第240話 道場での会合

龍一郎と佐紀が松前藩邸の探索から戻った日の夕餉に皆が集まった。

商いの都合で料亭・揚羽亭と船宿・駒清の皆は道場での夕餉が終り茶を楽しんでいる刻に次々に着いた。

養老の里と丘屋敷に居る者は参加していない、また、橘屋敷からは珍しくお景が参じていた。

道場の夕餉には館長の小兵衛、お内儀の久、龍一郎と佐紀、三郎太とお有、誠一郎と舞、平太とお雪が参加していた。

後から船宿・駒清から清吉と駒、これも珍しく清吉の下っ引きから船宿の板長と近くに蕎麦屋を任された正平と女房の美津も参じていた。

その後に船宿・揚羽亭から高の養子と成り名を花から揚羽に改名した娘と義母・高の二人が参じた。


「皆、健吾で何よりじゃ、不幸、災難、悩みなど陰な事は無いかな」

小兵衛が皆を見渡し皆の晴れ晴れとした顔を認め満足の頷きを繰り返した。

「本来なれば養老の里で鍛錬をしておるはずであったが天狗様への願いがあり、この様な事態とあいなった、あい済まぬ事じゃ」

「爺が悪い訳じゃ無い、謝る事は無い」

皆が声を出して笑っていた。

「そうか、舞、儂が悪いのでは無いか」

「爺のせいでは無い、天狗様の務めじゃぞ」

「そうか、天狗様の務めか、成程のぉ~、舞は頭の良い娘じゃ」

「全く、館長は舞に甘い、甘すぎる」

「それがじゃ、近頃は舞だけでは無い、お雪にも甘いのだ」

「何、二人に増えたか」

「うんにゃ、五人てすよ、女子でも私やお高さんには厳しいのですが、揚羽とお久様とお佐紀様には甘いのです」

「そうかのぉ~儂は別に差別をしておるつもりは無いがのぉ~」

「そんな事はありせんよ、お駒さんの言われる通りお駒さんと私には厳しいと思いますよ」

お駒に続いてお高も小兵衛に文句を垂れた。

「その様な事より本題に入りませぬか、お前様」

小兵衛の内儀のお久が釘を差した。

「そうじゃな、誰から始めるかの、誠一郎殿は御座るかな」

「下谷辺りに聞き込みました処、薄気味悪い浪人者が頭を務めるごろつき共がおりまして、近隣の人達に悪どい悪さをしております、強請、集り、かっぱらい、お店への嫌がらせ、ありとあらゆる悪さで銭儲けをしております」

「その薄気味悪い浪人者は松前藩留守居役の用心棒なのですか」

「確証は御座いませぬが」

「私の調べでも悪さが多数確かめられております、その範囲は日増しに広がっておる様です、近頃は日本橋にも出没しております」

誠一郎に続いて平太も述べた。

「弾左衛門様からもその様な知らせが御座いました、只、時に武家も一緒している事もある様です、四郎兵衛様からも松前藩・留守居役殿の良い話は御座いませぬ、弾左衛門様の手先の調べで日本橋の茶問屋井筒屋が脅されている様だと聞きまして調べました処、井筒屋には長男十九と十六と十四の娘がおりますが、十六の長女が犯された様で御座います、そしてそれを種に脅されている様です、犯した者たちと脅している者たちは仲間で御座いました、そいつらの頭は薄気味悪い浪人だそうに御座います、吉原では居続けした武家二人と与太者三人が値切り倒し只同然の一両で帰ったそうです、武家の一人が凄腕で会所の手に余ったそうです、それも一度や二度では無い様で御座います」

