第247話 松前藩と三商人

船宿・駒清の奥の一室で七人と男達が料理と酒に舌鼓を打っていた。

松前藩・藩主・松前矩広(のりひろ)と家老の時任権左衛門の二人が上座に座り、下手に加賀屋の主・加賀屋総左衛門と番頭の善兵衛、能登屋の主・庄右衛門と弥衛門、回船問屋・辰巳屋の主・鳩衛門と倅の寿一郎が座っていた。

「噂通りに料理も酒も良いのぉ~」

「殿様は初めてで御座いますか」

「噂に聞いて一度はと思うて居ったが中々の人気らしく予約が取れなんだのじゃ」

「藩主の依頼でも無理なのですか」

「我が藩など小藩でな、予約の藩名を聞いたならば驚くぞ、店は確かな名は言わなんだがな」

「百万石を超える藩は一つしか有るまい、その藩を差しおいて予約の無理強いなど出来ぬ」

「家老が料亭・揚羽亭を勧めたが儂が初めての駒清を望んだのじゃ」

松前藩の殿様と家老の前には加賀屋、能登屋、井筒屋の主と番頭が座っていたが、三つのお店の主が顔を揃える事はまずあり得る事では無かった。

加賀屋と能登屋はお店が隣で奉公人も番頭も仲が良く何方かかが忙しい刻には奉公人の応援もする程であり、中には入れ替えもあった。

向き不向き、好き嫌いもありより良い職にとの番頭と主の考えであった。

加賀屋は近くの別の処に九谷焼問屋・加州屋も営んでいた。

地下の通路を使い毎日の様に主と番頭が会ってはいるのであるが、無論、影の事である。


「其方ら加賀屋、能登屋は雄藩・加賀前田家御用達である、我らの様な小藩など相手にはすまい」

家老の時任権左衛門が若干の皮肉を込めて言った。

「その様な事は御座いませぬ、お取引となりますと藩のお許しは必要かと存じます」

加賀屋の番頭が如才無く答えた。

「お殿様・矩広(のりひろ)様、私のお店でしたらお役に立てると存じます」

廻船問屋の井筒屋・主が言った。

「近頃、利尻昆布が江戸の高級料亭でも引手で御座います、産物が有れど運ぶ船が少ないので有れば大いにお役に立てると思います」

「権左衛門、願ったりでは無いか」

「はい、しかし、江戸に運び込んでも問屋も小売屋も繋がりがありません」

「私のお店は当初、札差で御座いました、勿論、屋号の通り加賀藩の御蔵米を扱って参りました。

その後、周りの方からの言葉も有って両替商も営みました、そして、九谷焼きの焼き物も扱う加州屋も始めました、お客様皆さまのお陰様で繁盛しております」

「能登屋も着物、帯に始まり扇子、櫛笄も扱う様に成りました、能登屋も手を広げて御藩の品を扱わせては頂けませぬでしょうか」

「着物を扱う能登屋殿に昆布やアイヌの彫り物などが扱えましょうか」

「何にも初めては御座います、幸い近くに空き家を手にして御座います、そろそろ何か店を開かねば成らぬと思っておりました、空き家が有りますと街並みに活気が失われますでな」

「昆布、彫り物・・・一緒には扱えますまい」

「松前藩御用達の看板が頂ければ松前藩の特産物を何でも取り扱う事が可能と成ります」

「おぉ、其れは良き案じゃのぉ~」

「能登屋さん、その商い私にやらして貰えませんか」

井筒屋の主・ 鳩衛門が能登屋にとも皆にとも付かずに願った。

「其方、廻船問屋の外にも商いをしておるか」

「いいえ、手前は廻船のみで御座います、ですが、隣におります倅の寿一郎は手慰み(てなぐさみ=趣味)で彫り物をしております、親の眼からでしょうか、中々の物と思うて居ります、寿一郎、何か持っておらぬか」

