第222話 清吉の繫ぎ

その頃、江戸では清吉と小駒が橘小兵衛の屋敷を訪れて富三郎に会っていた。

「お久ぶりね、お景さん、お子さん二人はお元気???」

「はい、元気です、いらっしゃい、お民、太助」

奥の部屋から玄関にどたどたと駆けて来た。

「おぉ、大きくなったね、幾つになったね」

「お民が六歳、太助が四歳になりました、さぁさぁ上がって下さい」

清吉、小駒、お景が居間に移り、其処へ作業場に居た富三郎が加わった。

「お久ぶりです、ご存じと思いますが絵図面作りで道場にも顔を出せず申し訳御座いませぬ」

「大変だとは思いますが、座りきりの作業ばかりでは身体が訛りますよ、土産に蕎麦を持って来ました、食べて力を付けて下さいよ」

「子供たちには桜屋の桜饅頭を贖ってきましたよ、お食べなさい」

清吉と小駒が土産の蕎麦と饅頭を渡した。

「お蕎麦だけでも嬉しいのに子供にまで頂いてありがとう御座います」

「渡しておいて言うのも何だが実は蕎麦も饅頭も六人分持って来ているんだ、良かったら、此れから作らせちゃ~くれまいか」

「何と、ご馳走解て下さるか・・・ご相伴させて頂きます」

「ええ、台所をお借りしますよ、お駒、手伝ってくれ」

「はいよ、お前さん」

「じゃ私も」

「お景さん、今日はお客さんだ、富三郎さんとお民ちゃん、太助ちゃんと待っててくんな」

「処でなんで母屋に住まんのや」

「そりゃ儂らは奉公人じゃからなぁ~」

「奉公人と言うても御主人様は道場に入り浸っているでしょ、もうこの屋敷はあんたらのもんでしょ」

「そうは言うてもこの屋敷は拝領屋敷ですから橘家の物です」

「お駒、本人たちが良いと言うているんだ、良いじゃないか」

「だって、お前さん、何時戻っても良い様に屋敷を掃除するだけってのもねぇ~」

「お駒さん、ありがとう御座います、ですが人には身の丈と言うものがあります、確かに私も亭主の富三郎も実家は大きな家でしたが身の丈に合うていなかった様に思うのです」

「成程なぁ~、身の丈か~、身分相応と言う事だろうがわっしは生まれた刻から元は船宿か料亭の大きな家に住んでいたから身分不相応とは言えねぇ~だろうが子供が出来た頃かなぁ~広くて家族が遠くに感じたなぁ~」

「お前さん、実際使っていたのは二間か三間だったねぇ~」

「狭い家は家族が近くに感じると言う良い点もあると言う事だな」

「まぁ~私らはこれで満足してますんで」

「おっといけねぇ、お駒、蕎麦を作るぜ」

「はいよ、お前さん」

清吉とお駒は土産の蕎麦を持って台所へ向かった。


子供二人と二組の夫婦は蕎麦を食べ終わりお茶を飲みながら土産に持って来た饅頭を食べながら話が弾んでいた。

「処で清吉さん、今日は何の要件でお出でに・・・」

「おっと、忘れておりました、いえね、龍一郎様から頼まれました大工の事でしてね、こちらに来させるか富三郎さんと一緒に棟梁の処に行くかどちらが良いかと思いましてねぇ~」

「私は先方へ行くのは構いませんが何と言う方ですか、棟梁は???」

「へい、健吉と言う棟梁で三代続く武家屋敷の大工です、弟子に安二郎、健太、友助とおります、健太は棟梁の倅です」

「それで棟梁のお宅はどちらですか」

「あっしの店の町内で御座いますよ」

「伺うとなると昼間ではのうて夜ですねぇ~、それとも現場へ行きますかい」

「それが先方にはまだ話して無いんですよ、それどころかあっしらの船宿をお願いして以来会ってもいない」

「武家屋敷を専業としなさる棟梁が良くも船宿を引き受けなさったねぇ~」

「まぁ~、あっしも駄目元で町内のよしみで願ってみたんですよ、そしたら、あっしの家なら元は料亭か船宿の大した建屋で、是非にもと言われましてねぇ~、びっくりでしたよ」

「此処だけの話ですけど・・・実は建て替えの金子は龍一郎様の援助なんですよ、ね~お前さん」

「そうなんだ、富三郎さん、お景さん、龍一郎様はあの御身分だ、金子は潤沢なんですかねぇ~」

「いいえ、私の知る限り龍一郎様はご実家には近づかない様にしておいでです」

「それじゃ~何処から金子を・・・」

「私も解りません・・・が龍一郎様が金子に困っている風には見えません」

「へぇ~、今回の丘屋敷の金子も龍一郎様が一万両でも出す、と言っておられた、大金持ちだね」

「このご時世、商家に扶持米の先まで握られている武家が屋敷を建てるでしょうか、その健吉と申す棟梁は依頼があるのでしょえか」

「富三郎さんよぉ~、それがあるんだねぇ~、長崎や佐渡の遠国奉行を一年、二年と務めれば真面目にやっても銭は溜まるらしいや、まぁ真面目な奴なんていねぇがね、つまりは銭儲けする訳だな、他にも付け届けで儲けている武家もいる・・・そんな奴らが別邸を建てたがる訳だな、結構暇無しらしいや」

「そいつは困った、暇無しじゃ~頼めないね」

「そこが心配だな」

「私が女将さん仲間で頼んでみましょうか」

「あの棟梁が女将さんの言う事を聞くもんか、仕事に口出しするなと怒鳴りつけられるのが落ちだ」

「お前さんは私の言う事は聞くけど、あの棟梁じゃ無理かねぇ~」

「あぁ~、無理だろうよ」

「まぁ、案ずるより産むが易し、と言う事も有りますでね今晩にでも行ってみませんか」

「そうだな、じゃあ六つ時分に家に顔を出してくれまいか」

「承知しました」

「じゃ待ってるぜ・・・処で夜は御妻女と子供たちだけで大丈夫だろうね」

「そりゃ、私より剣術も体術も上ですから大丈夫ですよ」

「まぁそうだな、じぁ後でな」

「女将さん、お邪魔様でした」

「家の旦那さんをよろしくね、お駒さん」

「任しときな、お景さん」

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