清吉が浅草弾左衛門から聞き込み自分が調べた事を述べた。

「清吉殿、急ぎで四郎兵衛様にその者たちが来たならば知らせる様に伝える様に願います」

「夜分では御座いますが、この後、直ぐにお伝えに参ります」

「頼みます」

「へい」

「他に無ければ最後に龍一郎と佐紀からじゃ」

「はい、皆の話でその薄気味悪い浪人、武家は同一人物、松前藩留守居役の用心棒・黒岩妖七郎と思われる、留守居役の別邸は下谷にあった、屋敷は黒岩と用心棒の名になっておった。

ここを根城に二人は悪さを働いておるのであろう、この世に有って良い輩では無い。

又、捕らえられ身元が解れば何も知らぬ松前藩に迷惑も掛かる」

「始末致しますか」

「儂が始末しよう、人を始末する事はその者の心に大きな負担を残す故にな・・・父上はお解りですね」

「・・・」

「取り巻きの松前藩藩士は松前藩に処断を任せる、明け方に門前に猿轡と手足に縄掛けで良かろう、松前屋の主と番頭、関係者は証と共に、それと与太者どもも月番の奉行所の門前でよかろう、決行日は四郎兵衛様からの知らせの日を待つとしようか」

「良し、其れまでは、行徳の調べを優先しようかな、異存のある者はいるかな」

「・・・」

「それでは、四郎兵衛様の処へ参ります」

「頼みます」

清吉の別れの言葉を潮に皆の姿が消えた。


「雪、良い処に住まいが出来て婆は幸せ者だ、雪も楽しそうだの」

「あい、婆様、雪も楽しく幸せです、幸せ過ぎて怖い位です」

「うん、儂も怖い、人は不思議じゃ、貧しく不幸でも怖い、幸せでも怖い」

「はい、この幸せを壊さぬ様に皆さまに尽くしたいと思います」

「婆もそう思っとるぞ」

「お休みなさい、婆様」

「お休み、雪」


「四郎兵衛様・・・四郎兵衛様、夜分、お休みの処、火急の用向きにて失礼致します」

「おぉ、清吉殿か」

「はい、今宵はお一人かな」

「四郎兵衛様、故に正直にお答え致します、我ら一人では動きませぬ」

「では、今宵も先日も他に居ったのか」

「はい、私の女房・駒で御座います、私の本業は十手持ち、副業、女房に取っては本業で御座いますが、船宿・駒清を営んで居ります」

「何ですと、あの評判の船宿の主殿と女将さん・・・龍一郎殿は得体の知れぬお方じゃな、して火急の用とは何じゃな」

「耳に致しました処、都度に武家が居続け只同然で帰るそうな、真の事でしょうか」

「・・・真だ、会所としては面目丸潰れでなぁ~、其方の耳にも入ったか、其方には知らせなんだがな」

「その件、龍一郎様は口には出しませんでしたがいたくご立腹の様でした、その者たちにもですが、失礼ですが四郎兵衛様にもお怒りの様でした」

「私にですと、私は龍一郎様だけは敵に回しては成らぬと固く心に誓ったのですが」

「その事でしょう、多分、私の推量ですが、何故に相談してくれなかったのかとお怒りの様でした」

「・・・そうでしたか、そうですなぁ~、言われて見ればお怒りは御最もで御座います、以後きを着けます、してどうすれば良いでしょうか」

「その者たちが再度来ましたならば、橘屋敷、駒清、道場にお知らせ下さい」

「始末なされますか」

「さぁ~、それは・・・」

「畏まりました、知らせに行かせます、処で駒清に私が参っても宜しいでしょうか」

「お客様は大歓迎で御座います、但し、お客様と船宿の主人と女将でお願い申します」

「近い内にお邪魔して女将さんにお会い致しとう御座います」

「お待ちして居ります」

お駒が歓迎の言葉を掛けた。

「おぉ~、其方がお駒殿か・・・」

四郎兵衛様の問い掛けに返事は返って来なかった。

「げに恐ろしき方々じゃのぁ~」

翌日、珍しく四郎兵衛は会所の全員を集め通達した、無論、清吉の依頼についてである。

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