第248話 銚子・行徳の結末
行徳屋と松前屋の主を含め悪党どもが南町奉行所の門前に置かれていたわけであるから、当然の事ながら二軒のお店の家宅捜索も行われた。
行徳屋へは与力の浅井十兵衛が指揮を取り、松前屋には筆頭与力の関口孫右衛門が指揮を取り捜索が行われた。
証として罪人に添えられていた書付以上に出るわ出るわ、大量に悪事の証となる書付が見つかった。
此れにより余罪が多数発覚し連日読売が江戸の町を賑わした。
北町奉行所の門前に大勢の人が手足を縛られ猿轡を噛まされて撃ち捨てられていたのを最初に見つけたのは魚河岸に向かう魚屋で慌てて奉行所の右通用門を叩きしらせたのが始まりだったのである。
この話は当然発見した魚屋から魚市場に広がり読売屋の耳にも届き発見者への聞き取りになったのは当然の事であつた。
江戸の読売屋でも一位、二位を争う銀八と金六が殆ど同時に最初の発見者の魚屋の前に現れた。
「おぅ、金六」
「おぅ、銀八・・・ここは一つ提案だが、争わず協力しようぜ」
「そうだな」
その日の夕刻には江戸中に銚子で起きた事件が知れ渡った。
其れから二、三日後、同じ魚屋の前で二人の読売屋が会った。
「おぉ、今度もまた力を合わせるか」
「そう言う事だな」
今度は同じ北町奉行所の門前に置かれた行徳の罪人たちについてだった。
その日の夕刻には江戸中に行徳で起きた事件が知れ渡った。
そして今度は南町奉行所の二件であったが、二件とも発見者は門番であった為、読売により江戸中に知られる事は無かった。
その日、銀八の家に尋ね人があった。
「金八殿、銀八殿は居られるか」
「殿か付く程に偉くは無いが一人おりやす」
「呼んでいただけるかな」
尋ねて来た青年武士が言った。
尋ねられた男は自分を指さした。
「おぉ~、其方が銀八殿であったか、某は南町奉行所・同心の溝口一太郎と申す、其方が存じおりの与力・浅井殿の配下で御座る」
「同心には見えないお姿で御座いますが、もっとも最近此れまでと違った着物姿の与力・同心がいるとは聞いておりましたが」
「はい、その一人が私で御座います」
一朗太は足の重しを隠す衣服を来ていた。
「それで用は何で御座いますかね」
「浅井様からの御伝言で御座います、此れより半刻後に二軒のお店に踏み込む、金八殿と金六殿に手柄を与える、同道するならば時刻に奉行所前に参れ、との事で御座います」
「ひぇ~~、そんなのんびりとした話じゃね~じゃないか」
「一つ言い忘れておりました、一人占めは成らぬ、二人で来ぬば話は無いと思え、で御座いました」
「くっそ~、十兵衛のやろう、読んでいやがる・・・解ったよ金六と一緒に行くと言ってくんな」
金六の処へ急いで出かけ様とした金八が振り返り一朗太を見詰めた。
「そう言えば旦那は橘道場で御見掛けして様な・・・門下ではないので」
「はい、橘道場に通って居ります」
「橘の人はどうして、そうも皆が皆呑気になるのかねぇ~、十兵衛の旦那も昔程行け行けじゃ無く成っちまったしよ~、まぁ、かと言って凄みはましたがよぉ~、おっと、いけねぇ~、言伝てありがとうよ」
銀八は今度こそ銀六の元へ突っ走って行った。
一太郎はのんびりと奉行所へ戻り始めた、がのんびりと歩いている様で進む速さはとても早かった。
年番方与力の 関口孫右衛門と与力の浅井十兵衛は事前に相談し書付があるとすれば地下蔵と読んでいた。
吉原は当然と事ながら大店は火事の刻に大事な物を地下蔵に仕舞い土を掛けて火から守るを常としていたからで有った。
主と番頭の部屋の手文庫からも書付は見つかったがそれ以上の不正の証が地下蔵から見つかった。
その逐一を読売屋の銀八と金六が書留ていた。
但し、読売を出すに当たって地下蔵の事は書くなと厳命されていた。
何故ならば、地下蔵から証の書付が見つかったと知れれば他の者たちが地下蔵に仕舞う事を止めるからである、今後の探索に支障を来たすからで有った。
翌日の朝、同時刻に銀八と金六が読売を売り始めた。
