第251話 丘屋敷のお披露目
双角が大八車の前で肩に掛けた引き縄を引き後ろから里の者たちが押していた。
もう一台の引き綱は慈恩が引いていたこれも後ろから里の者たちが押していた。
荷物には幌が掛けられ荷物が何か解らなく、二台の荷物の上には龍一郎と佐紀が乗っていた。
「龍一郎様、佐紀様、乗り心地はどうかねぇ」
「おぉ、揺れが少のおて良いな、富三郎、良い工夫をしたのぉ」
「龍一郎が長崎で見たと言うお言葉で文献を調べまして細工して見ました、鋼の強度を合わせるのが少々大変でした」
「龍一郎様、新しいこの荷車になって荷物の破損が無くなったぞ」
「そうか、何よりじゃ、佐紀、乗り心地はどうじゃ」
「快適で御座います、葉月殿、乗りなされ」
「はい」
葉月は応えると周りを見回し誰もいないのを確かめて「ひょい」と佐紀の横に飛び乗って座った。
「乗り心地の良い物ですね、馬よりも楽です」
佐紀の横には富三郎の二人の子供も乗っていた。
「弥生、其方は儂の横に乗れ」
「はい」
弥生も「ふわり」と飛び上がり龍一郎の横に座った。
「本に楽で御座います、富三郎様は凄い方ですね」
「富三郎、二人の弟子が育ったら、其方は長崎に学びに行け~」
「真で御座いますか」
「嘘や冗談では無い、好きなだけ学んで来い、何なら他所の国にも行くか」
「エゲレスにも行けますか」
「行ける、道には表も有れば裏もある」
「巳之吉、朋吉、もっとびしびし教えるぞ」
「龍一郎様、師匠がその気になったぞな」
巳之吉と朋吉が龍一郎にぼやいた。
途中の河原の土手で昼餉゛の握飯を皆で食べたりとのんびりとした旅で養老から板橋へとレンガが送られた。
地下蔵は完成していたが今日の分は修理用の予備と他の使い道が見つかった刻の物だった。
一行には奉行所の任めがある為、十兵衛と鐘四郎も江戸に戻る事となったが新たな丘屋敷を見ておきたいとの望みを龍一郎が聞き入れた。
養老の里には小兵衛とお久、平四郎とお峰が指導者として残り、道場に龍一郎とお佐紀が戻り次第、三郎太とお有も里に行く事になっていた。
他にお高が鍛錬不足を訴え里に残った。
誠一郎と舞は先振れとして丘屋敷に既に向かっていた。
清吉と小駒はまるでいないかの様に二台の後ろを少し間を空けて歩いていた。
「お前さん、私は今回の銚子と行徳の事で江戸の近場の関八州を大岡様が見回る様があると思うのですがね」
「俺もそれを考えていた、何か組織的に防ぐか火が小さな内に消す方を考えたいものだがな」
「関八州は弾佐衛門様の息の掛かった区域だ、何とかこの繋がりを利用出来ぬものかなぁ~」
「おりを見て龍一郎様にご相談申し上げましょう」
丘屋敷の正門前に着いた。
流石の龍一郎も驚いた。
傾き苔むし蜘蛛の巣が張っていた両肩門が古びてはいるが立派に手入れの行き届いた物に変わっていた。
「何と、お前様、立派な御門で御座います」
「佐紀、其方に先に言われてしもうた」
「申し訳も御座いませぬ、余りの美しい変貌に我を忘れて仕舞いました」
「いやはや佐紀の申す通りじゃ、何十年も住んでいる様では無いか」
「棟梁が古材を用いて細工を致しました、ご満足頂けましたか」
「満足も満足、大満足、出来過ぎじゃぞ」
「棟梁も喜びましょう」
右の通用門の横の臆病窓が開き訪問者を確認すると右の通用門が開き、次に左の通用門が開き、最後に正門の両門が開き始め、大きく最後まで開いた。
皆が大門から入ると大門が閉じ始め閉じ終わると両方の通用門が閉じられた。
皆の前には石畳が屋敷まで続き庭には季節の花が咲き乱れていた。
「見事」
「・・・」
屋敷の式台に辿り着くまでに庭を目出て刻が掛かった。
式台には棟梁が満足げな顔で見詰め頭を垂れた。
「私に御用命下さりまして真にありがとう御座いました」
「棟梁、礼を言うのはこちらの方で御座います、良くぞ引き受けて下さり、良くぞ見事な仕事をして下された」
「まだ、式台までで御座います、此処からが工夫の本式で御座います、仕掛けが解りましたならご指摘下さい」
「我らが見破れば、其方ががっかりするのでは無いか」
「それは、仕掛けがあると解っている者の目であり、大試合の勝者の目で御座います、更なる工夫を致します」
「考えも見事」
「さぁさぁ、お入り下さい」
「棟梁、沓脱石の前の二つの小さな穴は何かな、式台の高さが板一枚分程高い様に見えるが何故かな」
「・・・流石で御座いますな、穴からは針が飛び出します、式台は落とし穴になっております」
「式台の両側の壁の厚みは弓を仕込むのに丁度良い様にも見えるが」
「それもお解りですか」
「棟梁、入口から仕掛けの連続では御座らぬか、一体奥までに幾つあるのだな」
「今は仕掛けが働かぬ様にして御座います、所々に仕掛けを働かせる仕掛けが御座います」
「棟梁、頼みがある・・・仕掛けを全て働かせてくれぬか、儂が奥まで参る」
「仕掛けに寄っては命が御座いませんぞ」
「良い、願う」
「お前様、私も御一緒させて頂けますか」
「儂が倒れた刻は子が親無しに成るではないか」
「まぁ、御冗談をお前様を倒す物などあるはずも有りませぬ、さぁ、参りましょう」
佐紀が先にさっさと奥へ向かった。
途端に弓の弦の音が聞こえたが悲鳴は聞こえ無かった。
龍一郎が続き奥へ向かった。
四半刻もした頃、皆の後ろから声が掛かった。
「良く考えられた仕掛けでありましたぞ、棟梁」
「ですが、一度だけで後続の者には仕掛けが有りませぬ、連続の工夫が必要かと考えます」
龍一郎と佐紀が仕掛けを通り抜けた感想を言った。
皆が一緒に奥へと廊下を進んで行った。
弓が飛び、槍が飛び、廊下も通り過ぎる部屋も散々な物になっていた。
一番奥の部屋は天井が落ちて見る影も無かった。
「すまぬな、棟梁、折角の屋敷が・・・」
「ご安心下さい、倉庫が隣にありまして、入れ替えの予備を作って御座います、明日には元の姿に戻して御覧に入れます」
「棟梁、見事」
「龍一郎様がたはそれので、山向こうにお出で下さい」
龍一郎にだけに聞こえる声で棟梁が言った。
「では、明日また出直すとしよう、楽しみにしております」
龍一郎たちは正門の通用口から出て行った。
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