪の弟子は弟子になっただけで強くは成らぬでしょう、お佐紀様の鍛錬は想像も出来ませぬ」

「我らのこの三日の鍛錬は私には少々厳しいものでした、でも此れは入口に過ぎませぬ、明日からが本番です、どれ程の厳しさが待っているのでしょうか」

「それはとても厳しいものでしょう、が、我らには先達がいます、舞殿、平太殿、お雪殿がおられる、彼らが耐えられたのです、我らに出来ぬはずは無い、我らとて決して楽な処で育った訳では無いですからね」

「それはまぁ、普通の町人とは、いささか異なる生き方かもしれません・・・処で次郎太さんも幸さんも人別帳には名が乗っていないのですか」

「はい、我らの住まいには人別帳はありません」

「もし、今後、龍一郎様の御用で関所を通らねば成らぬ刻は・・・」

「関八州ならば、幾らでも伝手はあります、御心配には及びません」

「それは良かった、我らまだまだお互いを知らねば成りませぬね」

「まずは、この鍛錬を無事に終り、お二人に吉原を見て頂きましょう」

「その次はお二人に我々の集落を見て頂きます」

「吉原の存在は確かですが、非人部落は噂の存在でしか無いですからね、それが実在し中に入れる・・・不思議な気持ちです、楽しみでもあり怖くもあります」

「処で仙太郎さんの処では龍一郎様の身辺を探られましたか、我らは致しました」

「龍一郎様の人柄は良いとは感じましたが、我ら会所もそれだけで信じる訳には参りませぬ、調べました、なれど正直な処は只の好奇心です」

「それで何が解りましたかな」

「橘道場は幕府拝領の屋敷でした、噂によれば大岡様の口添えがあったと事、何でも数件の捕り物に橘の者たちが奉行所に助成したとかで、その褒美にと言う事の様です、その刻の橘の者たちは南北奉行所の鍛錬所の師範代だったらしいのです。

橘様が鍛錬所を開設し名を橘道場としました。

何でも道場と言うのは仏門では修行の場の事だそうです。

主を館長と呼び橘の御家人としては隠居した小兵衛殿が、この館長になりました。

そして倅の龍一郎様が師範になりました、勿論、龍一郎様の出自を思えば当然、御養子です」

「その道場の開所式の様子を御存じですか」

「いや、何かありましたか」

「その刻、試合が御座いました。

最初の橘からの代表者は少年であったそうな、それが南町奉行・大岡様の御子息・誠一郎様であったそうな。

その後、上覧大試合の少年の部で勝者になられる訳ですからな。

誠一郎様の後で龍一郎様が試合った様ですが獲物は扇子であったそうな。

無論の事、龍一郎様の勝ちでしたが、その次に出た方が今の館長・小兵衛殿の妻女・お久様だったそうです。

これも無論、お久様の勝ちなのですが、お相手の方は今や龍一郎様の家族であるそうな。

そして、これらの試合の審判を為された方が岩澤平四郎殿であったそうで御座います」

「平四郎殿と申されれば大試合の祝いに道場を訪ねた刻に同席されていた様な気がしますが」

「そうです、その方です。

七日市藩の剣鍛錬所の館長です。

この件は当時、読売にもなりました。

七日市藩が館長を公募して話題になりました。

この刻、最後に残った二人が龍一郎様と平四郎殿であったそうな・・・そして龍一郎様が勝たれたが館長には平四郎殿が仕官されました。

理由は数あれど、まずは龍一郎様は御家人と身分は低いが幕臣です、七日市藩への仕官には得はありませぬ、そして一番の理由は七日市藩が加賀藩の支藩である事と思われます」

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