その読み売りの末尾には銀八と金六の共同執筆と書いて有った。
読売には松前屋と行徳屋の罪状が山と列挙され大罪人であると匂わせていた。
これは忠助の戦略で幕閣特に評定所に対し重い罰を民衆が望んでいると思わせる思惑であった。
だが、この時点では松前屋の裏に松前藩・留守居役がいる事は勿論、大奥の者たちが関与しているなど忠助も中山も知らなかった。
その夕刻、吉宗が中庭に作らせた黙想部屋を使うと言い出した。
吉宗がこの部屋へ入ると丸一日出る事は無く誰とも合わず、食事も水も採らなかった。
だが、これは表面上で配下の重鎮たちは当初猛反対したが吉宗が部屋を出ると健康に優れ妙案を携えて現れる事が重なり止める者もいなくなった。
実は甚八の配下たちが普段食べられぬ栄養満点の食事を食べさせ水も与えていたのである。
又刻には龍一郎と話し市中の状況を知らせていた。
今回の龍一郎の知らせは、無論、銚子と行徳に関するものであった。
二つの実行犯の手口と罪状し奉行所の始末を述べ、裏にいた行徳屋と松前屋の罪状し始末も知らせた。
松前藩・留守居役とその用心棒の罪状と始末も知らせたが松前藩は何も知らず、咎めないで貰いたいと願った。
吉宗は暫し沈思し「解った」と答えた。
「上様、これが全容では御座いませぬ」
「何、まだあるのか、今度は何処の話じゃ」
「いいえ、この二件の事で御座います」
「・・・まさか、幕府に黒幕がいると言うのではあるまいな」
「その、まさかで御座います」
「何となぁ~、ふぅ~、聞こう」
「奥に居りましたのは奥、大奥で御座いました」
「大奥、お須磨の方様と一人のお女中と台所頭の三人で御座います」
「お須磨がか・・・何やらあの者の周りの者たちの衣服が派手じゃとは思うておったが、やはりか」
龍一郎は証と共に克明に罪状を告げ対応策も授けた。
「その方が将軍に相応しい、が儂には其方の変わりは出来ぬでな・・・甚八、手筈を頼むぞ」
天井裏から「ちゅう」とねずみの鳴き声が聞こえた。
翌日、吉宗が瞑想部屋を出ると直ぐに勘定奉行が呼ばれ二月の勘定書きの提出を求めた。
吉宗は一人になると勘定書きを読むでも無く捲るでも無く刻を過ごし一刻経った頃に今度は台所頭の田所順四郎と一人の女中とお須磨の方を呼べと言った。
老中、御側衆も驚き大奥取次も驚き台所も驚き名指しされた当人たちは更に驚き上様の待つ広間に集まって来た。
「その方ら、ようもたった三人で大それた事をしてくれたものよ、驚き行ったわ」
「御恐れながら上様に申し上げます、私が何をしたともうされますか」
「お須磨、其方も大した者よのぉ~、そこな女中も生まれは裕福な商家で有ろうにまだ金子が足りぬか、台所頭、其方は男故に女子に走ったのは理解出来ぬでも無い」
「御恐れながら上様に申し上げます、某が女子に走ったなどと・・・」
「黙れ、見苦しいわ、其方らの罪状とその証はここに書付がある」
吉宗は後ろから書付の束を前に放り投げた。
「既に、さる藩の留守居役とその用心棒はこの世には居らぬ、又、読売で読んで既に知っておろう、松前屋も行徳屋も捕縛されておる、主二人は裏にその方らがおるなどは知らなんだ様じゃがその方らが書いた約定書は留守居役が大事に保管しておったわ」
ここで三人は初めて項垂れ女子二人は諦めた様子を見せたが台所頭の男は泣き出した。
「私は、お須磨の方様とお女中に唆されたのです、どうかお許し下さい」
「やはり、めめしいは女女女では無く男男男と書くべきであるな、後は月番老中に任せる、城の恥と成らぬ様に、二度と起こらぬ様に策を考えて置け」
吉宗はさう言い残すと中奥へと下がって行った。
当然ながら城中は大騒ぎとなり、刻を置かずして市中にも噂が広まって行った。
その日の内に処罰が決まり、翌日の早朝に城中の土壇場での打ち首が行われた。
無論、其れについても幕府からの正式な知らせは市中には為されなかった。
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