「はい、此処に」

息子の寿一郎が父親の鳩衛門に印籠と根付けを渡した。

鳩衛門は食台を横に逗ずらし少し前に出ると印籠と根付けを殿の前に置いた。

手にした印籠と根付けを見詰めていた殿は溜息を漏らして言った。

「江戸ではこれ程の腕前を持つ者が手慰みと言うか」

印籠と根付けが家老に渡され、加賀屋、能登屋と回され本人の寿一郎の元に戻った。

「殿様、私のお店では櫛笄の彫り物も扱います、目利きも通人以上と自負しております、その私が申し上げます、只今の印籠と根付けは名人に寄る物で御座います、決して手慰みの域では御座いませぬ」

「本当に倅殿の作なのか」

「殿様、私も一つ持っておるのを忘れておりました」

鳩衛門は懐から煙草入れと煙管入れを取り出し殿の前に置いた。

これも全員に回され鳩衛門の手に戻って来た。

「私は煙草入れと煙管と煙管入れを注文したい」

「私もお願いします」

加賀屋と能登屋の主と番頭が願った。

「待て、待て、儂が先じゃ、頼む、儂の物を先に作ってくれ、値はいか程か」

「この寿一郎に松前様の取引を任せたいと思うております、そのおりには、祝いの品して進呈致しとう御座います」

「只で・・・只ほど怖い物は無いと申すが、この場合、こちらに損は何も無いか」

「倅どのは跡継ぎであろう、問屋は如何いたす所存じゃ」

「正直に申しまして倅には商才が御座いませぬ、特に廻船などと少々荒っぽい職には向いておりませぬ、娘の方が男の様で御座いました、私は娘に婿を貰いお店を次がせる心積りでおりました、が娘が嫁に参り、また商才よりも才のある物に出会いました、ですが、その婿殿に主の座を継いでほしいものと思うて居ります、ですが、此れも難題が御座います、そのお方は武家なので御座います」

「町人の娘が武士の妻女になったか、商才よりも適した才とは何であったのだな、琴、笛かな」

「いいえ、剣で御座います」

「何、武家の妻女になったとし言え才などと言える程の腕前にはなれまい」

「娘の名は佐紀と申します、嫁ぎ先は橘家で御座います」

「佐紀、橘佐紀、橘佐紀・・・橘佐紀殿と申せば先の上様大試合の女子の部の勝者では無いか、まさか・・・」

「はい、そのまさかで御座います」

「では、其方の娘の婿殿は橘龍一郎殿でございるか、其方の義理とは申せ倅殿では御座らぬか」

「はい、刻に孫の顔を見せに二人で、いえ三人でお店に参ります」

「噂に寄れば、上様が毎日でも会いたいお方が女子では無く龍一郎殿と聞いておる」

「それは噂では御座いますまい、龍一郎様は剣の達人ですが儒学者の様でもあります、あの方の言葉の一言が人の心に深く響きます、不思議な御仁で御座います」

「加賀屋殿、能登屋殿、其方らの力を借りれば我らの商いも間違い無いと思われる、じゃが此度は井筒屋殿に願いたい、寿一郎殿の細工物の腕も我らの益になろう・・・じゃが龍一郎殿に、龍一郎殿との縁が近づく事には勝てぬ、許せ」

「いいえ、御懸念無く、我ら加賀屋、能登屋も龍一郎殿の信奉者に御座いますれば」

「何、其方らも縁があるのか・・・羨ましいのぉ~」

「殿、一つ確かめさせて下さい・・・龍一郎殿を上様との近づきの為とお考えでしたなら逆効果で御座います、龍一郎殿はその様な考えの方を一番嫌います、故に」

「違うぞ、儂は剣に自信が無いのじゃ、何かの教えで少しは強く成らずとも自信を付けたいと思うておった、龍一郎殿に教えを乞いたいと願っての事じゃ、儂は出世して松前を離れるつもりなど無い、松前を豊かにはしたいと思うてはおる」

「解りました、その願い、我ら三つのお店がご協力をお約束致します、まずは、藩の特産物を扱う組織を作って下さい、その責任者と寿一郎殿と我々が合う処から始めたいと思います、いかが」

「全て、其方らに任せよう、良しなに願いもうす」

松前の藩主が頭を垂れた、家老も習って頭を垂れた。


この会談は龍一郎の仲間が天井裏、隠し部屋、床下から聞いていた事は無論の事である。

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